第五章 BLESSING from Deep Blue

顔色を悪くするジョウへ、ソラと凌士は怒りの隠しきれない表情を向けて、彼と対峙している。

「僕という人質を盾にして、妹を…、ローザリンデをいいように利用している…、というのは、ソラくんから聞きました。それに関しては、僕自身、前々から勘付いていた点は多々あります。
 前岩田社長。釈明がありましたら、この間に、どうぞ遠慮なく」

電動車椅子に座ったままの凌士は、容赦のない追及をジョウへと飛ばした。

「私がいま実行している計画は、人類の危機を救うための、重大な計画です。そのためには、多少、人使いが荒くなることも厭えません。
 そう。例え、ひとの命を盾にして、ひとを利用することも、後の歴史では『崇高な犠牲』と称せるほど…!」
「…恐ろしく、時代錯誤だ。
 犠牲のない世界を、…此処に生きている皆々が笑顔で幸せに暮らせる未来を創ることが、我々の…、大人の仕事でしょう?」
「凌士さん。貴方が仰るような綺麗ごとを並べるのは、所詮、机上の空論でしかないのです。
 そこで大人しくしているように見せかけているルカが…、その悪魔が…!今この瞬間にも、私たち人類全ての存亡を脅かしている真っ最中であること、どうかご理解いただきたい…!」
「社長。貴方の言い分は、表面では大層な響きに聞こえるだけで。肝心の中身が、全く伴っていない。言葉面だけが大仰で、実際は抽象的な表現が多すぎる。
 人類の危機だの、重大な計画だの、崇高な犠牲だの…、ましてや、ルカくんを悪魔とまで称して…。
 このような大騒ぎを引き起こしてまで、一体全体、貴方は何がしたいの言うのですか?」

ジョウの苦しい言い訳めいた台詞の数々を、遂に、凌士がぶった斬る。真実を語れ、と迫る。
此処に至るまでジョウは、Room ELのメンバーを危険と悲しみと怒りに晒し、実の息子であるレイジと、ただのアルバイトであるセイラを捕まえようとし、あまつさえ、現在進行形でローザリンデまで利用しているのだ。そして、その過程では、本来、この顛末には関係がないはずのナオトの妹・鞠絵が、彼と共に連行されており。凌士は、ソラに助けられるまで、ローザリンデを従わせるための人質として、テイスワート邸に軟禁されていた。

この騒動の落とし前。しかと付けてもらわねば、もう誰もジョウを許しはしないとまで言える。

凌士に追い込まれて。その隣に立っているソラに睨みつけられて。そうして泳いだジョウの視線の先には、レオーネ隊に警戒されているだけのルカが、優雅に座っている。
ジョウは腹を括って、口を開いた。

「…、今から、約230年前…。ヒルタス湾の海底部から発掘・回収されたルカに、人類の危機に関する能力…、同調変換があると知った当時の人間たちは…。
 いずれ、ルカが軍事兵器として暴走するかもしれない未来を見据えて、ルカを完全に滅殺する作戦を練った。
 
 それこそ、『大身槍作戦(おおみやりさくせん)』。
 
 このヒルカリオの先に広がる、ヒルタス湾の遥か海中にて密かに配備されている、超巨大的な破壊能力を有する槍型兵器『落月(らくづき)』を行使し、ルカを完全に消し去るという作戦内容だ」

ジョウの言葉に、もう仰々しい演技は見えなかった。それに、この話を信じるならば、今までのジョウの言動も、決して嘘を吐いてはいなかった、という範疇の中にあるのも分かる。だが、それだけで納得する凌士ではない。

「計画とやらの内容は分かりました。そして、それに伴う貴方の苦労の一端も、少しだけ。
 ですが、それを行使するにあたり、何故、今なのか?何故、ひとの命を盾に取るような強引な手口を使うのか?そもそも、ルカくんは暴走しているようには見えない、むしろROG. COMPANYを通して、我々人類の社会に大きく貢献すらしているのに、何故、彼を殺す必要があるのか?
 その辺りについて、是非とも社長から、誠意あるご説明を、要求します」

「今、確かにルカは暴走していないでしょう。ですが、ルカが発見された段階で…、230年前のあの時点で、ルカの持つ同調変換が齎すであろう、人類の危機は、予測されていた…。故に、人類は、大身槍作戦を進化させ続ける必要があった。そして、200年以上の時を経て…、大身槍作戦は、落月は…、ようやくルカを破壊するに値する兵器と完成した…!
 
