そして二セット目が始まった後も、日向はどこかぼーっとしていて、澤村の指摘の声も聞こえていないようだった。
「日向君、大丈夫かな……」
と、
桜が声を漏らしたその時。
「日向!!」
「え!?」
澤村の声にようやく気付いた時には、東峰のスパイクしたボールが顔面に直撃していた。
ドン!!とボールらしからぬ音を立て、日向はコート外まで吹っ飛ばされる。
モロに食らったその状況に、スパイクを打った東峰とその威力をよく知っている田中は顔を青ざめた。
「ひ、日向君……!」
桜は近くにあった救急箱を引っ掴んで倒れた日向の元へと向かう。
「日向ぁ!!」
「ううー……!!」
「あ、生きてる!」
「大丈夫か翔陽!!」
「だ、大丈夫か!?ごめんなぁ……!!」
青ざめた表情のまま身体を震わせる東峰は今にも泣き出しそうだ。
二、三年生も心配そうに日向に駆け寄り、
桜はそっと日向の背中に手をやって上体を起こさせる。
「大丈夫?鼻血は?」
「で、出てない……ぶつかったのおでこだったし、大丈夫!
大丈夫です!すみません!」
「本当か!?念の為に休憩を……」
「ほ、本当に大丈夫です!ちょっと躱しきれなかっただけで、大したことは!顔面受け慣れてるし!!」
「慣れるなよ……」
苦笑いをして突っ込んだ菅原に、日向もあはは……と笑っていると、ひょいっと前髪を誰かに避けられた。
「本当に大丈夫?」
「ひぇ!!だ、大丈夫!!」
心配そうに額を見る
桜の顔が目の前にあり、日向は違う意味で倒れそうになる。
「赤くなってる……。一応アイスノンで冷やして……」
「だ、だだだ大丈夫でっす!」
(でっす?)
日向の語尾に
桜が首を傾げていると、日向はふと
桜の後ろからただならぬ怒気を感じて一気に身体を震わせた。
その様子に自然と
桜も振り返ってみると、そこにはまさに噴火せんばかりにぶちギレている影山がいた。
その表情を見た日向はもちろん、東峰まで更に顔を青くする。
「ひ、ひぃ君……?」
「……何ボケっとしてた。試合中に」
その影山の様子にどこか既視感を覚える日向は思わず立ち上がり後ずさった。
しかし影山は静かにずんずんと距離を詰めてくる。
ああ……知ってる……この怒り方……。
(やっべぇ……影山が怒鳴らない……!!マジ怒りだ……後頭部にサーブぶつけた時の感じだ!!)
「俺は知ってるぞ」
「!」
「エースはかっこいいけど、自分の一番の武器は囮なんて、地味でかっこ悪い。自分に東峰さんみたいなタッパとパワーがあれば、エースになれるのに」
「……っ!そ、そんなこと思ってない!!……くも……ないけど……」
「……エースがいるって分かってから、興味とか憧れの他に、“嫉妬”してただろ」
影山の言葉に日向は言葉を詰まらせる。その通りだったから。自分に無いものを持ってて、その力を目の当たりにして。
「試合中に余計なこと考えてんじゃねぇよ!!」
……余計なこと?余計なことなんかじゃない……。
「……っ羨ましくって何が悪いんだ」
だって……俺には何も無いんだ。タッパも、技術も、何も……ない。お前になんか……。
「元々デっカいお前になんか、絶対わかんないんだよ!!」
「…………」
日向の叫びに、影山は何も言わずただこちらを見つめている。
いつも、どんな時も決して弱音や後ろ向きな言葉を言わなかった日向が、拳を強く握って俯いている。その様子に、
桜も胸が痛くなった。
沈黙した空気は、下校時刻を過ぎていることに知らせに来た教師により一旦収まり、武田の説得のおかげで何とか試合続行まで部活時間延長の許可を貰えた。
「よし!続き始めるぞ!」
澤村の合図で、各々がポジションに戻る。
「日向君……」
「ごめんね、
羽鳥さん……俺……」
「ううん。おでこ、痛むようだったら試合の後に言ってね」
「うん、ありがとう」
そういつもより少し眉の下がった日向の笑顔。
桜もそれにゆっくりと笑って、最後に優しく日向の背中をポンと叩いて、元の位置へ戻った。
日向は影山に怒鳴ってしまったことを気にしていたが、試合再開直後、そんな日向を指さして、影山は相手チームにこう宣言した。
「あの。次、こいつにトスあげるんで。全力でブロックしてください」
「ああ?なんだ挑発か!?」
「はい!挑発です!ナメた真似してすみません!!」
「……ぷっははは!!なんだお前面白ぇな!!おっしゃ!挑発乗ったるぜ!!」
「あざっす!」
滝ノ上に頭を下げた影山は、その後東峰をチラッと見てポジションへ戻った。
影山の謎の行動に、烏養達も日向も怪訝そうに顔を顰める。
しかし影山は日向に背を向けたまま、静かに切り出した。
「今のお前は」
「!」
「ただの、ちょっとジャンプ力があってすばしっこいだけの下手くそだ。大黒柱のエースになんかなれねぇ」
「っ」
「でも!
俺がいれば
お前は最強だ!!」
「え……」
「東峰さんのスパイクは、すげぇ威力があって三枚ブロックだって打ち抜ける!」
「えっ?いやでも毎回じゃないしえっと……」
「動揺しすぎっす!」
「じゃあお前はどうだ!俺がトスをあげた時、お前はブロックに捕まったことがあるか?」
「!」
影山の問いかけに、日向はハッとして顔を上げた。