第六章 Awaken The TRUE ALICE
【9年前 ROG. COMPANY本社 直営物販横 トレーディングスペース】
18歳のローザリンデは、『求・サファイア 譲・ルビー、トパーズ、エメラルド』とマーカーで書いた手持ち用のボードを掲げながら、待ちぼうけを食らっていた。
ローザリンデは、己の推しであるプリンス・サファイアを求めて、本社直営物販でしか買えない限定のアクリルキーホルダーを、20個も爆買いしたというのに。…物欲センサー、とでも言うべきか。サファイアのお迎えは、全く叶わなかった。なので、物販の横に設置されていた、公式のトレーディングスペースに入って、サファイアと求めるのと、その代わりに譲るキャラクターの名前をボードに書いて、待っていた。交換に応じてくれる、運命のひとが現れてくれるのを。…だが、プリンス・サファイアは、ヒーロー側では最も人気が高いキャラクターで、当然、レートもハイクラス。交換とは言え、それに応じてくれるひとは、見つからない状態だった。
(せっかく、他のグッズ諦めて、アクキー20個も買ったのにさ…)
ローザリンデは胸中で、そうボヤく。
実はローザリンデは、この物販に赴く必要はない存在だった。実兄の凌士が、昨年の春に、テイスワート家の家督を継いだと共に。先代となった父から、ROG. COMPANYの株の全ても、譲って貰っているのだ。それにより晴れて、兄は筆頭株主となった。その恩恵として、ROG. COMPANYで取り扱っている商品のいくつかを、会社から直接、送り届けて貰ったり、格安で購入出来たりすることが可能となった。
その凌士は、直営物販に赴こうとする、愛する妹へ、こう言った。「欲しいものがあるなら、僕がROG. COMPANYに言って、届けさせてもいいんだよ?」と。
だが、ローザリンデは首を横に振った。あの会社の筆頭株主は、あくまで凌士だ。自分ではない。ならば、それは恩恵ではなく、甘い汁を啜っているだけ。…ローザリンデにとっては、「ズル」にカウントされる行為だった。
それに、自分が欲しいと思ったものは、自分の手で掴み取りたい。
テイスワートという名家の令嬢に生まれたローザリンデは、幼い頃から、何でも与えられてきた。だが、向こうから勝手に与えられるだけ。自分から望んで、何かを強請った記憶は、数えるほどしかない。
通っている星ノ河大学への進学を決めたのだって、「あのテイスワート家のご息女ならば」と、本土にある超級の某国立大学側から、特待生としての枠を用意されそうになったのを、ローザリンデ自身が、必死になって止めたから。
何でも与えられる贅沢は知っているし、恵まれきった立場にあることも、重々理解している。だが、そこに胡坐をかいて、少しでもラクな人生を歩もうとしないのが、ローザリンデがローザリンデたるプライドであり、彼女が持つ絶対的な品格の現れだった。
例え、それが。推しのグッズひとつの話であっても。
否、推しのプリンス・サファイアの限定グッズだからこそ。自らの手を伸ばして、手に入れたい。誰かに与えられるだけでは、ローザリンデにとって、それは無価値なアクリル製の板でしかないのだ。
だが、そうと勇んで。やってきたローザリンデを待っていたのは、余りにも非情な現実だった。
物欲センサー発動にて大爆死をかました挙句。交換には誰も応じてはくれない。…此処は、ヒルカリオ。そして、ローザリンデは、この島にある星ノ河大学の現役学生。見るひとが見れば、分かる。「あれは、あのローザリンデ・テイスワート嬢だ」と。そうでなくても、「とんでもない美人すぎて、話しかけづらい」と思っている者もいる。
結局、誰も彼も。ローザリンデの上辺や、肩書きしか見てくれないでいる。
これ以上、この場の噂の種になる気もないし、もう諦めて帰るしかないか…、と、ローザリンデがボードを片付けようとしたときだった。
「あの…、私の引いたサファイア様で良ければ、お譲りします…」
控えな声。だが、よく耳に通る声。振り向けば、そこに立っていたのは、幼い顔立ちに不相応な身長とバストを持った、聖クロス学園の制服を着た少女だった。―――15歳のツバサである。
「え、…よ、よろしいのでしょうか?」
思わず、『素の方』が出そうになったローザリンデだったが。グッと堪えて、令嬢モードをキープする。聞き間違えでなければ、彼女は「サファイアを譲る」と言ってくれた…?
