竜の村
【舞台】
渓谷に囲まれた崖の上にある、排他的な村。常に激しい風が吹く過酷な環境で、特殊な力を持つ一族でなければ生活が難しい。外部の村や国との交流は、日常的には全くない。
村には、竜の血を引く一族が住んでいる。彼らは風の流れを読み、風に乗ることで空を飛ぶことができる。底が見えないほど深い崖の底には竜の巣があり、村人と竜は共存している。
【あらすじ】
1.主人公について
村で唯一の郵便屋の孫、ベーチェルは、郵便屋の仕事を手伝いながら平和に暮らしていた。空を飛ぶことが大好きで、若年ながら器用に村を飛び回り配達する。
ベーチェルは、村中の憧れの的である若き「騎士長」と血を分けた兄弟であるが、その出自を隠している。街中で会ったときにはただの友人のように振る舞うが、二人は「宛名のない手紙」を目印に密かに文通をして、互いを家族として心の拠り所にしていた。
ベーチェルは、誰よりも自由に空を飛び村の平和を守る兄に憧れ、いつかは家族として一緒に暮らしたいと思っている。
✳︎✳︎✳︎
2.物語開始時点
ある朝突然、ベーチェルの祖父が眠るように亡くなった。ベーチェルはわずか10歳で、村の唯一の郵便屋の全ての仕事を引き継ぐことになる。
村人と交流する機会が増えたベーチェルは、この村の秘密と、自分と騎士長が生まれを隠していた理由の真実を、徐々に知ることになる。
過酷な環境のこの村では食料、特に肉は貴重で、竜騎士たちによる狩りで得た竜の骨や血や肉は、余す所なく村人に分けられた。
初めて自分で肉をもらいに来たベーチェルは、竜狩りの凱旋と、竜の解体の迫力に心を躍らせる。その日の獲物に一番槍を入れたのは、騎士長であった。一番槍の騎士は、獲物のうちの好きな部位を一番最初に選ぶ権利があるが、肉を好まない騎士長は辞退し、解体を近くで見ていたベーチェルに、その権利を譲る。ベーチェルの境遇を知る村人たちは、騎士長の慈悲に敬意と憧れを示す。
✳︎✳︎✳︎
3.竜殺しの毒
ベーチェルが郵便屋を継いでから初めて訪れた月のない夜、村の広場でとある儀式が行われているのを見る。この村の住人が空を飛ぶことができるのは、「竜の血」を引いているためである。特に、人間と竜のハーフである「竜の子」は村の中でも特別な存在だった。
村にいる全ての竜の子が一堂に集まり、村人の前で「竜殺しの毒」(竜狩りの際に使用される、竜には猛毒だが人には無害の液体)を煽る。
竜の子は、血の半分以上が凶暴な竜であるため、人間の味方であることを示すために、この儀式を強要されている。その中には騎士長の姿もあり、いつも冷静で穏やかな兄が毒に苦しむ様子を見て、ベーチェルは激しく動揺する。
その後、騎士長からの宛名のない手紙で、なぜ今までベーチェルの生まれを隠していたのかが明かされる。
ベーチェルは竜の子で、体に「逆鱗」を持つ。逆鱗は竜の凶暴性の象徴であり、村の定義上、逆鱗をもつものは竜として数えられる。
村に住む竜は、人々に危害を加えないため、鎖に繋がれて管理され、自由に生活はできない。仮に逆鱗を隠してただの竜の子として生きたとしても、竜殺しの毒は竜の血が濃いベーチェルにとっては強力で、長くは生きられない。
そのためベーチェルは、崖の上に上がってきたときから「普通の村人」と身分を偽って育てられてきた。この事実を知っているのは騎士長の他に、同じく竜の子である村長と村長の弟、そして騎士長の幼馴染の仕立て屋のみであり、困ったことがあれば彼らを頼るといいと綴られていた。
ベーチェルはショックを受けながらも、村で生きていくために兄の判断を受け入れることにし、この手紙を燃やした。
✳︎✳︎✳︎
4.竜の子巡り、前騎士長
自分の身を守るために、竜の子の制度についてもっと知るべきだと考えたベーチェルは、それぞれの世代の竜の子の元を訪れ、話を聞いて回ることにした。
最初に、現在村にいる竜の子の最年長である「前騎士長」を尋ね、村の歴史と制度の変化を知る。
前騎士長は、騎士長にとっての育ての親のような存在で、その人格と実績から、村で最も信頼されている人物の一人だった。
