第一部
name change
name change後退トリップ(25→16)男主
根っからのゲーオタ。父親はライトアニオタで母親は元レイヤー、姉と妹は腐女子というハイブリッド家族。姉は界隈では有名絵師だとかなんとか。妹のCP談義にも付き合える教養(違う)の持ち主。
(デフォルト:古渓 諒(こたに りょう))
※妹も後退トリップしてキャラに絡み出します。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「疑っているかもしれない?」
あの嬢ちゃんが、と心底意外そうに呟く男の姿は紛れもなく沖矢だが、その声は全くの別人のものだった。対面する女はその相違に触れることなく、少女のような弾んだ声色で肯定した。
「コナンちゃん情報。あなたが死んだって話を再確認してたらしいのよ。結構頭の回る子だから、もしかしたら探ってるかもしれないって」
「ホー、確かにあの聡明な嬢ちゃんなら、考えられなくもありませんね」
装着したチョーカーを指先で一つノックして口調を変えてしまえば、狭い範囲で外部に顔出しする沖矢昴の完成である。
「しかし、妙ですね……仮にこのことを突き止めたとしても、あの子にメリットは…」
「ふふ、さすがのあなたでもこの謎は解けないかしら」
「解ってらっしゃるんですか?」
「何となく、ね。女のカンも結構馬鹿にならないのよ」
からからと悪戯に成功した子供のように笑う彼女に沖矢は首を傾げる他なく、答えを言うつもりのない彼女はとても愉快そうに机に広げた道具達を纏めた。
「じゃあ、また来週チェックしに来るからよろしくね」
「ありがとうございます、毎週末お忙しいでしょうに」
「そんなの良いのよ。優ちゃんに渡すネタになる話も聞かせてもらってるんだもの」
「お役に立てて光栄です。優作さんにもよろしくお伝えください」
「もちろん!」
底なしに明るい笑顔を携えて颯爽と去って行く姿は、現役を退いたとはいえ流石は銀幕スターと言ったところだ。
沖矢は、さて、と彼女が残した情報について思案する。どうやら例の少女が疑念を持ち始めているようだが、それを調べてどうしようと言うのか。ごく普通の一般市民であるあの少女には黒い影など一点もない。その理由について、つい先程までいた有希子は察していたようだが、正直見当もつかない。ともかく、自身の死を偽っている以上周囲の人間に悟られるわけにはいかない、それが絶対条件だということには変わりないのだから、これまで通り過ごすだけである。恐らくあの少年が、彼女を通してその事実だけを伝えてきたという事はこちらから動きを見せないようにと言う牽制でもあるのだろう。急を要するのなら直接連絡を取るだろうし、このタイミングで沖矢昴があの少女との接触を避ければ、かえって怪しまれる。あくまで別人として対応するということだ。
「ん、メール……?」
不意に震えた携帯がメッセージを受信していた。差出人は先程見送ったばかりの工藤有希子だ。文面には、先の話の続きとして一つの要因が綴られていた。「あなたの死を確定付ける証拠を話した時、あの子、とても哀しそうに微笑んだそうよ」とのことだが、少女との面識はほとんど無かったはずだ。知人の訃報を伝え聞いた反応にしては些か疑問が残る。悲哀の色を浮かべた微笑み、など、とてもじゃないが顔見知り程度の相手を思ってする表情ではない。いくら敏い子供だとは言え、謎めいた一面を垣間見たのだった。
テレビを付けるとあら不思議、唐突に起こり唐突に解決した銀行強盗の事件をプレイバックして報じられていた。場所が帝都銀行、ということは、例の死んだはずの人間のご登場というやつだろう。実際別人だろうと分かっているから言えることだが、確かに本気で死んだと思っていた人が目の前に現れたら混乱せざるを得ない。諒もこの当時は疑問視していたものだ。
『あ、そう言えば杏樹巻き込まれてるのか』
解放直後の映像が流れていたから、今頃事情聴取でも受けているのだろう。母が再び海外に置いている拠点に戻り、圧倒的に静かになった家の中で一人テレビを眺めつつそんな事を思い出した。ついでに買いに走らされたスコッチの瓶は開封済みでは国外に持ち出せないからと家に置いて行った。自分もあまり飲めないのだが、と思いながら、大して減っていない新たな瓶を陳列した棚を見やった。ここまで来たらライも買ってこいと囃し立てていた杏樹の様子から察するに、ウイスキー系のメンバーは勢揃いしていたのだろう。
『まぁ、本来なら関係ない話だしな』
