シリーズ・短編
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眩い閃光と、肌を焼く熱――。この人生最期の記憶を思い出したのは[萩原研二]が五歳の誕生日を迎えた時だった。
何でもないある晴れた日、隣の家の同い年の友人が態度を変えた。というより、距離感が分からなくなった、と言うべきか。まるで人が変わったように、私への対応がよそよそしくなった。友人の名は萩原研二。私が彼を識るのはこの家に生まれ育った時で二度目だ。
最初の彼は画面の向こうにいて、爆炎の中に儚い命を散らした。突然突きつけられた余命の間に何を考えたかなど、知る由もないことは分かっている。けれど彼が生きようともがいていたのなら、生きてほしかったと願わざるを得なかった。そんな思いを抱えながら程なくして私は事故に遭い、生涯を閉じた。しかしそれを許さなかった何かが悪さでも働いたのか、私は再び産声を上げることになった。乳飲み子の頃の記憶は無いので、恐らく身体的に自立し始めた頃に以前までの記憶を取り戻した形になったのだろう。そこで隣の家に住む幼なじみの存在を認識することになる。いつもの事のように笑いかけてきたその少年こそが、二度目に識った彼なのだ。初めこそ同姓同名なだけだと頭を振ったが、垂れ目がちな大きな目や、子供の割に整った顔立ち。印象が酷似していた。私は認めざるを得なかった。この世界が、私の知る世界ではないことを。
もともと彼の方から取り付けてきた約束だが、朝は決まってどちらかの家の前で待ち合わせて幼稚園に通う。だが、この日を境に友人は私との距離感を考えあぐねるように、迷いながら隣を歩いた。
『……何かあった?』
「え、……いや、なんでもない」
『そう? ……それより、誕生日おめでと』
あれこれと聞くべきではないと思い当たり障りなくそう言えば、隣から彼の気配が消えた。はたと振り向けば彼は足を止め、ぽろぽろと涙を零していた。
『え……どうしたの?』
「……もう一度、聞けるなんて……」
微かにそう呟いたのが辛うじて聞こえたが彼は首を振って、何でもない、と続けた。
「ちょっと、思いっ切り石ころ踏んだだけで……大丈夫」
『……!』
有りもしないそんな言い訳を紡ぐ彼の姿に覚えた既視感。同じだ、ほんの少し前の自分と。確かに死を感じた次の瞬間に、あれは夢だったのかと思わせるように浮上した意識と、転生したという現実に戸惑っていた日の朝。新たな両親が告げた『誕生日おめでとう』という一言に、意味もなく涙が止まらなかった私と今の彼の言動が何もかもが同じだった。それが何を意味しているか、私の中に浮上した仮説が正しければ彼も、この[萩原研二]もまた転生者であるということ。
同じ存在だと気付いていながら、私は彼に、同じ転生者だと話す事はしなかった。一度話せば、余計なことまで言ってしまいそうで。ボロが出そうで。転生者という立場は同じでも、私は彼の最期を知っている。そして彼が知る由もなかった、彼の友人の最期も知っている。知ってしまっているのだ。有り得てはならない事象を体現する私は、異質でしかない。私は恐れているのだろう。本来であればこの世界に存在してはならない私がいることで、世界の真理が歪んでしまうことを。いや、彼がこの世に生まれ直されたことがもう既に、歪みなのかもしれない。それを理解したのは、小学校に上がってまもなくだった。
帝丹小学校――母に連れ出されお受験とやらに駆り出された結果、合格を得てしまい通うことになった小学校。そして親同士の示し合わせにより、彼も一緒だ。
「クラス、どうなるんだろうな」
『ん……友達できる気がしないから……離れたら困る、かな』
「そっか……一緒だといいな」
『そうだね』
