第六章 Awaken The TRUE ALICE

ドライバーが居眠り運転をしていたという大型トラックに撥ねられた結果。昏睡状態に陥ったツバサは、クロックヴィール大学付属病院の特殊病室に収容されていた。

「ツバサ!ツバサぁ!!なんでだよ?!どうして?!どうしてツバサがこんな目に合わないといけないんだよッ!!」

そして、その病床のツバサに縋りついて、眼の前の悲劇に泣き叫ぶのは、ローザリンデ。彼女の傍には、幼馴染のソラがずっと寄り添っていた。
包帯を巻かれて、露出した腕から管を伸ばして、生命維持のための医療用AIに管理されたツバサの生命活動は、…彼女の現状を痛々しく指し示している。

「こんな良い子が…!!交通事故ってなんだよ…ッ?!
 代わってあげてぇよ!!おれが何でも手に入れられる立場の令嬢だっていうなら、ツバサの怪我もおれにくれよッ!!ツバサ!!ツバサぁぁッ!!」

ローザリンデの悲痛な叫びと、彼女に静かに寄り添うソラ。…そして、そのふたりの姿を。病室の壁にもたれかかって、眺めているのが、―――ルカであった。
ルカは眼の前の嘆きの現状に対して、自分にはあずかり知らずと言わんばかりの無感情な瞳をしている。表情もまるで、脳内で関数計算を弾いているかのような、機械的なそれ。

まもなく。病室専門のスタッフが時間を告げるのを聞いて、ローザリンデとソラは退室を余儀なくされた。
残されたルカは、ふぅ…、と小さく、小さく、溜め息を吐く。


*****


親友の境遇に哀しむローザリンデと。彼女の寄り添うことしかできない無力な己を呪うソラは、別室に通されていた。
そして、そこで、ROG. COMPANY社長・前岩田ジョウと対面する。突然の上役の登場に、ツバサのことで頭がいっぱいのローザリンデは驚きを隠せないものの、ソラは未だ冷静だった。…というのも、ソラはこのとき、既に。ルカの秘書官になる逸材としてROG. COMPANYに内定を貰っていたことで、先んじて、ジョウには挨拶をされていたからだ。顔見知り程度とはいえ、その通り、『知った顔』の登場ぐらいでは、ソラの理性は揺るがない。ツバサのことも、ローザリンデから話を聞いていたぐらいで、本人の顔を見るのは、今日が初めてだった。悲惨な交通事故に巻き込まれた結果、昏睡状態に陥っている、…という痛ましい現実と、それを嘆き悲しむ幼馴染という地獄絵図に、直面する羽目にはなったが…。

そんなソラとローザリンデは、今現在、ツバサの病室で、ルカとROG. COMPANYの研究員が繰り広げている会話を、隠しカメラで撮っているものを、リアルタイムで見せられている。

画面の中のツバサの姿に、ローザリンデは再び涙ぐみながら。ソラはそんな彼女の隣に寄り添いながら。ふたりはルカと研究員のやり取りを見聞きしていた。

『ご覧の通り、ルカ様のホルダーである彼女の状態は、このようでして…』
『ご覧の通りも何も、この子が再起不能寸前なのは、一目瞭然じゃない?
 それで?こんないたいけな女の子の病室にまでオレを呼び出しておいて、今度は何をさせたいワケ?』

神妙な態度の研究員に対して、ルカの口調は余りにも軽かった。眼の前で眠っているツバサのことも、いま見せられている景色の一部、ぐらいにしか思っていない様子にも取れる。
研究員が続けた。

『ですから、何度も申し上げていますように、ホルダーの登録の解除を、お願いします、と…。彼女がこのような状態では、いざというとき、ホルダーの命令権は全く意味を成しませんので…』
『そっちこそ何度も言わせないで?今のオレには、この状況がまるで分からないから、キミたちの要求は飲めない、って言ってるでしょ?
 ここ1ヶ月の記憶は全く無いし、ログにすら何も残ってないんだから。そんな中で、彼女がオレのホルダーだけど、交通事故の影響で眠ってしまったから登録を解除してくれ、なんて言われたところで…、何が出来ると思う?
 そもそもの疑問点。オレが会社で倒れてたのなら、そのままKALASに運ぶべきなのに、どうしてわざわざ自宅に帰して、自然復帰を待ったの?
 …、まあいいや。でもなー。もー…、業務のあれこれが滞って、仕方ないんだケドなあ…』

