第四章 Fold The Hidden FLAG

【木曜日 貸衣装屋】

「手足がすらりと長くて、素敵ですわ」
「そうそう。これならきっと、アイデア案のロングブーツも、映えること間違いなしですわね」

ツバサを取り囲んだ、ふたりの衣装係の女性が、口々にそう褒め称えながら。彼女を着飾っていく。
衣装係たちは、ツバサがコンビニエンスストアのプリントサービスで印刷した、レイのアイデアラフを見ながら、星の数ほどありそうな衣装の中から、的確なものを選び抜いていく。
レイのラフによる指示では、本物のコルセットが巻かれているが。ランドの食事を美味しく食べたいツバサは、そこは進言して、本物ではなく。デザインだけの、ダミーのコルセットを用意して貰った。


ツバサの衣装のセッティングが終わり、着替え用のブースから店内の待合室へと通される。ルカの方は、とっくに終わっているというので、恐らく、彼が待っているのだろう。

警護が張りついた扉に『特別控え室』と張り紙をされた個室に通されたツバサが見たのは、漆黒のスーツを纏ったルカだった。
ルカは入って来たツバサを見るなり、その深青の瞳を輝かせる。

「うわ~♡可愛いぃぃ♡アリスちゃん可愛いな~~~♡
 抱きしめたいけど、衣装が崩れちゃうから我慢だね~、残念だね~」

そういうルカこそ、何と壮麗なことか。
ヴァイオレット様カラーのツバサの引き立て役でありたい、と言い放ったルカは。最初から、自分はブラックスーツで仕立てて欲しいと、衣装係に進言していた。が、ただの黒色のスーツで終わるわけがない。……と思っていた時期があった。

ルカの装いは、黒色のスーツだが。ツバサのドレスと同じヴァイオレット様カラーの紫色のベストを着込んでいる。胸元には、オニキス将軍が胸元にいつも飾っている赤い薔薇を思わせるそれを、同じく着けていた。髪の毛は、先のブラックスワンのときの同様、ショートカットに変わっている。曰く、ルカの髪は完全なる人工毛なうえに、簡単に付け替えが出来る、すなわちヘアアレンジがラクに出来る仕様になっているらしい。いつもの赤い石のピアスは、そのままだ。
シンプルイズベスト。ルカの装いは、その言葉がぴったり嵌る。元々が高身長で、鮮やかな青色の髪の毛に、放たれるオーラが華やかといえばそう。
ただし、ルカは「ツバサの引き立て役でありたい」と宣言している。目立つロングポニーテールはショートカットに変えて、スーツの色味はシックなモノに収めたその様は。まさしく、隣を歩くヴァイオレットカラーリングのツバサを引き立てるキャラクターと成立するだろう。
プロ根性が凄いというか、ツバサを愛でるための執念が凄まじいというか。

「じゃ、早速、出発しようね。
 あ、歩かなくてヘーキだよ。弊社のロゴマークが入っていない専用リムジン、別途で手配してあるから」

ルカはそう言うと。恐ろしいまでのスマートさで、ツバサをエスコートし始めたのであった。


――――…。

【ROG ドリームランド内 VIPルーム】

「…あー…かったるい…」

特上のスイートルーム内に響いたのは、レイジの気だるい声だった。彼はソファーに腰掛けて、印刷されたスピーチ原稿片手に、重い溜め息を吐く。
レイジはスマートフォンやヘッドフォン等を雑多に放置している机の上に、同じく立てて置いている、オニキス将軍のアクリルスタンドに目をやった。私物で持ってきた、…否、連れてきたものだ。

「将軍…、本当に、俺にできると思う…?スペシャルショーのサプライズスピーチなんて…そんな大役…。
 あーでも、もう今更、逃げられないし…。てか、父さんもハナっから、俺を逃がすつもりも無かっただろうしさ…」

レイジは、オニキス将軍のアクリルスタンドに話しかけながら、その姿を手の中に収める。
将軍のシンボルマークであり、アイデンティティーともなっている、革命を謳うための軍旗を掲げたその勇姿を、じんわりとした温度の瞳で見つめながら。

「…立ち向かうしか、ないよなあ…」

『この世界に革命を!』と勇ましく叫ぶオニキス将軍の雄姿を脳裏に浮かべながら、レイジは、目を閉じて。そして、開いた。その水色の瞳は、気だるげながらも、僅かな闘気めいたものが灯る。レイジが再び、スピーチ原稿の暗記に勤しもうとした、そのとき。

