シリーズ・短編
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目の前に現れたこの男を、知らない訳では無い。夏の日差しを思わせる明るい髪と褐色の肌と、淡い色の瞳。だがいつもの黒を基調とした服装とはまるで違い、穢れを飲み下した正義のようなグレーのスーツを纏っていた。
バーボンはNOCだ、そう聞かされていた俺は持たされた銃を突き付けた。他の連中も今頃押し寄せてくるFBIやらCIAやらの相手をしている頃だろうか。組織の関与する施設を含めて全ての場所が一挙に攻め入られたこの状況、裏切り者のバーボンを捕らえろと命じられたのは俺を含めて数人いたが、その同胞達は彼に伸されてしまった訳だ。どういうつもりか知らないが、今こうして銃を向けているにも関わらずバーボンは動く素振りを見せない。情けのつもりか、いや彼は何に対しても妥協をしない男だ。こちらを裏切って制圧戦を仕掛けてきているのなら、俺も例外なく抑えにかかるはずだ。
なのにどうして、そんな風に、穏やかに笑うんだ。
『なん、で……』
柔らかく、どこか寂しげな笑みを携えたまま歩み寄る彼は、俺の持つ物騒な鉄塊を挟んで、おたがいの距離をゼロにした。そしてしなやかな指先を俺の頬に掠めさせながら首に腕を回す。ふわりと、彼の髪が香った。
「なぁ、お前の言う、裏切り者が……こんなことをすると思うか?」
耳元に落とされた言葉は、敵対する立場などと思えない程に優しく。
『……っ』
「忘れるわけ、ないよな」
確信めいた言葉を否定することも、絡み付いた腕を振り払うことも俺にはできなかった。頭の中は靄がかかったように何も思い出せないが、身体は覚えている。彼の匂いも、体温も、彼を抱いた感触も。震える手から黒い拳銃は滑り落ち、瓦礫の一部になった。その空いた隙間を埋めるように、彼の鼓動が俺の心音と同化する。彼が、俺の名前を呼ぶ。組織の中で呼ばれた事のないそれは、染み渡るように俺の中に流れ込み、頭の中にかかった靄を払っていった。
──あぁ、思い出した。
『……──れい……ッ零、……零!』
「ああ」
馬鹿の一つ覚えみたいに名前を呼んで、綺麗な髪をくしゃくしゃにしながら掻き抱いた俺に、彼は満足そうに応えた。
「もう二度と、忘れてくれるなよ」
『勿論だ。お前の全部を魂にまで刻み込んで、二度と忘れない』
神父の前で立てる誓いとは似ても似つかない。けれど誓う相手も、聞届ける者も今ここにいる降谷零だけで良い。
少し身体を離すと、俺を見詰める淡色の瞳は少し濡れていた。俺がお前を忘れてしまってから、ずっと零さぬように堪えてきたものだろう。込み上げる衝動のままに、薄く開いた唇に同じものを重ねる。結局流させてしまった涙は一つだけ、重ね合わせた熱に溶けて消えた。
End