ロンドン土産とか何とか言っていたが、土産話とやらについてはスルーを決め込んだ。現役女子高生の惚れた腫れたの惚気話は耳に痛い。要はめんどくさいのである。聞くだけでもむず痒いセリフを気恥ずかしそうに繰り返す姿も極力見たくもないのである。

『若い奴はちげーな……』
「なに年寄りみたいなこと言ってんだ？」
『知ってるか？　俺はこの前年齢詐称疑惑をかけられた』
「お前歳不相応だしな」

　妙に納得してくれやがった十和田を黙殺し、午後の最後の授業に向かうためにのそのそと移動を始めるのだった。



　どういう訳か帰り道にあった廃ビルで缶蹴りしようという話になり、やむ無く付き合うことになった。隠れている人間を嬉々として探し出す探偵という生き物の前では、まぁ子供達は当然見つかってしまうわけで。とは言え今回は元太がなかなかうまく逃げ隠れしているようだ。かく言う杏樹も未だに最初の隠れ場所から動かず、探偵バッジから聞こえる音を盗み聞いていた。すると不意に聞こえてきたのは元太からの通信だった。どうやら壁を叩く音が聞こえているようだ。

　──252、要救助者あり……？

　バッジの向こうから聞こえる会話からその実態が読めた。記憶を呼び起こし、今置かれている状況が絡んだ話の概要を思い出した。

　──そうだ、確か、廃ビル内を追いかけ回されるんだった。下手に出歩かない方が良いか。

　そう決め込むものの、連絡しないとあの少女は心配してしまうだろうかと思案する。案の定、このビルに潜んでいた二人組が悪事を働こうとしているのが分かった時、話題に登った。

「この事、杏樹ちゃんに知らせなきゃ……何も知らずにあの人たちに捕まっちゃったら、大変だよ！」
「大丈夫だよ歩美ちゃん」
「杏樹ちゃん……！」

　無線を通して無事を伝えて、状況も把握していることを報告した。

「オメー、またバッジ付けっぱで話だけ聞いてたのかよ」
「まぁね。とりあえずあたしは引き続き隠れておくから、逃げ仰せたら迎えに来て」
「賢明な判断だな。通報してあいつらを片付けたら連絡する」

　それを最後に通信を切った。いくら小声とはいえ、無線で連絡を取る姿を見られるわけにも行かないし、その声を頼りに居場所を突き止められても困る。杏樹は身を隠すために入り込んだロッカーの中で溜息を付き、事件の解決を待った。

　──兄ちゃんに連絡入れとこ。探偵団と事件に絡んで暫く帰れそうにない、と……いやはや怒られそうだなぁ。

　程なくして来た返信では、お前いつか死ぬぞ、と揶揄されていた。死にたくはないなぁ、とぼんやり考えながら、子供達を探す嗄れた男の声が響くのを聞いた。

　──うーん、警察は呼んだらバレるし……あ、そうか。

　思い立ったのは、警察よりも話が通じ、こちらの所在を把握出来て、何よりこの状況を打破できる人物。そろそろ日没も迫る時刻、救援要請の旨を文面にして送信した。
　その後ぼそぼそと小さな話し声が隣のロッカーから聞こえ始め、上手いこと二人組を撹乱しているようだ。見張り役の片方が思惑通り部屋を離れた隙に、子供達は人質に取られたコナンと灰原の拘束を解いた。因みに引き返してきた方は麻酔銃で強制終了だ。もう一方は変声機を使った名探偵に唆されて逃走を図るだろう。

「何とかなったみたいだね」
「杏樹ちゃんだぁ！」
「隣のロッカーに隠れてたんですねー！」
「数時間篭りっ放しでもう体バキバキ」
「オバサンくせーぞ！」

　緊張の解けた雰囲気に包まれたのだが、革靴の音が廊下に響き、空気が張り詰めた。逃げたはずの誘拐犯かと怯える子供達だが、杏樹は小さく笑った。独特の気配に反応を見せる灰原を見れば容易に察しが付く。警戒していたコナンも、その姿を視認してすっかり緊張を解いていた。

「どうしてここに……」
「いやね、博士の家の灯りがつかないので様子を見に行ってみたら玄関の鍵が空いているのに博士もその子も居なくてね。どうしたものかと思案していたら、無言電話が立て続けに二本掛かってきて、その直後に助けを求めるメールが杏樹ちゃんから送られてきたものだから、予備の追跡眼鏡で君達の探偵団バッジの反応を追ってここまで辿りついたという訳です」
「じゃあ誘拐されたじいさんって」
「ええ、君たちも良く知ってる、阿笠博士ですよ」