 つまり、『今』しかないのだ!生きているだけで人類の存亡を脅かすルカを殺すチャンスが、我々側に、やっと巡ってきた…!!
 もうルカの気まぐれに怯える必要はなく、ルカの気を逸らすための玩具を用意することもない!!
 人類がルカから解放される瞬間を!!この時代になって!!私という男が託された!!」

ジョウはそこまで熱弁すると、上がった血圧のままに、僅かに息を切らせた。そのタイミングで、凌士は、ふー…、と深い、深い溜め息をひとつ、吐いてから。ジョウを真っ直ぐに見据えて、口を開いた。

「前岩田ジョウ。御社の筆頭株主として、この凌士・テイスワートが提言します。
 貴方を、ROG. COMPANYから追放する。現時点を以て、クビだ」

「――――…!!??」

凌士の言葉に、ジョウが瞠目する。そして。


――『ROG. COMPANYの筆頭株主が、前岩田ジョウの追放を提言。承認を待っています。』


社長室に敷かれたサポートAIシステムの音声が鳴り響く。凌士の声紋を認識して、ジョウを社長の椅子から落とすことが出来るかどうかの判断を、待っている。…しかし。

「…ダメ。却下されちゃった。というか、…ローザリンデとレイジ以外の、他の高等幹部からのレスポンスが、なにひとつ無い状態だね。
 …おかしいな?15人いる高等幹部の、オレ以外の内3人でも承認すれば、即効でクビに出来るはずなんだケド。
 ソラ~、根回し、忘れちゃった?」

唐突に、ルカが喋った。2時間の沈黙は、やはり、する気はなかったらしい。彼は平素と変わらぬ声音で、自分の秘書官に質問を振る。
当然、それにソラは答えた。

「…すまない。逃げている途中で、社内名簿に記載されている高等幹部の全員とコンタクトを取ろうとしたんだが…。どういうわけか、ローズと御曹司以外とは、全く連絡が取れなかった…。そのときは意味がよく分からなかったが…、今の状況を見ると、既に社長に先手を打たれている可能性が高い」

ジョウがソラを優先的に捕縛したかった理由が分かった。彼はやはり、何手先も読もうと行動していたのだ。だが、稀代の天才であるソラですら、ジョウに一本取られた様子で。
その光景に、ジョウが何処か誇らしげになって、言う。

「我が社の高等幹部など…、もう2年も前から、現在の3人しかいない状態だ!
 私はこうなることを見越して、数年前より、じわじわと高等幹部の数を減らしていったのだ!
 …ルカ、もう貴様の思うようには、させないぞ…!このヒルカリオから、いや、我々人類が住むこの世界そのものから、貴様という悪魔の存在を、根こそぎ刈り取ってくれる!!」

誇らしげというか、何故か、偉そうにも見える。凌士の眉間にしわが寄った。…が、すぐ隣で、静かな声が聞こえた。

「そうか。凌士さんの筆頭株主としての権力を使っても、前岩田ジョウを社長の椅子からは、引き摺り下ろせないのか…」

ソラだ。僅かに視線を落としているその様は、落胆の姿そのもの。どうやら、いち早く凌士を助けたのは、彼の筆頭株主としての立場に賭けていたようだ。
勿論、それは凌士も承知していた。だからこそ、ジョウにクビを宣告した。しかし、それは却下された。ジョウが失脚を逃れるために、高等幹部そのものを減らすという暗躍をしていたせいで。

