第二章 Burn down The FAIRY TALE
【3日後 鈴蘭】
鈴蘭に、ROG. COMPANYからの慰問が決まり、今日、綺子はその日を迎えた。
全ての手続きをしたナオト曰く、向こうが、出迎えは正門からではなく、スタッフの通用口となっている裏手門から頼むと、申し出てきたらしい。せっかくの機会なのだから、聖クロス学園のときのように、あの立派なリムジンが鈴蘭の正面から入っていくのを、近所の人間たちに見せつけたかった、と綺子は少しだけ落胆したのだった。だが、そんなことが些事であるくらい、今の綺子のテンションは上がっている。
今日、この鈴蘭に来るのは、ROG. COMPANYの中でも、特別、噂に名高い『高等幹部』のひとりとのこと。先日、学園を訪れた、あの冴えない女子社員には比べ物にならないような、超特級の役員。
高等幹部が慰問したとなれば、鈴蘭の知名度は一気に上がる。それに乗じて、院長である自分の株も爆上がり。また有名になってしまう、これ以上のスケジュール管理は、専用のマネージャーでも雇わないといけないかもしれない。まあ、それは最悪、ナオトにやらせてもいいか。と綺子が考えていたとき。
見慣れたリムジンが、静かなエンジン音を立てて、やってきた。箔押しの社章ロゴが入ったドアが開き、中から出てきたのは。
(ッ!!…デ、デカッ…!?)
綺子は胸中で、思わず叫んだ。
すらりと伸びた、というか、伸びすぎなくらいの手足。それに負けない存在感を放つ、青色のロングポニーテール。男であることは、何となく分かった。
「初めまして。オレは、ROG. COMPANY 特殊対応室の、ルカ三級高等幹部だよ。キミが噂の高校生院長さんかな?よろしくね」
爽やかな笑顔で、且つ、意外にも低めのボイスで自己紹介したルカが放つ、その圧倒的な存在感に。綺子は思わず、ぽかん、としてしまうのだった。
【鈴蘭 院長室】
初対面の相手に対して、ここまで緊張をするのは、綺子は己の17年という人生の中で、ほぼ初めてだった。相手は、…ルカは、綺子の対面に座って、ティーカップを傾けているだけなのに。
いや、取り乱すな。自分はここの院長。現役高校生にして、敏腕経営者。選ばれた特権階級の存在。
綺子は胸中で自身に言い聞かせながら、自分の分のティーカップも持ち上げる。緊張で渇いた喉を潤せば、少しは落ち着くはず…――――
「ねえ?キミがオーロラの魔女だよね?」
ガチャン!!、と陶器が割れる音が、院長室に響いた。綺子が指を滑らせて、カップを取り落としたのだ。粉々になった陶器の破片が床に散らばり、今日のためにおろした綺子のパンプスの靴先を、零れた紅茶が汚す。
綺子が視線を上げると。唐突な質問を投げてきたルカの深青の瞳と、かち合った。
「何のことでしょう…?そんなもの、私には関係ありませんから…」
綺子の心臓が、ドクドクと、高鳴る。しかし、背中には冷たい汗が流れる。
とにかく否定さえしておけば、自分が疑われることなんてまずあり得ないはず…。
「あれ?「そんなものと関係ない」って断言できるってことは、オーロラの魔女が何か、キミは知っているんだ。おかしいなあ。この転売グループの呼称は、公的機関と、弊社くらいしか把握していないはずなんだケド。
あと知っているヒトがいるとすれば、…そうだね、それこそ『当事者』くらいだと思うよ」
「…!? え、あの、その…!それは、ちがくて…!」
持ち直そうとした綺子の努力を水泡に帰すように、ルカが的確に、そして無慈悲に、追究した。
「キミ、敏腕経営者なんだって?確かに、あれだけ大きな被害額を叩き出している組織的な転売グループを指揮する、その手腕は、敏腕とも言えるね。組織運営の才能は、光るものがあると思うよ。
それに、ユキサカ製薬内に、自分の囲いのラボを作り出して、そこで密かに毒薬の生成や研究も行わせている。転売で稼いだカネをチラつかせているだけとはいえ、報酬を見せておいてからモチベーションをアップさせる…。人心掌握にも心得があるなんて、やっぱり家業を継ぐ人間として、きちんと教育を受けてきただけのことはあるんだろうね。
それでもって、今度はラボで作らせた毒薬を利用して、鈴蘭の子どもたちの命を人質に、ナオトを自分の言いなりにしている。他の看護スタッフも2人、同じ理由で、キミに従わざるをえない状況になっているよね?
こうやって改めて俯瞰すると、転売グループで得た利益を上手く循環させて、良し悪しはともかく、経済としては回しつつ、己の財布もしっかり潤す。
転売、恐喝、教唆、その他諸々の、最低な悪事の数々さえしていなければ、…キミは立派な、敏腕経営者だよ」
畳みかけるように、否、畳みかけてきたルカの言葉に、綺子は戦慄する。だが、綺子は己の高いプライドを振り絞って、反論をした。
「証拠はあるのですか?ありませんでしょう?