前騎士長が15歳になる年まで、この村で竜の子は人間扱いされていなかった。竜の血を一族に受け継ぐためだけに神殿で飼われている存在だったが、当時の村長が制度を変えて、自由の身になったという。前騎士長は「当時は、突然仕事も結婚相手も自分で選んでいいと言われて困惑したもんだ」と、豪快に笑い飛ばしながら語る。
今となっては、竜の子は身体能力の高さから高い地位に就いている人物が多いが、前騎士長が自分と同じ歳くらいの時代の生活の話を聞いて、ベーチェルは再び驚く。
ベーチェルが竜殺しの毒の儀式についてどう思うかを尋ねると、「しんどいが、人より強い力を持つならば覚悟を示す必要がある」と返答を得る。
✳︎✳︎✳︎
5.幕間、竜狩り
騎士長視点での竜狩りの場面。竜との激しい空中戦の様子。
血の半分以上が竜である騎士長が、暴れ回る同胞に槍を向ける心中や、
竜のビジュアル、生体(逆鱗に触れられた竜の凶暴性)、竜殺しの毒の恐ろしさ、騎士団の家族のような関係などが描かれる。
ベーチェルが初めて竜の解体現場に姿を現し、近く出自を打ち明けなければならない焦燥を誤魔化すように、彼を甘やかす。
✳︎✳︎✳︎
6.竜の子巡り、村長と村長の弟
次に、前騎士長の次に若い竜の子、「村長」と「村長の弟」を尋ねる。竜の子ゆえに家族との関係に制約が生まれる、ベーチェルと騎士長に似ているようで正反対の二人を知る。
村長は両腕が竜の翼の形をしており、日常生活が難しいことから、常に弟と一緒に行動している。いつも威厳に満ちて堂々と村を導く村長だが、弟の生活を縛ってしまうことに負い目を感じていた。
兄弟で一緒にいることに憧れていたベーチェルは、色々な竜の子ならではの不自由を目の当たりにし、思い悩む。
ベーチェルが村長と村長の弟に、騎士長から自分の正体を聞いたことを伝えると、「こんなにも優しくて人間らしい君なのに、窮屈な思いをさせてすまない。竜の子がもっと理解してもらえるよう努める。いつか君が、堂々と家族と一緒にいられるように」と返答を得る。
✳︎✳︎✳︎
7.友人とのひととき、西の灯台守
不自由の中でも懸命に生き、自由のために村の掟と戦ってきた竜の子たちの話を聞いて、村の一員として生きる覚悟を新たにしたベーチェルは、同じ年頃の友人たちを訪ねる。
村長の子「西の灯台守」は、両脚の骨格が竜に近く上手く歩けないが、代わりに空を飛ぶことが得意だった。彼はこの村の始まりの物語「竜と花嫁」の詩を演奏をする伝承者でもある。
ベーチェルはこれまで、その詩のことをロマンチックなおとぎ話だと思っていたが、自身が竜の子であることを知り、解釈が変化する。顔も見たことがない自身の両親(人と竜)も、本当はどこかにいるはずなのである。
✳︎✳︎✳︎
8.友人とのひととき、植林屋の娘
ベーチェルは西の灯台守と別れた後、幼馴染の「植林屋の娘」を訪ねる。
植林屋の娘は竜の血が薄く、空を飛ぶことができないが、明るく働き者だった。彼女の可憐な容姿が、「竜と花嫁」の物語に出てくる乙女の特徴とよく似ていて、ベーチェルは微かな不安を覚える。
植林屋の娘視点から見たベーチェルの姿は、誰よりも楽しそうに空を舞っている。ベーチェルは自分の立場に窮屈さを感じているが、身体能力的には恵まれている。家族を失ったばかりでも泣き言を言わず、仕事も立派にこなしていて、植林屋の娘から見れば、眩いばかりの自由だった。
その日の夜、ベーチェルは右肩に痛みを覚える。その箇所を見てみると、皮膚の鱗部分が広がり、革鎧で覆いきれなくなっていた(ベーチェルは成長とともに竜に近づいている)。
一族は体に竜の特徴を持つ者が多く、ベーチェルもまた、所々に鱗があった。硬い鱗は服と擦れるとすぐに布が切れてしまうため、竜革でできた特注のインナー、革鎧を着ている。ベーチェルは革鎧を調整してもらうため、仕立て屋の元に向かうことにした。
✳︎✳︎✳︎
9.友人とのひととき、仕立て屋
次の日、ベーチェルは仕立て屋に行き、騎士長から自分の正体を聞いたことを伝えた。仕立て屋はベーチェルの採寸をしながら、「喉元の逆鱗だけは絶対に人に見せるな」と念を押した。