ソラがバトルアクスを握り直す。ルカが手ずからデザインして作らせたそれは、そんじょそこらの軍隊の兵士とて持てるような一品ではない。文字通りのソラ専用にして、ルカが彼を認めて、そして、信じた証、そのもの。その柄を、ソラはチカラを込めて握り締めて。伏せていた翡翠の眼を上げる。その双眸に宿るは、――――烈火の如き、決意。

「それなら、貴様の計画を此処で潰すには、…もう手段はひとつしかない。

 ……俺が、貴様の首を跳ね飛ばし、それをルカに承認させる。つまり、貴様を殺し、貴様の死をルカに認識させて、ヒルカリオの監視者、すなわち、このROG. COMPANYの社長の交代を待つ。
 そうすれば、大身槍計画とやらは、一瞬でも動きが止まろう。その隙に、レイジを弊社の社長にしてから、大身槍計画の全てをリセットさせてやる」

ソラは、信じられないようなことを言い放った。それにはジョウも凌士も、さすがに揃って肩を震わせる。だが、2000年に1度の天才児は、止まらない。

「自分は、ヒルカリオの頂きで安全に過ごせると思いあがったか?他人に多大な犠牲を強いておいて?
 ふざけるな。そんな寝言は死んでから言え。

 貴様を殺す役割は、ルカの秘書官である俺の最期の仕事として全うさせて貰う。
 これ以上の犠牲が出ないうちに、貴様が謳う『崇高な犠牲』とやらは、貴様自身がなればいい」

斧を構えて、そう告げながら。ソラはジョウへとにじり寄る。レオーネ隊は動かせない。ルカに張り付かせておかなければいけない。黒服は出払っている。というか、レイジとセイラを捕まえてくるだけのはずなのに、いつまで経っても帰ってこないのは、何故…―――?

「―――自分の死を前にして考え事か?それとも、走馬灯でも走ったか?
 呑気な男だ。実に能天気なことだ。
 社長の椅子に胡坐をかいて、錆び付きまくったその脳天、カチ割ってやる…!」

修羅の如き、殺気。本当に、殺される…―――?!

「ま、待て…!!私を殺せば、お前とて無事では―――」
 
「―――ああ、心配はするな。当然、あの世でも俺が手ずから追い掛け回してやる…!退屈な思いはさせてやらないから、先に地獄で待っていろ…!」

ソラの宣告に、ジョウは脳髄のてっぺんから冷や水をぶっかけられたような気持ちになった。
後ずさりするものの、窓に背中が当たり、もう逃げ場がないことを知る。死ぬわけにはいかない。せっかく巡ってきたチャンスも、自分の命も、奪わせるわけにはいかない。

「後追いするというのか?!ルカのために?!自分がルカの秘書官だからと!?
 あ、あの悪魔のために、じ、じッ自分も死ぬというのか?!わ、私を、こ、ここ、殺したあとに…?!」

情に訴える作戦に切り替える。ソラとて人間だ。感情がある。だが。

「俺は、人間の罪業を背負う覚悟が出来ているだけだ…!全てをルカになすり付けている貴様とは違う…!
 何故か、分かるか…?!分からんだろうな…!!貴様のような凡人中の凡人に、稀代の天才である俺の思考など読めまい…!」
「わ、私にはッ!え、選ばれた人間としての責任が―――」
「―――そんなもの、もう知るか!!貴様は死ね!!死ねと言ったら死ね!!
 他人の心と人生を簡単に踏み躙る貴様が、これ以上、生きていいわけがあるか!!さっさと死ね!!!!
 人類の代表として、ルカの秘書官として、たったひとりのソラとして!!今ここで!!俺が殺してやる!!!!