「若様、社長がお見えです」

警備の黒服が話しかけてきた。レイジが反応する前に、スイートルームに現れたのは、―――ジョウであった。

「…、父さん…なんで…?会社は…?」
「手塩にかけて育てた息子の、せっかくの晴れ舞台だ。父親が見届けなくて、どうするという?
 心配するな。一般のお客様には絶対に見えないVIP専用席から、お前の社交デビューを、きっちり見守らせて貰う」

レイジの顔色が蒼白になっていくのが、ジョウは見えていないらしい。その証拠に、ジョウは持っていた封筒を、何食わぬ顔でレイジに手渡した。

「本日のスペシャルショーにて行われる抽選会の、抽選番号と、その番号が振られたお客様の名前一覧だ。確認しなさい」
「…? なんのつもりで…?」

ジョウの伝えたいことが分からず、しかし、レイジは言われるがまま、封筒の中身を確認する。確かに、中身には、ショーのチケットに割り振られた抽選番号と、そのチケットの購入者の名前が書かれていた。…が、ひとりだけ、ピンク色の蛍光マーカーで、線が引かれている。
未だ理解が出来ないレイジが目線をジョウに向けると、ジョウが口を開く。

「その『ツバサ』という名前の女性に、抽選が当たるよう、こちらで調整してある。
 使用される抽選箱は、くじを引くお前しか手を入れないことになっているから、箱の中身は、既に彼女の番号の紙しか入っていない」
「! ちょ、ちょっと待てよ!それって、八百長ってやつじゃ…ッ!てか、なんで…ッ?!」

衝撃的なことを知らされたレイジは、慌て始める。鼓動が変な方向に早まるのが分かった。

「その女性が、弊社の重要な役員の連れだからだ。これ以上の理由が必要なのか?」

だが、ジョウは、レイジの反抗も、彼の異変も気にも留めずに。自分の主張を続けるだけ。
そこにレイジは、何とか食らいつこうとする。

「必要っていうか、むしろ何もかも不要だろッ!誰が当たるか分かんねーから、抽選なんじゃん!抽選だからこそ、ショーに来たお客様が皆、ワクワクしてくれるんだろ?!それがエンタメだろ!?それをよりによって主催側が捻じ曲げて、どーするんだよッ!」
「これは極めて高度なビジネスに値することだ。
 レイジ、個人の感情は捨てなさい。お前は私の息子故に、選ばれた人間だが、…選ばれた人間には、それなりの責任が伴うのだ」
「そんな綺麗げな言葉で片付けようとすんなって!八百長なんて―――」
「―――聞き分けなさい!!レイジ!!お前はもう子どもじゃないんだぞ!!弊社の立派な役員のひとりなんだ!!何のために、私がその席を用意したと思っている?!」
「…ッ!!」

轟くジョウの怒鳴り声に、レイジの頭が瞬時に真っ白になった。同時に、ジョウにぶつけたかったはずの言葉は、レイジの引き結ばれた唇の内側に消えていく。

「…、本番まで、あと3時間はある。頭を冷やし、きちんと自分の仕事をこなしなさい。
 
 ―――レイジ。私は、…父さんは、いつもお前を、見ているぞ」

大人しくなったレイジを見やりながら、ジョウはそう言い残すと。自分の警護を連れて、スイートルームを出て行った。


【ROG ドリームランド内 レストラン】

花の形に盛り付けられたサーモンのカルパッチョに、ツバサは慎重にナイフとフォークを入れる。切らずとも、既に一口大になっている切り身を、フォークで刺して、口に入れた。サーモン特有のとろっとした舌触りと脂の甘み、そして、まろやかなビネガーソースの味。振りかけられているのは山椒で、そのピリッとした香りが、とても美味なマリアージュ。

ツバサは、いま。ランド内で一番グレードの高いレストランの、そのVIP専用個室にて。ランド随一のレストランシェフが腕を振るった料理に、舌鼓を打っている真っ最中だ。
そして、何を隠そう。ツバサが美味と頂いている、このサーモンのカルパッチョこそ。彼女の最推し・ヴァイオレットの好物であり、得意料理なのだ。つまり、これは劇中の料理を再現した、れっきとしたコラボレーションメニューである。
軽く温められたバゲットに、このサーモンを乗せて食べるのも、ヴァイオレットが好む食べ方だ。ツバサは出されたバゲットにサーモンを乗せて、頬張る。

「美味しい…っ!」

ツバサの顔に、笑顔が咲く。化粧では隠せない、頬の紅潮が、今この瞬間、彼女が幸せに導かれていることを示唆していた。

「新鮮はお魚料理が美味しいのは、嬉しいよね~。ランドのスタッフたちが、良い仕事してる証拠だよね~」
「エンターテインメントには、沢山のひとたちの努力と仕事で出来ているから…」
「そうだよ。そして、そのエンターテインメントを楽しんでくれるカスタマーには、その仕事を以て、最高のおもてなしをしないと、ね。
 まあ、今は、オレたちもカスタマーなんだケドさ~」

