第六章 Awaken The TRUE ALICE

【現在 ROG. COMPANY本社 社長室】

―――此処までに話を明かされたジョウは、己の意識が暗転しそうになるのを、何度も堪えていた。

「あ、ありえない!ルカが、ルカが常に先を行っていたと言うのか…?!人類の代表の、この私の先を…?!」

強化合宿でツバサをホルダーとしてピックアップしたのみならず。よもや、ジョウが完全に手駒にしようとローザリンデとソラを言い包めたはずの、9年前の病院での場面の後も。
否。そもそも、ルカが手ずからソラを自分の秘書官としてスカウト同然のことをしたのも。彼の幼馴染だったという偶然に立ち会ったとはいえ、ローザリンデに目を付け。彼女の兄・凌士がROG. COMPANYの筆頭株主になることを待ったのも。そして、医者のナオト、元KALASのアルバイトのセイラ、社長令息のレイジ、…と、此処までの道すがらにも、順当にカードを揃えて来て。―――勿論、ALICE―――ツバサが目覚めてから、彼女がROG. COMPANYに足を踏み入れるのも、分かっていて。

そうして、今日を迎えたというのか?
ジョウが大身槍作戦を、この場面で発動するのを見越していたと?

ジョウが絶叫する。

「ルカ!!貴様というヤツは!!なんということをしでかしたんだ!!
 貴様のやってきたことは、最早、人類への冒涜の極みだッ!!我々人類の栄光ある未来を潰すために、数多の人間を裏で操ってきたという、悪魔の所業だッッ!!恥を知れぇぇッッ!!!!!」

追い詰められたジョウは、感情を爆発させるが。そこに冷や水をぶっかけるような声がした。

「―――社長。貴方が、ルカにそう言える立場に在ると、本当に思ってますか?……うわ、思ってそうですね…。ありえませんね…。心の底から、軽蔑します…。まあ、割と初手の方でしてましたけれど…」

―――ツバサだ。光の差さない陰鬱な緑眼は、今や、言葉通りの「心底軽蔑」の感情を乗せて、ジョウを真っ直ぐに射抜いている。その冷たさと言ったら、なんと形容するべきだろう。「最早、人間を見るような視線では無い」とでも表現しておこうか。

黙り込んだジョウに対して、ツバサが畳み掛ける。

「人類への冒涜?ルカという存在を此処までこき下ろしておいて、自分たちが優位に立ちたいだけですよね?他人をsageて、自分が気持ち良い思いをしたいだけ?
 人類の栄光ある未来?私を含む、多くの人間たちは、正直、今を生きるので精一杯で、未来の多くのことなんて考えてないと思いますよ?まあ、敢えて未来を考えるとすれば、例えば、給料がもっと上がればいいなあ、とか、物価がもう少し下がればいいなあ、とか、宝くじが当たってくれないかなあ、とか…。
 数多の人間を裏で操ってきた?悪魔の所業?…すみません、もう一度、同じテンションでルカに向かって言っていただけますでしょうか。言えるものなら。……、まあ、言えませんよね。特大ブーメランですし。お前が言うなのテンプレートすぎて、草も生えませんね。我らには救えない者の発言です。
 こんなのが『人類の代表』を堂々と名乗るなんて…、なんて恥ずかしい光景なの…」

慈悲の欠片もなければ、現実に突き付けられた真実という言葉のナイフでしかない台詞の数々。ジョウは思わず、視線を周囲に泳がせた。が、誰もかれも、ツバサと同じような眼をして、彼を見ている。「憐れな生き物」でも見ているかのような、或いは、「もうお前なんか救えない」とでも言いたげな、そんな視線。

そこに、ルカが割って入る。とうとう、やってきた。ジョウが一番恐れている、その瞬間が。

「オレを壊したい一心で、たくさんの人間の命や心を踏み躙ってきたのは、…言うまでもないケド、社長の方だよ。
 カネさえ積めば、全部が解決すると思った?舌先三寸の嘘八百を並べれば、相手を操り放題だと考えてた?オレという大きな敵を作ってしまえば、自分は絶対に安全圏だと勘違いしてた?
 甘いなあ、甘すぎるなあ、人類代表。キミたちが『史上最強の軍事兵器』と評価しているオレを壊すっていうなら、まずは自分たち側から身を削る方法くらい取ってみせればいいのに。よりによって外部の、しかも、無関係な子たちばっかりに手を付けようとしちゃって。そこから発生した甘い汁だけを啜ろうとなんてするから、こんなコトになるまで、誰もキミたち人類の代表を止められなかったんだね。本当に哀れで仕方ないなあ。
 しかも、オレについては、結局、最期まで誤解したままだし」

