運命の試合の日、前日早朝。
桜はお決まりになっている差し入れを持って体育館へと近づく。
すると、いつも以上にボールの音が激しく聞こえているような気がして、
桜は思わず開いていたドアからのぞき込むと、影山の打つボールを全力で必死に追いかける日向の姿があった。
(……!!すごい……)
あんなに息絶え絶えで、立ち止まってしまいたいはずなのに、それでも我武者羅にボールを追いかけている。
その様子を、この間昼休みに日向と練習していた先輩と、もう一人坊主の部員が唖然として見ていた。
大分長い間やっているのか、影山も少しずつ息を切らし始める。
「……(拙い技術を補う、圧倒的運動センス……でも)そろそろ限界だろ!!もうこの位で……「まだ!!」」
「ボール!!落としてない!!」「っ!んの……っ!」
日向の必死な形相に思わず力が入り、打ったボールは日向の頭上を通り過ぎていく。
見ていた田中もぎょっとして影山にツッコミを入れた。
「うーわ性格悪っ!!捕れるか!!」
(!しまった!つい……!)
それでも日向は、ボールを追うために走り始める。
「日向の運動能力、中学の時からすごいよな……」
「え?」
「でも、それとは別に、あいつには勝利にしがみつく力がある気がする」
(恵まれた体格、優れた身体能力。そういうのとは違う武器)
苦しい。もう止まってしまいたい。
そう思った瞬間からの、一歩。
日向の飛び込んだ一歩は、一気にボールへと突っ込んでいく。
そして、綺麗にボールはセッターの位置にいる影山へと返った。
「上がった!!すげーぞ日向!!」
「………………」
「勝ちに必要な奴には、誰にだってトスを上げる。
でも俺は、今のお前が勝ちに必要だとは思わない」
「俺、もう負けたくないです!」
(ひぃ君……?)
ゆっくりと、ゆっくりと上がっていく影山の手。
「まだ、負けてないよ?」
「ひぃ君と日向君は、絶対良いコンビになると思うよ」
ゆっくりと上がった両手が、スパイカーへの道を切り開く構えになり。
影山が返したボールが、ふわりと上がった。
「トス!?」
「影山がトスを……!!」
「でも、日向にスパイク打つ気力なんて……」
ぜぇ……ぜぇ……と息が切れる寸前の日向。
しかし、その掠れた思考でも、返ってきたボールが自分にとってどれだけ待ち焦がれていたものかははっきりとわかった。
その瞬間、日向の表情かぱぁっと明るくなり、バシンっと反対側のコートにスパイクを決めた。
(すごい……!日向君、試合のあの頃より確実に高くなってる……)
桜は思わず抱えていた袋をぎゅっと握りしめた。
日向の跳躍力には、見ていた菅原達も目を丸くしている。
「あいっかわらずよく飛ぶなぁ……」
「あんな状態から打ちやがった……!
しかもあんなに嬉しそうに……」
「日向にとっては、特別な事なんだろうな」
昼練習の合間、菅原は日向が言っていたことを思い出す。
「どんなに仲が良くて友達でも、本当のチームメイトになれるわけじゃなかったから」「セッターからのトスが上がるっていう、俺達にはごく普通のことが……」
今度こそ床に這いつくばってしまった日向に、影山は「おい」と声をかける。
「明日、勝つぞ」
その言葉に、日向はきょとんとして影山を見上げたが、影山はすぐに目をそらしコートを出た。
「(最強の敵だったなら、今度は……最強の味方……!)
あ!当たり前だ…………うっぷ」
「おい日向……?」
「気持ち悪……」
「はぁ!?ちょ!たんまたんま!!」
「ぎゃあああああやりやがったあああ!!」
「きったね……おい!!!!」
今までの反動が来たのだろうか……。日向は見事にやらかしてしまったのであった……。
これには外で見ていた
桜も、思わず駆け寄る。
「日向君!大丈夫?」
「え?誰!?」
「!!か、可愛い!!」
菅原と田中は突然現れた綺麗な少女に思わず固まる。
しかし今はそれどころではないと、
桜は日向の背中をさする。
「日向君、この際出しちゃった方がいいよ」
「
桜、雑巾とビニール袋持ってくるからそのまま動くな」
「うん」
しかしその中でも影山は至って冷静に用具入れへと走っていく。
桜は日向の背中を擦りつつ、菅原達にぺこりと頭を下げた。
「勝手に入ってきてごめんなさい」
「いや、大丈夫だけど……えっと君は?」
「一年の
羽鳥桜です。ひ……影山君とは幼馴染みなんです」
「そっか……影山の……」
「早朝練の後の差し入れ持ってきてたの、こいつですよ」
雑巾とビニール袋を何枚か持って戻ってきた影山は、ほいっと
桜に渡す。
「ありがとうひぃ君」
「あれ君だったのか……ありがとう!」
「いいえこちらこそ……。ひぃ君がご迷惑おかけして…… 」
「なんでお前が謝るんだよ」
「あ……ありがどう……
羽鳥ざん……」
桜に背中を摩られ、菅原から水を受け取ると、日向は何とか正気に戻った。
やらかした跡も、気づけば
桜の手によって綺麗にされていた。
「ごめん!結局1人でやらせちゃって……」
「いいえ……それで……あの……」
「うん?」
「私……威嚇されてます……?」
桜の視線は菅原の後ろに向いていて、菅原ははぁっとため息をついて自分の後ろに立つ田中に軽く肘鉄をくらわせた。
「ぐっ!」
「おい田中!怖がってるだろ」
「え!?お、俺は別に……」
(この人……まさか人見知りなのか……?)
似合わねぇ……という顔で影山は田中を見ると、それに気づいた田中が「影山なんだその顔!」といつもの調子で噛み付いた。
「改めて、俺は三年の菅原孝支!で、こっちが二年の」
「た、田中龍之介だ!」
「菅原さんに田中さんですね。よろしくお願いします」
緩やかにと笑った
桜に、田中はぐわっ!!と胸を抑え「俺には潔子さんがああああ……!」と苦しみ出したが、菅原は「あ。あいつは気にしなくていいから。ごめんねー。馬鹿でねー全く」と笑顔。
「良かったら
羽鳥さんも明日の試合見に来なよ。部活の一環だから、他の部員もいるけど」
「え?でも、部活に部外者が入ったらご迷惑じゃ……」
「大丈夫大丈夫!大地には俺から話しとくから」
「ひぃ君、大地さん……?て?」
「バレー部の主将だ」
「
羽鳥さん見に来てくれるの!?」
にゅっと
桜と影山の前に飛び出してきたのは、やっと復活した日向で、キラキラとした目で
桜を見ている。
「うーん……」
「来ればいいじゃねぇか。というか、どちらにせよ俺はお前を誘うつもりだった」
「ひぃ君……」
「絶対に勝つ。そんで、俺がスパイカーを生かすところ、お前に見せてやる」
そう言って
桜の目を真っ直ぐ見る影山に、
桜は「……うん」と小さく頷いた。
「影山やるなぁ……」
「影山の癖にリア充だぁ……!?」
「やっぱり影山に
羽鳥さんみたいな幼馴染みいるなんて絶対嘘だ……」
「んだと日向!!」
「ってぇ!!なんで俺だけ!!」
「ふふ……」
烏野高校排球部。もしかしたら、影山はここで変われるかもしれない……。