シキヨミ怪奇譚
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あの爆弾事件から早くも二年が過ぎ、人々の記憶から徐々に当時の事は薄れ始めていた。人間とは随分と、軽々しく何かを忘れていく生き物だと、憂希は死期という側面から人を見続けて思っていた。あの一件で死んでいった者達、死んだことになっている男の事は、殆どの人間の意識からは消え失せている。だがそこに憂いはない。憂希は人ではなく妖、人ではない故に感情というものの動き方に人間とのズレがある。悲しい過去を忘れていく事を嘆くつもりはない、だが、忘れていく事でしか前に進めない人間を、ただ、愚かしく思う。
――愚かで、脆く、儚い生き物。だからだろうか、気まぐれに救ってしまったのは。
仮の名を呼んだのは萩原で二人目だ。一人目は私にその名を付けた人間だが、彼女もまた時の流れによって儚い命を散らした。思い出だけを大事そうに抱えて旅立って逝ったのはいつの事だったか、人間の時間に置き換えればあれからかなりの年を重ねたように思う。思い出す事などないはずの彼女の事を今になって思うのは、あの人の子を見たせいだろう。
少しだけ色褪せた写真の中ではにかんでいた金色の人の子、名前こそ思い出せないが、ふと見かけたあの子は、恙無く育っていた。大人とやらになっていた。
――あぁ、ようやく解った。
あの人間が、もう会えもしない子供に残した想い。ただ、幸せを願う。それだけの事なのだと。独りになってしまうあの子を、ずっと案じていた彼女の心に報いるように、あの子はもう独りではなかった。
『あの人の子は、あんなにも綺麗に笑うのだな』
呟いた言葉は私らしくもなく。
交わってはならない存在、縁を結んではならない私が、思いを残してはならないのに。その役目は、恐らく今あの子の隣を歩く、友人にある。せめて、伝わることの無い思いを彼に託すことにしよう。
私を通り過ぎたその二人のうち、黒髪の男と、目が合った。
***
それを見たのはほんの一瞬だった。
潜入捜査で他人を演じ続けるのはかなり精神を疲弊する、初めはただ、幻覚を見たのだと思った。隣を歩く幼馴染みは恐るべき精神力で三つの人格を使い分けているくらいだから、その幻を見なかっただけなのだと、そう軽く考えていた。
その幻は、人の形をしていた。黒い羽織を纏い、鶯色の短い髪はなびくことも無く、目元は奇妙な印の書かれた布で隠されていた。その奇怪な出で立ちに思わず目を向けてしまったが、目隠ししているにも関わらず、その幻もこちらを見ているように思えてすぐに逸らした。通り過ぎた後でもう一度視線を向けると、それは忽然と姿を消していた。
「どうした?」
何も無かったかのように降谷が問う。そこで自分にしか見えていなかった事に気付いた。
「いや、何でもない」
あれは何だったのだろうか。疲れが見せた幻覚……それとも、いつ訪れるかわからない死への案内人だろうか。
男は、確かに憂希を視た。見える筈の無い姿を、明らかにその瞳に映したのだ。それが何を意味するのか、分からないはずがなかった。あの男は、近い内に命を落とす。死相が出ていた。死期が近い事を示す、陰のようなもの。すっかり見慣れたそれに、今更何を思う訳ではなかったが、ふと脳裏に過ぎったのは、あの金色。
――彼が死んだら、あの子はまた、独りになるのか。
独りは寂しい、それだけは知っている。独りは、悲しい事だ。ならば散らそうとするその命、拾ってやることにしよう。
憂希は風に残る彼の気配を辿り歩き始めた。
男の残り香を追って辿りついたのは薄暗い場所だった。照明の問題ではない、空間に満ちている悪意が陰となり暗く見せているのだ。妖の悪意とは全く別の、人間の負の感情。それらが渦巻いているせいか、それらを糧にする下等のものも幾らか入り込んでいる。これらにしてみれば寄生などせずとも生きていけるだろう。それほどに、ここは淀んでいる。