…ある訳ない!あり得ない!!いくら大きな会社の役員だからって、この私のことを侮辱した罪は重いわよ?!!
お父様に言いつけてやる!!ユキサカ製薬の社長から直接クレームが入ったら、さすがの高等幹部とはいえ、キツイ罰は逃れられないはずよ!!メディアに晒し者にされて、その名声なんて、あっという間に地に落ちるわ!!!
さあ、どうする?!謝るなら今のうち――――」
――――バシャン!
半ばヒステリック気味に叫んでいた綺子の顔面に、生ぬるい液体が掛かる。顔から、前髪から、ぽたぽた、と雫を落としながら、ぽかん、とする綺子が見たもの。それは。
ティーカップの口をこちらに向けた、笑顔のルカだった。ルカが、綺子の顔へ目掛けて、自分の飲んでいた紅茶を、ぶち撒けたのだ。
「…、……、…」
笑顔のままで、ティーカップをソーサーに戻すルカのことを。綺子は、まるで魚のように、口をパクパクとさせて、眺めることしか出来ない。言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。代わりとばかりに、ルカは長い脚を組み直して、傍らに置いていた革製のバッグの中から、見覚えのあるものを取り出した。
…あの女子社員から奪って、売りさばいた、リボンチャーム。
嫌な予感に震え始める綺子に対して、ルカは笑顔のまま、彼女へ告げる。
「オレの部下がお世話になったようで、何より。でも、これね、キミが商品紹介ページに書いたような、『社員専用のグッズ』では無いんだ。
これは、アリスちゃんが推しを想って、手作りした、…何よりも大切な気持ちがこもった、彼女の心そのものなんだよ。
ページに書いてあった『非売品』、『レアリティが高い、プレミアムな一品』ってのは正解かもね。でも、意味が違うの。
確かに、リボンチャームのレアリティは高く、プレミアムでもある。何処に問い合わせても、このリボンチャームは買えない。だって、これはアリスちゃんが作った、世界でたったひとつの宝物。アリスちゃんがこのリボンに込めた気持ちは、いくらのおカネを積んでも、買えるものじゃないよ。それなのに…――――」
すぅ、と、ルカの眼が細まる。笑っているはずのに、闇しか見えない冷たい青色の瞳に射抜かれて、もう何も言い返せない綺子へ、ルカは続けた。
「キミは自分の私腹を肥やし、満足するためだけに。…たったそれだけのために、アリスちゃんの心を、いとも容易く踏みにじった。
聖クロス学園の慰問を終えて、Room ELに帰って来た瞬間…、アリスちゃん、泣いちゃったんだよ?そんなこと、今まで一度も無かったのに。大切なモノを無くした自分を責めて、ずっとずっと泣いてた。
だからさ、オレもソラも、キミのこと、心底キライになっちゃってさ。もうちょっと泳がせるつもりだったんだケド…、もう証拠は揃ってたし、ここで終わりにさせてあげようね、って」
そこまで言って、ルカは黒革の手袋が嵌った指先を、ぱちん!、と鳴らした。すると、院長室の扉が開かれて、そこからソラとグレイス隊が雪崩れ込んでくる。ロボット兵たちは綺子を取り囲み、銃口を向けた。ソラはすぐにルカの傍に控える。
「犯した罪は重いけど、かなり余計なことに、未成年という盾がキミを護ってくれるみたい。それに加えて、弊社が協賛・出資している、特別な更生プログラムに賛同してくれるなら、このまま刑務所直行は、ひとまず逃れるけれど、…どうする?」
ルカの提案は、綺子にとって最早、死の宣告みたいなものであった。だが、ここで終わる訳にはいかないと、彼女の中にはまだ反抗心が残っている。ここから巻き返す術を…、と考えようとしたとき。
冷たい視線で綺子を見据えていたソラが外回り用のコートのポケットから、バイブレーションで震えるスマートフォンを取り出して、受話する。
「はい、ソラ。…そうか、分かった、至急向かう。消防に対応を任せて、あなたはひとまず、身の安全を確保してほしい」
端的なやり取りの後、すぐに電話を切り、ソラはルカに向かって、報告した。
「綺子女史の自宅から、出火しているとの報告があった。俺はすぐに向かう」
それを聞いた瞬間、綺子は顔を青くして叫んだ。
「出火?!それって火事ってことでしょ?!!!あそこには、私の一番大事なものがたくさんあるの!!!!なんとかしてよ!!!!」
綺子の悲鳴にも似た叫びを聞いたルカは、彼女を一瞥すると、「じゃあ、一緒に連れて行ってあげる」と軽く答えたのだった。
*****
【綺子邸】
窓という窓から、業火が噴き出ている。真っ黒の煙が昇り、その間を縫うように、真っ赤な火柱が立ち上がっていた。その光景を目にした瞬間、綺子は血相を変えて、叫び出した。
