第六章 Awaken The TRUE ALICE

【ROG. COMPANY本社 社長室】

人類が脈々と用意したというルカ専用破壊兵器『落月(らくげつ)』を。ルカがそれに対抗するために創り上げて、隠して、遂に起動したという『撃星(ゲキセイ)』が、追っていく。

その光景を切り取った社長室の大きな展望窓を背後に、ルカたちのことを憎々しげにも見つめながら。ジョウは口を開く。

「…『大身槍作戦(おおみやりさくせん)』とは、ルカを破壊するための槍を創り、いつしかやってくる未来にそれを振るう、…すなわちルカを完全に殺す作戦のことだ」
「それはもう聞いたよ。それで?オレを殺したい理由は、何だっけ?
 あ、そうだった。オレの持つ同調変換のチカラが、世界経済を狂わす可能性があって、その欲望に塗れた人間がホルダーになっちゃうと、人類は終わる?とか?」
「よくも、そんな能天気に言えるものだ。人類を滅亡に脅かしておきながら…。この悪魔…!」

ジョウが心底忌々しいモノと見なす目線を向けながら、ルカに向かって呻く。だが、ルカは涼しい微笑みのままで。

「オレは、ルカだよ。悪魔じゃない。
 そもそも、オレから言わせれば、キミたち人間の方が、余程、悪魔に見えるケド?」
「! 黙れ!我々人類の叡智の歴史を愚弄する気か?!たかだか機械の塊の分際で!!

  ―――落月!落月!!早く来い!!さっさとルカを滅殺しろ!!何のために、200年もかけてお前を創り上げたと思っている?!」

ジョウがヒステリックに喚き散らす。しかし、その必死な姿すらも、ルカは一笑に付すのみ。

「社長」

そんなルカの代わりとばかりに、口を開いた者がいる。―――ツバサだった。

「上辺だけの弁論合戦は、そろそろお終いにしましょう。
 私たちは、真実を明かしに来たのです。
 我々、Room ELは、社員ひとりひとりの声を大切にします。そういう理念のもと、我々なりに仕事を納めて参りました。今更、そこを捻じ曲げる気はありません。
 故に、社長。私は、…私たちは、『貴方たち側』が、未だに隠している真実を、この手に掴みたいと思います」

ツバサが何を言い出そうとしているのか。ジョウは予測が出来ない。しかし、背後に迫る落月さえ、此処まで辿り着ければ、人類の勝利は確実。
故に、ジョウは沈黙をもって、ツバサに発言を許した。許してしまった。

ツバサが、喋り始める。

「まず、一番最初に抱いた違和感は、私がRoom ELに来てから、初めて、ローザリンデに話しかけられたときです。
 私は、あのとき、ローザリンデのことを一切忘れておりました。否、最初から、彼女のことは、私の過去に関わっていなかったと信じ込むほど、私の中の彼女に関する記憶の全てが、失われていたのです。
 私のことを監視していたルカは、そのことにいち早く、気が付いていました。そして、それと同時に。社長自身も、私とローザリンデが接触したことに危機感を抱いたのでしょう。
 そこで、社長は、まず最初の一手を打ちます。私が、ソラさんとグレイス隊兵たちと共に、右藤さんの部屋に赴いた際。貴方は、黒服のひとりを、現場に警察官として紛れ込ませ、そこで『私とソラさんが死なない規模の自爆テロ』を仕掛けた。勿論、それは爆発の寸前で、グレイス隊の兵士たちが、即座に私たちの盾になってくれると見越してのこと。貴方はテロの現場で混乱している隙に、私を『運び屋』で回収しようとした…。でも、グレイス隊によるソラさんへの防御が一際厚かったことで、ソラさんが完全に気を失っていなかったことが、貴方の敗因でした。グレイス隊を大切に育ててきたソラさんの努力が、貴方の一手を排除したのです。
 そして、その結果、ソラさんが私を病院へ運ぶのを手ずから見届けたため、社長は『運び屋』が使えず、この作戦は潰れた。それから間も無く、Room ELは初陣を、無事成功で飾りました」

