シキヨミ怪奇譚
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死んだ事になった上でセカンドライフを送る以上、共同戦線を張っているお互いのことも極力外行きの偽名で呼び合うように取り決めた。萩原はともかく、自分は死んでいなければならない立場だから、というのが理由だ。
「命でも狙われてんのかよ……」
「まぁ、そうなるかな。俺が生きてるとバレると厄介なんだ。ゼロにも面倒かけるだろうし」
「そういや、降谷はどうしてる? 潜ってるとはいえ定期報告はしてそうなのに警視庁では姿も見ないが」
「アイツは、俺が死んだ後の立ち回りで手一杯だろうな。それと配属もゼロだし、警視庁に降谷零を知ってる奴はほとんどいないだろ」
卒業する頃になって公安から声がかかったとは聞いていたし、入庁後すぐに警備企画課に配属になり、それから間も無く潜入調査に駆り出されていたはずだから、警視庁と言えど地方公務員に認知される経歴は無い。降谷の例の組織への潜入は卒業と同時か、もしくはその前から決まっていたのだろう。でなければ言い渡された任務の中で再会できるはずもない。公安部に配属された自分でさえ予想もできなかった巡り会わせなのだ。警視庁勤めの、ましてや刑事部や機動隊の所属になった伊達や松田と、そう簡単に連絡することなどできるわけが無い。初めこそ、降谷が潜入していることなど知らなかった時は、恐らく尾行や監視がないことを何度も確認しながら密会を果たしていたのだろうが、ふと疑問が生じた。萩原が殉職扱いになったのは、そのすぐ後だ。一体いつ警視庁に出向いたのか。そう問い質すと、こんな現状でなければ到底信じられない話が返ってきた。
「この黒い羽織、憂希に貰ったやつなんだが、これを羽織ると妖怪扱いになって普通の人間の目には映らなくなるんだ」
「……あの透けるマント的なやつか?」
「まぁ近いものはある、けど鏡とか窓には映るし、稀にいる視える人間にはバッチリ見えるんだよなぁ」
「それを差し引いても便利アイテム過ぎるだろ! 俺も使いたい! ってかそれで警視庁に潜り込んでたのか」
「そういう事だ。ついでにすぐに偽装戸籍作れたのも憂希から羽織借りて忍び込んだおかげだな」
聞けば、生き延びたことを伏せて隠れ住む事を選んだのも、助かってすぐだったというのだから、この柔軟性はさすがとしか言えない。適応力が地味に高い男だ。
「けど、なんでその後も通ってんだ」
「……ちょっと、松田が気がかりでな。アイツ、あの時の爆弾犯を追うって特殊犯係に転属希望出してるみたいでさ。半分位俺のせいでもあるから、無茶するようなら止めさせたいんだ」
例の爆弾が再稼働する直前、死んだら敵を取ってくれ、などと縁起でもない会話を電話越しにしていたという。松田は言葉通り、仇討ちのために犯人を探し出すつもりらしい。最もその犯人は元々二人組だったらしく、一人は警察に見つかり逃走中に事故死。形を潜めているのはもう一人の方だ。手がかりはほぼ無いと言っていいだろう。
「それが、二年ほど前から警視庁宛に妙なFAXが送られてるらしい」
「FAX?」
「つっても、数字が一つ書いてあるだけの物なんだが…、ただ必ず同じ日付に届いて、三、二、一とくれば予想はできるだろ」
「カウントダウンか」
件の爆弾犯も、相棒が死んだのが警察のせいだと考えているのなら、復讐を目論んでいるのかもしれない。恐らく翌年には何らかの犯行声明を送り付けてくる頃だろう。
『萩原』
いつもの平淡な声と共に天井をすり抜けて降ってきた憂希に思わず声が上擦った。早いとこ慣れろよ、とケラケラと笑う萩原は黙殺しておけば、何かあったのか、と憂希に尋ねていた。
『お前の友人、近いうちに死ぬぞ』
爆弾はいつだって突然投下されるのだ。
「どういう事だ、憂希」
『言葉通りだ』
「正確な時期は分からないのか?」
『私は死期を見るだけだ。予知はできない』
「そうか……こりゃしばらく、羽織使って張るしかないな」
「ん? 憂希に監視してもらうんじゃダメなのか?」
「死相が見えるってことは、あいつにも憂希の姿が視えてるかもしれないし」