ルカはそこまで言い切ると、ふぅ…、と溜め息を吐く。端から見ている分には、どうにもルカはツバサのことはまるで知らないとばかりで。それどころか、彼女が要因で、自分の仕事を中断されていることに対して、微かな気怠ささえ感じ取っているようだ。

『申し訳ございません、ルカ様。ですが、現時点で選択するべき最善の処置が―――』
『―――その台詞も聞き飽きたよ。8回も言われたら、ね。
 さて、オレはもう帰るよ。軍事兵器のオレがこの子を怪我を綺麗に治してあげることは出来ないし、ホルダーの解除とやらもわけが分からないから、これ以上は時間の無駄だよね?異論はある?』
『…、いいえ。
 貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございます、ルカ様』 
『あ、そう』

ルカは言いたいことだけ言って、研究員を説き伏せると。本当に、踵を返してしまう。その背に、恭しくこうべを垂れる研究員たち。すると、病室の扉に手を掛けたルカが、おもむろに振り返って。

『じゃあ、またね』

と、言った。その声は実に軽くて、快活。仕事終わりの同僚に、また明日も一緒に頑張ろうね、と告げて、さっさと帰っていく上司。と言った有り様。
研究員たちがより一層深くお辞儀をするのを見たルカは、ふ…、と笑ってから。今度こそ、その場を後にした。


*****


画面の向こうのやり取りを見ていたローザリンデは、わなわな…、と身を震わせていた。それもこれも、解説と称して、ジョウが横から入れてくる『説明』の内容が、余りにも酷かったから。

「―――ご覧の通り、ルカ三級高等幹部は、ツバサさんを交通事故に陥れたという自覚がまるで無く…。それどころか、ログが残っていないという不具合まで盾にして、自分の潔白を主張するような真似までしている始末でして…」

ジョウはそう付け足しながら、少しずつ、ふたりに与える情報の内容を操作していた。全てを嘘にしてしまったら、ジョウが悪役になってしまう。それは駄目だ。だから、真実の中に適量の嘘を混ぜ込み、信ぴょう性を笠増しさせて、ローザリンデとソラを丸め込もうとしている。そう例えば、ツバサを撥ねた物流トラックは、本当は無人運転だったのだが。トラック自体は有人運転に切り替えられるシステムを搭載していたことから、事故当時はドライバーが運転していた、という捏造を行った。罪を被って貰うドライバーは、カネで雇った。低賃金化と、無人運転システムの大幅普及によるリストラが深刻化する物流業界の、たかがドライバーなど。目先に大金を積めば、簡単に飛びつくものだ。
あとは、ジョウの前に座っている、このふたり。2000年に1人の天才児とか、旧時代から続く名家の御令嬢とか。そんな大層な肩書きを持っていても、所詮は、『18歳の子ども』でしかない。子どもが大人に勝てるわけがないのだ。
そうして、ルカを完全なる悪役に仕立て上げることに成功したジョウは、動揺に動揺を重ねたローザリンデに向かって、更に言葉を重ねる。

「ルカ三級高等幹部は、尊い人命がかかっている現状より、自分の仕事が優先のようです。仕方ありません、彼は機械ですから。我々人間の感情など、ルカには到底、理解が出来ないでしょう。そう、今のローザリンデさんの悲しみですら…」
「…、…ルカ…ッ」

ジョウの言葉に、ローザリンデの顔が軋むように歪む。その唇から零れたルカを呼ぶ声は、確実に彼への憎しみが垣間見えているのを確認したジョウは、己の脳内で、大身槍作戦への手駒が増えることを確信した。

(―――この令嬢は、使えるぞ。親友の惨状に嘆く、悲劇のヒロイン…。大身槍作戦の崇高なる犠牲に、打ってつけの存在だ。
 …そうとなると、後の問題は…)

ジョウはコーヒーカップを傾けて、思考する時間を稼ぎながら。ちらり、と、ソラを見やった。ソラは隣のローザリンデを宥めている様子で、「まだ答えを出すには早い」と彼女へコメントを寄せている。…その冷静さは、今の場面では邪魔でしかないが…。長い目で見れば、とても利用しがいがありそうだ。ルカが手ずから、「オレの秘書官にしたい」と言って、ピックアップしてきた少年故に、いずれはルカ側の人間になってしまう可能性は大いに捨てきれないが。…邪魔になったときは、いつでも解雇してしまえばいい。ルカは史上最強の軍事兵器であっても、ROG. COMPANY本社内では、所詮は「高等幹部のひとり」である。「社長」のジョウの解雇通知を覆す権利など、ルカには与えられてはいない。