「早く火を消して!!!早くしてよ!!!!あそこには大事なものがあるの!!!!!誰かなんとかして!!!!早く!!!!!」
消防隊たちは既に目一杯の放水をしているが、火の勢いは衰えない。綺子は燃え盛る自宅に向かって、走り出そうとするが。グレイス隊兵が瞬時にそれを抑える。
「離して!!!私の宝物が!!!!大事なものが!!!バッグもジュエリーもお洋服も靴も!!!!!!全部燃えちゃう!!!無くなっちゃう!!!!せっかくここまでやってきたのに!!!!!」
ジタバタと激しくもがく綺子だが、ロボット兵士の腕力に勝てるはずもなく。発狂めいた喚き声を発しながら、ひたすらに燃えて崩れようとする我が城に向かって、手を伸ばす。
ソラは消防隊に協力する、他のグレイス隊兵の指揮を執るために、その場をすぐに離れたが。ルカは拘束されている綺子の傍に立ったまま、燃える綺子の家を眺めていた。
すると、悲痛に喚き続ける綺子に、別の人影が、静かに近付いてくる。
「――――お嬢様」
柔い声。この場で綺子をそう呼ぶものは、ひとりしかいない。というより、どうしてここにいるのか。
案の定、綺子の視線の先にいたのは。――――ナオトだった。
彼は左頬にガーゼを当てて、手の甲から手首にかけて、包帯が巻かれている。グレーのロングヘアーの先は、僅かに焦げていた。
「充電中の家事ロボットがショートを起こしたのが原因で、出火したと思われます。僕が気が付いたときは既に火が回り始めていて…。
なので、せめてこちらだけでもと、何とか持ち出しました」
ナオトはそう言いながら、両手で大事に抱えていたものを、綺子へ差し出した。
それは、綺子の寝室にあった、ねこてんし・ラヴィー。幼かった綺子が、彼からご褒美として貰った、あのぬいぐるみだった。
――――自分が火に巻かれてしまう危険性を孕んでいたのにも関わらず。例え、怪我をしても。ナオトは、綺子との思い出の品を、守ろうとした。
大切なものは、ハイブランドのバッグや、洋服、ジュエリー、靴、その他諸々…。
転売で稼いだカネで手に入れた、キラキラな自分を演出するためだけのものたちじゃない。
ナオトからラヴィーを受け取った綺子は、ほろほろ、と涙を零し始める。ラヴィーを抱き締めて、しゃくりあげながら、泣いた。
その綺子に対して、ナオトは片膝をついて目線を合わせると、彼女の頭を優しく撫でる。綺子はその優しさに、目を潤ませたまま、ナオトのオッドアイと視線を交叉させて。口を開いた。
「私…、やり直せるかな…?これまでのこと…、挽回できるかな…?
ねえ、…まだ、間に合うかな…?ここから全てを……やり直したいよ……」
轟轟と炎が燃え盛る音が響く中、小さく零した綺子の素直な願い。それを聞いたナオトは、紅蓮の火影に照らされた美貌の顔に、綺麗な微笑みを浮かべて、しかと返答をする。
「――――いいえ、手遅れです」
「………え……?」
期待していた答えと全く違うことを言われた綺子は、呆然とした。ナオトはそんな彼女を、変わらぬ微笑みで見つめながら、続きを紡ぐ。
「転売に関しては、何度も止めるように進言してきました。しかし、お嬢様は止めるどころか、子どもたちの命を盾に、僕に片棒を担がせてしまう始末。
旦那様から承ったはずの院長業務も放り投げ、放蕩するばかり。それなのに、まるで全てを自分の手柄として掠め取り、貴女だけがスポットライトを浴びる日々。
周囲の人間を蔑ろにして、見知らぬ誰かからも搾取して、そうして砂の上の城に立っているにも関わらず。まるでこの世の全てを掌握した気になっていたようなので、少々厳しいお仕置きが必要だと考え、僕はこの度、お嬢様のもとから離反を決意致しました」
いつもは穏やかなはずのナオトのオッドアイが、綺子が見たことのないほど、冷たく、人間味の薄い光を、宿している。声も、そこから紡がれる言葉遣いも優しいはずなのに。内容と視線の冷酷さと反比例して、いっそ、不気味を通り越して、ホラーですらある。
「僕がROG. COMPANYへカウンセラー担当として出向が決まったとき、ツバサさんに助けを求めたのは、大正解でした。特殊対応室の事務員さん…、いかにも組織内の何でも屋さん、と言った部署ではありませんか。
カウンセリングの部屋に飾った、チグリジアの花言葉は「わたしを助けて」。…ツバサさんは僕の意図を汲んでくださり、鈴蘭に関わってくださる理由を作ってくれました」
「いったい、なにを…?どういうこと…?なにいってんの、アンタ…?」
