ALKAQUEST
色とりどりのライトに無数のサイリウムがきらきらと輝きながら、今宵、いつも以上に煌めきを放つ四人を祝福する。アイドル、と呼ばれる彼らの一挙手一投足に、観客は声をあげ、会場は瞬く間にひとつとなった。
歌が、踊りが、その動き全てが。ステージに立つ彼らを彼らたらしめ、揃ったばかりの衣装が彼らのらしさをも主張する。合間に挟まれるMCでひとりひとりその衣装の由来を紹介していき、そうやって。いつも通りに、いつも以上の熱気に包まれた舞台上で、予定にない謎の光が四人を呑み込んだ。
♤♡♧♢
立ち眩むようにして片膝をついた風早巽が脚へ伝わる感触に違和感をおぼえて周囲を見回すと、視界に広がったのは先ほどまでの煌めくステージではなく、草木茂る石造りの廃墟であった。
「ここは、いったい……? 白昼夢にしては妙にリアルですが、みなさんはどう思われますか?」
立ち上がり、振り向いたそこで虚空に問いかけていたことに気がつき、みんな当たり前にいるものだと思った自分を恥じる。視線が下へ落ちたついでに、地面に魔法陣のようなものが描かれているのが目についた巽は、もう一度しゃがみこんで移動しながらその全容を追っていく。文字や文様の意味は読み取れないものの、かろうじて、見馴れたスートが描かれていることだけがわかった。
ここまで意識がはっきりしているにも関わらず相変わらず醒める様子のない白昼夢に、古典的な方法で真偽を確かめる。まぎれもない現実だとその痛みに教えられて、先ほどまでともにステージに立っていた彼らのことが気にかかりはじめる。せめて三人でとも思ったが、そこまで都合良いことになってはいないだろう。─状況的にはジュンが愛読しているような漫画に出てくる異世界召喚そのものであるのだから。
「……ともかく、ここにいては埒があきませんな。みたところもとは教会のようですから、もしかすれば近くに人里があるやもしれません」
これを使えとばかりに崩れた演台にかけられたローブを拝借して纏い、廃教会の外へと出た巽はなにかが爆発したような轟音を耳にする。とっさに廃教会の外に出るとそこには鬱蒼とした森があるだけで、あたりを見回しても人影すらない。もういちど、今度ははっきりと方角がわかるくらいに聞こえたそこには白い煙が上がっていた。
陽光を遮るように折り重なった木々の枝の音。足下には幾重もの根が隆起しており、埋没した民家の残骸と思しきものも見かけた。やっとの思いでそれらしい開けたところに辿り着くと、そこだけ晴天にも関わらず木々全てが凍てついている。踏んだ霜が鳴く。
「おい! はやく下がれ!」
半身を凍らされながらもその威勢の衰えない巨躯の魔物─魔物なのだろう─がすぐ横に軽々と吹き飛ばされてくる。不意の巽の登場に攻勢の手を緩まさざるおえない誰かが聴き覚えのある声で目の前の脅威に注意を促してくるも、突然のことに上手く動くことができない。吐いた息が白い。
「はっ……」
そんな巽に気づき、勝機を見出したのかはわからないが、魔物はその巨大な手をこちらに伸ばされる。背後にはその体躯にふさわしい得物が振りかぶられているのが見える。反射的に屈み、身をまもるように腕を前へだして目を瞑った。飲んだ空気で喉がしまる。
(─!)
次の瞬間。ズドンッ! と音がなり、おそるおそる開けた目は倒れた巨躯をとらえる。巽のほうに気が逸れた魔物は本来の交戦相手に腕を切り落とされ、放たれた魔法が直撃し、そのまま動かなくなっていた。
氷塵舞うそこに立つはまさに氷の貴公子のよう。
「立てるか? 巻き込んでしまってすまない。だが、こんなところでいったいなにをしていたんだ?」
差し出された手につかまり、立ち上がったところで先ほどまで戦っていた彼らの初めてではない初めての顔に、一瞬とはいえ、固まってしまう。
「? どうした? 俺の顔になにかついているのか?」
「って、コラ北斗! お前、また失敗してるぞ! ああ、もう。ごめんな。怖いよな。こんなどろっどろな顔見せちまって。ほら、さっさと拭けよ」
「いえ、その。びっくりしたのはそうですが、お二人はどうしてここに……?」
間髪入れず駆け寄り、手を差し伸べてきた相手を、仲間に濡れタオルを渡したその人を、たとえ返り血がついていたとしても巽が見紛うはずはなかった。目の前の2人は事務所の先輩ユニットである『Trickstar』の氷鷹北斗と衣更真緒。ともすればこの方々もこちらに喚ばれてきたのだろうか。
「? なんのことだ?」
きょとんとされてしまった。
「俺たちは初対面のはず……ってかお前こそ、どこから来たんだ?」
「気づいたら廃教会にいたもので、ここがどこかすらわかりません」
「気づいたら、って。つまり、迷子か?」
「そうなりますな」