(邪魔になれば、そのときに排除すればいいだけだ。人類の完全な勝利のために、崇高な犠牲はつきもの…。彼にも、その役を担って貰うとしよう。
 それまでは、精々、ルカのご機嫌取りに走り回らせるとするか…。こちらの雑務が少しでも減るのは、会社にとっても有益だからな)

ソラにはルカの秘書官の地位を与えることで、彼のご機嫌取り役を押し付ける算段をつけたジョウは。そこでやっと己の中の答えを出したことを確認し、コーヒーカップを置く。―――完璧だ。此処に至るまでの全部、自分の計算通りであろう。

(やはり私こそ、この地の人類を代表するに相応しい、選ばれた人間…!
 このヒルカリオの監視者として、全ての元凶を―――ルカを終わらせるためには、私がこうして手ずから動かねばならないのだよ。
 だが、末端の雑務などは、社長であり、人類の代表である私の仕事ではない…。だからこそ、犠牲となるべき人材が必要なのだ。今はそのための布石…)

ジョウは自分が振るっている手腕に、勝手に酔っていた。故に、気が付かなかった。ソラがジョウを観察しているその視線が、ジョウが見くびっている『18歳の子ども』とは思えぬ、手酷い冷たさを孕んでいることに―――…。


*****


クロックヴィール大学付属病院を出たローザリンデとソラが、大人しく隣り合って、黙って歩いていたのは、ほんの十数分の間だけで。
ひとけのない、少しだけ寂れた公園にまで来た途端。ローザリンデはその美貌を恐ろしい形相へと変えて、ソラに掴みかからん勢いのまま、彼に向かって喚き散らす。

「ソラ!!オマエってヤツは!!正気かよッ?!!相手はおれの親友を殺しかけた男だぞッ?!!もう一回、冷静になって考えてみろよッ!!」
「俺が正気かどうかは、お前の判断に任せる。だが、ルカ三級高等幹部の行動の諸々を証明するには、現時点の情報の精度は、至って曖昧だ。
 早合点は己の身を滅ぼすのと同意義にして、冷静になるべきはそちらだ、ローズ」
「うるさいうるさいうるさいッ!!よりによって!!オマエが!!おれの大切なものを奪おうとした男の部下になるだなんて!!信じられねえよ!!本当にどうかしてる!!」

―――『ソラがルカの専属秘書官として、ROG. COMPANY本社に就職する』。…その現実が、今のローザリンデの理性を崩壊させて、彼女を絶望という名の怒りに染め上げてしまっていた。
だが、対して、ソラは実に冷静である。この天才は、確かに孤独に塗れた過去を抱えた道を歩んできたいたが。それ故に、現状への判断力を見失わない。少しでも目測を見誤れば、周囲の大人が、ソラの『天才の部分』だけを利用しようとしてきたから。だからこそ、大人たちの身勝手な理由と都合で引き合わされたとはいえ、唯一の幼馴染にして友人とも言える、ローザリンデのことだって、ソラは決して無視が出来なかった。ローザリンデが友人として自分に接してくれた過去もあるからこそ、ソラは本当に意味の孤独に震えることはなかったのだ。そうだからこそ、ソラがローザリンデのためを思って振る舞った行動と台詞、そして選び取った道そのものが、彼女の逆鱗に触れるとしても厭わない、と考えている。
しかし、されとて、孤独の側面に触れていたソラという天才児は、あまりにも言葉が足りない一面がある。それは幼さ故か、はたまた、不器用なのか。

「専属秘書官になるからと言って、俺は別にルカ三級高等幹部に忠誠を誓うわけじゃない。お前の親友の事故にだって、何か裏があるなら、その事実確認が出来れば良いと考えているだけだ。
 そのためなら、当事者の近くに居た方が、手っ取り早いだろう?」
「オマエは良いよな?!そうやって第三者として割り切れるからよッ!!さすがの天才児サマは考え方が違うよ!!
 ああ!!あのルカって男は、何でもかんでもおれから奪う気なんだ!!ツバサもソラも!!おれから奪って、壊す気なんだ!!
 だってアイツは軍事兵器なんだろ?!!壊すことしか出来ないんだろ?!さっき前岩田社長がそう言ってたぞ!!」
「おい、少し落ち着け。取り乱す心中は大いに分かるが、謂れのないことを喚き散らすのは頂けないぞ、ローズ」