 死ねッ!!!!死んで贖えッッ!!!!」

つんざくソラの怒号と共に、彼がチカラ一杯に振り翳した緑色の刃が、ジョウの脳天めがけて落とされようとして、



「はーい、もうないないだよー?
 人間同士の戦いごっこは、おしまい、おしまい。
 遊んだオモチャは、しまっちゃおうね~」




―――刃先まであと数センチ。というところで、止まった。ルカの声と共に。


腰を抜かしたジョウの目線の先には。

バトルアクスを振り翳したソラを、後ろから動きを止めるためと的確に、しかし、優しい表情と、限りなく傷付けないチカラ加減で抱き締めた、笑顔のルカがいて。
そのルカを見張っていたはずの、レオーネ隊のロボット兵士たちは。その場で跡形もないくらいのスクラップにされていて。

「ソラは賢いから、ついつい、考えすぎちゃったんだね。あの子のことや、その子のことまで、色々と手を打ってくれようとしてたんだね。
 大身槍作戦のコトを知ってから、あれこれ調べてくれたのは嬉しかったよ。でもね、それを知った責任があるからと、ぜーんぶ、ひとりで背負わなくてもいいんだってば。
 ましてや、『護る』オレの眼の前で『死ぬ』なんて選択肢は、絶対に与えたくないなあ?」

ルカはいつも通りの声音で、ソラの耳元に、そう囁く。その様子は、何処か、幼い子どもをあやしているようにも見えて。
そして、ジョウに引導を渡そうとしたソラの翡翠の眼からは、涙が、一粒、零れていて。

「もういいよ。大丈夫だよ。アリスちゃんのことも、ナオトのことも、ローザリンデのことも、凌士のことも、レイジとセイラのことも、グレイス隊のことも、…このヒルカリオにいる、全ての人間たちのことも。
 ソラがもうひとりで悩んで、傷付くことは、もう無いんだよ。
 此処からは、オレが全部、全部、まとめて綺麗に納めちゃうから、さ」

「…、!…ッ、…!」


――ガランッ、ガラッ、ガランッ…――!!


涙を堪える代わりに、と。ソラの両手からバトルアクスが落ちた。それは、実に重々しい音を立てて、床に座り込んだジョウの真横に転がる。心底驚いたジョウが、「ヒェェ!?」と言いながら、床を這うようにして、落下してきた斧から距離を取る。そして、信じられないものを見るかのような視線を、ルカとソラに向けていた。…が。


――『落月の戦闘準備、完了しました。社長のご命令を待機します』


社長室のサポートAIが、無機質なアナウンスを鳴らす。その瞬間、青褪めていたはずのジョウの顔が、一気に晴れやかになった。パワーとモチベーションを取り戻したジョウは立ち上がり、高らかに告げる。

「落月、戦闘配備につけ!!ルカを滅殺せよッッ!!!!」


――『社長の命令を確認。落月、出撃します。衝撃に備えてください』


瞬間。ズシィン…ッ!!、という激しい地揺れが起こった。ルカに支えられている形のソラと、頑丈な電動車椅子に座っている凌士は耐え忍んだが。ジョウは窓ガラスに軽く叩きつけられる。しかし、その眼はギラギラと欲望に輝いており、むしろ、窓の向こうに釘付けの状態。

ジョウの視線につられるように、その場の全員も、ガラスの向こうを見やる。そこには―――…。

「…―――海から、…何かが…?!」

凌士が、そう呆然と呟くのが聞こえた。

ヒルカリオを一望する、ROG. COMPANYの頂点にある、この社長室の展望窓が切り取った、その情景。

ヒルタス湾から這い上がってきた、巨大な黒影。

「……あれが…、……落月……」

そう零れたソラの声色は、絶望に染まっていた。…あの忌々しい異形。凄惨たる、人間の罪業の成れの果て。見たくなかった。見るはずではなかったのに。


「喜べ!!ヒルカリオの葦たちよ!!我々人類の勝利だ!!!!」


ルカを殺すための槍たる兵器。その顕現に、ジョウが勝鬨の雄叫びを上げる。
そして、ルカに向き直ると、指をさして、彼へと吠えた。

「さあ、今度こそ覚悟しろ!!ルカ!!!!
 この瞬間を!!我々人間側は200年以上も待ち侘びたのだ!!!!」

だが、まだ掴んでもいない勝利を手にした気分に浸ったジョウの頭上で、無機質なサポートAIの声が響く。


――『落月の背後から、所属不明の熱源が発生しております。社長のご命令を待機します』


「熱源…だと?!そ、そんなものを配備した覚えはないぞ!!一体何のことを話しているんだ?!
 …おい!!おいッ!!黙ってないで報告しろ!!!!たかだか機械のくせに!!!!」