「はい…。私、自分の最推しは引けたので。他の子たちの行く宛てがあるのなら、ぜひ、お譲りしたいって思ってて…。
サファイア様はレートが高いから、明日にでも学校へ持って行けば、貰い手が簡単に見つかるのは分かっているけど…。物販に並ばずして手に入れるひとたちより、此処にボードを持ってまで、サファイア様を待ってくれているひとのおうちに行く方が、このサファイア様も、きっと喜ぶから…」
ツバサはそこまで言いながら、持ち帰り用に用意していたらしいタオルハンカチに包んだ、プリンス・サファイアのアクリルキーホルダーを取り出した。
推しの姿を見とめた瞬間、ローザリンデの瞳が輝く。
「まあ、まあ…!嬉しい…!とっても嬉しい…!こんな綺麗な状態のサファイア様を頂けるなんて…!
…して、どちらとの交換をご所望ですの?」
「あ、私は、交換ではなく、譲渡希望です…。最推しは自分で引けたし、これ以上の数のグッズは、私のお部屋に置ける気がしないし…。持て余したグッズは、箪笥の肥やしになるだけですから。そうなると、グッズにも、公式にも、界隈の同士にだって、失礼だし…。
なので、私が引いた推し以外の子は、譲渡を希望する方に、全員、差し上げたいくらいで…」
――――なんと器の広い少女なのだろう…!プリテトファンの鑑のような子じゃないか…!この界隈に、まだこのような天使級のファンがいたというのか…!
ツバサの台詞を聞いたローザリンデは、一瞬にして、彼女を界隈を同じくするものとして、心から尊敬に値する存在だと認知した。
故に、ローザリンデは、プリンス・サファイアの譲渡を確認したツバサが、「ごきげんよう」と挨拶をして、その場を後にしようとしたの見て。
「あの、この後、お茶でも、ご一緒しませんこと?」
と、普段は絶対に自分から言わない台詞を。いつもいつも、他人から誘われてばかりの文句を。…生まれて初めて、己の口から紡いだのだった。
――――…。
【完全会員制喫茶 銀薔薇の庭】
誘いに乗ったのは、軽率だったのだろうか?、と。ツバサは、少しだけ後悔した。
いつもなら、放課後に稀に受ける「お茶のお誘い」など、全て断り、真っ先に寮の部屋に帰ってしまうのだが。
今日は、最推しのヴァイオレットを自引きしたことの幸せで、浮かれていたのかもしれないと、ヒヤヒヤしながら考えるほどには。ローザリンデに連れてこられた喫茶店は、女子高生のツバサにとって、住む世界が違いすぎるものであった。
ただ、店内には造花ではあろうが。まるで本物のように息づくかのような、瑞々しさを感じる、銀色の薔薇があちらこちらに飾られていて。他にも壁には、不思議な形の額縁に嵌った鏡や、童話モチーフの絵画など。ツバサの感性を刺激するものが、めいっぱい溢れていた。
更に、ローザリンデはおろか、ツバサも何も注文していないというのに。完全個室の部屋に落ち着くや否や、するり、と流れるようにセッティングされたのは。夢に夢見る女子なら、誰もが一度は憧れると言っても過言ではない、優雅なアフタヌーンティーであった。
「そんなに緊張しなくてもいいんだぜ?どーせ、此処にはおれたちしかいないんだからさ」
「え…、おれ…?」
ローザリンデの崩れた口調に、ツバサは意表を突かれて、きょとんとする。その反応を見たローザリンデは、ははっ、と笑いながら、自分のことを指差しながら、説明を加える。
「おれは、こっちが素なんだよ。普段は令嬢として、美しくいないといけない、ってんでな。
あ、二重人格じゃねーぞ?猫かぶり、が、正しいかな。はっはっはっ、驚いたか?」
ローザリンデはそう言いながらも、胸中ではこう思っていた。「どうせこの子も、幻滅するだろう」と。素の方を見た他人は、いつもローザリンデに対して、幻滅してしまうから。「そんな振る舞いは、名家の令嬢らしくない」と言い残して、彼女の傍から去って行く。…だが。
「素敵ですね。それって自分の芯を、しっかり持っているってことですから。
ローザリンデさんのこと、私、心から尊敬します」
「え、そうなのか…?オマエは、幻滅したり、失望したり、しないのか…?」
「? 幻滅や失望って…、それは、周りが勝手に作り上げたイメージに対して、周りが勝手に騒いでるだけですよね?