『間違いないだろう。確かに目が合った』
変に印象付けるのは張り込みとしては失格だ、ということらしい。正直、憂希の出で立ちで目が合うとはどういう事なのかと些か疑問だ。相変わらず奇妙な模様の書かれた布面で目元を覆っているのに、見えているかも疑わしい。実際は何の弊害もなく動いているから周りは見えているのだろうが、原理は不明だ。
「ただそうなると仕事がなぁ」
「そういやお前、殉職扱いになってたなら生活面どうしてたんだ?」
「んー、とりあえず死亡が受理される前にいくらか現金引き出して、後は日雇いのバイトでなんとかって感じだな。今は運送業だ」
「俺もそうするかなー……」
友人の事より目先の生活の心配をするのも変な話だが、萩原には一つ推論があるようだ。憂希は正確な時期は分からないと言ったが、可能性が高い時期はある。萩原の命日、つまり十一月七日。例のFAXが送られてきている日付であり、あの爆弾犯が復讐を決意した日でもあるだろうことから、事が起こるのは恐らくその時だ。それまでに松田の動向を確認がてら潜入しておけば、有事の際の情報をいち早く得られるだろう。
その日が差し迫ったら、バイトのシフトは開けておこう、と頭の隅に留めた。
***
翌年の秋口、問題の日が差し迫り萩原は警視庁の様子を見に行ったが、特殊犯係に転属を希望していた松田は、同じ課の強行犯係に配属になっていた。仇討目的だとは上層部も分かっていただろうから、頭を冷やせということなのだろう。ついでに、教育係としてついている女刑事とは何となく上手くやっているように見えた。刑事の捜査の方は、根っこの性格の粗暴さが目立って穏便にとはいかないようだが本人に改善の意思は無いので放っておこう。
「特に変わった様子は無し、か。特殊犯の方にも大して情報は入ってないようだし、今日のところは引き上げるとするか」
妖怪の羽織のお陰で、発した言葉すら隙間風みたいなものになってしまうのをいい事に盛大に独り言を呟いた。
***
来たくもない係に回されて数日が経つ。もう直、例の事件があった日付が来る。かれこれ四度目になるが、分かっているのは奴が動くであろうことだけだ。四年前、親友を爆死させた犯人が、再び何かを仕出かすという、確信。
あの時のことを思い返すとどうにもやるせない気分になるが、一つだけ引っかかっていることがある。あの日、あの爆発があった日、現場には解体を実行する親友を含めて計八人がいたはずなのだが、焼け跡から見つかった遺体は七つしか無かった。そのどれも、親友ではなく。彼を指し示すものは焼け焦げた携帯しか残されていなかった。遺体が無かったと言うことは考えられるパターンは二つ。一つは、跡形も残らないレベルで、爆破の衝撃で死亡した場合。もう一つは、とても有り得る話ではないが、奇跡的に爆発を逃れ生き延びた場合だ。あの状況下で助かる方法など、いくら探しても思い当たるものはない。だが、あの現場で使われた爆弾は規模こそ大きいが、人を影のように壁に焼き付けた原爆では決してない。だから例えバラバラになったとしても、残っているはずなのだ。親友と分かるDNAを含んでいるものが。
生きている可能性は極めて低い、だが死んだという確証もない。神隠しにでもあったように、親友の、萩原の存在は消えてしまったのだ。
「生きてるなら、顔見せに来いっつーの、馬鹿野郎」
煙草を更かしながら、窓の外の遠くを眺めた。ガラスに映った姿は焦点を合わせていないせいでぼやけている。そんな視界の隅に、誰か背後に立ったような陰を見てガラス越しにそれを視認した。
「……!」
弾かれたように後ろを振り返ったが、そこには何も存在してはいなかった。
――今、一瞬、俺の後に萩原がいたような。
気のせいだったか、と詰めた息を吐き出した。もう一度窓の方を見ると、羽織りを着た男が部署を出ていく姿が映る。その後ろ姿は親友によく似ていた。
「……あいつ、化けて出てきたか」
その類のものは信じていないが、理解の範疇を超えた現象に思わずそう呟く。念のため親友と見られる羽織り男を追いかけてみたが、廊下のどこにもその姿は見えなかった。
