第二章 Burn down The FAIRY TALE

朝の出勤時。バスが来るまで時間があったツバサは、バス停のすぐ傍にあるコンビニエンスストアに寄った。今朝はどうにも身体から眠気が取れないと思い、栄養ドリンクのチカラを借りることにしたのだ。
なにがいいかな…、と思いながら眺めていると、売り場で一番目立つ場所に『新発売!』のポップが。商品のラベルを見ると『ワーカーズリカバー スタートダッシュ』の文字が。老舗の製薬会社『ユキサカ製薬』の栄養ドリンク『ワーカーズリカバー』シリーズだ。どうやら、その新作が発売されたらしい。
『ワーカーズリカバー』とは、「全ての社会人にエールを!」をコンセプトに展開されている、ユキサカ製薬のロングセラー商品だ。ツバサも社会人になってからは、もう数えきれないほど、何度もこれにお世話になってきている。その新発売となると、にわかに気になってくるのが、やはりヒトの性分。
ちなみに、このシリーズの定番商品は『リフレッシュ』と、『リラックスナイト』だ。『リフレッシュ』のテーマは、「仕事の中だるみを、解消!後半も頑張って!」。味は、シトラスオレンジ。『リラックスナイト』は、ノンカフェインに調整されている、就寝前に飲むタイプのもの。テーマは、「今日はゆっくり休んで。また明日もよろしくね」。こちらは、アップルジンジャー味だ。
スマートフォンで素早く検索したことで得た情報によると、どうやらいま、ツバサが気になっている新発売の『スタートダッシュ』の宣伝文句は、「仕事前に、頭スッキリ!快適な1日を!」。味は、ピーチミント。これにしよう、とツバサは1本だけ手に取った後。…少しだけ考えて、『スタートダッシュ』を2本、そして、『リフレッシュ』を1本、かごに追加したのだった。


*****


――『おはようございます。現在の時刻は、午前8時40分でございます』


Room ELの打刻機に社員証を翳すと、いつも通りのシステム音声が鳴り、扉が解錠される。

「おはようございます」

ツバサが挨拶をしながら室内に入ると。

「おはよ~~♪アリスちゃ~ん♪」
「おはよう」

ルカとソラの声が返って来た。今日も今日とて、ルカは応接セットでティーカップを傾けており、ソラは自分のデスクでコーヒーのマグカップに口をつけながら、パソコンの立ち上げ作業を行っている。これも、もうすっかり日常の光景。
ツバサもそれを倣って、自分のデスク周りを立ち上げていると。ルカが通常運転の微笑みのまま、声をかけてきた。

「始業のチャイムが鳴ったら、改めて教えるケド。
 社長から新しいお仕事が降りてきてるから、ヨロシクね〜」
「かしこまりました…」

どうやら、始業と同時に。Room ELに新しい案件が告げられるらしい。ルカに対して、簡潔に答えた後。自分のホットドリンクを用意するために、給湯室へ行こうとすると。ツバサのデスクに、ソラが近付いてきた。

「すまない。少しいいか」
「はい…、何でしょう…?」

今度は、ソラが話しかけてくる。特に驚くこともなく、ツバサが対応し始めると、彼は続けた。

「4日前に、本日、弊社で行われるカウンセリングの問診票を記入したのは覚えているな。
 お前のカウンセリングは、今日の14時となっている。担当する医師の名は、『鈴ヶ原ナオト』。男だ。
 ここまでで、何か懸念点はあるか?」
「特にありません」

社内でカウンセングが行われる告知と併せて、その対象になったツバサを含む全社員に、ソラの説明通り、4日前に問診表の事前記入を義務付けられた。そして、それを踏まえたうえで、ROG. COMPANYに出向してくる医師たちに、カウセリング振り分ける、とも。どうやら、ツバサは、男性の医師に当たったらしい。
だが、ツバサは今の時点で、何処にも問題点らしきものは見えなかった。それと同時に、カウンセリングそのものにも、執り行う意義が見出だせていないのも、隠れた事実だったりする。ソラが続けた。

「俺の方で、鈴ヶ原医師のことを軽く調べてみたが、問題は見当たらないように思える」

軽く、の度合いが全く不明だが。ソラが調べて何も出てこなかったというならば、そうなのだろう。ツバサは、こくん、と、ひとつ頷くと、今度は自分から口を開く。

「では…、指示された時間通りに、カウンセリングへ向かいます」
「ああ、よろしく」

指示を終えると、ソラはツバサに背を向けた。そこで、彼女は「あ…」と、唐突に思い出す。デスクに置いたランチトートの中から、2本の栄養ドリンクを取り出して、「あの、ルカ、ソラさん」と、ふたりの名を呼んだ。呼びかけられたことで、ツバサの方を向いた男たちに、彼女は今朝買い求めた、『ワーカーズリカバー スタートダッシュ』を差し出す。

