第一部
name change
name change後退トリップ(25→16)男主
根っからのゲーオタ。父親はライトアニオタで母親は元レイヤー、姉と妹は腐女子というハイブリッド家族。姉は界隈では有名絵師だとかなんとか。妹のCP談義にも付き合える教養(違う)の持ち主。
(デフォルト:古渓 諒(こたに りょう))
※妹も後退トリップしてキャラに絡み出します。
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真新しい制服を身に纏い、見上げているのはこの春から通う私立高校だ。どういう訳か、数年前に卒業した高校生という立場に舞い戻ってしまったらしい。その事に気付いたのはおよそ一週間前、世界の在り方が変わった瞬間だった。
年度末の仕事も片付き、いつものように定時退社に成功した諒は同僚に誘われるがまま飲みに駆り出された。酒もそこそこに、進行形で走っているゲームアプリのイベントランクを上げていたのだが、酔いの回った同僚に押し付けられ指で数えるのも億劫なくらい飲んだ気がする。酒には強い方であるから断らなかったのだが、さすがに飲み過ぎた。
そうは言っても千鳥足になっているわけでもなく、諒1人なら普通に帰れるのだが、同僚の紅一点が酔い潰れてしまったため誰が彼女を送り届けるかという話になった。
「じゃあ俺立候補しちゃおうかなー」
「お前絶対下心込みだろ!」
「そういうお前はどうなんだ? ん?」
「俺家まで送る前にタクシーで寝そうだから無理」
「よっわ! んじゃ今回も古渓頼むわー」
『またかよ。お前らほんと俺に送らせるつもりで藤乃誘うのやめろよな』
「いいじゃねーかお前の株も上がるし、硬い事言うなって」
『俺は三次元の女でギャルゲーやる趣味ねーよ』
「相変わらずゲーオタか!」
『だってあいつら本編が課金ゲーなくせにグッドエンドも保証されねーんだぞ、嫌だろ』
おおよそ一般人には伝わらない発言の数々だが、数年つるんだこのメンツにはもはやお馴染みだ。そんな話でまとめて、割り勘で会計し居酒屋を出た時には20時を回っていた。ここから藤乃を自宅に送り、まっすぐ帰ったとしても諒が家での基本スタイルになる頃には22時になっているだろう。
『おかしい、今頃俺は自宅で撮り溜めたアニメ消化してるはずなのに』
「ん……、いつもごめんねぇ、古渓」
『潰れるの分かっててなんで飲むかねぇ』
「だって……部署の同期の中で女私だけじゃん、せめて友達付き合いは無くしたくないもん」
『先輩にも可愛がられてんじゃん』
「同僚と先輩じゃ気の張り方違うし……」
まぁ分からないでもないが、基本的に上司に対しても普段通りで、塩対応がデフォルトな諒からすれば、人によってコロコロと態度を変えられる藤乃はある意味では世渡り上手だと率直に思った。誰の懐にも入り込んでしまうコミュニケーション能力は諒にはないものだ。
ところで会話に一貫性が戻っていることから分かるように藤乃の酔いは冷めてきている。だが眠気は消えてくれないようなので、やはり自宅に運び入れるのは必須だろう。何度目かになる彼女の自宅前に着くと、何の躊躇いもなく即座にチャイムを鳴らした。
「はーい」
『夜分にすいません、いつもの配達員です』
そんなジョークをインターフォンに向けて言えば、玄関が開かれた。
「いつも悪いわねぇ、酔っ払い送ってもらっちゃって」
『まぁこいつも送ってくれる奴がいるから飲んでるんでしょうけど』
「ごめんね諒。あたしももうすぐ免許取れるから、そしたらちゃんとその子迎えに行くわね」
『ありがたや』
藤乃は社会人になると同時に友人とルームシェアをしていた。出迎えたのはその同居人だ。酔い潰れた藤乃を度々送り届けているため、もはや気心知れた仲だ。同居人は彼女を運ぶため横抱きにした。何を隠そうこの人は生物学的に言えば男性だ。ついでにゲイバーで働くオネエである。
「じゃあ、またね。あんたも気をつけて帰るのよ」
『ははー、善処します』
25にもなる男になにかしようなどと言う輩もそうそういないだろうが、オネエに言われると妙な説得力があるため一応そう返答しておく。実際そんな存在など薄い本の中でしか見たことは無いのだが。