そこまで言ってから、ルカは、からり、と笑った。ツバサもつられて微笑む。

そして、同じく、ヴァイオレットの好物であるラムステーキをメインディッシュに。デザートは、オニキス将軍が好むイチジクのコンポート入りのワインゼリーを頂いてから。お腹も心も、充分に満たされたツバサだったが。
個室故に、何処かそわそわした気持ちはあった。そして、それを見逃さないルカでもない。

「そこの扉から、外の空気が吸えるよ。関係者以外は誰も通らないから、少し深呼吸しておいで。
 戻って来た頃には、キーマンのミルクティーが入ってると思うよ」

そう言ったルカの気遣いに、ツバサは遠慮なく甘えることにした。


ツバサが外の冷涼な空気を感じたとき。眼の前に『クルー専用通路』と無機質なプレートが貼り付けてあるのが見えた。

少し深呼吸して、浮足立ったテンションを平常まで下げたら。すぐに戻ろう。と、心の中で言い聞かせていたとき。

「…、ツバサ…?」
「え…」

右側から、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、そこにいたのは。

「レイ…?」

本社で逢ったツナギ姿ではなく、きちんと揃えたスリーピースだが。水色がかったプラチナブロンドも、その少し長めの前髪の下にある気だるげな瞳も。間違いない、レイだった。

「ツバサ、なんで…。あ、そうか、男とランドに来るって、それって今日だったっけ…?あれ?記憶ぐっちゃだ…」
「あ、いいよ。落ち着いて、大丈夫よ」
「あ、う、うん…」

妙に落ち着きのないレイを宥めたツバサだったが。…彼からの視線は、ばっちりと感じ取っていた。
当たり前だ。今、ツバサが身にまとっているドレス。これはレイが描き起こしたラフから生まれた、推し概念ドレスなのだから。
自分も仕事の成果を眼前にして、ゆったりと落ち着いていられるほど、モノづくりの会社のスタッフというのは、色んな意味で甘くない。

ツバサは慣れないながらも、くるり、と一回転してみせた。そして、目を輝かせ始めたレイに問う。

「どうかな…?」
「…、…すごすぎて…、あの、ほんと、すごい…。やべ、語彙力、どっか行きそう…」
「無事に帰ってくるといいね…」
「……あー、うん…」

唸っているような、言葉を紡いでいるような声を出しながら、レイは天を仰いでいる。…、吹っ飛んだレイの語彙力は、当分は帰って来そうにないかもしれない。
そもそも、レイが此処にいるのはどうしてだろう、とツバサが考え始めたときだった。

「アリスちゃん、誰かとお話してる?、って、あれ?レイジ?」

ルカが、来た。まあ、予想はしていた。
ホルダーであり、本日のレディであるツバサを最優先するルカが、彼女と会話をしているであろう男性の声を検知しないわけがない。…だが、今。ルカは、レイを見て、名前を呼ばなかったであろうか?正確には、「レイジ」と呼んだ。レイではなく?

「アンタ!なんでいんのッッ?!」

そして、レイは。ルカを見るなり、ひん剥かれるのではないかというほど、目を見開いて。日常の気だるげな姿から想像が出来ないほどの、大声を出した。

「うわ、急に大きな声、出しちゃ駄目でしょ。警備や他のスタッフたちが勘違いしたら、どうするワケ?」

対して、ルカは。驚いた素振りは見せないものの。きちんと注意をする。まるで、親が子にするかのように。

「歩く勘違い製造機が、何か正論っぽいこと言ってる…、よーし、無視したろー…」
「わー、今年最も鋭利なdisだ。よりによって、レイジから飛んできちゃったよ」

レイとルカが、自然と会話をしている。しかも妙に親し気だ。ふたりは顔見知りだったのか。それもそうか。レイは本社の23階にいたし、ルカは三級高等幹部だ。仕事上で接点があったといっても、別におかしくはない。
ツバサは静かに思考に耽っていると。ルカが、彼女に向き直り、微笑んで見せた。

