シリーズ・短編
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彼女は手持ち無沙汰になると俺の手で遊ぶ。
五本の指の中の一本だけを小さい子供のように握ったり、指の間を撫でてみたり。それが少しばかりこそばゆく、手を引っ込めそうになるのだが、弱点だと公言するようで癪なので悪戯のお返しとばかりに、自分より一回り細い彼女の手を軽く握り返してやる。するとさっきまでの小悪魔はどこかへ行ってしまい、逃げることも叶わず固まるのだ。
「お前が先に仕掛けたんだろ」
大胆になりきれない純情な彼女にそう追い打ちを掛けてやれば、観念したように『うぅ……』と唸って顔を伏せる。それでもなお繋いだ手は振り解かないのだから、わざとなのか天然なのか。おそらく後者だろう。結果を分かってて煽れるほどの策士では無いのは明らかだ。
『松田さんがいじわる……』
「どこがだよ」
不本意な評価をつけられたのは遺憾だが、こうやって顔を覗き込むと必死に顔を背けながら朱の差した耳元を晒している姿がいじらしく、今し方湧いた不服などは簡単に愛おしさにすり変わって上書きされていく。こんな些細なやりとりにさえ幸福感を感じるのだから、相当彼女に惚れている自覚はある。お互いそういった言葉は気恥ずかしさであまり言えない質ではあるが、仕草の一つからでも感じとれるくらいに隣にいた。そう、それだけ長いこと一緒にいるというのに、彼女はあまり眼を合わせてこない。現に、器用にも手は繋いだまま膝を立てて顔を伏せている。
「なぁ、こっち見ろって」
『……むりです』
「なんで」
『今見せれる顔じゃないから』
「お前は可愛い顔してるけど」
『──っなんてこと言うんだ……! 余計見れなくなったやん!』
「なんでそこまで見れなくなんだよ……」
もはや茹で上がったように真っ赤に染まった耳を見ると、これはもう照れ屋で済む話ではない気がしてくる。繋いだ手はお互いの指先の血流を感知するまでになり、もはや自分の一部ではないかと脳が錯覚しそうだ。このまま一生離れなくなりそうだと呑気なことを考えていれば、少しばかり持ち直した彼女が先程の俺の言葉に対する返答を呟いた。
『……松田さんが、──かっこいいから』
──今ここに爆発物なんてあったか?
彼女はキャパオーバー寸前だとでも言うように顔を真っ赤にして、若干潤んだ目をじとっと覗かせた。凄まじい威力の爆弾発言をしてくれたおかげで俺にまで彼女の照れが移ってしまった。あれは反則だろう。
「……今の」
『もう言わない……!』
再び顔を伏せ、何を言おうとしても首を横に振るようになったので、今更だが彼女の右手を解放すると、支えを失ってストンと下がる。この調子ではまだ当面眼を合わせて恋人らしい会話をするのは無理そうだ。最もそれを不満などとは思わないが。当たり前だろう、今ソファーで蹲って精神統一を図っている彼女の行動は、要は俺を好いているからだというのは分かっているから。
「なぁ」
『…………なぁに』
健気にも呼びかけに返事をした彼女の頭に軽く手を置くと、肩に力を込めて身構えるのだがその姿も意地らしいので今更気にしない。
「ゆっくりでいいからな」
以前、頭を撫でられるのは幼い子供扱いのようで複雑だと洩らしていたのを思い出しつつ、彼女のふわふわとした髪にぽんと触れる。
「お前のその照れすぎなくらい照れ屋なところもちゃんと好きだから、お前のペースで慣れてくれりゃいいから。手を繋ぐのも、名前で呼ぶのもな」
『……名前は……むりしんじゃう』
「死なねぇよ」
『それならにぃにの方がずっと呼べる……』
「……それは、やばい趣味だと思われそうだな」
『家でだよ!? 外でなんか呼べるか! あっ……思いっきり否定してしまった』
「……お前のそういうとこすげぇ好き」
この素直なんだか天然なんだか分からない、とにかく真っ直ぐな感情を向けてくれる彼女が、紛れもなく俺の最愛の人だ。
End