ベーチェルが顔色の悪い仕立て屋を心配すると、仕立て屋は生まれたばかりの子供の世話で寝不足なのだと笑う。仕立て屋は騎士長騎士長より一つ年上の18歳で、彼の妻はベーチェルより数歳上なだけの若い夫婦だった。
仕立て屋夫婦が若くして結婚した理由は、10年に一度の「竜の花嫁」の選定が今年にあるためだった。仕立て屋の妻は竜の血が薄く健康で、間違いなく花嫁の候補に上がる人材だった。しかし彼女は村の服飾文化を守るのに重要な優秀なレース編みであり、何より、人と一緒にいるのが好きだった。花嫁に選ばれないために、若年で子供を産むリスクを承知した上で身を固めたのだという。
仕立て屋は「なに、早くても遅くても、どうせ俺たちはこうなってた。ちゃんと幸せだから、心配しないでいいよ。この村で竜の花嫁に選ばれることは『名誉なこと』だから、このことは秘密だぞ? 俺ばかりお前の秘密を握ってるのは、不公平だからな。まあみんな察してるだろうけど…敢えて言わないでいてくれてるんだ」と語った。
この村では10年に一度、竜の血が薄く空を飛ぶのが苦手な若い女性が「竜の花嫁」に選ばれ、崖下の「竜の巣」に突き落とされる。そして運が良ければ、竜と人間のハーフの子供が、竜に運ばれて崖の上に上がってくる。竜の子はこうして生まれ、村人の竜の血が保たれる。
「竜の花嫁」の選定が近いうちにあるということを知り、ベーチェルは植林屋の娘の顔を思い浮かべて不安に駆られる。
その日の日没ごろ、村役場から今年の「竜の花嫁」に植林屋の娘が選ばれたことが発表される。
✳︎✳︎✳︎
10.竜の花嫁
ベーチェルは竜の花嫁の選定に絶望し村長の元へ向かうが、会うことができなかった。
次の日、郵便屋の仕事に取り掛かると、植林屋の娘の家宛の、祝いの品や飾り封筒に入った手紙の集荷がたくさんあった。ベーチェルは重い足取りで植林屋の娘の元に配達に行く。
植林屋の娘は寂しそうにしながらも、「みんなの役に立ちたいから」と、笑顔でベーチェルに別れを告げる。
後日、ベーチェルは植林屋の娘が、竜の花嫁として豪奢なレースのドレスを纏い崖の下へ落ちていくところを見届ける。
✳︎✳︎✳︎
11.竜の子巡り、蝋燭屋
失意の中、ベーチェルは「竜の子」巡りを再開する。
村長と村長の弟の次に若い竜の子「蝋燭屋」と「ランプ屋」を訪ね、掟への反抗と外部世界の可能性を見る。
二人は双子の姉弟で、村の中で異端扱いされていた。自由気ままで近づき難い存在と噂されている。
弟の蝋燭屋は、手紙に使う封蝋(竜の血で赤色に染色された、特製の蝋)の生産もしていることから、郵便屋とは長い付き合いがあり、ベーチェルも顔見知りだった。
ベーチェルは蝋燭屋に、初めて「竜殺しの毒」や「竜の花嫁」の儀式を見てショックを受けたことを話す。蝋燭屋は穏やかに頷きながら話を聞き入れた。
蝋燭屋とランプ屋は、竜の子の生まれや村の儀式を嫌っていた。現在村にいる竜の子は、双子の次の世代が欠けている。妹のように可愛がっていたその子は、竜殺しの毒の儀式に耐えられず、8歳で亡くなったのだという。一部の信心深い村人は、それを双子の呪いだと噂している。
蝋燭屋は「怖いと思ってしまったことを、恥じる必要はないよ」とベーチェルを励まし、蝋でできた可憐な人形を見せる。村では見たことのない精巧な工芸品にベーチェルが驚くと、「姉さんの店に行ったことがないなら、行ってみると良い」と勧められる。
✳︎✳︎✳︎
12. 竜の子巡り、ランプ屋
ベーチェルがランプ屋の店に入ると、そこには色とりどりのガラスで作られたランプが部屋いっぱいに吊るされ、異世界のような光景が広がっていた。
ランプ屋に、村の掟にショックを受けた話をすると、彼女も穏やかに頷いて「この村は美しくないかもしれない」と語った。
双子が子供の頃、一度だけ村に行商が訪れたことがあった。窮屈な村の掟に嫌気がさしていた二人は、すぐに遠い国の品々に夢中になった。そして、竜の子の生まれへのささやかな抵抗として、村に血を残す使命も、恵まれた能力も捨て、職人の道を選んだのだという。双子が見せた芸術は、ベーチェルに外の世界の可能性を知らせた。