それは…、言わせておけば良いだけだと思います。ローザリンデさんは、ローザリンデさんです。素の貴女も、令嬢としての貴女も、きっと…」
「―――…」
ツバサの毅然とした主張を聞いたローザリンデは、その大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。…自分の芯が強いのは、ツバサの方だと、言いたい。
何というか。この少女は、高校生とは思えぬような、強いメンタルの持ち主だ。…何となく、自分の幼馴染の男を思い出して、思わず、くす、と笑ってしまった。
「ふふ…、おもしれー子じゃないか。
なあ、ツバサ?おれと友達になってくれよ。オマエみたいな芯の強い女子が、おれは大好きでなァ。
何より、界隈を同じくするもの、そして、同じ人間として、オマエのこと、おれも深く深く、尊敬してる」
「私でよければ…」
「オマエが、いいんだよ。よっしゃ!じゃあ、新しい友情の記念に、薔薇のお茶会といこうぜ!
写真、撮ってもいいぞ?せっかくの綺麗な料理とお茶だからな。あ、でも、SNSにアップするんだったら、おれの姿は切り取っておいてくれよ?」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて…」
ツバサはそう言うと、スマートフォンを構えて、ローザリンデが映らない角度から写真を撮り始める。
こうして銀色の薔薇の中で、女ふたりの友情は、静かに始まったのだった。
【数ヶ月後 テイスワート邸】
自室で試験勉強をしながら、ツバサとメッセージのやり取りをしていたローザリンデは。兄・凌士からの呼び出しを受けて、彼の部屋を訪ねていた。
凌士の部屋へと入ると、まず目を引いたのは、来客用のソファーに腰かけている、深い青色のロングポニーテールが印象的な、美丈夫だった。…見たことのない男だ。それに、何処か人間味が薄い気もする。
失礼します、とローザリンデが断りを入れてから着席すると、凌士が口を開いた。
「紹介するよ、ローザリンデ。こちらは、ROG. COMPANYからいらっしゃった、ルカ三級高等幹部だ。
ルカくん、こちらは僕の妹・ローザリンデだ。仲良くしてあげてほしい」
凌士のルカへの態度を見る限り、ローザリンデからルカへの悪印象は掴み取れなかった。自分の兄の「ヒトを見る目」が高いことは、妹として、本当に良く知っているからだ。
ルカがゆるりと笑いながら、ローザリンデへと微笑む。
「初めまして。オレは、ルカだよ。ヨロシクね、ローザリンデ」
「初めまして、ルカ様。わたくし、ローザリンデ・テイスワートと申します。どうぞ、よろしくお願い致しますわ」
いつも通りの振る舞いと、最近は標準装備となりつつある言葉遣いで、ローザリンデが挨拶をする。が。
「……。」
「? あの、ルカ様…?」
…ルカが黙り込んでしまった。微笑んでいた瞳は、瞬きひとつせず、じぃ、とローザリンデを射貫く。何か不興を買ってしまっただろうか。でも、たった一言の挨拶で…?とローザリンデが考え始めたときだった。
「あ、わかった。そういうことか」
「え?」
黙ったと思ったルカが、唐突に何かを納得している。何が?とローザリンデが思ったとき。ルカはまた、ゆるりと、笑って見せた。
「ねえ?オレは、『本当のキミ』を見たいな~?