いつの間にか、彼の接し方は自然体になっていた。それでいて大人の前では、子供らしい一面も残しながらうまいこと生活しているのは幼稚園で嫌というほど見てきた。それに引き換え私は、いつまで曖昧な態度を取っているのか。いっそ、自分も転生した身だと告げてしまえば、少なくとも彼の前では息苦しい思いはしなくて済む。それは分かっているが、それを伝える勇気は私には無く。臆病者の私には、到底言えるわけもないのだ。そうやって言い訳をしては、彼に嘘をつき続けている。そんな小さな罪悪感は次第に痛みを増して私を蝕んだ。
もしかしたら彼女は俺と同じなのかもしれないと、そう思い始めたのはいつからだったか。自身が転生したと気付いた時から、彼女の眼の奥が哀しげに揺れるのを幾度か見た。初めこそそれが何を思ってのことかは分からなかったが、その頃を境に強い光と大きな破裂音に怯えるようになっていた俺の姿を見ても、何も聞かずにそばにいてくれたことに、なんとなくだがその答えが理解出来たように思う。よく考えてみれば彼女は、同じ年代の少女と比べると明らかに大人びていて、聡明で、思慮深かった。ごく自然と、子供らしさを演じるまでもなく本来の自分でいられるほどに、彼女と話す時間は心地が良かった。
だから尚のこと、時折彼女がこの世のすべてに怯えるような表情をしていることが気になっていたのだ。それが明確に現れたのは、小学校に上がってまもなく、立て続けに隣のクラスに入った転入生の存在に気付いた時。特に聡明な眼鏡の少年を見かけた時の彼女の反応は、絶望の淵にでも立たされたような表情でその背中を見ていた。
「……どうした?」
『あ……、ううん、何でもない。ちょっと、眩暈がしただけ』
「そっか。……しんどかったらちゃんと言えよ?」
『うん』
本当の理由を聞いたところで彼女が話さない事は分かりきっている。あの少年が彼女にどう関係するのか、その答えは解るはずもなかった。単に、自分に聞く勇気がなかっただけでもあるのだが、踏み込んで関係が壊れるくらいなら、何も聞かずに隣にいる方がずっとマシだ。
問題の転入生達は、噂がクラスの違う俺達の耳にも入ってくるくらいに目立つ存在になっていた。話に聞く彼らの言動はどう考えても、小学一年生の能力を超えていることに気付く。この事実を、頭が良いという単純な感想で片付けてしまえば他の同級生たちと同じく彼らの目に止まることは無かっただろうに、俺は彼らのことも、同じ転生者ではないかと思ってしまったのだ。そんな希望的観測をすべきではないはずなのに、降って湧いた興味は形を成して、彼らの立ち上げた探偵団というものがどんなものかと訪ねていた。全員同じクラスのメンバーなのもあり、名前さえ把握されているかと疑問に思っていたところだが、例の眼鏡の少年だけは違ったらしい。すっかり周りに遠巻きにされているこの集団に、わざわざ近付く物好きはとうに途絶えていたからか、帰り道を共にするつもりだった少年達は声をかけた俺に嬉々として自分達のことを答えた。どうやら人々の身近で起きた様々な事件に介入して解決に導いているらしい。
「へー、事件をねぇ」
「そうなんです、もういくつも解決してきてるんですから!」
「主に江戸川君が、でしょ?」
「哀ちゃんの言う通りだよ、光彦くん」
「いやでも、お前らも手伝ってくれるし、全部が全部ってわけじゃねーよ」
「ってことはオレらのおかげだよな!」
頭がいいと噂の[江戸川君]は、都合よく捉えているのなら下手に口は出すまい、そんな苦笑を浮かべている。見た目と中身の出来が丸っきりちぐはぐなのは客観的にも見て取れるが、それでも周りの人間が何も言わないのは本当に利口なだけの子供だと信じ切っているのだろう。かく言う俺も、転生なんて突飛な現象を経験する前だったらそんな簡単な一言で片付けていたはずだ。やはり彼は、何らかの形で一度目の記憶を持ったまま生きているのか。
「萩原くん?」
「どうかしたのかよ?」
「いんや、なんでもない」
「そうかぁ? それより見たかよ、昨日の仮面ヤイバー!」
「もちろんです!」