ナオトの説明に、綺子はついていけない。すると、ルカが1枚のメモ用紙を出すと、それを彼女に見せながら、割って入ってきた。
「これは、ナオトがアリスちゃんのカウンセリング中に渡した、鈴蘭の住所のメモなんだケド。…ほら、よく見て。これ、『ユキサカ製薬』って印字されるでしょ?このメモ用紙自は、コマーシャル用に無料で配っている、なんてこないメモ用紙なんだケドね。
ナオトはこれを使い、アリスちゃんに、お花で「助けて」と訴えながら、それが鈴蘭とユキサカ製薬に関係があることを、明確に示してくれていたんだ」
絶句する綺子に、ルカは更に畳みかける。
「すぐにオレたちは、裏でナオトと連携を始めたんだ。
まず最初に、少年に毒を盛った後の、院長室でのキミとナオトの会話。アレ、ナオトが録音してたなんて、キミはちっとも気が付いてなかったみたいだね。おかげで最初の掴みは完璧だったよ。
次は、ユキサカ製薬にあるキミのラボにアプローチをかけたんだ。ソラが要求を聞き出したら、研究者たちはカネと身の安全を求めてきた。カネで雇われているなら、カネで雇い直せばいいし、身の安全が欲しいなら、司法取引のうえで減刑して貰ってから、数ヶ月でも刑務所にいればいい。シュガーだっけ?毒薬の情報は、すぐに譲って貰えたし、解毒薬も量産してくれたから、鈴蘭の子どもたちは、もうヘーキだね」
ルカはそれを告げると、自分の言いたいことは終わったとばかりに。ナオトを見やる。バトンを渡された彼は、優しい声のまま、でも冷たい瞳のまま、綺子に言葉を重ねた。
「あの日…、院長室に花を活けていたのを、覚えていますか?……その顔は、覚えてないと言った感じですね。むしろ、花など気にしたことがない、といった風でしょうか。
まあ、いいです。とにかく、あの日の院長室に僕が飾った花は、シャガ。花言葉は…、「反抗」。
…あの瞬間から、僕のお嬢様への反逆は、始まっていたのです」
バキバキバキバキッッ!!!と、背後で、燃えていた建物が激しく崩れる音がする。「退避!退避ー!!」と叫ぶ消防隊たちの声が、聞こえる。
「幼い頃に贈ったぬいぐるみを持ち出したのは、お嬢様が刑務所で寂しい思いをしないようにという、僕なりの最後の心遣いのつもりです。
決して、ドラマや漫画のような、「悪役が最後の瞬間に、善良な心を思い出して、改心しようとする」という感動的なシーンを演出するためではありませんよ」
女神のような美貌の微笑みのまま、悪魔のような宣告をするナオト。
それを見て、そして彼の言葉を聞いた綺子は、涙を流しつつ、壊れた笑いを浮かべながら、ぎゅううと手の中のラヴィーを握り潰さんばかりに、抱き締めて。
「たすけて、ナオト…。たすけてよ…、ずっとそばにいてくれたじゃない…、なんでもいうこときくから…、あやまるから…、たすけて、ナオト…」
縋る。尚も、縋る。17歳の少女は、ヒトの身の丈に合わない欲望と、それを埋める欲求を食べ過ぎたばかりに。最後の最期で、己の愚かさを知る。
一番大切にしないといけなかったものは、一番近くに、ずっと、ずっと、あったのに。
「申し訳ございません。医者としては、「助けて」の声を無視するのは、非常に心苦しいのですが…。僕個人、鈴ヶ原ナオトとしては、もう貴女に対して、出来ることはなにひとつありません。
どこの刑務所に入るかは知りませんが…。どうぞ、新天地では、お体に気を付けてお過ごしくださいね」
ナオトがそう言った瞬間。
綺子は、はは…、ははは…っ、あはははははははは!!!!!、と虚空に向かって、大きく笑い出した。
今度こそ、壊れた人形のようになった少女を、静かに見据えていたルカだったが。ふいに、火事の現場に視線を移した。すると。
――――バアアァァァァンンンッッ!!!!!!!
激しい爆発音がした。台所用のガスボンベに引火したせいだ。爆発の影響で、焼け落ちた家の僅かに残っていた骨組みの部分に使われていた鉄骨が、ルカたち目掛けて、飛来してくる。だが、全員が伏せるなか、ルカだけは悠然と立っていて。飛来してくる鉄骨をしかと見とめた後。ハイヒールで地を蹴って、拳を突き出し、飛んできた鉄骨を左ストレートで粉砕してしまった。
炎を纏っていたにも関わらず、火傷らしい怪我もなく、敢えて言うなら、左の黒革の手袋が少し焼けて爛れているくらい。というか、鉄骨を拳で殴って粉々にするというのは、一体…?
「物語の終幕に上がる花火としては、些か、品性に欠けるんじゃない?」
だが、当のルカは何もおかしいことはないと言わんばかりに、実に軽くそう零しただけだった。
to be continued...