キミは凌士の妹だしさあ。心の底から仲良くしたいから、「素のキミ」で接してほしいんだケド?」
「……、マジかよ…。初見で見抜かれたことなんて、今までなかったのに…」
「普通の人間は、オレに隠し事は、大抵、出来ないようになってる。そういう世の中だよ」
……見破られたらしい。と、瞬時に理解したローザリンデは、素直に投了した。彼女は素の自分を曝け出すが、ルカは特に態度を変えてはこない。凌士も纏う空気感はそのままで、けほ…、と軽く咳き込んだものの、自分の湯呑みを傾けているだけ。どうやら、ルカの前で隠し事が出来ない、というのは、凌士も認めていることのようだと、ローザリンデは正しく把握した。
それからは、何てことない話題に花を咲かせた。
ローザリンデの大学生活のこと。凌士とのきょうだい仲にまつわるエピソード。何でも出来るが、頭がオカタイ幼馴染がいること。ついこの前、新しい年下の友達ができたこと。等々。
ひとの話を聞くのが上手いのか。ルカはローザリンデから色々な会話を引き出してくれる。そのおかげで、ローザリンデも気分良く、会話が出来た。
小一時間が経った頃。試験勉強に戻らせたい、という凌士の提案で、ローザリンデはその場から解放された。
ローザリンデが去った、部屋の中で。
凌士は神妙な顔つきになって、ルカを見ながら、口を開いた。
「……ローザリンデは、ホルダーの候補になりそうなのかい?」
どうやら、ただお茶をしに来ただけではなかったらしい。ルカは自分のホルダーの候補探しのついでに、ローザリンデの様子を見に来たようだ。
凌士の問いかけに、ルカはのんびりとした口調で答える。
「彼女は、無理だよ。リスト入りにも、引っ掛からない。
まあ、元々、ソラの幼馴染ってどんな子なんだろう?って思って、軽く様子を見に来ただけだしね~」
ルカはそう言って、自分の湯呑みを、ぐいっ、と傾けて。ぬるくなった中身を一気に飲み干した。ことん…、とごくごく小さな音を出して、空になった湯呑みを机に置く。そしてルカは、おもむろに私用のスマートフォンを取り出してから、マップアプリを起動した。ルカの黒革の指先が、直接、検索欄に住所を打つと。該当する場所に、赤色のピンが立つ。
「さて、次は…。
あの子が新しく作ったっていう、『年下の友達』っていう子に、会いに行ってみようかなあ」
そう言うと。ルカはマップアプリの「ナビ開始」をタップしたのだった。
to be continued...
18歳のローザリンデは、『求・サファイア 譲・ルビー、トパーズ、エメラルド』とマーカーで書いた手持ち用のボードを掲げながら、待ちぼうけを食らっていた。
ローザリンデは、己の推しであるプリンス・サファイアを求めて、本社直営物販でしか買えない限定のアクリルキーホルダーを、20個も爆買いしたというのに。…物欲センサー、とでも言うべきか。サファイアのお迎えは、全く叶わなかった。なので、物販の横に設置されていた、公式のトレーディングスペースに入って、サファイアと求めるのと、その代わりに譲るキャラクターの名前をボードに書いて、待っていた。交換に応じてくれる、運命のひとが現れてくれるのを。…だが、プリンス・サファイアは、ヒーロー側では最も人気が高いキャラクターで、当然、レートもハイクラス。交換とは言え、それに応じてくれるひとは、見つからない状態だった。
(せっかく、他のグッズ諦めて、アクキー20個も買ったのにさ…)
ローザリンデは胸中で、そうボヤく。
実はローザリンデは、この物販に赴く必要はない存在だった。実兄の凌士が、昨年の春に、テイスワート家の家督を継いだと共に。先代となった父から、ROG. COMPANYの株の全ても、譲って貰っているのだ。それにより晴れて、兄は筆頭株主となった。その恩恵として、ROG. COMPANYで取り扱っている商品のいくつかを、会社から直接、送り届けて貰ったり、格安で購入出来たりすることが可能となった。
その凌士は、直営物販に赴こうとする、愛する妹へ、こう言った。「欲しいものがあるなら、僕がROG. COMPANYに言って、届けさせてもいいんだよ?」と。