　なぜナチュラルに鍵を持っているのかという疑問は置いておくとして、阿笠がこの状態になるまでの推測は恐らく合っているのだろう。

「ねぇ昴さん、もう一人の犯人に会わなかった？」
「あぁ、その人なら階段のところで気絶していましたよ。急いで逃げようとして階段から足を踏み外したんでしょう」
　──いやあんたがジークンドーで延したんでしょ……。
「そこでちゃっかり鍵も拝借したと」
「ええ」

　反射的に沸いた言葉はなんとか押し留め、辻褄を合わせる。子供達はヒーローを称賛するような言葉を沖矢に向けていた。灰原だけは、「家に灯りがつかないくらいで様子を見に来るなんて、ずっと見張っていたみたいだわ」と疑心を隠そうともせず口にしたが、作りすぎたカレーを分けに行こうと帰りを待っていた、と返されてしまい、拍子抜けしていた。

「言い訳上手いなぁ。コナンくんも見習ったら？」
「ほっとけ」

　話術を司る探偵なのに時折誤魔化し方が酷い名探偵様をからかっている間に、阿笠を起こして帰路につくことにした。警察沙汰にならない小さな事件はこうして幕を閉じたのだ。

　時は暫し戻り、杏樹の帰りが遅れると伝えるメールを学校で受け取った諒は、このところでは珍しいなと思いながら了承の返信とともに、どうせ探偵団絡みだと推測して「お前いつか死ぬぞ」と釘を刺しておいた。死なない程度には頑張ると宣言していた通り、やたらと巻き込まれながらも危険な状態に陥ることはまだ無いようだ。人質役身代わりは助かることが前提なのでノーカンだ。

「ねぇ古渓くん！　あんたも行くでしょ？」
『すまんどういう流れで俺に話振った？』
「だから、蘭の空手の関東大会の応援よ！」
「もう園子、無理に誘わなくていいって言ってるのに」
『あー……いつって言った？』
「今週末よ。蘭が優勝したら、杯戸ホテルのケーキバイキングをプレゼントする約束なのよね」

　どういう経路で諒に話が巡ってきたのか全く読めないのだが、予定は残念ながら入っていないので、クラスメイトの応援に付き合うことになった。まぁこんな時でもない限り女子空手の試合を見る機会などそうそう無いので、貴重なイベントだと思うことにしよう。

「そうだ、今日ポアロでお茶してこうよ。この前新メニューの試食に付き合ったらクーポン貰ったんだけど、そろそろ期限だし、一人だとこれ使うほど頼まないし」
「良いじゃん行こいこ！」

　と、突拍子のない誘いによって寄り道することになった。

「古渓くんはどう？」
『多少は時間ある。杏樹は帰り遅くなるみてーだし』
「あのガキンチョ連中と遊んでるんでしょ」
「ほんと仲いいよねあの子達」

　なんて事無い世間話を話しながらポアロに向かいつつ、話題は何故か諒に矛先が向けられていた。

「私的には古渓くんの浮いた話が全く出てこないのが気になるのよねー」
「あ、確かに」
『……彼氏とご無沙汰だからってこっちに火の粉飛ばさないでいただきたい』
「うっさいわね！　しょうがないじゃない真さんと全然連絡取れてない私とは違って蘭はロンドンで新一くんに会ったーとか言うんだからやっかみの一つでも言わせなさいよ！」
『息して。まぁ人類最強と付き合うってことはそう言う事なんじゃねーの』
「でもねぇ、女が誰しも蘭みたいに健気に待ってられるほど都合良いわけじゃないのよ」
「ちょっと、それだと私が都合良い女みたいじゃない！」
『……あながち間違って無いような』
「古渓くん、どういう事」
『待て拳を握り固めるなガチで怖い』

　口に出したつもりは無かったのだが、失言のせいで少しばかり身の危険を感じた。この様子を見ると彼女のどこが健気なのかと疑問すら湧くのだが、恋愛に関しては完全に初心なので仕方ないとも言える。

「とりあえず、古渓くんは絶対蘭みたいなタイプとは合わなそうね」
『当然お前みたいのもな』
「じゃあ、古渓くんの好きなタイプってあるの？」
「ナイス蘭！　で、どうなの？　ゲロっちゃいなさいよ」
『……や、別に』
「またまたー、好みのタイプくらいあるでしょ？」
『マジで特にねぇ』
「きっと、好きになった子がタイプって事じゃない？　いるよねそういう人」
「っかー、あんたも大概ねー」

　なぜ呆れられなければならないのか。解せぬ。と心の中で不服を唱えつつ、リアルで対面する相手にそういう感情を果たして持てるのか、疑念が湧いたのだった。



End