鈴蘭に、ROG. COMPANYからの慰問が決まり、今日、綺子はその日を迎えた。
全ての手続きをしたナオト曰く、向こうが、出迎えは正門からではなく、スタッフの通用口となっている裏手門から頼むと、申し出てきたらしい。せっかくの機会なのだから、聖クロス学園のときのように、あの立派なリムジンが鈴蘭の正面から入っていくのを、近所の人間たちに見せつけたかった、と綺子は少しだけ落胆したのだった。だが、そんなことが些事であるくらい、今の綺子のテンションは上がっている。
今日、この鈴蘭に来るのは、ROG. COMPANYの中でも、特別、噂に名高い『高等幹部』のひとりとのこと。先日、学園を訪れた、あの冴えない女子社員には比べ物にならないような、超特級の役員。
高等幹部が慰問したとなれば、鈴蘭の知名度は一気に上がる。それに乗じて、院長である自分の株も爆上がり。また有名になってしまう、これ以上のスケジュール管理は、専用のマネージャーでも雇わないといけないかもしれない。まあ、それは最悪、ナオトにやらせてもいいか。と綺子が考えていたとき。
見慣れたリムジンが、静かなエンジン音を立てて、やってきた。箔押しの社章ロゴが入ったドアが開き、中から出てきたのは。
(ッ!!…デ、デカッ…!?)
綺子は胸中で、思わず叫んだ。
すらりと伸びた、というか、伸びすぎなくらいの手足。それに負けない存在感を放つ、青色のロングポニーテール。男であることは、何となく分かった。
「初めまして。オレは、ROG. COMPANY 特殊対応室の、ルカ三級高等幹部だよ。キミが噂の高校生院長さんかな?よろしくね」
爽やかな笑顔で、且つ、意外にも低めのボイスで自己紹介したルカが放つ、その圧倒的な存在感に。綺子は思わず、ぽかん、としてしまうのだった。
【鈴蘭 院長室】
初対面の相手に対して、ここまで緊張をするのは、綺子は己の17年という人生の中で、ほぼ初めてだった。相手は、…ルカは、綺子の対面に座って、ティーカップを傾けているだけなのに。
いや、取り乱すな。自分はここの院長。現役高校生にして、敏腕経営者。選ばれた特権階級の存在。
綺子は胸中で自身に言い聞かせながら、自分の分のティーカップも持ち上げる。緊張で渇いた喉を潤せば、少しは落ち着くはず…――――
「ねえ?キミがオーロラの魔女だよね?」
ガチャン!!、と陶器が割れる音が、院長室に響いた。綺子が指を滑らせて、カップを取り落としたのだ。粉々になった陶器の破片が床に散らばり、今日のためにおろした綺子のパンプスの靴先を、零れた紅茶が汚す。
綺子が視線を上げると。唐突な質問を投げてきたルカの深青の瞳と、かち合った。
「何のことでしょう…?そんなもの、私には関係ありませんから…」
綺子の心臓が、ドクドクと、高鳴る。しかし、背中には冷たい汗が流れる。
とにかく否定さえしておけば、自分が疑われることなんてまずあり得ないはず…。
「あれ?「そんなものと関係ない」って断言できるってことは、オーロラの魔女が何か、キミは知っているんだ。おかしいなあ。この転売グループの呼称は、公的機関と、弊社くらいしか把握していないはずなんだケド。
あと知っているヒトがいるとすれば、…そうだね、それこそ『当事者』くらいだと思うよ」
「…!? え、あの、その…!それは、ちがくて…!」
持ち直そうとした綺子の努力を水泡に帰すように、ルカが的確に、そして無慈悲に、追究した。
「キミ、敏腕経営者なんだって?確かに、あれだけ大きな被害額を叩き出している組織的な転売グループを指揮する、その手腕は、敏腕とも言えるね。組織運営の才能は、光るものがあると思うよ。
それに、ユキサカ製薬内に、自分の囲いのラボを作り出して、そこで密かに毒薬の生成や研究も行わせている。転売で稼いだカネをチラつかせているだけとはいえ、報酬を見せておいてからモチベーションをアップさせる…。人心掌握にも心得があるなんて、やっぱり家業を継ぐ人間として、きちんと教育を受けてきただけのことはあるんだろうね。
それでもって、今度はラボで作らせた毒薬を利用して、鈴蘭の子どもたちの命を人質に、ナオトを自分の言いなりにしている。他の看護スタッフも2人、同じ理由で、キミに従わざるをえない状況になっているよね?
こうやって改めて俯瞰すると、転売グループで得た利益を上手く循環させて、良し悪しはともかく、経済としては回しつつ、己の財布もしっかり潤す。
転売、恐喝、教唆、その他諸々の、最低な悪事の数々さえしていなければ、…キミは立派な、敏腕経営者だよ」
畳みかけるように、否、畳みかけてきたルカの言葉に、綺子は戦慄する。だが、綺子は己の高いプライドを振り絞って、反論をした。
「証拠はあるのですか?ありませんでしょう?