だが、ローザリンデは首を横に振った。あの会社の筆頭株主は、あくまで凌士だ。自分ではない。ならば、それは恩恵ではなく、甘い汁を啜っているだけ。…ローザリンデにとっては、「ズル」にカウントされる行為だった。
それに、自分が欲しいと思ったものは、自分の手で掴み取りたい。
テイスワートという名家の令嬢に生まれたローザリンデは、幼い頃から、何でも与えられてきた。だが、向こうから勝手に与えられるだけ。自分から望んで、何かを強請った記憶は、数えるほどしかない。
通っている星ノ河大学への進学を決めたのだって、「あのテイスワート家のご息女ならば」と、本土にある超級の某国立大学側から、特待生としての枠を用意されそうになったのを、ローザリンデ自身が、必死になって止めたから。
何でも与えられる贅沢は知っているし、恵まれきった立場にあることも、重々理解している。だが、そこに胡坐をかいて、少しでもラクな人生を歩もうとしないのが、ローザリンデがローザリンデたるプライドであり、彼女が持つ絶対的な品格の現れだった。
例え、それが。推しのグッズひとつの話であっても。
否、推しのプリンス・サファイアの限定グッズだからこそ。自らの手を伸ばして、手に入れたい。誰かに与えられるだけでは、ローザリンデにとって、それは無価値なアクリル製の板でしかないのだ。
だが、そうと勇んで。やってきたローザリンデを待っていたのは、余りにも非情な現実だった。
物欲センサー発動にて大爆死をかました挙句。交換には誰も応じてはくれない。…此処は、ヒルカリオ。そして、ローザリンデは、この島にある星ノ河大学の現役学生。見るひとが見れば、分かる。「あれは、あのローザリンデ・テイスワート嬢だ」と。そうでなくても、「とんでもない美人すぎて、話しかけづらい」と思っている者もいる。
結局、誰も彼も。ローザリンデの上辺や、肩書きしか見てくれないでいる。
これ以上、この場の噂の種になる気もないし、もう諦めて帰るしかないか…、と、ローザリンデがボードを片付けようとしたときだった。
「あの…、私の引いたサファイア様で良ければ、お譲りします…」
控えな声。だが、よく耳に通る声。振り向けば、そこに立っていたのは、幼い顔立ちに不相応な身長とバストを持った、聖クロス学園の制服を着た少女だった。―――15歳のツバサである。
「え、…よ、よろしいのでしょうか?」
思わず、『素の方』が出そうになったローザリンデだったが。グッと堪えて、令嬢モードをキープする。聞き間違えでなければ、彼女は「サファイアを譲る」と言ってくれた…?
「はい…。私、自分の最推しは引けたので。他の子たちの行く宛てがあるのなら、ぜひ、お譲りしたいって思ってて…。
サファイア様はレートが高いから、明日にでも学校へ持って行けば、貰い手が簡単に見つかるのは分かっているけど…。物販に並ばずして手に入れるひとたちより、此処にボードを持ってまで、サファイア様を待ってくれているひとのおうちに行く方が、このサファイア様も、きっと喜ぶから…」
ツバサはそこまで言いながら、持ち帰り用に用意していたらしいタオルハンカチに包んだ、プリンス・サファイアのアクリルキーホルダーを取り出した。
推しの姿を見とめた瞬間、ローザリンデの瞳が輝く。
「まあ、まあ…!嬉しい…!とっても嬉しい…!こんな綺麗な状態のサファイア様を頂けるなんて…!
…して、どちらとの交換をご所望ですの?」
「あ、私は、交換ではなく、譲渡希望です…。最推しは自分で引けたし、これ以上の数のグッズは、私のお部屋に置ける気がしないし…。持て余したグッズは、箪笥の肥やしになるだけですから。そうなると、グッズにも、公式にも、界隈の同士にだって、失礼だし…。
なので、私が引いた推し以外の子は、譲渡を希望する方に、全員、差し上げたいくらいで…」
――――なんと器の広い少女なのだろう…!プリテトファンの鑑のような子じゃないか…!この界隈に、まだこのような天使級のファンがいたというのか…!