「面白かったよねー! 歩美ドキドキしちゃった!」
途端に横で始まった子供らしい会話に、彼らは真っ当な小学一年生なのだと分かり少し安堵した。そんな俺のやや後ろで、特異な質の彼ともう一人、大人しそうな少女が声を潜めて密談していたことなど知る由もなかった。
「……何か気になるの、彼」
「いや……確かに気になるところはあるけど、それにしては確証がまだ持てねぇんだ。オメー、何か感じなかったか?」
「さぁ……。ま、利発そうな子だとは思うけど」
「賢いってだけなら、光彦みたいに親がしっかりしてると考えれば納得はできるけど、なんつーか雰囲気に覚えがあるって言うか……」
「何が言いたいの」
「だから、もしかしたらあいつ、俺達と同じなんじゃないかって思って……」
――そんなワケないでしょ。
口にされるまでもなく、灰原の眼は雄弁にそう答えていた。
***
私にとっての絶望が服を着て歩いている光景を見かけてから数日、彼が私の知らぬ間にあちら側との繋がりを持ってしまったと察したのはいつもの代わり映えのしない帰り道。当たり前のように向こうから声をかけてきたことで、私の脳裏に響いた警鐘は鳴り止まなくなった。
「萩原くんも一緒に来ない?」
「どこに?」
「実はボク達には、知り合いの博士がいるんですけど……」
「おめーも一緒にキャンプ行こうぜ!」
「今度連れてってくれるんだって!」
突飛な誘いにさすがの研二も眼を丸くしているが、このメンバーに連れ出されるキャンプと言えば事件に自ら飛び込んでいくようなものではないか。彼が誘われるという事は私にも話が回ってこないとも限らない。生憎、好き好んで命を脅かしに行く趣味はないし、もちろん彼にもそんな危険を被ってほしくない。原作という世界の基板上で、安全が確約されている彼らとはワケが違うのだ。私は詳しい話を聞かされている研二の服の裾を、精々不機嫌そうな顔を作って引いた。
「……なんでちょっと怒ってんの」
『私今日お使い頼まれてるの。荷物持ち手伝って』
「朝そんな話してたっけ……?」
『いいから、はやくしてよ』
「あー……っと、悪い、話はまた今度な」
私があの場で留まりたくないのを知ってか知らずか、彼らの誘いを有耶無耶にして研二は私の隣を歩いてくれた。当然ながらお使いなんて話は嘘っぱちだ。母に送り出された時に居合わせた彼がそれを知らないはずも、忘れるはずもないだろう。
「なぁ、なんであいつらのことそんなに嫌ってるんだ?」
『……嫌いなわけじゃないよ』
「じゃあ、……何かあるのか?」
『……何も、ないよ』
口をついて出るのは嘘ばかりだ。でも言えるはずもない。私が彼らを避けるのは、彼らの置かれている状態を客観的に知っているからで、それが本来有り得てはならないことで、黙秘しなければならないことで。彼に話せば、いずれは巻き込まれてしまう。無関係でいられた危険に身を晒してしまうことになる。だからこそ、彼らに近付くことは止めなければならない。もちろん彼らだって周りを巻き込む危険性は十分理解しているはずで、必ずしも最悪の事態になるとは限らないことは理解している。けれどそれは、それが確約されている者達の話であって、異質である私達にも恩恵をもたらすものとは限らないのだ。
私がこうやってうじうじと考えているのを、彼は呆れ返っているだろうか。そんな思いでちらりと隣を見れば、困った顔をした研二と目が合った。
「そんな泣きそうな顔するなよ……。ごめんな、問い詰めるような言い方して」
『そんな顔……』
してない、と言いかけた時、ぽんと頭に手を置かれた。これは、慰められているのか。今は私の方が少しだけ背は高いのに。きっとこの状況で、私がただの小学一年生の女の子だったなら、恋をしてしまったかもしれない。萩原研二をとんだ初恋泥棒にしてしまうところだった。
「ちょっとは落ち着いた?」
『……うん』
