「潔子先輩」
桜は日直の仕事を終えて、いつもよりすこし遅く体育館に向かっていた。
途中同じように体育館へ向かう清水の姿が見えた為、
桜はパタパタと小走りで追いついて声をかけると、振り向いた清水がにこやかに応えてくれた。
「
桜ちゃん。お疲れ様」
「お疲れ様です。体育館までご一緒してもいいですか?」
「もちろん」
そう軽くやり取りをして、清水と並んで体育館への道を歩く。
その道中で、
桜は昨日のことを清水に話してみた。
「そう言えば、もうすぐ守護神の人が帰ってくるって聞きました」
「守護神……?」
「話を聞く限り、多分リベロの方だと思うんですけど……」
「ああ……うん。そうね」
部活をしばらく休んでいたのは、謹慎したためだと田中は話していた。
清水も事情を知っているのだろう。少し安心しつつも浮かない表情だった。
「その人、どんな方なんですか?田中先輩はとても熱い方だって言ってましたけど」
「うん……。そうかも。強いて言うなら……ゲリラ豪雨?」
「ゲリラ……?」
どういう意味だろ……と
桜が首を傾げている内に体育館に着いた。
しかし、今日は何だかいつもより賑やかな気がする。
清水は特に気にすることなく体育館に入ろうとした、その時……。
「潔子さーん!!あなたに会いに来ましたー!!」「!?」
突然の大声に思わず清水と共にビクッと肩を震わせる。
そして次の瞬間には清水に向かって今にも飛びかかる勢いで向かってくる見知らぬ生徒の姿が。
桜が声を出す間もなく、その生徒は清水のビンタにより直ぐに地に伏した。
「……えっと……大丈夫ですか?」
張り倒した清水本人は、スタスタと先へ更衣室に向かってしまったものの、
桜はとてもじゃないがスルーできずそっと声をかける。
するとぴくっ!と反応したその生徒はガバッと顔を上げた。
「………………」
「あ……起きた」
「…………女子だ!!一年か!?」
「は、はい……
羽鳥桜です」
よろしくお願いしますと
桜が頭を下げると、彼は後ろにいた田中の肩をガシッと掴む。
「龍……。あの子はもしや……」
「おうともよノヤっさん……。念願の……新マネージャーだ!!」
「おおおおおおマジかああああ!!潔子さんと似た美人……いや、美人と可愛いを兼ね備えている!!」
「綺麗系の潔子さんと可愛い美人系の
羽鳥ちゃんの相乗効果はやばいぞ……。まさに楽園だ……。そして何より……。
潔子さんがよく喋る!笑う!!」
「おおおおおおお!!!」
何やらとてつもなく盛り上がっている手前、下手に声をかけられずにいると、呆れた顔した菅原たちが「ごめんな」とフォローした。
「あいつは二年の
西谷夕。あんなに騒がしいけど、プレーは驚くくらい、静かだ」
「そうなんですか……」
小さい体で、一体どんなプレーするんだろうと、
桜はその小さな守護神を見て少しのワクワクを感じていた。
「それで旭さんは?来てますか?」
一通り騒ぎ倒し、「そう言えば」と西谷が話を切り出すと、澤村たちは「いや……」と口を噤む。
するとさっきまで笑顔だった西谷は歯を食いしばって叫んだ。
「っあの根性無し!!」
「こらノヤ!!先輩をそんな風に言うな!!」
「うっせぇ!!根性無しは根性無しだ!!
旭さんが戻んないなら、俺も戻んねぇ!!」
「っおいこら!ノヤ!!」
西谷は田中の声を振り切り、体育館を飛び出してしまった。
あれだけ騒がしかった体育館がシン……と静まり返る。
「旭さんて……誰かな」
「……というかお前、着替えなくていいのか?」
影山の言葉に
桜ははっとして「着替えてくる!」と更衣室へ走っていった。
その後、西谷は追いかけてきた日向と共に戻ってきて、(何故か嬉しそうな顔をしていた)日向にレシーブを教えることになったらしいのだが……。
「だからよぉ。要するによぉ。
サッと行って、スっとやって、ポン。だよ」
「「「「……?」」」」
「……ダメだ。本能で動く系のやつはさっぱりわからん」
擬音だらけの説明に、日向、月島、山口と
桜は揃って首を傾げる。
西谷と波長が合うはずの田中も、さすがに分からないようだ。
「そうですか?俺は何となく分かりましたけど……」
「ひぃ君も西谷先輩と同じタイプだもんね」
「あ?」
「そうそう。お前も説明する時は「バッ!」とか「グワッ!」とかでよ。周りはさっぱりわかんねぇから」
「え……!?」
どこかショックを受けた影山にふふと笑う中、西谷は今度は月島にちょっかいを出しているようで、身長の話で盛り上がっていた(主に山口が答えていたが)
「あの、西谷先輩」
「んー?」
「さっき言ってた、「旭さん」って誰ですか?」
「おいバカ!不用意にその名を口にするな!」
日向の質問に、田中は小声で指摘するも、西谷は少し眉を顰めて答えた。
「……烏野のエースだ。一応な」
「エース……」
「?何ポカンとしてんだよ」
「俺……エースになりたいんです!」
「エース?その身長で?」
「う……」
「……いいなお前!!」
「え?」
「だよなぁ!?かっこいいからやりてぇんだよなぁ!?いいぞいいぞーなれなれ!!エースなれ!!今のエースより断然頼もしいじゃねぇか!!」
豪快に笑って西谷は日向の肩をバシバシと叩く。
その勢いに、思わず日向も「う……は、はい……」と言葉を詰まらせる。
「けど、やっぱり憧れと言やぁエースかぁ」
「はい!エースかっこいいです!!」
「“エース”って響きがもうかっこいいもんなぁ!!
セッターとかリベロはパッと見地味だもんな」
「…………」
西谷の“セッターは地味”というセリフに、影山は口には出さないものの明らかにムッとしている。
それに気づいた菅原がまぁまぁと背中を叩く。
「ひぃ君、眉間にシワ寄ってるよ」
「………………」
「?」
「寄 っ て ね ぇ 」
「いたたたた……っ」
ぐいっと自分の眉間を指で上げて見せた
桜。
じっとそれを見た影山はどこかイラッとしたのか
桜の眉間をグリグリとドリルのごとく突く。
その間も西谷はリベロの良さを語る。
「けどよ。試合中、会場が一番わっと盛り上がるのは、どんなすげースパイクより、スーパーレシーブが出た時だぜ!
高さ勝負のバレーボールで、リベロはちっちぇー選手が生き残る、数少ないポジションなのかもしんねぇ。
けど俺は、この身長だからリベロやってるわけじゃねぇ!
例え身長が二メートルあったって、俺はリベロをやる!」
「!」
スパイクが打てなくても、ブロックが出来なくても、ボールが床に落ちさえしなければ、バレーボールは負けない!
「それを一番出来るのは……
リベロだ!!」
「か……かっっこいいいいい!!」
「バ……!バッカヤロー!!そんなはっきり言うんじゃねぇよ!!」
自分の胸に手を当てて強く言い放った西谷を見て、彼のリベロであることの誇りを感じた
桜は、思わず笑みが零れる。
きっと、これから烏野バレー部は、もっともっと変わっていけるはずだ。