それからまた数日、予期していた通り爆弾犯からの犯行声明が都内の警察署すべてに送り付けられた。暗号化されたその文書が指し示す場所は二箇所、一つは明確に記してあるが、もう一方に該当する場所は数多い。予告時間からしてはっきりと読み取れる方に行くのが先決だろう。
教育係の女刑事には言葉で静止されたが、犯行声明から読み取れる推理を手短に話せば、止める者はどこにもいなくなる。円卓、七十二とくれば、示されている場所は杯戸ショッピングモールの、大観覧車のみ。この犯行予告に恐らく以前のような目的は無い。警察への私怨だけだ。最悪の場合、大勢の民間人を巻き込んで食い止められなかった警察を吊し上げられればそれでいいのだろう。
急行した現場では既に小規模の爆発が起き、制御盤を壊され観覧車が止まらなくなっていた。丁度降りてきた七十二番のゴンドラは無人だった。その代わりとでも言うように、座席の下のスペースには見慣れた物が設置されていた。
「松田君!」
後に続いてきた佐藤にその存在を示唆し、ゴンドラ本体に起爆の恐れのあるトラップの有無を確かめる。背後では爆発物処理班へ連絡を出すよう指示されているが、残念ながらその到着を待っている時間は無さそうだ。だがこの程度の仕掛けなら、解体にそう長くは掛からない。そう当たりをつけると、ゴンドラが地上を離れる前に乗り込む。
「こういう事はプロに任せな」
佐藤の言う事を聞かないのは今に始まったことではないが、爆弾解体に関しては自分以上の速さと正確さを持つ隊員は今の処理班にはいない。時限式のそれの猶予からして合理的に見ても、この決断が最善策だ。
乗り込んだ瞬間、温い風が微かに、ふわりと吹き込んだ気がした。
「なるほど、それでその場所が絞り込めれば良いんだな」
「あぁ、憂希にも頼んであるから合流したら探し出してくれ。嫌な予感がする」
「分かった、任せろ」
短い機械音で通話を切ると、萩原は短く息を吐いた。松田の後を追って観覧車に乗り込んだのだが、例の予告文がどうにもトラップに思えるのだ。仕掛けられたのは二つだとは読み取れるのに、明確に場所が明かされているのはこの観覧車の物しかない。となると、ここに二つ目の在処を示す何かを隠している可能性が高い。爆弾自体は解体できると確信はあるが、果たしてそれだけで済むのか。
半周を少し過ぎ、地上の制御盤室で再び爆発が起こった。同時にゴンドラは大きく揺れ、完全に停止した。その衝撃で厄介なスイッチが起動してしまったことで、状況はかなりまずい。松田にかかった着信は地上で待機している例の女刑事からだ。流石に電話口の声は真後ろにいる萩原にもあまり聞こえないが、油断できない状態だということは口頭で伝えていた。
水銀レバー、起爆装置の一種で、これを想定した解体訓練はよく手を焼いていた記憶がある。僅かな振動でも内部の玉が転がり、線に触れた瞬間起爆してしまう。これを仕掛けた犯人は相当質が悪い。今はまだ制御盤の復興など手付かずだろうが、もし何らかの拍子に稼働してゴンドラが傾きでもすれば、爆死は避けられない。姿こそ隠していても、萩原も生身。ここで親友諸共御陀仏だ。
解体を終えるまで再稼働しないようにと注意喚起を出す松田に、佐藤はリミットの時刻を案じる。
「この程度の仕掛け、あと三分もありゃ……」
そうだ、解体そのものには残り時間は支障はない。時を刻む電光パネルに、悪魔の囁きが浮かび上がらなければ。萩原は内心で毒吐く。この犯人はどこまでクソッたれなんだ、と。
表示された文面を要約すれば、二つ目の爆弾の在処を示すヒントを、爆発三秒前に表示する、というものだ。犯人からのメッセージは、健闘を祈る、という一文で締め括られていた。やはりこれが狙いだったか、萩原は眉をひそめて一つ舌打ちをした。予告文からして嫌な予感がしていたが、まんまと的中してしまったという訳だ。彼らに捜索を頼んで正解だった、今から都内を回って場所を特定するには時間が足りなさ過ぎる。犯人の筋書きでは死んだ筈の人間が姿を消して忍び込んでるなど思いもしないだろうから、恐らくこのゴンドラに警察官を誘き出して閉じ込め、この文章を見せる算段だったのだろう。その証拠に、松田が乗り込んだことを確認してから制御盤を再度爆破させ、ゴンドラを停止させている。観覧車が見える場所にまだ潜んでいるはずだが、群衆の中から見つけ出すのは不可能だろう。それよりも、二つ目の爆弾を捜索している二人からの連絡はまだかと焦りが生じる。場所さえ分かれば、爆発三秒前のヒントを待たずして解体に踏み切れる。松田を、こんなところで死なせずに済む。