ジョウが虚空に向かって激高した。だが、サポートAIはうんともすんとも言わなくなった。何故なら「たかだか機械」だから。

…不意に。ジョウは、恐ろしく嫌な予感を覚えた。
ルカを殺すための槍・落月の背後に出現した、謎の熱源。それは、つまり―――…?

ジョウは、こちらに向かってくる落月の背後を注視する。多足歩行で、ヒルカリオの地面を揺らしながら、ゆっくりと歩んでくる落月の後ろには。確かに、同じような規模のナニかが、海から這い出してきており。落月の後を追うかのように、ゆったりと進んできていた。…、それは―――…『剣』だった。

ハッと分かったときには、もう遅かった。というより、また遅かった。何故?何故、何故、ルカはいつも、いつも、こちらの一歩も二歩も先を往く?!

ジョウの驚愕と畏怖に満ちた表情を見とめたルカが、ぎらり、と。その深青の瞳を、獰猛に光らせながら。宣言した。

「キミたちは『月を落としたい』んだよね?
 だったら、オレは『星を撃ち上げたい』って、考えたんだ。
 
 ―――だから、あの子は『撃星(ゲキセイ)』、だよ。
 
 どう?なかなかのセンスでしょ?伊達に200年も玩具会社に勤めてないよ、って感じ♪」

その言葉で、あの剣の全容を把握する。
ルカは、ROG. COMPANYに、ヒルカリオに、この国に、この惑星に。全てに対して。完璧な秘密裏に於いて、あの巨大な剣たる兵器を創り上げて。今日まで隠し続けてきたのだ。
そして、ジョウの代で巡ってきた『大身槍作戦』に対抗するべく。アレを、…―――撃星を、起動した―――…!!


「さて、今度こそ覚悟して貰うよ、人間。
 この瞬間を、オレは200年以上も待ち侘びたんだから」


そう言い返したルカの「意趣返し」にしては、壮大にして、凶悪でありつつ。そして、余りにも狂暴が過ぎる。

ガクブルと震えあがるジョウは、己の意識を飛ばしそうになるのを必死に堪えていた。

そこへ。社長室の扉が開く音と共、複数の靴音が聞こえてきた。黒服か?人質を取ってきたのなら、まだ挽回のチャンスが…―――!!


「入るよ、父さん。
 あーあ…、やっぱし、こんなことになってる…。もーー、やめてくれってば…」
「世界の破滅…、的な?いや、さっぱりワカンナイけど…。実際、どうなん?御曹司?」
「まあ、それも当たりっちゃ、当たり…?まあ、ルカ兄次第なんだろうけど…」

レイジとセイラだ。埃塗れになってはいるが、見当たる場所には傷ひとつもない。というか、ジョウが差し向けた黒服はどうしたというのか…?

「父さん、やっぱり、俺とメイドさんの実力、見誤ってたみたいで、何より。
 俺、前に言ったよな…?俺を育ててくれたのは、ルカ兄だって。
 俺は、こっちを全然見てくれない父さんの代わりに、俺をずっと見守ってくれて、育ててくれたのは、…そこの史上最強の軍事兵器・ルカなんだぜ?
 格闘技のひとつやふたつ、いや、もう桁越えて、叩き込まれる分は、全部、叩き込まれたわ」
「社長サマ?アタシ、こんな無害なメイドのナリしてっけど。
 繁華街じゃあ、『喧嘩屋女子高生』として、そこそこ、有名っすよ?自分で望んで喧嘩したことはナイけどさー。いや、でも、今はさすがに過去の自分に感謝感激雨嵐だわー。
 …ねえ、社長サマ?アタシらの言いたいこと、わかる?」