元々どうもしていないが、ここは彼を立てて頷いておく。どの道、私の不安は化石のように固まって心の下の方に留まっている。正直、夏休みを迎えて、学校で会う機会が途絶えるのには少しばかり安心する。その先のことを思うと、また憂鬱になってくるのだが。
***
耳を疑うとはこういう事か、と瞬間的に冷静に考えてしまう言葉を告げられたのは、九月の、残暑の陽射しが照り返す頃だ。川辺のあぜ道に寄り道したかと思えば、突然投げ渡された言葉に動揺を隠しきれない。
「……今なんて?」
『だから、引っ越し。ほんとは八月には決まってたんだけど……研二に、どう言えばいいか分からなくて』
夏中ずっと傍にいたのに、何も変わらないように見えていた彼女は、俺の知らないところでまたいろいろ考えて、悩んで、抱え込んで、苦しんでいたのか。そう思うと、気付いてやれなかった自分が不甲斐なく思えてくる。
「出発、いつって言った?」
『……来週。お父さんの転勤に合わせて行く予定だったけど、私、まだ研二に言えてなかったから』
考えすぎる性格をしているとは思っていたが、たった一言『さよなら』を言うためだけにここまで引き摺るとはどうにも思えなかった。きっと、恐らく、別れの言葉以上に、今まで彼女が隠そうとしていたことで迷っていたのだろう。そんな気がした。
『あのね、ずっと言えてなかったことがあるんだけど……』
「うん」
『今までも、どう伝えていいかわからなくて』
「うん、ゆっくりでいいから」
たどたどしく言葉を紡ぐ彼女は今にも泣き出しそうで、落ち着いて話せるように彼女の言葉を待った。
『私も、ね……転生してるの』
「……うん。俺もそう」
『わたし、研二のことは最初から分かってたの』
「俺もお前がそうじゃないかって、そんな気はしてた」
『でも違うの、私、「萩原研二の最期を知ってる」の』
その言葉で、あの六秒間を鮮明に思い出す。吸い込んだ息が、中途半端に喉に引っかかる音がした。
「……当時の、ニュースとかで?」
『そうじゃないの。そうじゃ、なくて……あの六秒を含めた、全部……』
知ってたんだ、ごめん、かろうじて涙が零れないように留めた潤んだ眼で、か細く呟いた彼女にかける言葉はとうとう見つからずに、未だ夏の匂いを含む温い風だけがお互いの間を吹き抜ける。
『私……知ってることが怖かった。知り過ぎてることが……嫌だった。ここが、私の知ってる世界じゃなければいいのにって、ずっと思ってた……でもそうじゃなかった。あの子達がいたから』
「それって、あの探偵団ことか?」
『……私はあの子達のことも、ここに生まれてくる前に知ってたの。彼らが何を相手取ってるのかも知ってる、それが危険なことだって事も。あの時あなたが死ぬことも、あの子達がああして集ってることも、全部この世界の予定調和で、あの子達だけは彼らと何があっても安全が確約されてることも……。でも、この世界で異質でしかない私はそうじゃない。だから私……私達は彼らの認識外にいるべきだった。ただの子供として過ごして、探偵の好奇心に絡め取られてしまわないように……っ前世の記憶なんて、思い出さなければ良かった、のに……』
瞬きとともに頬に伝い落ちた雫に気づいた瞬間、その涙を止めたくて思わず彼女を抱きしめた。背はさして変わらないのが格好つかないけれど、そんなことを気にする余裕などなく。ただ彼女に泣いてほしくないだけで、これ以上彼女に苦しんでほしくないだけで、頼りのないこの細腕に少しだけ力を込める。
「俺ね、お前も同じかもしれないって思ったから普通にしてられたんだ。俺が俺でいられたのはお前のおかげ。だから、そんな悲しいこと言うなよ」
『でも……!』
「それにお前がいろんなことを知ってるのなんて、誰かに言わなきゃ誰も分からない。今聞いてるのだって俺だけなんだ、俺が黙っていれば誰にも知られてないのと同じだろ? なぁ、お前がその前世の記憶を持ってる意味、俺が理由じゃだめか?」