「まだか緋川、憂希……」
詰まる息を吐き出すようにそう呟くと、胸ポケットにしまった携帯が振動した。着信は予想していた通りの人物からだ。
「見つけたぜ、仕掛けられてるのは米花中央病院だ!」
「本当か!」
「ああ! 憂希が割り出してくれたんだ。患者だけじゃなく見舞い客や看護師まで死期が迫ってるのはおかしいからな。俺は匿名で通報しておく」
「分かった。場所さえ分かればこっちの爆弾も解体できる」
「どういう事だ?」
「嫌な予感が的中した。そっちのヒントを、こっちの爆発三秒前にパネルに表示するって、さっき警告文が流れた」
「なるほど、確実に警察官を一人殺すつもりだったって訳だ。仮に解体して自分が助かり二つ目の場所が分からなくなれば、警察は病院の人達を救えなかったと世間に責められると見越して」
まさにそれが目的、犯人は警察に報復したがっているのだ。だが筋書き通りにはさせない、その為にここに乗り込んだのだ。通話を切り、纏っていた羽織を脱ぎ捨てる。傍目には突然現れたように映るだろうが、それを目撃した者はこの場にはいない。
「松田!」
「! ……萩、原?」
幽霊でも見るような顔をする松田に少しばかりの罪悪感が湧いた。この件が済んだら洗いざらい話すことにしよう。
「松田、コードを切れ」
「化けて出たと思ったら……、パネルの電源が落ちれば二つ目の爆弾の場所が分からなくなる。今から都内の病院全てを回って探し出すのは不可能だ、それがどういう事か分からねーほど馬鹿じゃねえだろ」
「場所なら分かってる、米花中央病院だ。だからお前がそれを解体しきっても何ら問題は無いんだよ」
俄には信じられない、それもよく分かる。逆の立場だったら自分だって到底受け入れようとは思えないだろう。だが、ここで親友を無駄死にさせたくはない、こんな非道な犯人の計略で喪いたくは無いのだ。
「残り時間はもう一分も無い、俺を信じてコードを切ってくれ松田!」
「……信じるも何も、不確かな情報に加え亡霊の言葉だぜ? お前、逆の立場だったらそうするのかよ」
松田も萩原もリアリストだ。明確な死を目前としたこんな状況でもなければ、突然背後に現れた相手を、親友の姿をした亡霊とすら思わなかっただろう。
「それに俺が助かったとして、ヒントも見ずに場所を特定したとなれば情報の出どころを探られるのは必至。どうやってお前のことを説明して、信じさせればいいんだ。誰も納得しねぇだろうよ」
「なら、ヒントの途中でコードを切れば」
「パネルに表示されるのは場所そのものじゃねえんだ。答えが最初から分かってでもない限りヒントを推察して答えを出すのは無理だろ」
悔しいが返す言葉もない。タイマーの数字は着実に一つずつ減っている。残り三十秒を切った時。
『萩原』
憂希の、あの凛とした声が聞こえた。窓の外に不自然に浮かんでいる、ように見えるのは、恐らくトビヒが居るのだろう。そして何の脈絡もなくゴンドラの窓ガラスが割られた。
「! お前……!」
『言葉を交わすのは初めてだな。簡潔に言う、死にたくなければさっさと出ろ』
「出ろ、って……」
この観覧車の直径は百メートルを優に超える。地上との距離からして飛び降りれば即死は免れないだろう、普通に考えれば。
「松田、お前さ、空飛んだ事あるか?」
「はぁ?」
パネルの数字は十を過ぎた。地上で待機する刑事も撤退を余儀なくされ、誰もが松田の死は避けられないと信じ切っている。こうなればもう爆弾を止める事に拘るつもりは無い。要はこの親友の命さえ助かればいい。三秒前に表示されると言うヒントを見たという事実が出来れば矛盾は生じないのだから、それまでは松田の覚悟を尊重しよう。後は勝手にさせてもらうだけだ。