誤解、と、ルカは言った。今や、続きを待つことしか出来ないジョウに目掛けて、ルカは問う。
 
「ねえ?人類の代表?
 オレがこの地に降り立ってから、一体、いつ、「人類のことを攻撃する」なんて言ったっけ?何処かで、「オレは人類の敵になる存在だよ」って、宣言したっけ?
 ヒルタス湾の海中で眠っていたオレを勝手に発見して、掘り起こして、電源を入れて。そして、オレが持っている初期設定の破壊力や、同調変換のチカラを、勝手に恐れて、勝手に騒いで、勝手に「軍事兵器だ」と泣いて、勝手にこの島に閉じ込めたのは…、…もう全部、勝手に人類の方がやってるコトであるうえに、あーんな大がかりな武器まで用意しちゃってるわけだケドさ。

 ねえ?人類の代表である社長なら、答えられるかな?もう一度、聞くよ?

 ―――『オレが、一体、いつ、何処で、人類へ攻撃する意図を告げたのか?』、…どうなの?栄光ある人類の歴史とやらには、そのあたりの記録は受け継がれていないの?さっさと答えてくれる?人類の代表?」

ルカが人類を攻撃すると宣言した瞬間?そんな場面の話など、受け継がれていない。だって、ルカは軍事兵器であり、それである以上、―――…否、待て。ルカはこうも言った。「勝手に軍事兵器だと泣いて」?…つまり、ルカは最初から自らを兵器とは名乗っておらず、彼を発見して研究した最初の人間たちが、勝手にそういう烙印を押しただけで。そして、何も攻撃意図を持ち合わせていないルカを壊すための『大身槍作戦』を計画した…―――?

へたり込むジョウのことを、文字通り、上から覗き込みながら。ルカは、真っ直ぐに彼の瞳を射抜いて、薄い桜色を塗った唇を開いた。

「オレからしたらさ、もう堪ったもんじゃないワケ。分かる?
 200年以上もほぼ常時監視され続けて、謂れの無い恐怖と差別と、聞くのも飽き飽きするほどの大量の悪口と陰口とを、この身に浴びせられ続けて。別に損ねもしない機嫌を、小手先だけで取られて。まあ、媚びへつらうタイプの人間も、ちょっとは居たかな?顔は覚えてないケド。
 オレはその合間を縫って、大身槍作戦に対抗する術を少しずつ、でも確実に、今日に間に合う速度で、進めてきた。
 でも、蓋を開けてみれば、人類の代表と、それに付随してきた歴史とやらは、オレに責任という責任の全てをなすり付けて、肝心の現実、謂わば、本当に護るべきモノなんてこれっぽちも見ちゃあいない。
 周囲への犠牲ばかり強いて、ただただカネ儲けに走っては、その儲けたカネを撒き散らして、都合の悪いモノはとことん排除しようとする。
 そんな景色が過ぎ去って行くのを、表面上でも眺めるコトしか出来なかったオレの気持ち、考えてくれたコトある?……―――うん、なさそうな顔してるわあ。まあ、そうだよねえ。

 ―――ちょっとさ、いや、かなりね、醜悪すぎるよ、人間?」


「…へゃ…、ひぃッ…ひょぇ…ッ…」

ジョウの口から、マトモな単語にすらならない言葉が出てくる。
自分は『人類の代表』として、正しい立場だと思っていた。故に、自分の行いの全てが正しい、と。人類の栄光のために繋がる、正しき道だ、と。そのためなら、どれだけのカネを流そうと、どれだけの命が犠牲になろうとも、どれだけの悲しみが積みあがろうとも、厭わない。ジョウがそうだと判断したことが、人類の総意である、と。だが、それは大いなる勘違いであった。結局、ジョウは、『人類の代表』という肩書きに甘えに甘えて、至極自分勝手に振る舞っていただけ。
『自分さえ良ければ、それで良い。』―――その言葉を図星と突かれないように、ジョウは、否、一部の人類側が、勝手にルカに全部の責任と悪役を押し付けていただけ。

そこまで考えて。ジョウの中の『人類の代表』として確立されていた、それはそれは高い高いプライドが。その人類が犯してきた罪業の深さと重みに耐えきれず、とうとう自我ごと崩壊しようと―――

―――したところで。

ダァァンッ!!!!という凄まじい音と共に、ジョウの横っ面スレスレ、その後方の窓ガラスへ、ルカのニーハイブーツの左底だけが叩き付けられた。おおよそ人間が履くには向いていないハイヒールの先端が、僅かにガラス面にめり込でいる。今も尚、めきぃ、めきり、とあらぬ音がするのは、きっとジョウの気のせいなどではない。

