ー手のひら一枚。厚さ約2センチ。
同年代と比べても、一回り小さな手。
この、ボールと床の間2センチが
エースの命を……繋いでいる。ー
第10話
ー憧れー
「全然ジャンプ出来てないじゃないですか!一ヶ月もサボるから!!」
「あー……すみません」
「厳しいなぁ西谷」
すっかりかつての蟠りが消え、いつもの雰囲気を取り戻した西谷達。
その姿に、誰もが胸をなでおろすと同時に、東峰が調子を取り戻した事で、試合の流れが厳しくなる状況に、心が震えていた。
それは、日向達ももちろん同じで。
試合が続いていく中、烏養は今の烏野の現況を把握する。
(レシーブはまだまだだな。そして……)
「オーライ!」
(セッターの落下地点の見極めが早い、迷いのない一歩目。
こっちのセッターは確か一年か……。さて……)
(こっから誰を使うか)と考えていた烏養の思考は、突如羽ばたいた小さな烏によって、打ち切られることになる。
「ひぃ君、日向君ナイス」
「おう!」
ぱちぱちと拍手する
桜に、手を挙げて答える日向と頷く影山。
澤村達はすっかり見慣れたが、今日初めて速攻を見た烏養と東峰達は呆然としていた。
「うぉい!!」
「うぇ!?」
「今なんでそこに飛んでた!!ちんちくりん!!」
「ちっ!?……ど、どこにいてもトスが来るから……デス……」
(……明らかに、今ちんちくりんはトスを見ずに飛んでいた……。この一年セッターは、ちんちくりんの動きに、完全に合わせたのか?
それにトスが来るからってなんで言いきれるんだ?それだけで、全くトスを見ずにフルスイング出来るか普通……!?)
「なんだお前ら!!変人か!?」
「「変人……?」」
「なんで?」「知るか」と言い合う二人は本当に自覚がないのであろう。
その様子に
桜は思わずクスッと笑ってしまった。
「二人とも、やっぱり自覚ありませんね」
「そうみたい」
その後も、試合は町内会チームがリードしたまま続いていく、烏養はその中で今の烏野の現況を大体把握したようで、「面白ぇじゃねぇか今の烏野!」とバシバシ武田の背中を叩いていた。
そして19-24で、町内会チームのマッチポイントでローテーションが回る。
そこで日向は東峰と正面から対峙する形になった。
東峰はじぃぃぃっと見てくる日向に少し顔を青くしている。
「日向君、憧れのエース目の前にして嬉しそうです」
「そっか。日向はエースに憧れてるんだっけ」
「はい。春高の小さな巨人に憧れてここに来たそうですから、もしかしたら日向君、東峰先輩越しにその小さな巨人を感じているのかもしれませんね」
日向のギラギラした目からは、“烏野のエースと戦っている”事への興奮がひしひしと伝わってくる。
真正面で飛ぶ東峰は、自分の何倍も高くて力強い。
(俺、今烏野のエースと戦ってる!)
(!あっという間に目の前に……!)
東峰のスパイクは日向の右手を弾き、コート外へと飛んでいく。
見事なブロックアウトで、町内会チームが一セット目を先取した。
「凄く飛ぶのは分かってたけど……目の前に来ると本当に凄いな……。一体どのくらい飛んでるんだあれ……」
東峰も東峰で、一瞬で自分の身長の高さ並に飛んできた日向に、驚きを隠せないようだった。
「すごい……一ヶ月ぶりのはずなのに……」
「お前!ブロックの時手の出し方が悪い!!止めるつもりならこう!!こうだ!!」
「ひぃ君……こう!じゃわかんないよ」
「あ?“こう”は“こう”だろ!」
「はいはい」
そんなやり取りをする
桜達の声も、日向には届いていないようで。
ドリンクを持ってきた
桜と影山は顔を見合わせる。
「日向君、どうしたのかな」
「おい聞いてんのか!?おい!!」
「頭鷲掴みにしないの」
影山は単純に話の聞いていない日向に怒っていたが、
桜は日向が見つめている視線を追うと、そこには菅原や西谷に激励されていた東峰の姿があった。
(……日向君?)
その視線の色は、呆然としていると言うよりも、どこか遠くを見るように、眩しいものを見ているようだった。
流石の影山も、あまりにも無反応な日向を不振に思ったのか、もう一度声をかける。
「……おい」
「エースすっげぇな!!ブロックいてもいなくっても、あんな風にぶち抜けるなら関係ないもんな!!」
「………………」
「な、なんだよ……」
「別に」
ふいっと日向から視線をそらし、
桜にボトルを渡すと影山は離れていった。
「日向君、はい」
「うぉ!
羽鳥さん!」
「やっぱり気づいてなかったね。水分補給しっかりしないと、バテちゃうよ」
「あ、ありがとう!」
ニカッと笑う日向は、いつも通りなのだけど。
「日向君」
「ん?」
「……ううん。二セット目、取り返そうね」
「うん!俺だって飛べるし、負けない!」
何だか今は、心ここに在らずと言った感じだ。