すれ違う人間こそ疎らだったが、人の気配が全く途絶えたところで男は言葉を発した。
「どこまでついて来るつもりだ?」
『……何だ、気付いていたのか』
「これでも気配には敏感なんだ。他の連中は見えないような素振りだったのは気になるが、あんた、何者だ」
『お前は何だと思っている』
「……信じている訳じゃないが、死神の類か?」
死神、的は射ている。死期の迫っている人間の中には憂希を視る事ができる者もいる。それ故、一部の人間の間では、姿を視るだけで死ぬとも言われている始末だ。
『そうかもしれないな』
「……俺は死ぬのか」
『恐らく、そう遠くない内に』
まだ若いであろうこの男は、あまり動じなかった。いつ死んでもおかしくないと、覚悟を決めているような、そんな目をしている。それで良いのだろうか。憂希はまた、あの人の子を思い出した。彼を残して逝くことを、後悔はしないのだろうか。つらつらと考えが浮かんでキリが無い、抱えるには重たすぎるそれはこの男に押し付けてしまおうと、言葉を紡ぐ。
『お前は私を死神と言ったが、私にはお前を死者の国に連れていくことは出来ない。ただ解ってしまうだけだ、お前が死ぬことを。それだけの事なのだ。だがもし、お前に思う事があれば、救ってやる。お前が死ぬ時、残されてしまう人の子に思い残すものがあるのなら、私を信じろ』
男は目を見張っていた。恐らく、どこまで知っているのかという、疑念。生憎、その疑念を晴らしてやる術は知らない。人間の事情など知らないからだ。この男がこの淀んだ場所で何をしているかなど、興味もない。
「どうして、そこまでしてくれるんだ」
『……お前の為ではない。お前が死んだら、あの子はまた独りになってしまう。それは何だか嫌だ。釈然としないのだ』
「そうか……あんた、あいつの……」
納得したように呟いた男の眼は、酷く優しかった。解釈は恐らく間違っているだろうが、否定する気は起きなかった。憂希があの金色の彼を案じているのは、疑いようのない事実なのだ。
『私は憂希。お前の名は』
「……、スコッチ。ここでは、そう呼ばれてる」
『仮の名か。人間にしては機転が利くようだ。妖相手に軽々しく本当の名を明かすものではないからな』
「……そういうつもりは全くなかったんだが。ってか、アヤカシ?」
『人間で言うところの、妖怪というやつだ』
実在したのか、とポツリと零すと、再度言葉を投げかけた。
「その割には、名前は随分と人間的なんだな」
『あぁ、私のこれもまた仮の名。名付けたのが人だからだろう』
「じゃあ、本当の名前もあるのか。どんなだ?」
『それを答える義理はない』
ピシャリと言い切れば、あっさりと引き下がった。自分とて真名を明かしていないからだろう。もし男の方から本名を名乗ることがあれば、その時は明かしてやってもいい、と思う。
『では、私はそろそろ行く』
「あぁ。話せてよかった」
男は、またな、と手のひらを向けた。次に会う時はお前が死にかけている時だろうな、と憶測を言えば、洒落にならんと苦笑されたが、悪い気はしない。周囲の悪意などは彼の前ではくすんでしまうようで、つくづく、この場所には似つかわしくない男だ。そんなことを思いながら、他の人間に万が一にも見つかる前に、憂希は茜色の差す外へ向かった。
『僅かだが、彼奴の匂いがした。どこかで縁があったのだろうな』
人の縁の奇妙なところは、不思議とどこかで繋がっていることだろうか。思い出してみるとなんとなく気になり、新しく暮らし始めたという場所に行ってみることにした。その近くまで来ると、偶然にも見かけることが出来た。彼は、萩原はあの時貸した羽織を着ており、公園の木の上に居る。
枝の先には赤い風船が引っ掛かっていて、木の根元で、幼い少女が泣いている。風に飛ばされでもしたのだろう。それを見ていたからなのか、取ってやろうとしているのは一目で分かった。
『お人好しだな……』