ベーチェルは今まで出会った人たちの話を思い浮かべ、「竜の子」は本当に必要なのか、疑問を抱くようになる。
✳︎✳︎✳︎
13.新しい竜の子
後日、ベーチェルは植林屋の娘が姿を消した崖の下を覗きながら、「竜の子」について考えていた。しばらくすると崖の下から一匹の竜が飛び上がり、一人の赤ん坊を置いて去ってゆく。その光景は、西の灯台守が歌った「竜と花嫁」の物語にそっくりだった。
今まで会った竜の子、植林屋の娘の誰とも似ていないその子は、ベーチェルが生まれた歳に竜の花嫁として崖の下に行った人物の子と思われた。
赤ん坊は、ベーチェルと同じように喉元に「逆鱗」を持ち、このまま見つかれば「竜」として扱われてしまう。ベーチェルは赤ん坊を連れて仕立て屋の元に向かい、一度預けてから騎士長か村長に相談に行こうと考える。
✳︎✳︎✳︎
14.逆鱗
ベーチェルが竜の子を拾う様子を、近くを回遊していた竜騎士が見ていた。
竜騎士は、赤ん坊を村役場まで送ろうとベーチェルに声をかけるが、ベーチェルは抵抗し、揉み合いになる。
竜騎士の手がベーチェルの喉元の逆鱗に当たったとき、ベーチェルは目の前が真っ赤に染まり、理性を飛ばして暴れてしまう。この特性こそが、村人が竜を恐れる最も大きな理由である「逆鱗」だった。
騒ぎを聞いて駆けつけた騎士長が、ベーチェルを抱きしめて身柄を拘束する。ベーチェルの爪が騎士長の背や腕を傷つけても、騎士長は決して腕を離さず、ベーチェルが気を失うまで押さえ続けた。
✳︎✳︎✳︎
15.迫られる選択
目を覚ましたベーチェルは、ベッドの上に寝かされて手足を鎖で繋がれていた。側にいた村長の弟が、状況を説明する。
その場所は神殿の一室で、「人」でなかった頃の元騎士長たちが暮らしていた部屋だった。牢獄のような風景に、ベーチェルはかつての竜の子たちに思いを馳せる。
ベーチェルは竜の子で、逆鱗を持つことが村中に知れてしまった。村長が村人や長老会に訴えかけ、ベーチェルは「竜」として今後の人生を拘束されることは免れたが、「竜の子」として、竜殺しの毒の儀式に参加することが条件付けられた。
その夜、騎士長がベーチェルの元を訪れる。騎士長はベーチェルに、「いつか必ず村の掟を変えて、一緒に暮らせるようにする。だから、竜殺しの毒は飲まずに、しばらく竜として生きてほしい」と懇願する。
ベーチェルは騎士長に、「どうして竜殺しの毒を飲むのか。僕も、兄さんに苦しんでほしくない」と尋ねる。騎士長はしばらく考えた後、「空を飛ぶのが好きだから」と答える。ベーチェルは「僕も」と返し、束の間の兄弟としての時間を過ごす。
✳︎✳︎✳︎
16.竜の子、ベーチェル
ベーチェルは竜として生きることを選ぶ。
今までは兄と一緒に自由に暮らすことを夢見ていたが、これからは崖の下から上がってきた子がそうなれるように、掟に縛られない生き方の証明と、外部世界へ希望を探すことにした。兄と自分に共通する「空を飛ぶのが好き」という心さえあれば、家族の繋がりは途絶えない。
竜殺しの毒の儀式の日、ベーチェルはその思いを村人に語ると、毒を飲まずに自ら崖の下へ消えてゆくのだった。(完結)
渓谷に囲まれた崖の上にある、排他的な村。常に激しい風が吹く過酷な環境で、特殊な力を持つ一族でなければ生活が難しい。外部の村や国との交流は、日常的には全くない。
村には、竜の血を引く一族が住んでいる。彼らは風の流れを読み、風に乗ることで空を飛ぶことができる。底が見えないほど深い崖の底には竜の巣があり、村人と竜は共存している。
【あらすじ】
1.主人公について
村で唯一の郵便屋の孫、ベーチェルは、郵便屋の仕事を手伝いながら平和に暮らしていた。空を飛ぶことが大好きで、若年ながら器用に村を飛び回り配達する。
ベーチェルは、村中の憧れの的である若き「騎士長」と血を分けた兄弟であるが、その出自を隠している。街中で会ったときにはただの友人のように振る舞うが、二人は「宛名のない手紙」を目印に密かに文通をして、互いを家族として心の拠り所にしていた。