ツバサの台詞を聞いたローザリンデは、一瞬にして、彼女を界隈を同じくするものとして、心から尊敬に値する存在だと認知した。
故に、ローザリンデは、プリンス・サファイアの譲渡を確認したツバサが、「ごきげんよう」と挨拶をして、その場を後にしようとしたの見て。
「あの、この後、お茶でも、ご一緒しませんこと?」
と、普段は絶対に自分から言わない台詞を。いつもいつも、他人から誘われてばかりの文句を。…生まれて初めて、己の口から紡いだのだった。
――――…。
【完全会員制喫茶 銀薔薇の庭】
誘いに乗ったのは、軽率だったのだろうか?、と。ツバサは、少しだけ後悔した。
いつもなら、放課後に稀に受ける「お茶のお誘い」など、全て断り、真っ先に寮の部屋に帰ってしまうのだが。
今日は、最推しのヴァイオレットを自引きしたことの幸せで、浮かれていたのかもしれないと、ヒヤヒヤしながら考えるほどには。ローザリンデに連れてこられた喫茶店は、女子高生のツバサにとって、住む世界が違いすぎるものであった。
ただ、店内には造花ではあろうが。まるで本物のように息づくかのような、瑞々しさを感じる、銀色の薔薇があちらこちらに飾られていて。他にも壁には、不思議な形の額縁に嵌った鏡や、童話モチーフの絵画など。ツバサの感性を刺激するものが、めいっぱい溢れていた。
更に、ローザリンデはおろか、ツバサも何も注文していないというのに。完全個室の部屋に落ち着くや否や、するり、と流れるようにセッティングされたのは。夢に夢見る女子なら、誰もが一度は憧れると言っても過言ではない、優雅なアフタヌーンティーであった。
「そんなに緊張しなくてもいいんだぜ?どーせ、此処にはおれたちしかいないんだからさ」
「え…、おれ…?」
ローザリンデの崩れた口調に、ツバサは意表を突かれて、きょとんとする。その反応を見たローザリンデは、ははっ、と笑いながら、自分のことを指差しながら、説明を加える。
「おれは、こっちが素なんだよ。普段は令嬢として、美しくいないといけない、ってんでな。
あ、二重人格じゃねーぞ?猫かぶり、が、正しいかな。はっはっはっ、驚いたか?」
ローザリンデはそう言いながらも、胸中ではこう思っていた。「どうせこの子も、幻滅するだろう」と。素の方を見た他人は、いつもローザリンデに対して、幻滅してしまうから。「そんな振る舞いは、名家の令嬢らしくない」と言い残して、彼女の傍から去って行く。…だが。
「素敵ですね。それって自分の芯を、しっかり持っているってことですから。
ローザリンデさんのこと、私、心から尊敬します」
「え、そうなのか…?オマエは、幻滅したり、失望したり、しないのか…?」
「? 幻滅や失望って…、それは、周りが勝手に作り上げたイメージに対して、周りが勝手に騒いでるだけですよね?
それは…、言わせておけば良いだけだと思います。ローザリンデさんは、ローザリンデさんです。素の貴女も、令嬢としての貴女も、きっと…」
「―――…」
ツバサの毅然とした主張を聞いたローザリンデは、その大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。…自分の芯が強いのは、ツバサの方だと、言いたい。
何というか。この少女は、高校生とは思えぬような、強いメンタルの持ち主だ。…何となく、自分の幼馴染の男を思い出して、思わず、くす、と笑ってしまった。
「ふふ…、おもしれー子じゃないか。
なあ、ツバサ?おれと友達になってくれよ。オマエみたいな芯の強い女子が、おれは大好きでなァ。
何より、界隈を同じくするもの、そして、同じ人間として、オマエのこと、おれも深く深く、尊敬してる」
「私でよければ…」
「オマエが、いいんだよ。よっしゃ!じゃあ、新しい友情の記念に、薔薇のお茶会といこうぜ!