風もないのに、枝葉はカサカサと不自然に動き音を出す。その様子に気付いた少女は泣くのも忘れ、揺れる枝を見つめていた。この少女の目には、一人でに枝が動き、風船が意志を持ったように自分の元に近付いてくるように見えている事だろう。少女は目の前に浮かぶ風船の紐におずおずと手を伸ばし、少し笑った。萩原はそれを見届けると、分かるはずも無いと知りながら少女の頭を撫で、踵を返した。
風船を持ったまま、少女は暫く何も無い空間を見ていた。もしかしたら、何かを感じ取ったのかも知れない。物心つく前後の子供なら、時々妖を視る事があるものだ。少女がまさにそうだったのかは分からないが、不自然に動いていた木の枝に向かって、呟いていた。
「ありがとう、おばけのおにいさん」
それを聞くべきは、もうどこにも居ないというのに。だがそれで良いのだろう、どうせいつかは、この少女も忘れてしまうことなのだから。縁など、結ぶべきではないのだ。例えそれが妖の振りをした人間だとしても、もう会うことはないのだから。
『萩原』
「お……っと、憂希か」
『上手くやっているようだな』
「あぁ、やっと生活も回るようになったし」
戸籍は作ったとはいえ、初めのうちは住居を借りて日雇いの仕事をこなすようになるまで少し苦労していたようだが、今では軌道に乗っているようで、時折人知れず人助けをしに巡回しているようだ。趣味に金をかけられないとやる事がなくて暇だから、ということらしい。
『余計な口を挟むつもりは無いが、せいぜい気をつけるんだな。お前は人間だが、その羽織は妖のものだ。妙なものが気配に引き寄せられてくる事もあるだろう』
「そうなのか」
『もし妙な気配がするようなら、寺や祠を探すと良い。害をなす者ならそこには近寄れないはずだ』
「……ありがとう、まぁ気を付けつつやってみるさ」
萩原は相変わらずの調子に見えるが、どことなく、迷っているような気がした。
***
近い、そう感じるや否や、憂希は空を仰ぐ。夜の帷は既に下り、都会の光に阻まれつつ囁かに星がその輝きを主張している。呼吸と共に一つの名前を呼べば、何処からともなく友が姿を見せた。
「やれやれ、またお前は厄介事を」
『だが、付き合ってくれるのだろう』
「……そういう縁だ」
『すまないな、トビヒ。礼を言う』
トビヒと呼ばれた深い青の獣は憂希を背に乗せ、東へと飛んだ。疾風の如くトビヒが空を駆けた後には風が吹き抜けていた。
「この匂い、近いな」
『見えた。建物の縁に降りてくれ』
例の人間は黒髪を長く伸ばした男と対峙していた。手に持っているのは、人間が作り出した武器だろう、と憂希は納得した。人が人の命を奪うために創り出した、この国では持ち歩くことさえ罪とされるもの。
「さすがだなスコッチ」
彼が手にしている物が相対した男の持ち物だったことは、その男の発言から読み取れた。長髪の男は不敵に笑みを浮かべたまま話を続ける。話を聞いてみる気はないか、と。だがスコッチ拳銃を奪ったのは、相手を牽制する用途ではなく。
「こうする為だ!」
銃口は、彼自身の心臓に向けられる。
『止めておけ』
「無理だ」
奇しくも、長髪の男と言葉が重なった。どうやらこの男は、スコッチを死なせるつもりは無いらしい。ならば話は早い、目的は同じだ。今ので彼にも、憂希が来ていることが分かっているだろう。長髪の男には悪いが、話とやらに紛れさせて貰う。
『あの人の子に思う事があるなら、私と共に来い。この下で待っていてやる、ここから飛び降りろ』
自分を逃がしてやると語る長髪の男の言葉よりも、憂希の言葉に反応してスコッチは後ろを振り返った。本当に死を決した間際に現れるとは、思っていなかったのだろう。
今の彼には二つの選択肢があるようだ。一つは男の手を借り真っ当に生き延びること。もう一つは妖の世に半分足を踏み入れること。以前の萩原とは違い、選択の余地がある。人が人として、その人のまま生きられるならそれに越したことは無い。だが、鉄筋の階段を慌しく登る足音に二人の意識はそちらに向けられた。男のリボルバーのシリンダーを掴む手が緩んだ瞬間、スコッチは虚空に向けて一度引き金を弾くと、フェンスのない屋上の縁からその身を投げ出した。
