シリーズ・短編
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「よう」
ドアを開けたら彼がいた。
あまりに突然で、久々で、記憶にある通りの優しい笑顔はそのままに、彼がそこにいるという事実に私は泣き崩れた。慌てて私を宥める彼の手は確かに暖かくて、止まったままの、凍りついたままの私の時間と心を溶かしていくように、骨の髄にまで染み渡っていく。
彼が死んだと聞かされたのは四年前。警察は辞めたと話していたが、それを伝えに来たのは警察の偉い人。潜入捜査のためだった、そして、その潜入中に命を落とした。確かにそう告げられたのははっきりと覚えている。初めこそ信じたくなくて、嘘だと思いたくて、彼の番号に電話をかけては無機質な女性の声を聞いた。けれどやはり通じる事はなくて、その度に視界が滲んだ。何気なく見送った背中が、私の中の最後の彼の姿になるなんて誰が予想しただろう。あの「行ってくる」が、彼が最後に私に残した言葉だと誰が思うだろうか。当たり前のように彼がこの家に帰ってくることを、私はいつものように待っていたというのに、それが叶わない願いになる日がこんなにも早く来るなどと、私は受け止められなかった。そう、叶わないと思っていたのだ。今、この瞬間を迎えるまで。
涙を零して蹲る私に合わせて彼も膝をついた。
「待たせてごめんな」
『……遅いよ』
「ごめんって」
駄々っ子のような文句に困ったように笑って謝る、彼との日常がすぐそこにあった頃はよくしていたやりとりに、収まりかけていた涙はまたじわりと目尻に溜まっていく。
「遅くなってごめんな?」
『……っ謝るより、先に言うことあるでしょ……』
「……、ただいま」
幸せを呼ぶ落ち着いた声で、一層優しく微笑む彼に、私は迷うことなく抱きついた。
『おかえり……っおかえり、景光……!』
四年もの間言えなかった言葉、呼べなかった名前、ようやく言えた。それだけで世界に色が戻るように、何でもない光景が輝いて見える。
『景光のこと……忘れたことなんてなかった』
「うん」
『ずっと待ってた』
「うん」
『ずっと、好きでいた』
「……うん、俺も。ずっとお前に会いたかった」
『そんなの、私もだったよ』
抱き締めあって、お互いの鼓動を感じ合う度に、止まっていた時間が進み始める。これからの時をもう一度、一緒に過ごせることが奇跡のようで。もう二度と、手離したくない。
「なぁ、また俺の隣を選んでくれるか?」
『選ぶよ……。私はもう、景光とじゃないと生きていけない』
私を抱く腕に力が篭った。
「……馬鹿だなぁ。四年も待ちぼうけさせた男だぞ?」
『これからをもらえるなら、もういいよ』
「死んだなんて嘘までついたんだぞ」
『今度は一緒に生きてくれるんでしょ?』
彼の、私を呼ぶ声が少し震えている。きっと、忘れられても、愛想つかされても仕方ないと思っていたのだろう。私には景光しかいないのに、彼は私の気持ちを確かめた。
「これから先もずっと、お前を、愛していいか……?」
『──当たり前だよ』
最後の涙は、お互いの笑顔と一緒に零れて溶けた。
End