その衝撃で暗転しそうになった意識が芯から目覚める勢いの余り、背筋をピン!と伸ばしたジョウは。再び襲い掛かるルカという、真なる恐怖を見上げる。
対してルカは、実に無感情な視線をジョウへと向けたまま、彼ヘの要求を寄越した。

「ちょっと待って?キミにまで壊れて貰うのは、困るんだって。
 これまで、綺子とエルイーネたちからは、マトモな証言や情報が聞き取れなかったんだからね?それらの首謀とも言えるキミには、是が非でも気を確かに持って貰って、きちんと知っている真実を話して貰う必要があるワケ。
 ね?だーかーらー、壊れちゃダメだよー?仮にも何にも弊社の社長で、ヒルカリオの監視者で、人類の代表だっていう立場なら、最後まで取るべき責任は取って欲しいなー?」
 
責任を取れ。この大きすぎる罪を、ジョウひとりで背負い込めと、ルカは告げる。だが、それしか出来ない。それしか、この最悪の場面を切り抜けてからの、軌道修正をする舵取りは出来ない。

自我を崩しかけていたジョウは、正気を確かに取り戻してから。己の姿勢を正し、膝をついた。
古い時代のやり方かもしれない。だが、この方法しか、ルカに―――否、この眼前にいるメンバーへの、誠意ある謝罪を見せる方法は思いつかない。


「―――この度は、…いいえ、この230年間、誠に申し訳ございませんでした…!!」


ジョウは絞り出すような声でそう言うと。床に額ずいて、綺麗な土下座をした。心からの謝罪。人類の代表を名乗る立場として見せられる、精一杯の誠意。カタチだけの言葉は受け取って貰えない。むしろ、それを振り翳しすぎた自分自身が、今まさに、人類の歴史が綴ってきた、大きな罪業の一部なのだ。
故に、自分が考えうる限りの、そして持てうる限りの、誠意を見せる極地。それが、この言葉と土下座であった。

「オレの一存は、ホルダーの権利の一部。だから、―――アリスちゃん?どうする?社長のコト、許してあげる?」

ルカが、ツバサに意見を求める。軍事兵器であるが故に、自分を管理する側の人間の処断する一存は持ち合わせていないルカは。自らの命令権を持つ人間に、最後の審判を委ねた。
一方ジョウは、床に額を付けたまま、心を無にして、ツバサの言葉を待つ。

数秒後。ツバサの声が聞こえた。

「社長として、ひとりの人間として、取るべき責任の全部を取り、自身の犯した罪を丸ごと償う覚悟を決めて、弊社、いいえ、―――このヒルカリオを出て行ってください。
 ルカのホルダーのALICEとして、私が判断するべき項目は、以上です」

ツバサがそう告げ切ったのを聞いたジョウの全身から、途端に、ドッとチカラが抜ける。そこへ近寄る、ひとつの影。―――レイジだ。

レイジの気配を感じ取ったジョウが顔を上げると、視線の合ったレイジが口を開く。

「…俺も父さんの息子だよ。一族郎党処罰されるってんなら、覚悟してやるさ…」
「…、れい、じ…?」
「毒親だのなんだの指摘されて、俺自身が痛いほど自覚していてもさ、…親って、結局、子どもにとっては唯一無二なわけ…。
 とはいえ、此処まで来ても、「俺を育ててくれたのはルカ兄」って認知は、変わんねーけど…」

抗議半分、本気半分と言った風体で、そうは零しつつも。ジョウの前に立ったレイジには、間違いなく、『選ばれた人間』としての覚悟が十二分に備わっていた。前岩田一族は間違いなく、信頼と権威を失墜することだろう。ジョウは父親としての役割を放棄し、息子レイジを蔑ろにしたというのに。この場で、一族の罪を一緒に背負い込んでくれるという、レイジのその器。間違いなく、この島の頂きに立つに相応しいと評する。遅すぎる後悔と懺悔と無念が、ジョウの一身を襲う。だが、全ては、もう遅いのだ―――。

「―――ほうら、来たよ。キミたち人間と、それに対抗するオレが創った、最悪の玩具たちが、ね」

ルカがそう言うのを聞いて、ジョウはハッと我に返った。

そうだ。落月を止めなくてはならない。ルカは人類への脅威ではない。大身槍作戦は、ただの人類の欺瞞そのものであった。ルカを破壊する理由は、もう何処にも、否、最初から存在していない。