「アリスちゃん、彼は、前岩田レイジ。21歳。弊社の社長、前岩田ジョウ氏のひとり息子で、次世代を期待されてる子だよ。現在は、弊社の十二級高等幹部に座ってる」
「…なるほど。道理で、本社の23階にいたわけだし…、レイ自身も育ちが良さそうだと思っていて…。全部、納得しちゃった…」
「そうそう、驚くことはないよね。だって、レイジはレイジだし。
 オレね、レイジのおしめだって替えてた時期もあるし、3歳になった頃から今までずっと格闘技の相手をしてるしで、何だかんだと交流があるんだ~」
「そっか…。じゃあ、ふたりは仲良しなんだね。それを聞いて、ちょっと安心した」

ルカの紹介に、ツバサは特に驚く話ではないといった風に、処理した。むしろ、レイ、否、レイジに対して抱いていた疑問点を解いてくれて感謝したいくらいだとさえ、思っている。だが、当のレイジは、そんなツバサの態度に、信じられないモノを見た、とでも言いたげな視線を送っている。
それに気が付いたルカは半分苦笑い、半分面白いといった感じで、レイジに向かって、口を開いた。

「レイジ、さすがに『3度目の正直』くらい、素直に受け取っておけばいいんじゃない?
 ソラ、ローザリンデに続いて、キミの肩書きを聞いて驚かない子は、アリスちゃんで、もう3人目だよ?」
「いや、そうだけどさ…。でも、やっぱ、信じられないっていうか…。なんで、ルカ兄の傍にいる人間って、そんな平然と立っていられる奴らばかり…」
「それが、この『LUKA』の部下になる、もしくは、同僚になる、っていうことだからね」
「…、あー……難しいこと、考えたくない……」

レイジが頭を抱えているのを、ツバサは眺めながら。彼の声音から、僅かな心労を感じ取っていた。この前の通話のときに聞いた声も、トーンそのものは大人しかったが。今日の声は、覇気というか、元気そのものが見当たらない。

「レイジ、今日はどうしてランドにいるの?
 オレたちはプライベートだケド…、キミの場合、スーツを着てるってコトは、仕事関係なんじゃない?」

ルカが、レイジへ質問を飛ばす。そこはツバサも聞きたい部分だった。彼から漂う疲労感は、一体、何だと言うのだろう。

問われたレイジは、一瞬、言葉に詰まったものの。「あーー…」と、気だるげな台詞を零した後。

「…ま、いっか。ルカ兄だし、バラしても…。
 今日のクルーズ船で開かれるショーの後でさ、社長の息子として、サプライズスピーチ、するんだ…。今から船に行って、最後のリハーサルをする予定で…。
 でも、その前に、少し頭を冷やそうかと思って、適当にブラついてた…」

と、答えた。
ツバサはそれを聞いて、「レイジは大役を任されたプレッシャーを感じている」と判断する。
ツバサから見たレイジは、背格好こそ立派だが、その言動には若さ、というか、年下特有の幼さを感じる。21歳ならまだまだ自由に遊びたい盛りだろうに、そんな中で、社長の息子とはいえ、その実父の経営する会社に組み込まれている現実は、相当にしんどいのではないだろうか…、と、少々お節介な気持ちも浮かんでもくる。

「そっか…、ルカ兄とツバサにも、見られちゃうのか…。俺の社交デビュー…」

レイジはそう呟くと、ごく小さな溜め息を吐いた。が、その言葉にツバサは引っかかりを覚える。とはいえ。

「オレたちがクルーズ船のスペシャルショーに行く、だなんて。まだ一言も言ってないよ?
 レイジ?その情報、何処から聞いちゃったの?」

この場で、その質問を許されるのは、ルカだ。ツバサは、あくまで身の程を弁えている。
ルカの問いかけを受けたレイジは、刹那、目を伏せて。それから、思い出したかのように言った。

「…、…スピーチ原稿のために、父さんから渡された、今日の顧客名簿を見ただけ…。お客様にウケる話題が、必要じゃん…?」
「確かに、それもそうだね」

レイジの回答に、ルカは納得の意を見せる。その微笑みは、いつものRoom ELでよく見せるそれと大差ない。

「…俺、もう行く。
 ふたりとも、この後も、ゆっくり楽しんで行ってよ。それじゃあ…」
「うん、また後で~」
「気を付けてね、レイ」

踵を返したレイジの背中を、ルカとツバサの言葉が撫でる。が、レイジは片手を、ひらり、と翻しただけで、ふたりへ振り向きはせず。そのまま通路の向こうへと消えて行った。

「ミルクティー、冷めちゃっただろうね。
 アリスちゃん。先にお土産コーナーに行ってから、オレたちは船に前乗りしちゃおうか。買いたいものがあるんだっけ?
 紅茶は、船の方の席に着いてから、改めて出して貰おう」

ルカはそう言うと。ツバサの腕を取って、自然と元の個室の中へ、リードしたのだった。


to be continued...
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