…ある訳ない!あり得ない!!いくら大きな会社の役員だからって、この私のことを侮辱した罪は重いわよ?!!
お父様に言いつけてやる!!ユキサカ製薬の社長から直接クレームが入ったら、さすがの高等幹部とはいえ、キツイ罰は逃れられないはずよ!!メディアに晒し者にされて、その名声なんて、あっという間に地に落ちるわ!!!
さあ、どうする?!謝るなら今のうち――――」
――――バシャン!
半ばヒステリック気味に叫んでいた綺子の顔面に、生ぬるい液体が掛かる。顔から、前髪から、ぽたぽた、と雫を落としながら、ぽかん、とする綺子が見たもの。それは。
ティーカップの口をこちらに向けた、笑顔のルカだった。ルカが、綺子の顔へ目掛けて、自分の飲んでいた紅茶を、ぶち撒けたのだ。
「…、……、…」
笑顔のままで、ティーカップをソーサーに戻すルカのことを。綺子は、まるで魚のように、口をパクパクとさせて、眺めることしか出来ない。言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。代わりとばかりに、ルカは長い脚を組み直して、傍らに置いていた革製のバッグの中から、見覚えのあるものを取り出した。
…あの女子社員から奪って、売りさばいた、リボンチャーム。
嫌な予感に震え始める綺子に対して、ルカは笑顔のまま、彼女へ告げる。
「オレの部下がお世話になったようで、何より。でも、これね、キミが商品紹介ページに書いたような、『社員専用のグッズ』では無いんだ。
これは、アリスちゃんが推しを想って、手作りした、…何よりも大切な気持ちがこもった、彼女の心そのものなんだよ。
ページに書いてあった『非売品』、『レアリティが高い、プレミアムな一品』ってのは正解かもね。でも、意味が違うの。
確かに、リボンチャームのレアリティは高く、プレミアムでもある。何処に問い合わせても、このリボンチャームは買えない。だって、これはアリスちゃんが作った、世界でたったひとつの宝物。アリスちゃんがこのリボンに込めた気持ちは、いくらのおカネを積んでも、買えるものじゃないよ。それなのに…――――」
すぅ、と、ルカの眼が細まる。笑っているはずのに、闇しか見えない冷たい青色の瞳に射抜かれて、もう何も言い返せない綺子へ、ルカは続けた。
「キミは自分の私腹を肥やし、満足するためだけに。…たったそれだけのために、アリスちゃんの心を、いとも容易く踏みにじった。
聖クロス学園の慰問を終えて、Room ELに帰って来た瞬間…、アリスちゃん、泣いちゃったんだよ?そんなこと、今まで一度も無かったのに。大切なモノを無くした自分を責めて、ずっとずっと泣いてた。
だからさ、オレもソラも、キミのこと、心底キライになっちゃってさ。もうちょっと泳がせるつもりだったんだケド…、もう証拠は揃ってたし、ここで終わりにさせてあげようね、って」
そこまで言って、ルカは黒革の手袋が嵌った指先を、ぱちん!、と鳴らした。すると、院長室の扉が開かれて、そこからソラとグレイス隊が雪崩れ込んでくる。ロボット兵たちは綺子を取り囲み、銃口を向けた。ソラはすぐにルカの傍に控える。
「犯した罪は重いけど、かなり余計なことに、未成年という盾がキミを護ってくれるみたい。それに加えて、弊社が協賛・出資している、特別な更生プログラムに賛同してくれるなら、このまま刑務所直行は、ひとまず逃れるけれど、…どうする?」
ルカの提案は、綺子にとって最早、死の宣告みたいなものであった。だが、ここで終わる訳にはいかないと、彼女の中にはまだ反抗心が残っている。ここから巻き返す術を…、と考えようとしたとき。
冷たい視線で綺子を見据えていたソラが外回り用のコートのポケットから、バイブレーションで震えるスマートフォンを取り出して、受話する。
「はい、ソラ。…そうか、分かった、至急向かう。消防に対応を任せて、あなたはひとまず、身の安全を確保してほしい」
端的なやり取りの後、すぐに電話を切り、ソラはルカに向かって、報告した。
「綺子女史の自宅から、出火しているとの報告があった。俺はすぐに向かう」
それを聞いた瞬間、綺子は顔を青くして叫んだ。
「出火?!それって火事ってことでしょ?!!!あそこには、私の一番大事なものがたくさんあるの!!!!なんとかしてよ!!!!」
綺子の悲鳴にも似た叫びを聞いたルカは、彼女を一瞥すると、「じゃあ、一緒に連れて行ってあげる」と軽く答えたのだった。
*****
【綺子邸】
窓という窓から、業火が噴き出ている。真っ黒の煙が昇り、その間を縫うように、真っ赤な火柱が立ち上がっていた。その光景を目にした瞬間、綺子は血相を変えて、叫び出した。