「落月を止めろ!!ルカは破壊するべきではない!!人類の未来と共に歩むべき、必要な存在だ!!
 聞こえないのか?!落月を止めるんだッ!!」


――『既に射程距離へ対象を捕捉しているため、停止不可能です。落月は作戦を実行します』


ジョウの命令に、社長室のAIサポート音声が答える。だが、その内容は実に無慈悲だった。

「だ、駄目だ…!遅すぎた…!このままでは、落月がルカを…!」

ジョウは絶望する。だが、対して、ルカがあっけらかんとした言葉で返した。

「別にいいよ。あっちがもうその気になってるっていうなら、オレだって容赦しないだけだよ。
 人類が勝手に軍事兵器と呼びならわした、このチカラ。この機会に、存分に振り回させて貰っちゃおうか。
 
 ―――撃星!落月に威嚇射撃!撃っちゃって!」

途端。落月の背後から迫っていた、撃星が胴元に装備している大型ガトリング砲で、落月の胴体を射撃する。攻撃を認知した落月の照準意識が、撃星に向かうのが分かった。

「ソラ、グレイス隊を防御布陣に展開。オレは外へ出撃するから、此処の護りは、ソラに任せるよ」
「分かっている。何としてでも護り抜く。仕事は納めるまでが仕事だ」
「その調子♪
 …で、アリスちゃーん、オレに出撃命令を出してくれる?一応、コレ、人類の危機だから、さあ。形式上でも軍事兵器のオレは、命令が無いと、戦場へは出撃が出来ないんだよねえ」

ソラに指示を飛ばしたルカは、肩に羽織っていただけのスーツのジャケットを、その辺に投げ捨てつつ。黒革の手袋を外した。その手の肌が外気に晒されることの意味―――やはり、ルカは本気だ。彼はいつだって、正解を論じ、行動する。

ルカと視線が交叉したツバサが、一呼吸、置いて。そして。

「―――ルカ、出撃」

命令した。一片の迷いもない。此処まで来て、あるはずが無い。
ツバサは、ホルダーとしての己の役割を、真正面から、全部を、受け止めたと同時に、真の意味で覚醒したALICEとして、此処に立っているのだ。
人類の代表とまでは名乗りはしないが。その人類の歴史の端っこの端でも担ってきた者として、その覚悟は計り知れない。

そして、ホルダーの出撃命令を受けた軍事兵器は、閉じ込めていた本来のスペックを発揮する。

木っ端微塵に成り果てたレオーネ隊の残骸に手を当てたルカが、同調変換の能力で、それを空中浮遊ユニットへと変化させた。すぐさま装備される。ルカの長い脚にスラスター部分が装着され、彼に両手の動きに付随する形で武器ユニットが浮遊している。見た目はまるで、SFアニメーションなどでよく見かける、人機一体とも言える姿。

一方、ソラの命令を受けたグレイス隊は、巨大な防御盾を持ったタイプのロボット兵士が、前に出る形で社長室に残される形の皆を護る。だが、ソラはバトルアクスを握り直すと、盾を持った兵士より、更に前線へと立つ。―――彼はジョウへ言っていた。人間の罪業を背負う覚悟が出来ている、と。ならばきっとソラは、例えその身が流れ弾で撃たれようとも、アフターバーナーで焼かれようとも。きっと最後までルカの秘書官として、ルカが飛ぶ戦場を見届けるつもりなのだ。
ソラの姿を見て、彼の真意を感じたツバサも倣おうとしたが。

「お前は盾の中に居てくれ。ホルダーであるお前を喪うと、ルカの戦場が終わる。護られることは罪ではない。権利だ」
「…かしこまりました」
「お前のような優秀な部下を持って、俺たちは果報者だ」

ソラとツバサがそうやり取りしている間にも、眼前の社長室の大窓では、威嚇射撃を続ける撃星に対して、同じく対抗して射撃をする落月の有り様が繰り広げられる。そして。

ルカがおもむろに、その窓の一部を蹴り壊した。特殊ガラスが割れる、けたたましい音が鳴る。だがその音こそ、真の戦いの火蓋が切って落とされる合図でもあった。

「じゃあ、行ってくるね~」

まるで、ちょっとそこまで買い出しに。とでも言うようなテンションで、ルカは皆にそう告げると。浮遊ユニットを起動させて、外へと飛び出して行った。

自身の攻撃対象を再び捕捉した落月の照準意識が、ルカへと向かう。が、撃星の射撃を無視も出来ないでいた。


真っ青に晴れた大空の下。自分を閉じ込めるための造り上げられた、鉄筋コンクリート仕立ての人工島の上。


―――ルカは、遂に。真の反逆の旗のもとで、己のために戦い始めた。



to be continued...
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