第六章 Awaken The TRUE ALICE

ルカが三級高等幹部として、そして軍事兵器として、特別強化合宿の即時全面解体を命令すると。彼の周囲の人間たちは、てんやわんやになりながらも、それに従った。
ルカを怒らせてはいけない、機嫌を損ねてはいけない、不興を買ってはいけない。ルカが「こうしろ」と言うなら、例えその場しのぎであっても、従う姿勢を見せなければならないのだ。…何故なら、ルカがその気になれば、人類はあっという間に滅んでしまうのだ。と、ルカの周囲の人間たちは、彼が目覚めてから200年以上の歴史のもとにて、過去の先人たちから伝えられ続けているだから。この地の人間たちが、ルカという脅威と共に歩んできた栄光と苦難の歴史…―――。


―――…などというものなどは、露知らず。ルカは、これであの少女が無辜の犠牲に胸を痛めずに済むし、おまけに自分の周りの人間たちに無駄な干渉を受けることなく、彼女というホルダーを見つけ出すことも出来た、と。呑気に考えていた。……そう、本当に。呑気に構えていた…。


「ルカ様。貴方のホルダーの枠に、『ALICE』というコードネームで、登録済みの遺伝子情報がありますが…。何かご存知でしょうか?」

能面のような顔をした研究員のひとりが、お供を6人も連れて、ルカへそう問いただしにやって来た。
一瞬、ルカはしらを切るつもりで居たが…。…自分が知らぬふりをして、少女…―――仮に名付けた、ALICEに危害を加えられても困る。こういう人間たちというのは、自陣の目的と利益のためなら、手段を選んでこない節がある。ALICEを盾にされて、これ以上の無駄な制約でも設けられたら面倒臭い。だからこそ、ルカは笑って。正直に答えてみせた。

「オレが見つけてきたホルダーの子だよ?」
「…ルカ様、勝手なことをしないで頂きたい、と常々申し上げているはずですが?」

研究員が凄む。が、ルカには通用しない。通用しないがために、彼は『正解』を言ってしまう。

「別に、ホルダーに関しては、キミたちの手を借りなくても、自分で解決できることだから、そうしたまでだよ。そんなに目くじらを立てることかな?
 そもそも、オレの中にホルダーという機能をつけたのはキミたちなのであって、オレの意思ではないし。
 そう考えると、勝手なことをしてくれているのは、むしろそっちじゃないの?」
「――――……ッ…!」

ルカの発した『正解』に対して、研究員のこめかみに青筋が浮かぶ。顔を真っ赤にした研究員は、ぐぐ…!、詰まりながらも。眼の前の軍事兵器に弁論を重ねた。

「ルカ様。重ねてご注進申し上げます。
 …ご自身の持つ影響力というものを、今一度、お考えください」
「オレは怖いことなんて、何ひとつ発信しようとしていない。キミたちが、オレの一挙手一投足に対して、勝手に大騒ぎしているだけだってば。
 ねえ?まだ続けたいの?こんな不毛なやり取り。オレにも新設部署の開設に向けた、整理整頓とか何とかが、色々と残ってるんだよねえ」
「…、…失礼しました。では、また何かありましたら、ご報告いたします」

研究員は嫌悪感を隠しきれない様子で、ルカとのやり取りを切り上げると。お供たちを引き連れて、執務室を出て行く。

…。その後ろ姿を見送ってから、気配が執務室周辺から完全に消えたことも確認して。ルカは警備、とは名ばかりの、監視として設置されているロボット兵士の一体に声をかける。

「そこのキミ、ちょっとこっちにおいで」
『命令を確認』

ロボット兵が近くに寄ってきたのを確認したルカは、…徐に、黒革の手袋を脱いだ。青色のネイルが施された爪先は、白魚の指。だが、この手の肌が露出することの意味を知る者が、今の光景を見れば、阿鼻叫喚となるだろう。

「キミの頭に入ってるプログラムと、それを動かすための基盤やらあれこれ、オレが貰っちゃうね?
 でも、キミは悪くないよ。悪いのはキミを創った人間と、それに対抗しようとするオレだから。…ごめんね」

ルカはそう言った直後、自分の掌でロボット兵の頭を鷲掴みにした。途端、発動した同調変換のチカラで、ロボット兵はみるみるうちに、本来の形から別のモノへと造り替えられていく。間も無く、ただの箱型に近いの鉄塊になった、先ほどまでロボット兵だったそれに。ルカは再び手を当てる。