彼女の言う世界の予定調和が何を指すのかなど分かるはずもないが、その枠に入っていないと決めつける彼女は自分に責苦を課す。恐らく彼女の記憶そのものがそれを裏付ける理由で、無ければよかったと願うのも無理はない。けれど彼女に、自分自身を否定してほしくはなかった。彼女がいたから俺は自分を捨てずにいられた。転生した記憶を持った彼女がいたから、それだけでは、彼女を肯定することにはならないのか。
お互いの顔も見えない状況では、彼女が俺の言葉をどう受け取ったかは悟りようがないが、彼女の肩に籠っていた無駄な力は少し抜けたのを感じた。落ち着きを取り戻した彼女はまた静かに言葉を紡ぐ。
『……あの子達と関われば、それだけ危険な場面に遭遇するかもしれないの。私はそれが、一番怖かった』
「軽はずみだったのは謝る。けど……それ、俺から離れて安全圏にいることも出来たよな」
『それだと、研二を守れない……』
想定外の言葉をこうも恥ずかしげもなく言われると、うっかりそのまま受け取ってしまいそうになる。
『傷ついてほしくないの』
「……それはお互い様」
『でも私はここに残れない』
「家族の都合は仕方ないって」
『私……、わたしは……っ』
「良いんだよ、もう。俺は大丈夫だから、お前が泣くほど心配することないんだよ。そのために全部話してくれたんだろ?」
『そ、だけど……』
自分のことより、俺の身を案じて泣き出してしまう彼女の頭をあやすように撫でた。泣いてほしくはなかったのに、どうしてこうも彼女は、人の為の涙は簡単に零してしまうのだろう。誰かの涙の止め方などこれっぽっちも分からない俺には、彼女の涙は難題だ。
「じゃあ、こうしよう。約束。お前はいつかここに戻ってくること、俺はちゃんと無事でいること。な?」
『約束……』
「そ。なんなら生存確認もつけるか?」
彼女は返事の代わりに、俺の背中に腕を回して、肩口に顔を埋めた。はたはたと右肩に雫が落ちたような感触がして、シャツが濡れたのが分かる。
『やくそく、だからね……?』
小さく呟いたその言葉は、彼女なりのイエスのサインだった。この約束を、その時が来るまで忘れないためにお互いの体温と一緒に身体に刻み込む。彼女の存在は最早、俺の半身だ。
あれから数日、彼女を含めた隣人の出立を家の前で見送ることになった。空港までいかないのは、離れるのが後になれば別れが惜しくなるから。と言うのは母親同士の話だが、似たような思いは抱えているのでそれについては何も言わない。隣で親同士が思い出話に花を咲かせている間に、彼女はほっそりとした一輪挿しの花瓶を俺に差し出した。活けられているのは、あの川辺で見かけた白い彼岸花。
『……あんまり、人に贈るような花の種類ではないんだけどね』
「そんな気はする」
『でも、多分……調べれば分かることだから』
そっぽを向きながら呟く彼女の言葉の真意は、その花ごとに込められた思いの類いだろう。後で調べなきゃな、と思いながら、茎から花弁だけをつける独特の咲き方をしたそれに視線を落とす。
「ありがとな」
『うん……。約束、だから』
あの日の帰り道、あの川辺で話したことは忘れるはずがない。こんな風に、形として残して行かれては余計にだ。母親達の別れを惜しむ長話もようやく収束したようで、その時を迎えた。
『研二。……また、ね』
「ああ、またな」
サヨナラは、言わない。この別離がただ哀しいだけのものでは無いと、そう信じようとする彼女の意思すら感じた。背中を向けて歩き出した小さな姿を見ながら考える。次に会えるのはどれくらい先のことだろうか。
きっとそれは、知りすぎた彼女でさえも分からないことだ。当然俺にも。けれど必ずまた会える、そんな確信だけがあった。なぜなら彼女が残した花に込めた言葉は……。
――また会う日を楽しみに。
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