―――ツバサが喋り始めたこと。それは、此処に帰結するまでの物語の裏側だった。ジョウは震撼する。だが、止めることは出来ない。ルカが微笑みながらも、睨みを効かせているのが分かったから。落月が来るまでの辛抱だ、と、ジョウは自分に言い聞かせる。
ツバサは、滔々と続けた。

「次に、貴方が打った駒は、大型転売屋グループ『オーロラの魔女』こと、綾子女史。そして、彼女がユキサカ製薬内で密かに囲っていた違法ラボの研究者たち。…綾子女史は、そこで『シュガー』と銘打った毒薬を生成させていました。目的は、鈴蘭の子どもたちに服毒させることを盾にして、ナオト先生を脅すため。
 …貴方は、そこに目を付けた。綾子女史から、シュガーの研究資料や成分表などのデータを買い取ったのでしょう?元研究者たちは、オーバーミラーで裏方捜査に回っていたソラさんが、自分たちの身柄を確保しに来た際に、素直に喋ってくれたそうです。綾子女史に、研究者たちが彼女から貰っていた月給の30倍の金額を、いとも容易く、支払ったことを。
 シュガーの情報を手に入れた貴方は、今度は、自分の手元に迎え入れた何処ぞの流れの研究者たちに、それの研究と開発を進めさせます。…わざわざ、ローザリンデに、開発現場を、見せつけたようですね?『この毒薬を凌士さんの食事に、適量、混ぜ込んでいるため、あのひとの病気は今後一生治らないどころか。我々の匙加減ひとつで、命すら奪えるぞ』と。そこから、本格的に、凌士さんを人質に取り、ローザリンデを利用し始めた…」

ツバサの言葉に、ナオトの双眸が細まる。それは彼が滅多に見せない、怒りの表情。綺子の罪深さも大概だったが。それに目を付けたうえに、更に悪用までしてのけた、汚すぎる大人のやり口たるや。毒薬を使って、ひとの命を弄び、それを盾にするような真似をするのも、医者であるナオトからすれば、立派な生命への冒涜行為だった。
ましてや、自分が綺子によって苦しめられたシュガーの悪用方法が、ほぼ同じ手口でトレースされて、ジョウまでローザリンデへと使っていたとは。…というより、トレースではなく、間違いなく、悪い意味でレベルアップしている。
凌士の食事に、彼が死なない程度、且つ、確実に病弱な身体を蝕み続ける量を、毎食ごとに、混ぜ込んで。ローザリンデが強く反抗しようものなら、文字通り、「匙加減ひとつ」で凌士を殺すことすら厭わないという、恐ろしい脅迫に出ている。

美しい色味のオッドアイを細めて、ジョウを睨みつけるナオトを横目に。ツバサは更に、語っていく。

「ペースを上げていきましょう。三度目の正直のつもりだったのでしょうか。この時点で、社長が切ったカードは、エルイーネ元主任を焚きつけることでした。ルカがKALASに修理のために収容されたことをチャンスと見て、彼女が企んでいた計画を操ろうとした。エルイーネ元主任と共謀していた小芝に、都合の良い情報を、適量に掴ませた。…普通に考えて、トルバドール・セキュリティー勤務とはいえ、たかだか、営業部の平社員が、ちょっと調べた程度で、ルカの機密情報なんて取って来れる訳が無い…。全て、貴方が裏で糸を引き、小芝へ小出しにしたホルダーの情報を与えて。実現しないはずのエルイーネ元主任の計画を、さも実現可能になると…、彼女がせん妄に取り憑かれるまでに追い込んだ。…結局、あくまでそれは机上の空論だったこと、そもそも、ホルダーが私であることの証明にしかならなかった。
 結果。冷酷な現実を突きつけられて、精神が崩壊してしまったエルイーネ元主任は、警察病院の地下病棟に入院させられておりますが…、…既に『再起不能』と診断されているようです。…でもそれは、先の綾子女史も、ほぼ同じ…。
 此処に帰結するまでの途中経過に、セイラがいることをお忘れなく。セイラは、フラワリング・プロジェクトに賛同したうえで、KALASのアルバイトを通して、弊社に貢献・献身していました。ですが、その彼女すらも、エルイーネ元主任は食い物にして、勝手に捨て駒にしようとした。…一歩間違えていれば、ルカが勘付いていなければ。セイラだって、貴方の暗躍の被害者になりえた。この事実も、どうかお受け止めください…」