寄り道も済んだところで、再び駅に舞い戻り今度こそ帰路へ着くため電車に乗り込んだ。都心の二駅などものの数分で着いてしまうので座って目を閉じるのは得策ではない。仕方なしにドアに凭れたまま最寄り駅まで揺られた。帰宅して真っ先にパソコンの電源をつけた後、スーツを脱いでシャワーを浴びる。タオルを首にかけて寝巻きを着ればほぼいつでも寝られる状態だ。時計の短針はやはり10を指していた。
『くそねみ……ダメだ寝よう。アニメは明日まとめて見るか……あ、デイリーやってねぇ……』
ソーシャルゲームのデイリークエストのやり残しを気にしつつ、襲い来る睡魔に抵抗空しく意識を手放した。部屋の電気もつけっ放しで、翌朝あたり妹や母親が小言を言いに来るだろうが、この時の諒の脳裏には浮かびもしなかった。
この翌朝、諒の世界はその在り方を変えた。
窓から降る光に瞼を開ければ、何となく小奇麗になった自室があった。だが、愛用のパソコンの姿が忽然と消えていた。あるのは学生の部屋によくある勉強机と、その上に置かれた見慣れた携帯ゲーム機。その機体は自分がいつも使っていたから見間違うはずがない。不可解に思いながら半端に開いたカーテンを開け放つと、外には見たこともない町並みが広がっていた。
『……は?』
見覚えのある家も、個人商店も、よく遊びに行くのに通った路地裏も、自室の窓からは見受けられなかった。どういう事だと頭を抱える。ここは自分の家ではないのか、そう思うが、家の間取りはどれも自宅のもので、妹の部屋もあるべき場所にあった。リビングもやはり記憶にある通り……だが、リビングが自分の領域だと自負していた母親の姿がない。時計を見れば8時前、休みだとしてものろのろと朝食を作っていてもおかしくない時間だ。
『……なんだこれ』
部屋の片隅に、宅配の荷物だろうか、ダンボールが未開封で置かれていた。大きさの割に厚さはさほど無いその形状は、どこかで見たことがあるような気がする。差出元は、知らない土地。どこかの店舗だろう。宛先は古渓諒となっていた。
『俺宛? なんか頼んだっけ……』
自分宛なら自室に持ち込んでも文句は言われないだろうと踏んで開封した。その中には、もう二度と着ることは無いはずの、真新しい高校の制服が一着収められていた。意外な荷物が顔を出したが、脳裏には妹の姿が過ぎった。
『……あいつ、レイヤーでも始める気か?』
恐らくコスプレイヤー初心者が一から自分で衣装を作るとなると難しいだろう。まずは既存の衣装で、と考えてもおかしくない。制服の購入にしても、男物を買おうとしても名義が自分なら女子用の仕立てになるだろう。そこで名前を借りられた、そう考えるのが諒の中では一番納得できた。自己完結すると向かったのは当の妹の部屋。まだこの時間だし寝ているだろうが、そこは心を鬼にしてノックした。
『あずー、杏樹ー、何か届いてんだけどお前のかー?』
「朝っぱらからうるさい、なに」
『お前ほんと寝起きの悪さ凄まじいよな。制服通販したのお前?』
「は? なんで制服ポチんの。レイヤーじゃないのに」
『……始める予定は』
「ねーよ」
じゃあアレは誰のだ。難しい顔をする諒に、杏樹は頭をかきながら告げた。
「兄ちゃんのじゃないの? 今度から高校行くんだし」
『は?』
「寝ぼけてんの? 普通に帝丹合格したって言ってたじゃん。そこの制服じゃないの?」
諒は半端に開いた口を閉じれなくなった。当然だ、高校なんて7年も前に卒業してるし、入学なんて更に前だ。それに帝丹なんて高校は地元には無かったはずだし、あったとしてもそんな特徴的な学校名、25年間実家暮らしの諒が知らないのは少し妙だ。そこではたと気が付いた。自分が高校生だとしたら、妹は、中学2年になる。よく良く見れば寝起きのしょぼくれた顔は記憶にあるものより幼い気がする。もともと杏樹は童顔で、ハタチを過ぎても高校生と間違われていた事はあったが、さすがに23の女が中学生の顔立ちをしていればその変化は大きい。
『わり、寝ぼけてた』
「良かった、危うく実の兄に精神科か脳外科をおすすめするとこだったな」
『ひでぇ』
そんなやり取りで交わした後、早足で向かった洗面所で自身の姿を鏡で確認する。身長こそさほど変化はないが、どこか垢の抜けきらない顔立ち……線の細さは、過去の卒業アルバムに載っていそうなものだった。
『……まじかよ』
諒は認めざるを得なかった。何らかの理由で若返り、高校生をやり直すことを。
─勘弁してくれ。これじゃまるで、どこかの名探偵だ。
脳裏に浮かんだその例えに、放り込まれた世界がどこなのかを悟るまで、あと5秒。
End