写真、撮ってもいいぞ?せっかくの綺麗な料理とお茶だからな。あ、でも、SNSにアップするんだったら、おれの姿は切り取っておいてくれよ?」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて…」
ツバサはそう言うと、スマートフォンを構えて、ローザリンデが映らない角度から写真を撮り始める。
こうして銀色の薔薇の中で、女ふたりの友情は、静かに始まったのだった。
【数ヶ月後 テイスワート邸】
自室で試験勉強をしながら、ツバサとメッセージのやり取りをしていたローザリンデは。兄・凌士からの呼び出しを受けて、彼の部屋を訪ねていた。
凌士の部屋へと入ると、まず目を引いたのは、来客用のソファーに腰かけている、深い青色のロングポニーテールが印象的な、美丈夫だった。…見たことのない男だ。それに、何処か人間味が薄い気もする。
失礼します、とローザリンデが断りを入れてから着席すると、凌士が口を開いた。
「紹介するよ、ローザリンデ。こちらは、ROG. COMPANYからいらっしゃった、ルカ三級高等幹部だ。
ルカくん、こちらは僕の妹・ローザリンデだ。仲良くしてあげてほしい」
凌士のルカへの態度を見る限り、ローザリンデからルカへの悪印象は掴み取れなかった。自分の兄の「ヒトを見る目」が高いことは、妹として、本当に良く知っているからだ。
ルカがゆるりと笑いながら、ローザリンデへと微笑む。
「初めまして。オレは、ルカだよ。ヨロシクね、ローザリンデ」
「初めまして、ルカ様。わたくし、ローザリンデ・テイスワートと申します。どうぞ、よろしくお願い致しますわ」
いつも通りの振る舞いと、最近は標準装備となりつつある言葉遣いで、ローザリンデが挨拶をする。が。
「……。」
「? あの、ルカ様…?」
…ルカが黙り込んでしまった。微笑んでいた瞳は、瞬きひとつせず、じぃ、とローザリンデを射貫く。何か不興を買ってしまっただろうか。でも、たった一言の挨拶で…?とローザリンデが考え始めたときだった。
「あ、わかった。そういうことか」
「え?」
黙ったと思ったルカが、唐突に何かを納得している。何が?とローザリンデが思ったとき。ルカはまた、ゆるりと、笑って見せた。
「ねえ?オレは、『本当のキミ』を見たいな~?
キミは凌士の妹だしさあ。心の底から仲良くしたいから、「素のキミ」で接してほしいんだケド?」
「……、マジかよ…。初見で見抜かれたことなんて、今までなかったのに…」
「普通の人間は、オレに隠し事は、大抵、出来ないようになってる。そういう世の中だよ」
……見破られたらしい。と、瞬時に理解したローザリンデは、素直に投了した。彼女は素の自分を曝け出すが、ルカは特に態度を変えてはこない。凌士も纏う空気感はそのままで、けほ…、と軽く咳き込んだものの、自分の湯呑みを傾けているだけ。どうやら、ルカの前で隠し事が出来ない、というのは、凌士も認めていることのようだと、ローザリンデは正しく把握した。
それからは、何てことない話題に花を咲かせた。
ローザリンデの大学生活のこと。凌士とのきょうだい仲にまつわるエピソード。何でも出来るが、頭がオカタイ幼馴染がいること。ついこの前、新しい年下の友達ができたこと。等々。
ひとの話を聞くのが上手いのか。ルカはローザリンデから色々な会話を引き出してくれる。そのおかげで、ローザリンデも気分良く、会話が出来た。
小一時間が経った頃。試験勉強に戻らせたい、という凌士の提案で、ローザリンデはその場から解放された。
ローザリンデが去った、部屋の中で。
凌士は神妙な顔つきになって、ルカを見ながら、口を開いた。
「……ローザリンデは、ホルダーの候補になりそうなのかい?」
どうやら、ただお茶をしに来ただけではなかったらしい。ルカは自分のホルダーの候補探しのついでに、ローザリンデの様子を見に来たようだ。
凌士の問いかけに、ルカはのんびりとした口調で答える。
「彼女は、無理だよ。リスト入りにも、引っ掛からない。
まあ、元々、ソラの幼馴染ってどんな子なんだろう?って思って、軽く様子を見に来ただけだしね~」
ルカはそう言って、自分の湯呑みを、ぐいっ、と傾けて。ぬるくなった中身を一気に飲み干した。ことん…、とごくごく小さな音を出して、空になった湯呑みを机に置く。そしてルカは、おもむろに私用のスマートフォンを取り出してから、マップアプリを起動した。ルカの黒革の指先が、直接、検索欄に住所を打つと。該当する場所に、赤色のピンが立つ。
「さて、次は…。
あの子が新しく作ったっていう、『年下の友達』っていう子に、会いに行ってみようかなあ」
そう言うと。ルカはマップアプリの「ナビ開始」をタップしたのだった。
to be continued...