「早く火を消して!!!早くしてよ!!!!あそこには大事なものがあるの!!!!!誰かなんとかして!!!!早く!!!!!」
消防隊たちは既に目一杯の放水をしているが、火の勢いは衰えない。綺子は燃え盛る自宅に向かって、走り出そうとするが。グレイス隊兵が瞬時にそれを抑える。
「離して!!!私の宝物が!!!!大事なものが!!!バッグもジュエリーもお洋服も靴も!!!!!!全部燃えちゃう!!!無くなっちゃう!!!!せっかくここまでやってきたのに!!!!!」
ジタバタと激しくもがく綺子だが、ロボット兵士の腕力に勝てるはずもなく。発狂めいた喚き声を発しながら、ひたすらに燃えて崩れようとする我が城に向かって、手を伸ばす。
ソラは消防隊に協力する、他のグレイス隊兵の指揮を執るために、その場をすぐに離れたが。ルカは拘束されている綺子の傍に立ったまま、燃える綺子の家を眺めていた。
すると、悲痛に喚き続ける綺子に、別の人影が、静かに近付いてくる。
「――――お嬢様」
柔い声。この場で綺子をそう呼ぶものは、ひとりしかいない。というより、どうしてここにいるのか。
案の定、綺子の視線の先にいたのは。――――ナオトだった。
彼は左頬にガーゼを当てて、手の甲から手首にかけて、包帯が巻かれている。グレーのロングヘアーの先は、僅かに焦げていた。
「充電中の家事ロボットがショートを起こしたのが原因で、出火したと思われます。僕が気が付いたときは既に火が回り始めていて…。
なので、せめてこちらだけでもと、何とか持ち出しました」
ナオトはそう言いながら、両手で大事に抱えていたものを、綺子へ差し出した。
それは、綺子の寝室にあった、ねこてんし・ラヴィー。幼かった綺子が、彼からご褒美として貰った、あのぬいぐるみだった。
――――自分が火に巻かれてしまう危険性を孕んでいたのにも関わらず。例え、怪我をしても。ナオトは、綺子との思い出の品を、守ろうとした。
大切なものは、ハイブランドのバッグや、洋服、ジュエリー、靴、その他諸々…。
転売で稼いだカネで手に入れた、キラキラな自分を演出するためだけのものたちじゃない。
ナオトからラヴィーを受け取った綺子は、ほろほろ、と涙を零し始める。ラヴィーを抱き締めて、しゃくりあげながら、泣いた。
その綺子に対して、ナオトは片膝をついて目線を合わせると、彼女の頭を優しく撫でる。綺子はその優しさに、目を潤ませたまま、ナオトのオッドアイと視線を交叉させて。口を開いた。
「私…、やり直せるかな…?これまでのこと…、挽回できるかな…?
ねえ、…まだ、間に合うかな…?ここから全てを……やり直したいよ……」
轟轟と炎が燃え盛る音が響く中、小さく零した綺子の素直な願い。それを聞いたナオトは、紅蓮の火影に照らされた美貌の顔に、綺麗な微笑みを浮かべて、しかと返答をする。
「――――いいえ、手遅れです」
「………え……?」
期待していた答えと全く違うことを言われた綺子は、呆然とした。ナオトはそんな彼女を、変わらぬ微笑みで見つめながら、続きを紡ぐ。
「転売に関しては、何度も止めるように進言してきました。しかし、お嬢様は止めるどころか、子どもたちの命を盾に、僕に片棒を担がせてしまう始末。
旦那様から承ったはずの院長業務も放り投げ、放蕩するばかり。それなのに、まるで全てを自分の手柄として掠め取り、貴女だけがスポットライトを浴びる日々。
周囲の人間を蔑ろにして、見知らぬ誰かからも搾取して、そうして砂の上の城に立っているにも関わらず。まるでこの世の全てを掌握した気になっていたようなので、少々厳しいお仕置きが必要だと考え、僕はこの度、お嬢様のもとから離反を決意致しました」
いつもは穏やかなはずのナオトのオッドアイが、綺子が見たことのないほど、冷たく、人間味の薄い光を、宿している。声も、そこから紡がれる言葉遣いも優しいはずなのに。内容と視線の冷酷さと反比例して、いっそ、不気味を通り越して、ホラーですらある。
「僕がROG. COMPANYへカウンセラー担当として出向が決まったとき、ツバサさんに助けを求めたのは、大正解でした。特殊対応室の事務員さん…、いかにも組織内の何でも屋さん、と言った部署ではありませんか。
カウンセリングの部屋に飾った、チグリジアの花言葉は「わたしを助けて」。…ツバサさんは僕の意図を汲んでくださり、鈴蘭に関わってくださる理由を作ってくれました」
「いったい、なにを…?どういうこと…?なにいってんの、アンタ…?」