ベーチェルは、誰よりも自由に空を飛び村の平和を守る兄に憧れ、いつかは家族として一緒に暮らしたいと思っている。
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2.物語開始時点
ある朝突然、ベーチェルの祖父が眠るように亡くなった。ベーチェルはわずか10歳で、村の唯一の郵便屋の全ての仕事を引き継ぐことになる。
村人と交流する機会が増えたベーチェルは、この村の秘密と、自分と騎士長が生まれを隠していた理由の真実を、徐々に知ることになる。
過酷な環境のこの村では食料、特に肉は貴重で、竜騎士たちによる狩りで得た竜の骨や血や肉は、余す所なく村人に分けられた。
初めて自分で肉をもらいに来たベーチェルは、竜狩りの凱旋と、竜の解体の迫力に心を躍らせる。その日の獲物に一番槍を入れたのは、騎士長であった。一番槍の騎士は、獲物のうちの好きな部位を一番最初に選ぶ権利があるが、肉を好まない騎士長は辞退し、解体を近くで見ていたベーチェルに、その権利を譲る。ベーチェルの境遇を知る村人たちは、騎士長の慈悲に敬意と憧れを示す。
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3.竜殺しの毒
ベーチェルが郵便屋を継いでから初めて訪れた月のない夜、村の広場でとある儀式が行われているのを見る。この村の住人が空を飛ぶことができるのは、「竜の血」を引いているためである。特に、人間と竜のハーフである「竜の子」は村の中でも特別な存在だった。
村にいる全ての竜の子が一堂に集まり、村人の前で「竜殺しの毒」(竜狩りの際に使用される、竜には猛毒だが人には無害の液体)を煽る。
竜の子は、血の半分以上が凶暴な竜であるため、人間の味方であることを示すために、この儀式を強要されている。その中には騎士長の姿もあり、いつも冷静で穏やかな兄が毒に苦しむ様子を見て、ベーチェルは激しく動揺する。
その後、騎士長からの宛名のない手紙で、なぜ今までベーチェルの生まれを隠していたのかが明かされる。
ベーチェルは竜の子で、体に「逆鱗」を持つ。逆鱗は竜の凶暴性の象徴であり、村の定義上、逆鱗をもつものは竜として数えられる。
村に住む竜は、人々に危害を加えないため、鎖に繋がれて管理され、自由に生活はできない。仮に逆鱗を隠してただの竜の子として生きたとしても、竜殺しの毒は竜の血が濃いベーチェルにとっては強力で、長くは生きられない。
そのためベーチェルは、崖の上に上がってきたときから「普通の村人」と身分を偽って育てられてきた。この事実を知っているのは騎士長の他に、同じく竜の子である村長と村長の弟、そして騎士長の幼馴染の仕立て屋のみであり、困ったことがあれば彼らを頼るといいと綴られていた。
ベーチェルはショックを受けながらも、村で生きていくために兄の判断を受け入れることにし、この手紙を燃やした。
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4.竜の子巡り、前騎士長
自分の身を守るために、竜の子の制度についてもっと知るべきだと考えたベーチェルは、それぞれの世代の竜の子の元を訪れ、話を聞いて回ることにした。
最初に、現在村にいる竜の子の最年長である「前騎士長」を尋ね、村の歴史と制度の変化を知る。
前騎士長は、騎士長にとっての育ての親のような存在で、その人格と実績から、村で最も信頼されている人物の一人だった。
前騎士長が15歳になる年まで、この村で竜の子は人間扱いされていなかった。竜の血を一族に受け継ぐためだけに神殿で飼われている存在だったが、当時の村長が制度を変えて、自由の身になったという。前騎士長は「当時は、突然仕事も結婚相手も自分で選んでいいと言われて困惑したもんだ」と、豪快に笑い飛ばしながら語る。