セイラがイラついたような目線を、ジョウに投げる。自ら望んだ道ではなかったにせよ、喧嘩屋女子高生として培われた戦闘への本能は、隠しきれない。とはいえ、セイラが殴り掛かって良い場面でもないことは、彼女自身がよく理解している。無意味な暴力は、身の破滅を呼び寄せる。それをセイラは知っている。だからこそ、フラワリング・プロジェクトを通して学んだことや、積んできた経験則から、彼女は今、拳を振るうのを我慢しているのだ。

セイラを宥めたい気持ちを、一旦、抑えてから。ツバサは、物語の深層を解き明かしていく。

「此処で、貴方が出せる最後の駒とカードが出てきます。レイの社交デビューを兼ねた、レンデローズ号のスピーチと。私とルカが一同に介する、絶好のチャンス。貴方は八百長で、私本人のご機嫌を取ることで、間接的に、ルカからの評価を得ようとした。つまり、ゴマすりです。そのうえ、レイが無自覚だったにせよ、万が一でも八百長に加担すれば、レイは二度と自分に逆らうことが出来なくなる…。今後のための手駒のひとつを手に入れる程度、のように考えていたのでしょう?ですが、レイは反旗を翻した。貴方に逆らい、自分の道を歩み始めた。
 …講じる策がことごとく潰されていく貴方は、此処に来て、なりふり構っていられなくなった。そして、いよいよ、凌士さんを人質として前面に出しつつ、私の記憶が曖昧である事実そのものを盾にして、…ローザリンデを追い込みます。
 いいえ、正確には、社長に利用され尽くし始め、疲弊するローザリンデを観測しながらも。立場上、それを無視せざるを得ないソラさんの精神を、着実に削っていった…。…それでも、貴方はソラさんのことを追い詰めている自覚は無かったようですね?
 先ほど、ソラさんが何故、刺し違える覚悟まで抱えて、社長を殺しかけた理由ですら、貴方はまるで分っていなかった様子でしたし…」

ツバサの言葉は、追及に変化しつつあった。その変革を目の当たりにしているジョウは、ようやく悟る。逃げ道が、無くなっていることに。遅い。何もかも、遅いというのか。否、眼の前の『化け物たち』が、先回りしすぎているだけで―――

「―――社長。貴方は、まだ、お分かりでないのでしょうか?まだ、口を噤めるとお思いなのでしょうか?
 此処まで追い詰められるまで、そして、我々もまた追い詰める羽目になるまで。貴方が何もかもを踏み躙ってきた、事実と現実。
 そして、まだ『私たち側』からは明かすことが出来ない、隠された真実があることを…」

そう言ったツバサの緑眼は、光の差さない陰鬱な印象。冷たく、事務的な、しかし、人間味のある怒りを確かに灯した、双眸だった。
射抜かれたジョウ、そちらに気を取られて、つい、ルカへ、大して発揮もしていなかった隙を、あからさまに見せてしまった。そこへ容赦なく切り込む、ルカ。

「さて、そろそろ、オレのターンかな?」

ジョウの意識がルカへと戻る。だが、見せてしまった隙は、もう戻せない。…もう後戻りなど、出来はしない。

展望窓から見えるのは、人知を超えた巨体を持つが故に。鈍重に歩く、二振りの兵器たち。それが歩く度に齎す地揺れは、島全体を震わせては、確実にこちらに近付いていることを示唆しているものの。…まだまだ、このROG. COMPANY本社ビルに辿り着きそうにはなかった。

「落月も撃星も、のんびりマイペースにお散歩していることだし。
 …此処は一旦、昔話といこうか?社長?」

史上最強の軍事兵器は、人類代表を自称する人間へ、そう告げると。
月のように笑った。



to be continued...
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