「スコッチ!」
その姿を、あの金色が見ていたのは、一つの誤算だ。
「どうなってんだ……浮いてる……?」
『やはりお前も視える訳ではないのか』
「あ、でも手触りはあるぞ。なんか、毛皮みたいな」
『此奴の姿は獣だからな。トビヒ、先程の火を放った場所へ』
分かった、そう告げた声が聞こえるのは、憂希だけだろう。今回は随分と協力的だった。あの屋上に憂希を降ろしてから、人間の使う、火の付きやすい液体を少しばかり拝借して来て、それに持ち前の火を放った。容器を適当に転がしておけば、誰か人の子の悪戯程度にも見えるだろう。本来妖であるトビヒの炎は人の眼にも、人の作った物にも影響はしないのだが、力の強いトビヒには、人にも見える本物の炎を操ることも出来る。
「派手に燃えてるな……」
『……加減があまり上手くないのだ。許してやってくれ』
「いや、いいさ。助けてくれた恩人にそんな無粋な事は言えない」
『そうか』
憂希は抑揚の無い声で返し、最後の仕上げにと、懐からある物を取り出した。
「憂希……それ」
『あぁ、人の骨だ。言っておくが私やトビヒが喰った訳では無い。知り合いが面白半分で集めていたものをくすね……譲り受けたのだ』
「今くすねてって言ったよな」
『どうせ一つや二つ無くなった所でわかるまい。人は燃え尽きるとこのような骨だけになるのだろう?』
「……時間はかかるぞ。火葬炉ならともかく、こんな街中で燃えてもすぐに骨だけになるのはまず有り得ない。火葬炉でも四十分はかかだろうから」
そういうものなのか、と肩を竦ませた。どうやらくすねてきたものは無駄になりそうだ。
「それよりかは……そうだな、後はこれくらいか」
今度はスコッチが、内ポケットからケースのようなものを取り出した。その蓋を開くと、炎の中に投げ込んだ。
『あれは』
「ライターだよ。ガソリン播かれて火も上がってるのに、出火の原因になる物がないのはおかしいだろ」
『そういう事か』
憂希が納得していると、トビヒが早く引き上げろとせっついた。
「あの人間の気配が近付いている。早く乗れ」
『そうだな。行くぞ、スコッチ』
「行くって……」
「グズグズするな人間!」
『捕まれ』
「うわっ」
憂希に腕を掴まれた途端、数分前のように身体が宙に浮かぶ。体感速度はかなり速く、あの立ち上る炎はいつの間にか小さく見えていた。憂希に手を引かれながら、見えない獣の背に腰を下ろすと、スコッチは紡ぐ言葉を探した。
「……憂希、ありがとう。おかげで命拾いできた」
『私は、自分のやりたい事をしたまでだ』
「それでも、俺はお前のそれで救われた。礼くらいは言わせてくれよ」
布の面で目元を覆っているせいで憂希の表情はなかなか読み解くのは難しいが、ふいと顔を背けた割には満更でもなさそうだ。
「そういや、どこに向かってるんだ?」
『行けばわかる』
「……」
急激に憂希が怪しく思えてきたのも無理もない。自分のテリトリーを知っているとも思えなかったし、よもや最初に言葉を交わした場所にでも行く訳ではあるまい。一体どこへ連れていこうと言うのかと訝るのも気にもせず、憂希は前を見据えていた。やがて降り立ったのは古いアパートの側だった。当然見覚えなど無い、分かりようがなく困惑していると、手を引かれてある一室の前に連れて行かれた。表札の名前も、特に知り合いの中にはいないものだ。
「どういうつもりだ?」
『そう急くな』
呼び鈴の見当たらない玄関先でどうするのかと見ていれば、憂希はするりと扉をすり抜けた。一瞬絶句したが、そう言えば妖怪だったな、と思い出し肩を竦めた。少しして、扉の施錠が回される音がして、錆の目立つ戸が開かれた。
「ったく、こんな時間に客って……ん?」
目の前に居たのは紛れもなく友人だった。それも、三年前に死んだと聞かされた、萩原研二その人だった。
「……萩原? お前、確か……」