平素と変わらぬソラの冷静な言葉は、今のローザリンデの心を抉っていくだけにしかならない。
ローザリンデは美しいロングヘアーを振り乱しながら、文字通り、頭を抱えてその場に座り込んだ。そして、慟哭。

「ああ!!ああもういやだ!!こんな腐り切った世界なんて!!おれが壊せるモンなら壊してやりたいッッ!!」

その叫びは、閑散とした公園を見下ろす、澄み切った晴れ空に消える。―――はずだった。


「へえ?キミにも、壊したいモノがあるの?」


降って湧いた、艶のある低い声。ソラとローザリンデは、突然響いたそれの方向へと振り向く。そこに悠然と立っていたのは、ルカだった。
ローザリンデは乱れたロングヘア―のまま、ルカを憎らし気に睨む。対して、ソラは驚きはしつつも、その翡翠の眼は彼の登場を見越していたようにも見えた。

憎しみを向けられていることなんて痒くも無いとばかりに、ルカは爽やかな笑みのまま、口を開く。

「あの病床の彼女も、オレに向かって言ったんだ。『この現実を、壊すことが出来たら』って。
 オレはその願いを叶えてあげたかったんだケド。どうやら、やり方を間違えたみたい。悪いことしちゃったなあ…。あの子が目覚めた後は、ちゃんとフォローしてあげないと…」

ルカが言った「目覚めた後」に、ローザリンデは激しく反応した。

「! 目覚めた後…?!ツバサは、ツバサは、いずれ目覚めるのか!?本当に?!」
「うん?まあ、あの子の生命維持装置の管理を、オレに反目する人間側に一任することを辞めさせるコトが出来れば、ね」
「どういうこと…?」

だが。ルカの返答の真意が分からないローザリンデは、思わず詰問するかのように問うことになる。それでもルカは、特に機嫌を損ねる様子はなく、相変わらずの調子で言葉を重ねた。

「あの子の生命維持装置の管理、このまま向こうの人間に渡したままにしてると…―――、あの子、ある日突然、殺されちゃうかもよ?
 それこそ、『装置の異常』とかで突発的、且つ、さも偶発的かのように、偽装されて。今回の仕組まれた交通事故のように、ね」
「―――…ッ!!??」

ルカの衝撃発言に、ローザリンデは心の底から震える。…仕組まれた?ツバサが巻き込まれた交通事故が?それはつまり…?

「どうする?キミたちが今ここで、前岩田社長の口車から、オレの車輌に乗り換えるっていうなら、それに見合った地位や権力、その他諸々。オレが用意できるものは、何でも用意してあげる。
 その代わり、かなりのレベルの演技力、財力、精神力が試されるケドね。まあ財力は弊社に就職した時点で、給料として保障はされてるから…、とりあえず、ソラは演技力、ローザリンデは精神力を、早急に身に着けて欲しいかも~」

ルカがそこまで言い切ったそのとき。そこで初めてソラが口を開いた。

「話が少し進み過ぎています、ルカ三級高等幹部。これ以上、ローザリンデを混乱させないで頂きたい。
 恐れながら、こちら側の視点から、貴方の話の要点を纏めると。
 これはつまり、『ツバサさんを巻き込んだ交通事故は、ルカ三級高等幹部を良く思わない人間が仕組んだもの』、
 『前岩田社長はその事実を隠蔽・捏造し、ルカ三級高等幹部に全ての責任をなすり付けている』、
 『そして、その誤った情報を俺とローザリンデに吹き込み、貴方への反抗心を俺たちふたりに植え付けようとしている』、
 …ということでよろしいでしょうか?」

ソラの声音は、その視線同様に、実に冷静なものにして、理路整然としている。此処に至るまで物事の全部を俯瞰して観測でもしてこなければ、到底、弾き出せるような成果でもない。だが、それをやってのけてしまうのが、ソラという少年だった。ルカは、ソラのそこを高く評価している。だがそれはあくまで「ソラが天才だから」ではなく、「ソラが自分で身に着けた処世術の一環」と認識しているからだ。
ソラに要点を纏めて貰ったルカは、「そうそう。そうだよ、そうだよ~」と嬉しそうに頷く。やはり、自分の観察眼に狂いが無いことが証明されて、ルカは嬉しくなる。そして彼は、次のカードを、すぐさま出した。