今となっては、竜の子は身体能力の高さから高い地位に就いている人物が多いが、前騎士長が自分と同じ歳くらいの時代の生活の話を聞いて、ベーチェルは再び驚く。
ベーチェルが竜殺しの毒の儀式についてどう思うかを尋ねると、「しんどいが、人より強い力を持つならば覚悟を示す必要がある」と返答を得る。
✳︎✳︎✳︎
5.幕間、竜狩り
騎士長視点での竜狩りの場面。竜との激しい空中戦の様子。
血の半分以上が竜である騎士長が、暴れ回る同胞に槍を向ける心中や、
竜のビジュアル、生体(逆鱗に触れられた竜の凶暴性)、竜殺しの毒の恐ろしさ、騎士団の家族のような関係などが描かれる。
ベーチェルが初めて竜の解体現場に姿を現し、近く出自を打ち明けなければならない焦燥を誤魔化すように、彼を甘やかす。
✳︎✳︎✳︎
6.竜の子巡り、村長と村長の弟
次に、前騎士長の次に若い竜の子、「村長」と「村長の弟」を尋ねる。竜の子ゆえに家族との関係に制約が生まれる、ベーチェルと騎士長に似ているようで正反対の二人を知る。
村長は両腕が竜の翼の形をしており、日常生活が難しいことから、常に弟と一緒に行動している。いつも威厳に満ちて堂々と村を導く村長だが、弟の生活を縛ってしまうことに負い目を感じていた。
兄弟で一緒にいることに憧れていたベーチェルは、色々な竜の子ならではの不自由を目の当たりにし、思い悩む。
ベーチェルが村長と村長の弟に、騎士長から自分の正体を聞いたことを伝えると、「こんなにも優しくて人間らしい君なのに、窮屈な思いをさせてすまない。竜の子がもっと理解してもらえるよう努める。いつか君が、堂々と家族と一緒にいられるように」と返答を得る。
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7.友人とのひととき、西の灯台守
不自由の中でも懸命に生き、自由のために村の掟と戦ってきた竜の子たちの話を聞いて、村の一員として生きる覚悟を新たにしたベーチェルは、同じ年頃の友人たちを訪ねる。
村長の子「西の灯台守」は、両脚の骨格が竜に近く上手く歩けないが、代わりに空を飛ぶことが得意だった。彼はこの村の始まりの物語「竜と花嫁」の詩を演奏をする伝承者でもある。
ベーチェルはこれまで、その詩のことをロマンチックなおとぎ話だと思っていたが、自身が竜の子であることを知り、解釈が変化する。顔も見たことがない自身の両親(人と竜)も、本当はどこかにいるはずなのである。
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8.友人とのひととき、植林屋の娘
ベーチェルは西の灯台守と別れた後、幼馴染の「植林屋の娘」を訪ねる。
植林屋の娘は竜の血が薄く、空を飛ぶことができないが、明るく働き者だった。彼女の可憐な容姿が、「竜と花嫁」の物語に出てくる乙女の特徴とよく似ていて、ベーチェルは微かな不安を覚える。
植林屋の娘視点から見たベーチェルの姿は、誰よりも楽しそうに空を舞っている。ベーチェルは自分の立場に窮屈さを感じているが、身体能力的には恵まれている。家族を失ったばかりでも泣き言を言わず、仕事も立派にこなしていて、植林屋の娘から見れば、眩いばかりの自由だった。
その日の夜、ベーチェルは右肩に痛みを覚える。その箇所を見てみると、皮膚の鱗部分が広がり、革鎧で覆いきれなくなっていた(ベーチェルは成長とともに竜に近づいている)。
一族は体に竜の特徴を持つ者が多く、ベーチェルもまた、所々に鱗があった。硬い鱗は服と擦れるとすぐに布が切れてしまうため、竜革でできた特注のインナー、革鎧を着ている。ベーチェルは革鎧を調整してもらうため、仕立て屋の元に向かうことにした。
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9.友人とのひととき、仕立て屋
次の日、ベーチェルは仕立て屋に行き、騎士長から自分の正体を聞いたことを伝えた。仕立て屋はベーチェルの採寸をしながら、「喉元の逆鱗だけは絶対に人に見せるな」と念を押した。