「今朝、たまたま、コンビニで見つけたんです。よろしければ、どうぞ…」
「わ〜、ありがとう〜♪アリスちゃんってば、優しいねえ〜」
「有り難く頂くとしよう」

栄養ドリンクがルカとソラの手に渡った代わりに、彼らからそれぞれのお礼の言葉を受け取ったツバサは、なんとなく、心の中がホッとした気持ちになったのだった。
3人で蓋を開けて、ほぼ一斉にドリンクを呷る。ピーチの味は控えめで、甘さというよりは、香りが強い。そこにミントの清涼感が喉を通り、そして鼻孔へと抜ける。なるほど。確かに、頭がスッキリしてくれそうな味付けだと、ツバサは思った。
ルカは特にコメントを残さず、裏の成分表をしげしげと眺めてる。ソラは「ごちそうさま」と言うと、ツバサから空になった瓶を回収してくれた。次いで、ソラがルカに近付くと、彼はすぐに自分の秘書官の気配に勘付いて、同じく空になった瓶を渡した。

そこで、始業のチャイムが鳴った。―――仕事の時間だ。

各々がデスクに着くと、早速、パソコンに入っている、EL's shareが起動した。今回は動画ではなく、書類と画像のデータが展開されるようだ。
ルカが口火を切る。

「今回の仕事は、ズバリ、『転売屋』の調査と、その一斉検挙だよ」

――――『転売』。

昨今の社会問題となっている事柄のひとつ。適正価格で販売されるべきものを買い占めて、それを『在庫』として抱えたうえで、本来の価格より遥かに高い値で、消費者に売りつけるという行為。
本来、手を伸ばせる、手を伸ばしたい人々から、目的の商品を掠め取って。消費者ならば誰でも持っている、「買いたい」、「お迎えしたい」、「欲しい」という欲求に付け入り、不当な金額のカネを巻き上げるその様は、実に悪辣だ。今や、転売をする者たち、通称『転売屋』は、最早、反社会的な存在と言っても差し支えない。

ルカが説明を続ける。

「今回、オレたちが追跡調査をする転売屋は、『オーロラの魔女』と呼ばれているモノ。組織的な構造を持つ転売屋で、その筋では有名な子たちだね。
 このオーロラの魔女は、ROG. COMPANYの商品を転売の主力としているから、社長もさすがに危険視したのかな。実際、オーロラの魔女関連で被害に遭った消費者から、弊社にクレームやメッセージも、たくさん来てる。
 実際、オレも軽く調べてみたんだけど、弊社のメインコンテンツ『プリンス・テトラ』のグッズひとつ取っても、オープン価格の10倍で取引しているみたい。あ、10倍ってのは、あくまで平均ね?」

ルカの説明に合わせて、画面の書類から、画像データに切り替わる。それは、フリマサイトの商品紹介ページのスクリーンショットのようで。かつて、ROG. COMPANYの公式通販サイト限定で販売されていたプリンス・テトラのキャラクターのぬいぐるみセットが、公式サイトで付けられていた値段より、遥かに高い金額で出品されていた。ざっと見積もって、17倍だろうか。あまりにも法外な価格だ。しかも、商品紹介ページには「SOLD OUT」の文字が。…既に、売れている。ということは、明らかにぼったくりだと分かる金額のカネをオーロラの魔女に支払ってでも、このぬいぐるみセットを買い求めた消費者がいるということだ。
転売屋のやっていることは、いち人間として、何より、ROG. COMPANYという玩具会社に勤めている社員として。断じて、許してはならない、見逃してならない。――――…絶対に、赦すものか。

「調査の手段は、まあ、道徳的、且つ、人道に反しない範囲なら、別に好きにしていいらしいよ。あと、Room ELが使える予算が追加されたから、その辺は、ソラに確認して貰おうかな。前回の案件のやり方と結果を、社長がきちんと評価してくれたって証拠だね~。よかったね~」

ルカの声が、静かな室内に響き続ける。あとに聞こえる音といえば、端末でメモを取っているツバサのタップ音と、ソラがキーボードを叩く音のみ。

「ソラは、オレの秘書業務に従事しつつ、まずは情報面から中心に調査して。武力が必要なら、グレイス隊は好きに使っていいよ。グレイス隊には、防御特化のプロテクションタイプを追加しておいたから、必要ならそれも使っちゃって~。
 アリスちゃんも、通常業務は勿論こなしつつ、適宜、出来そうな部分から調査に協力してくれると嬉しいな。もし、調査過程で気になることとかあったら、共有してね。
 
 ――――それでは、よろしくお願い致しますっ♪」

ルカが、宣言した瞬間。ソラの瞳に闘気が宿り、ツバサは胸の内で篝火を燃やしたのだった。


【本案件名:『組織的転売屋一掃作戦』
 作戦名 :『オーバーミラー(over mirror)』】


EL's shareの画面が、その文字を提示する。

『オーバーミラー』。
これこそ、今回、Room ELが請け負う案件のコードネームということ。


さあ、今回も無事に、納めてみせようか――――。



to be continued...
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