レイジとセイラが何を言いたいのか、なんて、ジョウにはサッパリだ。その頓珍漢な表情を見たふたりは、一瞬だけ互いに目線を合わせてから、それを再びジョウへと戻して。
この世にある泥の中に沈むゴミというゴミを見るかのような眼で、ジョウを見た。そして、揃って、口を開く。

「「ルカ兄(るかっち)の傍にいる俺(アタシ)らが、『普通の人間』だと思うなよ?」」

ルカに鍛えられた戦闘能力を有したレイジと、喧嘩屋として無敗状態だったセイラにとって。ジョウが差し向けた黒服なんぞ、相手にもならなかったのだ。勿論、こちらのふたりに対して、敵陣の数の方が多いので、多少は手こずったものの。今こうして、社長室に乗り込んで来られるくらいには、元気、健康、安全、体力、気力万全。

すると。また別の声が割り込んでくる。

「なんだよー、一番乗りじゃなかったのかァ?」
「申し訳ございません。僕たちのお部屋に、寄り道をさせてしまったからですね」
「大丈夫さ。これくらい、このローザリンデ様にとっては遅刻でも何でもねぇよ。むしろ、タイミングは、ベストオブベストだな!」

ローザリンデと、ナオトだ。そして、ナオトに後ろに隠れるようにして歩いてくる、鞠絵。

その更に後ろから。ブーツの踵を鳴らしながら、悠然と歩いてきた人物が、もうひとり。

「―――ツバサ…!!」

ジョウが絶望の声で、その名前を呼んだ。

指名されたツバサは、拉致されたときの部屋着などではなく。平素のRoom ELで身に着けている、いつものオフィスカジュアル姿だった。水色のスカーフのリボンを揺らしながら、ツバサはジョウに対して、丁寧な会釈をする。そして、上げた視線を真っ直ぐに射抜き、グロスを塗った唇を開いた。

「お世話になっております、社長。
 ええ、本当に。…本当に、お世話になっております故に…、我々Room ELと、その関係者におきましては、社長に重ねてお礼申し上げます」

恐ろしく事務的な口調だが。その光の差さない陰鬱な緑眼には、明らかな怒気が含まれていた。
そんなツバサの隣を、いつもの通り、キープしたルカは。彼女と腕を組んでから、その頭を優しく撫でる。

そうして、立ち並んだRoom ELと、その関係者たちの背後から。足音高く、グレイス隊のロボット兵士たちが現れた。

「…! グレイス隊、整列!攻撃まで待機!」
『了解しました、ソラ様。グレイス隊、待機します』

咄嗟に命令を飛ばしたソラの声に、グレイス隊兵たちは、正しい反応を示した。指揮権ごと奪われたと思った『部下たち』は、何の痛みも欠けも無く。ソラの手元に、ちゃんと戻ってきた。ソラの翡翠の眼が、また潤み始めるが。何とか堪えた。

一方で。ジョウからすれば。ルカから奪ったと思ったものが、ことごとく、ルカの方へと返っている。
その図式が、今のジョウにとって、この上なく、好ましくない。

追い詰められたジョウの見据えながら、ルカは空いた右手の指先で、自分のピアスを、くるくる、と弄り。至極、楽しそうな表情をして。遂に、ジョウへと宣戦布告をする。

「さて、そろそろ、本番、始めちゃおっか?」

宣告を受けたジョウが、この世で一番憎いものを見る眼で、ルカたちをねめつけた。

「……いいだろう…!受けて立つ…!――――この化け物たちめ…ッ!!」

ジョウが立ち直る。
それが、本当の戦いの火蓋だった。


今。史上最強の軍事兵器・LUKAの『祝福』を受けしモノたちが。彼の創った剣と共に。
人間代表と自称するジョウと、彼の命令を受けた槍を前にして。


―――真の反逆の旗を、振り翳した。



【第六章へ、続く…。】
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