ベーチェルが顔色の悪い仕立て屋を心配すると、仕立て屋は生まれたばかりの子供の世話で寝不足なのだと笑う。仕立て屋は騎士長騎士長より一つ年上の18歳で、彼の妻はベーチェルより数歳上なだけの若い夫婦だった。
仕立て屋夫婦が若くして結婚した理由は、10年に一度の「竜の花嫁」の選定が今年にあるためだった。仕立て屋の妻は竜の血が薄く健康で、間違いなく花嫁の候補に上がる人材だった。しかし彼女は村の服飾文化を守るのに重要な優秀なレース編みであり、何より、人と一緒にいるのが好きだった。花嫁に選ばれないために、若年で子供を産むリスクを承知した上で身を固めたのだという。
仕立て屋は「なに、早くても遅くても、どうせ俺たちはこうなってた。ちゃんと幸せだから、心配しないでいいよ。この村で竜の花嫁に選ばれることは『名誉なこと』だから、このことは秘密だぞ? 俺ばかりお前の秘密を握ってるのは、不公平だからな。まあみんな察してるだろうけど…敢えて言わないでいてくれてるんだ」と語った。
この村では10年に一度、竜の血が薄く空を飛ぶのが苦手な若い女性が「竜の花嫁」に選ばれ、崖下の「竜の巣」に突き落とされる。そして運が良ければ、竜と人間のハーフの子供が、竜に運ばれて崖の上に上がってくる。竜の子はこうして生まれ、村人の竜の血が保たれる。
「竜の花嫁」の選定が近いうちにあるということを知り、ベーチェルは植林屋の娘の顔を思い浮かべて不安に駆られる。
その日の日没ごろ、村役場から今年の「竜の花嫁」に植林屋の娘が選ばれたことが発表される。
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10.竜の花嫁
ベーチェルは竜の花嫁の選定に絶望し村長の元へ向かうが、会うことができなかった。
次の日、郵便屋の仕事に取り掛かると、植林屋の娘の家宛の、祝いの品や飾り封筒に入った手紙の集荷がたくさんあった。ベーチェルは重い足取りで植林屋の娘の元に配達に行く。
植林屋の娘は寂しそうにしながらも、「みんなの役に立ちたいから」と、笑顔でベーチェルに別れを告げる。
後日、ベーチェルは植林屋の娘が、竜の花嫁として豪奢なレースのドレスを纏い崖の下へ落ちていくところを見届ける。
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11.竜の子巡り、蝋燭屋
失意の中、ベーチェルは「竜の子」巡りを再開する。
村長と村長の弟の次に若い竜の子「蝋燭屋」と「ランプ屋」を訪ね、掟への反抗と外部世界の可能性を見る。
二人は双子の姉弟で、村の中で異端扱いされていた。自由気ままで近づき難い存在と噂されている。
弟の蝋燭屋は、手紙に使う封蝋(竜の血で赤色に染色された、特製の蝋)の生産もしていることから、郵便屋とは長い付き合いがあり、ベーチェルも顔見知りだった。
ベーチェルは蝋燭屋に、初めて「竜殺しの毒」や「竜の花嫁」の儀式を見てショックを受けたことを話す。蝋燭屋は穏やかに頷きながら話を聞き入れた。
蝋燭屋とランプ屋は、竜の子の生まれや村の儀式を嫌っていた。現在村にいる竜の子は、双子の次の世代が欠けている。妹のように可愛がっていたその子は、竜殺しの毒の儀式に耐えられず、8歳で亡くなったのだという。一部の信心深い村人は、それを双子の呪いだと噂している。
蝋燭屋は「怖いと思ってしまったことを、恥じる必要はないよ」とベーチェルを励まし、蝋でできた可憐な人形を見せる。村では見たことのない精巧な工芸品にベーチェルが驚くと、「姉さんの店に行ったことがないなら、行ってみると良い」と勧められる。
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12. 竜の子巡り、ランプ屋
ベーチェルがランプ屋の店に入ると、そこには色とりどりのガラスで作られたランプが部屋いっぱいに吊るされ、異世界のような光景が広がっていた。
ランプ屋に、村の掟にショックを受けた話をすると、彼女も穏やかに頷いて「この村は美しくないかもしれない」と語った。