三、二、一、と時間を刻む間に、メールに回答を打ち込む松田の腕を掴み、ついでに黒の羽織も引っ掴んでその身を空に投げた。背後でゴンドラが爆発するのを肌で感じながら自由落下していく。
「憂希!」
『分かっている』
何も無い空間で二人の身体を受け止めたのは、紛れもなくあの獣妖怪だ。相変わらず姿も視えなければ声も聞こえないが、柔かい体毛だけは触れて分かる。
「え……、何だ、これ、夢か?」
「はっはっ、あいつと変わんねー反応!」
『一番真っ当だろう』
「それもそうだ」
「おい萩原、ちゃんと説明してくれるんだろうな!」
萩原の後ろで漸く現状を整理した松田がそう声を荒らげているが、この空中散歩のただ中では落ち着いて話せないので、一先ず地上に降りてからと返す。
『あの路地裏だ、あの通りに迎えが来てるはずだ』
「緋川もこっち向かってたのか」
『帰る足は必要だろう』
「まぁ、な」
萩原が新たに出した名前に聞き覚えのない松田だが、それも後の説明とやらに含まれているだろうと踏んで何も言わなかった。人目のない路地に降りると、先程まで憂希達を乗せていた存在が姿を見せた。
「全く、妖使いの荒い友人だ」
『いつもすまないな、助かっている』
「俺達全員の恩人だしな。松田、こいつはトビヒ。見ての通り羽根の生えた狼みたいな姿の幻獣、言ってみれば妖怪だ」
「……は? 妖怪って、え、マジなやつ?」
「マジなやつ。その証拠にさっきまで見えなかったろ? トビヒは力が強いから自分の意思で人に姿を見せられるんだ」
これまでの人生で否定してきたオカルトの類が目の前で立証されたことにカルチャーショックを覚えているようだ。
「ま、こいつらに俺達人間の常識を求める方が筋違いってもんだ」
「……ってことは、そこの目隠し女もその妖怪とやらの類なのか」
「ああ」
『今は憂希と名乗っている。生き物の死期を観る妖者だ。死期の近い人間には私の姿が視える者もいる、お前もその一人』
「確かに、一人だったらあの観覧車で吹っ飛んでたな。で、お前はこいつらに助けられたって訳か? あの爆発の寸前にでも」
「さすが、話が早い。そうだよ、俺も緋川もこの二人に命を救われた」
トビヒは既に姿を消し、迎えが来ているであろう通りに向けて歩を進めていたが、再び出てきた聞きなれない名前が引っかかる。その名の主は一体誰なんだと問われれば、萩原は見えてきたブラックサファイアのカブリオレ三三五一aの運転手を示した。
「あいつだよ」
「あいつって、……諸伏?」
確か公安部の所属で、どこかに潜っていると噂を聞いていたが、まさかこんなところで会おうとは。警察学校以来の旧友に懐かしさを感じる。
「潜入捜査官だとバレて、追い詰められたところを憂希が助けてきたんだ。死んだ事になってないと厄介らしいから、普段から偽名で呼びあってる。因みに俺は萩野で、戸籍も捏造済みだ」
「やっぱり別人として生きてたのかよ」
「そうでもしないとやっていけないだろ。このご時世じゃ生き残った理由を科学的に立証するのは到底できないからな、死んだ事にするしかなかったんだ」
粗筋を説明しながら、車内で待機していた諸伏景光――現在の自称を緋川
「緋川ぁ、死んでるはずのやつがオープンカー状態にするなよ」
「いやーお前らが飛び降りてきても良いようにと思ってな」
「誰もやらねーよそんなん」
「そうでもないぞ? 零とか割とよくやるし」
「お前らだけだ!」
「ハリウッドのスタントマンかよ」
昔のようなやりとりをしながら、車は問題の病院に差し掛かった。見たところ警察車両が乗り入れているため、予告にあった二つ目の爆弾は滞りなく解体されるだろう。景光の匿名の通報はどうやら半信半疑に取られていたようで、松田が最後に送ったメールが決定打になったと見える。最も、送信元の携帯は観覧車に置き去りで、回収は無理だが。
「これで落着だな」
「……みてーだな」
「さて、そんじゃまぁ、帰りますか」
自分たちの領域へ。格好悪く言えば、まる四年過ごしたボロアパートの一室に。もう少し広い物件を探す必要があるな、とホームまでの道程で萩原は虚空を見ながら考えていた。
end