すると、ルカの中に隠されている、ヒルカリオ全体のセキュリティーを掌握するシステムが起動した。
ルカはROG. COMPANY本社内に設置されている無数の監視カメラと、防犯用盗聴器の全てを、リアルタイムで見聞きしながら、必要な情報を探っていく。
此処に居る人間たちが、ホルダーが登録された、と聞いて。大人しくしているわけがないと、ルカは思っていた。絶対に、何かアクションをしてくると予想していた。…それが、先ほどまでの『事実確認』だけで終わるわけもない、ということも、また然り。

ルカには全容を秘密にしているつもりらしい、本社ビル12階のラボ。無数の『踏み台』を経て、そこの監視カメラを覗き込むことに成功したルカは、ラボ内の光景を観察する。研究員たちが会話をしているのを見聞きできた。

『―――ホルダーは、例の合宿場で獲得した模様です。ルカとALICEなる少女の接触を、物陰から目撃していた他選手が居たようです。選手が合宿のスタッフに報告をしたようですね』
『その選手の処遇は?』
『既に地下病棟に収容済みです。常時、睡眠薬を投薬していますので、眠りから覚めることはないでしょう。選手の家族には、『合宿中に視察に来た海外のスカウトと、現在、交渉中』という旨で、何とか誤魔化しております』
『数日経ったら、選手本人の筆跡を真似て、手紙を送れ。『スカウトさんに付いていき、このまま海外でスポーツに専念します』とでも書けば、良いだろう。後で、海外スカウトを偽装し、こちらから多額の契約金を払えば、家族も余計な詮索はしてくるまい』

酷い話をしているものだ。だが、その不運の選手の存在を失念していたのは、あの場に居たルカの責任でもある。後で、何か手を打とう。その選手を家族のもとへ帰してやらねば、ルカは自分のホルダーの願いを叶えてあげられない流れになってしまう。ALICEは、願っていた。合宿に参加していた皆の、哀しみの涙が止まることを。あの地獄が終わることを。
片手間に「地下病棟」なる場所を検索しようとしたルカだったが、次いで聞こえてきた会話に、釘付けになった。

『ホルダーとなっているALICEの情報を特定しました。聖クロス学園に通う、普通の女子高生です。
 …現在は、一般の歩道を移動していますね。経路を予測するに、コンビニにでも行くのかもしれません』

…果てしなく、嫌な予感がした。ルカは検索するのを止めて、傍聴と監視に注力する。研究員たちは、応酬を続けた。

『ホルダーが、ただの女子高生だと…?はぁ…、たかが軍事兵器のくせに、変に色気づきやがって…。
 即効で、その少女を始末しろ。交通事故に見せかけて、自動運転のトラックで轢き殺せ。事故の理由や言い訳など、後付けでいくらでもでっち上げられる。
 ルカとて、所詮は機械だ。不慮の交通事故に巻き込まれた、と言われて、その少女の遺体を直接確認させれば、嫌でも自分からホルダーを解除せざるをえないはずだ』
『では、少女の付近を走行中の物流トラックを、こちらでハッキングします』

――――!!??

ルカは激しく動揺した。

始末する?彼女を?事故に見せかけて?殺す? ―――オレから、奪う?―――

―――その動揺が見せた隙が、いけなかった。

『ラボ内のセキュリティー、外部からハッキングの可能性!―――ルカだ!ルカが見ているぞ!!』
『部隊を差し向けろ!!ルカを拘束!!
 それと、ルカがハッキングしている経路を逆探知して、そこからシャットダウンウイルスを送り込め!!会話を聞かれたなら、ログを消さねば!!』

「…! チッ!!」

研究員に気付かれた瞬間、ルカの唇から、大きな舌打ちが出た。苦々しい表情をしたルカだったが、自分の周囲に近付いてくる監視役のロボット兵のことは、決して失念してはいない。

『命令を確認。ルカを拘束』
『ルカを拘束。動かないでくだ―――』

室内に、金属を叩き割るような音が響いた。刹那。そこに広がっていたのは、5体も居たはずのロボット兵たちが、跡形もない鉄屑になってしまっている有り様だった。
秒でロボット兵を木っ端微塵にしたルカは、この執務室の鍵をこじ開けて、侵入してきた部隊に目を向ける。人間の部隊長がひとり、ロボット兵が8体。

「動くな!!ルk―――」

「―――そっちが、動くな」

一息で距離を詰めたルカは、部隊長の男の喉を、文字通り、その掌で掴み、冷たい視線と声で、告げる。
同調変換のチカラを、わざと緩めたルカは、部隊長の喉の肌の表面を、薄く、薄く、じわじわ、と石化させていった。