諜報機関にでも所属しない限り存在も知りえない者達の話など、詳しく知らない方が身の為だ。まぁそれも承知の上で自分の立場を甘んじて受け入れているのだが、嬉々としてそれに便乗する妹がいるのだからなんとも微妙な気分である。唐突に陥ったこの遣る瀬無い気分を変えるべく、諒はふらりと家を出た。こういう時に限って何かに遭遇しそうなものだと経験上分かっているのだが、いくらでも引き込もれる身分だと言うのにどういう訳かそこらを適当に歩きたくなる。これはもはや衝動的なものなので、自分の意思とは別のところから左右しているようだ。もしや元々この世界で息をしていた「古渓諒」の名残だろうか、と、久々にそんな事を考えた。この町に馴染んで随分経つが、どう転んでもここで生を授かった人間にはなれない事は至極当然のことで、望んだ訳でも、願った訳でもない。だが時折心に巣食うこの空虚感、虚無感は、ただでは振り払えないだろう。恐らくこの世界で、心から求めたいと思えるものでもできない限りは。
『……ねーわ』
そんな、夏は短し恋せよ少女みたいな仕様あってたまるか、と思いながら自嘲する。この時ばかりは恋愛脳を持ち合わせているかつての友人達や今のクラスメイトを、少し羨んだ。同次元に存在する人間にそんな感情を抱く事など長らくなかったせいか。それについては特に後悔などないのだが、よく考えてみれば25でその状態と言うのは、生涯独身路線まっしぐらだったのではと肝を冷やした。
そんな考えを振り払い、一つため息を吐いて思考をやめた瞬間、視界の端に映り込んだのは見覚えのある顔をした男だった。
──赤井さん、似の……火傷の男。
まさか自分の前に現れるとは思わなかった。確か、あれがバーボンと言う線が濃厚だったな、と思い返しながら、追いかけた視線を戻した。諒の前に姿を見せたのが、面識のある人間だと確信しての事なのか、たまたまなのか解りかねる以上深入りは禁物だろう。十分距離をとってから再度振り返り、その姿を確認した。
『……あのマンションに向かってる、なんて事』
もしそうなら、あの近辺でこちら側に関わる人物に当て嵌るのは一人しかいない。
『な訳ねーか』
最近はどうにも疑り深くて叶わない。何かと周囲に騙されているせいでもあるが、確信も知らない自分がただの憶測でモノを考えるのはリスクが高い。ただでさえ、切り札とも言える予備知識はもう持ち合わせていないのだから。
「じゃ、ありがと博士、送ってもらって」
「本当に良いんか? 杏樹君も家まで送らんで」
「いいのいいの。本屋寄るし」
「じゃあ、気をつけて帰るんじゃぞー」
行動を共にした後は決まって駅前で降りる杏樹に奇妙な感覚を覚えるのは一度や二度ではない。初めは駅からの方が家までの道が分かりやすいからそうしているのかと思ったりもしたが、彼女の動向を見る内に、家の場所を悟られたくないというような考えが見え隠れしていた。まるで、関係に線引きをしているかのような思考。
「博士、先に帰っててくれ」
「どうしたんじゃ新一」
「ちょっと気になることがあるんだ。とりあえず路肩に止めて」
突然の事だったが、阿笠は道の脇にビートルをつけコナンを降ろした。そのまま駅の方へ駆けていく小さな背中を見送りつつも、説明くらいして行ってもと愚痴をこぼす。いつ戻るとも無かったため、帰って連絡を待つことにして再び車を走らせた。
一方のコナンは首尾よく先程別れた杏樹の姿を目視し、距離を取りつつ見失わないように後を追った。要は尾行である。
──口頭で道順を伝える事もできそうなくらい町には馴染んでるだろうし、それなりに俺達とも親しい間柄だ。わざわざ家の所在を隠す理由はなんだ……? それにあの人の事、俺の事も探ってるような態度も気になるし。
推理脳が出来上がっているコナンには引っかかる要素だったという訳だ。そのまま杏樹を追っていくと、前述の通り本屋に辿りついた。子供たちに人気の漫画の類だろうかと思ったが、新刊の見せ台は流し見で通り過ぎその奥に向かった。タイトルを眺めているようだが、その中の一冊を手に取って凝視し始めた。裏返して綴られているであろう粗筋を読んだり、しばらく表紙を眺めて悩んでいたが、結局元の場所に戻して余所へ移った。
「なんだ……?」
その本棚に行ってみれば、全く未知な世界観がそこかしこに広がっていた。いわゆる、そういうモノだ。
「ってかこれ年齢指定付いてるじゃねーか……」
想像もできないししようとも思わないが、どう考えても子供が手に取って買うか否かを考えるような書物ではないことは確実だ。さっさとその売り場から撤退すると、再度杏樹の姿を探し後を追いかけた。寄り道はなく、程なくして住宅街に差し掛かる。どうやら三丁目近辺のようだ。だんだんと隠れる場所も人波も減っていくため、距離は充分保つ必要がある。そこへ遠目にふらりと現れたのは杏樹の兄である諒だ。会話は聞き取れないが、諒は杏樹をおぶると角を曲がった。あの長身のコンパスで歩かれたら少し追い付きにくい、すぐに十字路の手前まで走って曲がり角の先を覗いたのだが、二人の姿は忽然と消えていた。
「……まさか、撒かれた……のか?」
杏樹が背後を気にする様子も無かったし、諒がこちらの姿を視認したような素振りも無かった。あの短時間で入れそうな民家の表札にも古渓の文字は見つけられなかった。コナンは、どういう事だ、と探偵の顔をして二人の姿を消した道を見詰めるのだった。
End