「ソラには、このまま予定通り、オレの専属秘書官として、弊社に就職して貰うとして…。
 …ローザリンデ。キミには、オレに上辺では関わっているようでも、根本ではそんなことはないような、…要するに、『表面上の関係』的な、そういう絶妙なポジションに収まるのが良いかもね。キミ自身がオレのことを利用しつつ、でもオレのことが嫌いになったら、即効で現場から離脱が可能な範囲に居た方が、きっと身のためだし。
 …あ、そうだ。オレが統括することになってる新設の部署の、武装配備権を持つ役職なんて良いかも~。地位は、そうだなあ…、キミの御家柄と下馬評を考えると…、五級高等幹部くらいの席が妥当かな?今ちょうど、そこは空席になってるし。社長はキミをいたく気に入ったみたいだから、高等幹部の椅子にキミが座ることを、拒むことは無いと思うよ」

「おれが…、ROG. COMPANYの…、五級高等幹部に…?
 …そうすれば、ツバサのこと、助けてやれるの…?」

ルカの出したカードに、ローザリンデが反応を示す。「ツバサを助けたい」という一心で、彼女はジョウの計画通り、反抗心を覚えていたルカに縋る視線を送った。もう何でもいい。大切な親友を助けられるなら、自分は何だってしたい。…それと並行して、ジョウの言うことを鵜吞みにしていた浅慮な自分を、ローザリンデは瞬時に恥じていた。多角的に物事を捉えることが出来ずに、一体、何が為せようものか。

生来の冷静さを取り戻しつつあるローザリンデを見ながら、ルカは一層、笑ってみせると。薄いグロスで仄かに桜色に色付けた唇から、いま用意できる最大火力のカードを切った。

「じゃあ、こういう筋書きにしてみようか。
 オレの秘書官になったソラの最初の仕事が、『病床の彼女の生命維持装置の管理顕現の半分を、ローザリンデに渡すこと』を交渉する。理由は、『ローザリンデは彼女の親友であるため、身の回りの世話に関わりやすい。そして何より、ローザリンデが五級高等幹部としての責任感を得るために』…とか?どう?我ながら完璧だと思うんだ~」

そこまで言うと。ルカは深青の瞳を細める。蠱惑的な微笑みで、悪魔のような誘いを仄めかす。―――だが、此処に至るまで、好き勝手に他人の命と心を踏み躙ってきた『本当の悪魔』は、果たして誰だと言えるだろうか?

―――それが分からなくなるほど、ローザリンデも、そしてソラも。最早、幼く、愚直で、純粋な子どもではなかった。

「どうする?眠れる不思議の国のアリスが、本当の意味で覚醒するまでのストーリー、…オレと一緒に演じて、踊って、歌って。そうして、醜い人間たちへ抗ってから、一矢穿ってみない?
 きっと、弊社が作っているどんな玩具ですら足元にも及ばない、最強の逆転物語の結末が、キミたちを最高のエンドロールの先で待ってるよ」

ルカが笑う。史上最強の軍事兵器が、最狂の計画を晒してきた。これを知ったからには、―――否、正確には。ルカを通して、ジョウの本性を透けて見たからには。もう、到底、許せる気にはなれない。
乗ってやろう。足掻いてみせよう。藻掻いてみせよう。精一杯、がむしゃらに、抗ってやる。

200年以上、人類の歴史という名の鎖に縛り付けられてきた『ルカ』という男が、たった今、反逆の旗を掲げる準備をした。今、最低限に必要なものを、揃えた。

あとは、その反逆の旗をしかと振るべき人物が、―――ALICEが本当に意味で目覚めるのを、待つだけ―――…。

人材が足りないと思えば、エンドロールの道すがら、もっと誘っていけば良い。
地図(マニュアル)が無い道路を走ることを、ルカの周りにいる人間たちは酷く苦手としているが…、一方で、ルカは軍事兵器だ。その気になれば、空だって飛べる。地上の道が走れないなら、天空の雲の上を飛べば良いのだ。アドリブ、差し込み原稿、イレギュラー、何でもかんでも、どんとこい。
たかだが60~80年そこそこで完全に世代交代をしてしまう人間が制御下に置くには、ルカという存在は、余りにも強大が過ぎることを。この時点のヒルカリオで正しく把握しているモノは、誰ひとり居なかった。敢えて言及するなら、この半年後に、ソラがその『一番最初』の栄誉を賜れる、ということだろうか。


―――そして。この逆転物語は、未来へと繋がっていく―――…。



to be continued...
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