「どうする?このまま石像になって砕かれるか、それとも、オレにロボット兵たちを提供して、自分は生き延びてみせるか」
「ひ、ひぃ…ッッ!?」

人体の肌が石化していく、未知の感覚。そして、拘束するために乗り込んだ矢先に、ルカに主導権を掌握されて、絶体絶命の窮地に陥ったことへの、絶望。

「時間がないんだ。さっさと決めろよ、人間」

ルカがそう言うと、掴んだ喉の表面の石化が進む。部隊長が、やっとの思いで口を開いた。

「ッ、ッ!ぜ、全兵士、ルカにし、しし、従え…!」
『命令を確認。ルカの指示を待ちます』

部隊長の命令をロボット兵が受理したのを確認したルカは。掴んでいた喉から手を離すと同時に、部隊長をその辺に投げ捨てるかのように転がす。
石化が解けた反動と、未知の恐怖に遭遇したことで、すっかり戦意喪失した部隊長は。わけの分からない言葉を悲鳴として叫びなら、執務室から逃げ出していった。

それを追うことは、ルカは当然しない。今は一秒でも早く、ALICEのことを護らなければならない。
残されたロボット兵たちを次々と、且つ、瞬時に、同調変換で、ハッキングへの踏み台へと変化させてから、ルカはALICEが歩いているでろう地域を探る。
聖クロス学園には学生寮が併設させている。ALICEが養護院出身であることは調べがついているので、十中八九、彼女は寮生活をしているはず。今は学生寮からコンビニエンストアへ向かっていると仮定して―――…

「見つけた」

スクールジャージ姿のALICEが、街頭の防犯カメラに映っているのを発見した。手には小ぶりのトートバッグ。財布とスマートフォンぐらいは入っていそうだ。そのスマートフォンにコンタクトが出来れば、と、ルカが考えたときだった。
突然、脳内でハッキングして監視していた映像に激しいノイズが走ったかと思えば、次いで自身に酷い頭痛と耳鳴り、そして目眩に襲われる。

―――シャットダウンウイルスを打ち込まれた―――!

ハッキングの経路を特定されてしまったようだ。マトモに回避しているだけでは、数分と持たず、ウイルスが爆発して、自分の意識回路は落とされてしまう。だったら。

「抗ってやる…!オレから奪い続ける人間たちに…抗ってやる…ッ!!」

ルカは自分に打ち込まれたシャットダウンウイルスの端っこの情報を拾い上げて、そこからプログラムそのものの書き換えを試みる。
該当するシステムを強制的にシャットダウンさせることが目的であるこのウイルスを、それを自分側で使えるように転用できたなら。それをALICEを轢き殺す可能性のあるトラックのサーバーへ流し込めばいい。そのトラックの自動運転が止まれば、走行も止まる。ALICEは助かる。

「護るんだ…!!絶対に護る…!!約束したんだ!!絶対に護るって!!」

ウイルスに侵食されているのと、それを瀬戸際で防ぎながらも、ウイルスのプログラムの書き換えを行うルカは。もう、なりふり構っていられなくなっていた。吹き出す汗は止まらないし、指先の震えも酷い。頭痛も耳鳴りも目眩も、ますます悪化している。

そのとき。ノイズの走る防犯カメラの映像のなかに、明らかに法定速度を破ったスピードで走る物流用トラックが見えた。

―――こいつだ!この車両が、ALICEを殺そうとしている!!―――

「させない!!させない!!させるものか!!!!
 人間め!!!!いい加減にしろ!!!!オレからこれ以上を奪って何が楽しい??!!」

意識回路のシナプスが、激しいハッキングの攻防戦を保っていられなくなっている。シャットダウンより先に、ショートしそうだ。だが諦めない。止まらない。止まるわけない。止められるはずがない。

そのとき。プログラムが書き換わったウイルスを、ルカがトラックのサーバーへと流し込むのと。新しいシャットダウンウイルスが、ルカのなかへ追加で打ち込まれたのが。ほぼ同時に起こり。
そして、トラックは急激に減速したが、その反動でハンドリングが甘くなり、結果、横転したトラックの車体が、――――ALICEが歩いていた道へと、突っ込んだ。
その映像をルカが見とめた瞬間。彼の中に打ち込まれていたウイルスが、とうとう爆発する。

「―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

天地が裂けんばかりの悲鳴が、ルカの口から迸った。ウイルスの爆発は、彼の意識回路を強制的に焼き切るのと同意義であり、それは彼に激しい痛みを伴わせる。

全身が脱力して、その場に倒れたルカは、朦朧とする意識の中で。虚ろになった深青の瞳から、涙を零す。ブラックアウトしていく世界で、ルカは独りぼっちで、哀しみへ沈む。

(…護りたい…、あの子の願い…あの子と交わした約束…、あの笑顔…、もう一度、見たいな…。護りた、い……よ…)

そして、ルカの意識は、完全に暗転した。



to be continued...
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