双子が子供の頃、一度だけ村に行商が訪れたことがあった。窮屈な村の掟に嫌気がさしていた二人は、すぐに遠い国の品々に夢中になった。そして、竜の子の生まれへのささやかな抵抗として、村に血を残す使命も、恵まれた能力も捨て、職人の道を選んだのだという。双子が見せた芸術は、ベーチェルに外の世界の可能性を知らせた。
ベーチェルは今まで出会った人たちの話を思い浮かべ、「竜の子」は本当に必要なのか、疑問を抱くようになる。
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13.新しい竜の子
後日、ベーチェルは植林屋の娘が姿を消した崖の下を覗きながら、「竜の子」について考えていた。しばらくすると崖の下から一匹の竜が飛び上がり、一人の赤ん坊を置いて去ってゆく。その光景は、西の灯台守が歌った「竜と花嫁」の物語にそっくりだった。
今まで会った竜の子、植林屋の娘の誰とも似ていないその子は、ベーチェルが生まれた歳に竜の花嫁として崖の下に行った人物の子と思われた。
赤ん坊は、ベーチェルと同じように喉元に「逆鱗」を持ち、このまま見つかれば「竜」として扱われてしまう。ベーチェルは赤ん坊を連れて仕立て屋の元に向かい、一度預けてから騎士長か村長に相談に行こうと考える。
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14.逆鱗
ベーチェルが竜の子を拾う様子を、近くを回遊していた竜騎士が見ていた。
竜騎士は、赤ん坊を村役場まで送ろうとベーチェルに声をかけるが、ベーチェルは抵抗し、揉み合いになる。
竜騎士の手がベーチェルの喉元の逆鱗に当たったとき、ベーチェルは目の前が真っ赤に染まり、理性を飛ばして暴れてしまう。この特性こそが、村人が竜を恐れる最も大きな理由である「逆鱗」だった。
騒ぎを聞いて駆けつけた騎士長が、ベーチェルを抱きしめて身柄を拘束する。ベーチェルの爪が騎士長の背や腕を傷つけても、騎士長は決して腕を離さず、ベーチェルが気を失うまで押さえ続けた。
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15.迫られる選択
目を覚ましたベーチェルは、ベッドの上に寝かされて手足を鎖で繋がれていた。側にいた村長の弟が、状況を説明する。
その場所は神殿の一室で、「人」でなかった頃の元騎士長たちが暮らしていた部屋だった。牢獄のような風景に、ベーチェルはかつての竜の子たちに思いを馳せる。
ベーチェルは竜の子で、逆鱗を持つことが村中に知れてしまった。村長が村人や長老会に訴えかけ、ベーチェルは「竜」として今後の人生を拘束されることは免れたが、「竜の子」として、竜殺しの毒の儀式に参加することが条件付けられた。
その夜、騎士長がベーチェルの元を訪れる。騎士長はベーチェルに、「いつか必ず村の掟を変えて、一緒に暮らせるようにする。だから、竜殺しの毒は飲まずに、しばらく竜として生きてほしい」と懇願する。
ベーチェルは騎士長に、「どうして竜殺しの毒を飲むのか。僕も、兄さんに苦しんでほしくない」と尋ねる。騎士長はしばらく考えた後、「空を飛ぶのが好きだから」と答える。ベーチェルは「僕も」と返し、束の間の兄弟としての時間を過ごす。
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16.竜の子、ベーチェル
ベーチェルは竜として生きることを選ぶ。
今までは兄と一緒に自由に暮らすことを夢見ていたが、これからは崖の下から上がってきた子がそうなれるように、掟に縛られない生き方の証明と、外部世界へ希望を探すことにした。兄と自分に共通する「空を飛ぶのが好き」という心さえあれば、家族の繋がりは途絶えない。
竜殺しの毒の儀式の日、ベーチェルはその思いを村人に語ると、毒を飲まずに自ら崖の下へ消えてゆくのだった。(完結)
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