ナオトの説明に、綺子はついていけない。すると、ルカが1枚のメモ用紙を出すと、それを彼女に見せながら、割って入ってきた。
「これは、ナオトがアリスちゃんのカウンセリング中に渡した、鈴蘭の住所のメモなんだケド。…ほら、よく見て。これ、『ユキサカ製薬』って印字されるでしょ?このメモ用紙自は、コマーシャル用に無料で配っている、なんてこないメモ用紙なんだケドね。
ナオトはこれを使い、アリスちゃんに、お花で「助けて」と訴えながら、それが鈴蘭とユキサカ製薬に関係があることを、明確に示してくれていたんだ」
絶句する綺子に、ルカは更に畳みかける。
「すぐにオレたちは、裏でナオトと連携を始めたんだ。
まず最初に、少年に毒を盛った後の、院長室でのキミとナオトの会話。アレ、ナオトが録音してたなんて、キミはちっとも気が付いてなかったみたいだね。おかげで最初の掴みは完璧だったよ。
次は、ユキサカ製薬にあるキミのラボにアプローチをかけたんだ。ソラが要求を聞き出したら、研究者たちはカネと身の安全を求めてきた。カネで雇われているなら、カネで雇い直せばいいし、身の安全が欲しいなら、司法取引のうえで減刑して貰ってから、数ヶ月でも刑務所にいればいい。シュガーだっけ?毒薬の情報は、すぐに譲って貰えたし、解毒薬も量産してくれたから、鈴蘭の子どもたちは、もうヘーキだね」
ルカはそれを告げると、自分の言いたいことは終わったとばかりに。ナオトを見やる。バトンを渡された彼は、優しい声のまま、でも冷たい瞳のまま、綺子に言葉を重ねた。
「あの日…、院長室に花を活けていたのを、覚えていますか?……その顔は、覚えてないと言った感じですね。むしろ、花など気にしたことがない、といった風でしょうか。
まあ、いいです。とにかく、あの日の院長室に僕が飾った花は、シャガ。花言葉は…、「反抗」。
…あの瞬間から、僕のお嬢様への反逆は、始まっていたのです」
バキバキバキバキッッ!!!と、背後で、燃えていた建物が激しく崩れる音がする。「退避!退避ー!!」と叫ぶ消防隊たちの声が、聞こえる。
「幼い頃に贈ったぬいぐるみを持ち出したのは、お嬢様が刑務所で寂しい思いをしないようにという、僕なりの最後の心遣いのつもりです。
決して、ドラマや漫画のような、「悪役が最後の瞬間に、善良な心を思い出して、改心しようとする」という感動的なシーンを演出するためではありませんよ」
女神のような美貌の微笑みのまま、悪魔のような宣告をするナオト。
それを見て、そして彼の言葉を聞いた綺子は、涙を流しつつ、壊れた笑いを浮かべながら、ぎゅううと手の中のラヴィーを握り潰さんばかりに、抱き締めて。
「たすけて、ナオト…。たすけてよ…、ずっとそばにいてくれたじゃない…、なんでもいうこときくから…、あやまるから…、たすけて、ナオト…」
縋る。尚も、縋る。17歳の少女は、ヒトの身の丈に合わない欲望と、それを埋める欲求を食べ過ぎたばかりに。最後の最期で、己の愚かさを知る。
一番大切にしないといけなかったものは、一番近くに、ずっと、ずっと、あったのに。
「申し訳ございません。医者としては、「助けて」の声を無視するのは、非常に心苦しいのですが…。僕個人、鈴ヶ原ナオトとしては、もう貴女に対して、出来ることはなにひとつありません。
どこの刑務所に入るかは知りませんが…。どうぞ、新天地では、お体に気を付けてお過ごしくださいね」
ナオトがそう言った瞬間。
綺子は、はは…、ははは…っ、あはははははははは!!!!!、と虚空に向かって、大きく笑い出した。
今度こそ、壊れた人形のようになった少女を、静かに見据えていたルカだったが。ふいに、火事の現場に視線を移した。すると。
――――バアアァァァァンンンッッ!!!!!!!
激しい爆発音がした。台所用のガスボンベに引火したせいだ。爆発の影響で、焼け落ちた家の僅かに残っていた骨組みの部分に使われていた鉄骨が、ルカたち目掛けて、飛来してくる。だが、全員が伏せるなか、ルカだけは悠然と立っていて。飛来してくる鉄骨をしかと見とめた後。ハイヒールで地を蹴って、拳を突き出し、飛んできた鉄骨を左ストレートで粉砕してしまった。
炎を纏っていたにも関わらず、火傷らしい怪我もなく、敢えて言うなら、左の黒革の手袋が少し焼けて爛れているくらい。というか、鉄骨を拳で殴って粉々にするというのは、一体…?
「物語の終幕に上がる花火としては、些か、品性に欠けるんじゃない?」
だが、当のルカは何もおかしいことはないと言わんばかりに、実に軽くそう零しただけだった。
to be continued...