とある爆弾犯の引き起こした事件の中で殉職したはず、声に出なかったその言葉も相違なく伝わったようで、萩原は腑に落ちたように長く息を吐いた。
「まぁ、話は中でしよう。上がってくれ。憂希も奥にいる」
「あぁ……え?」
友人の口からさり気なくあの妖怪娘の名が出てきたことに再び固まってしまうが、早く上がれと急かされて、そそくさとこのボロアパートの一室に上がり込んだ。
「さて、何から話すかな……」
「とりあえずどうやって生き残ったか教えてくれ」
一番衝撃的なところはそこだ。件の爆発の瞬間を見ていた友人から聞いた話では、電話口でタイマーが復活したと聞こえた数秒後に、萩原を含む爆発物処理班がいた階は爆破によって焼失したのだ。生きているはずがないと、誰もが口を揃えていたほどだ。遺体の発見すら不可能だったと聞いた時には、何かが競り上がるような感覚さえ覚えた。だがこうして生きていると言う事は、そもそも現場に遺体など残っていなかったということか。
「あの時は……爆発の瞬間、外に引きずり出されたんだ。ここにいる憂希と、その連れのでかいヤツに」
「でかいヤツ…って、トビヒって言う獣か?」
「その筈だ。お前も見たか?」
「いや、姿は見えない……萩原ってそういうやつが視える質だったか?」
「そうじゃないけど、向こうが自在に姿を見せられるんだ」
「なるほど」
例の獣妖怪は随分と能力多彩のようだ。そんな大物を従える憂希にも、彼女と知り合っていた萩原にも驚かされている。
「憂希とはいつ知り合ったんだ?」
「事件の少し前だ。こいつただのカラスに絡まれて路地裏で縮こまってたから、俺が追っ払って助けたんだ。その時はまさか妖怪だとは思わなかったし、この礼に俺の身に何かあるって時に助けてやるって言われたけど、あんまり信じてなかった」
結果的にはその恩返しが生死を分かつ事になったようだが、なかなか信用されていなかった憂希が僅かばかり哀れに思えた。自身もあまり信じていた訳では無いので何とも言えないが。
『妖をそう容易く信用する方が危ういものだ。気にしてはいない』
「そうか」
彼女の場合、相手の信頼があろうと無かろうと自分のスタンスは崩さないつもりなのだろう。初めから割り切っていたと言う風にも聞こえる。憂希がこういう人物――いや正確には人ではないが――だという事はどうやら萩原は分かっていたようで、彼女の言葉に何を言うでもなかった。その代わりのように、一つの疑問を持ち出していた。
「何でこいつが俺の友人だって分かったんだ?」
そう言えばそうだ、二度目になる邂逅でも、初対面でもその場にいない第三者の名前ははっきりとは出ていない。言外に示された存在は幼馴染みであり、萩原ではない。
『お前の匂いがしたからだ』
「匂い……」
突然野生動物のような返答になったせいで顔が引き攣る。そんな考えも予想済みなのか、憂希は相変わらず平淡な口調で続けた。
『匂いと言っても五感の一つで感じられるものではない。生き物は皆別の命と縁を結ぶ、その繋がりは何年離れようが無くなるものではないのだ。縁の深い者なら匂いは色濃く残り、浅くとも消えるものでもない。それだけだ』
どうやら、最初に接触した時から萩原のその「匂い」とやらに気付き、事が済んだ後は初めからここに連れてくるつもりだったと取れる。聞けば、萩原は例の事件の事もあり、自分は死んだ事にして全くの別人として戸籍を作り生活しているらしい。自分も生存を明るみに出すのは躊躇わねばならない状況ということもあり、それに倣うことにした。
「けどお前、何したらそんな状況になるんだ?」
「いや……ちょっと潜入調査をな」
どうせ自分は殉職扱いだ、似たような友人に話しても規定違反にはなるまいと考え、少しばかり語った。暗躍する危険な組織のことはほんのさわり程度にだが、そこに幼馴染みも潜っていることも。
――今の段階では何もしてやれないが、ほとぼりが冷めたら、顔だけでも見に行こう。
そう心に思い留めた。
end