右も左も分からないのであればそれは迷子なのだろう。否定する必要もないのでそのまま肯定する。
「うすうすそんな気はしてたが、迷子なら一緒にくるか? なんとなく、そうしたほうがいい気もする」
「北斗がそんなこと言うなんて珍しいな。見捨てていくのもアレだし、村までなら案内してもいい、かな」
初対面のよく知らない相手を連れ帰ることに不安があるのか、最後の言葉は少し濁された。
「すみません。よろしくお願いします」
森を抜けて街道に出たところでふと、視界の端を何かが通ったような感覚に襲われて振り返る。さきほど通ってきたけもの道にはもう何もいない。注視しても何も手がかりは得られず、遅れていることに気づいて声をかけられるまでそう時間は経たなかったが、随分と見つめていたように思う。
急かされながら街道沿いを進んでいると遠くから、なにかがものすごい土煙をあげて迫ってくるのが見える。星奏館にいれば、おのずと耳馴れるそのかけ声を響かせながら走るそれは、目的のふたりの前で急停止した。
「ダッシュダッシュ、ダッシュなんだぜ! って、ああ! 二人とも、もう戻ってきてたんだぜ!?」
「ああ、天満か。そんなに慌ててどうしたんだ?」
「まこちゃん先輩が大変なんだぜ!」
「ちょっとまて、どう大変なんだ?」
「イシキフメイノジュウショウ、なんだぜ! いまに〜ちゃんが看てるけど、村中にも怪我人がいっぱいで俺たちだけじゃ手に負えない!」
「なんだって!? なら、こうして歩いてる場合じゃないな─自由なる風の精霊よ……!」
短い詠唱のあと風がふいたかと思うとふわり、と衣更の体が宙に浮く。
「衣更、そっちは頼んだ!」
「ああ! 北斗たちも気をつけてきてくれ。天満。遅れるなよ?」
「それ誰に言ってるんだぜ? って、ああ!? フライングはずるい!」
言い返す間もなく文字通り飛んで行ってしまった衣更をきた時と同じかそれ以上の猛スピードで追いかける天満。再び舞い上がった土煙が遠ざるのもつかの間、目の前の問題に北斗は向き合う。
「遊木が倒れたとなると、戦線の維持は大丈夫だろうか……。ともかく、俺たちもできるだけ早く到着する必要がある。いちおうきいておくが、おまえは魔法を使えるか? できてもらわなきゃ困る。というより、置いて行かざるおえなくなる」
「そういったものは残念ながら……。ですので、俺のことは気にせず、先に行ってください」
「だがそのローブは……いや、すまない。一般人のお前のその言葉に、今回ばかりは甘えさせてもらおう。気休めではあるがこれを持っておけ、万が一のときは役に立つはずだ」
お守りにしているのか、懐から出された使い込まれた短剣を巽に握らせる。
「村の方角はあっちだが、向こうについたら迎えをよこす」
そう言って北斗も走り去ってしまった。およそ人間がだせるような速さではないそれを目の当たりにした巽は、彼らはこの世界の住人なのだと痛感する。それと同時に、先ほど北斗が使った魔法を再現できないかと好奇心から道中で試してみるも自分には適性がないのか、それとも何か他に理由があるのか、うまくいくことはなかった。
☆★☆★
早足で歩いていたにもかかわらずあまり疲れを感じないままに村へ辿り着くと、村のあちこちに夥しい数の魔物の死骸と凄まじい破壊の跡が残る光景を目にする。どうやら戦闘自体はおさまっているらしくあたりは静まりかえっており、道々にやりきった顔の武器を持った人々がたむろしていた。なんとなく話しかけづらく感じてそのまま歩いていると、どこからか声がかかる。
「ん? おぉい。もしかして北斗先輩が言ってたのってあんたか? 悪いけどちょっとそこで待っててくれ」
しばらくすると近くの建物からその声の主があらわれた。
「待たせてごめんな。あそこのおじいさん。あんまし動けないから、ちょっと、様子を見にきてたんだ」
「それはよき行いですな。それで、遊木さんが大変だと聞き及んだのですが、彼らは今どちらに?」
「村の中心にある教会の施術院。俺もいまから戻るとこだから、一緒にきてもらえると助かるよ」
施術院にはけして少なくない負傷者が運び込まれており、奥の部屋になるに従って重傷者が多くなる。その慌ただしい施設のいちばん奥の部屋に通された巽はローブを脱ぎ、ベッドに横たえられた重傷患者たちの合間を縫って目的の病床にたどり着く。
「おわっ!? 随分早いな。なんだ、やっぱり使えたのか?」
「いえ。使えなかったので、できるだけ早足できました」
「いや、それにしては早すぎる気が……? 今はそんなことを言っている場合じゃないな。仁兎先輩、遊木の容体はどうだ?」
「外傷はあらかた治したけど、目覚める気配が全くない。ポーションも無理やり飲ませようとしても、意識がないんじゃうまくいかないし。おれの他にもう一人、上級治癒術士がいてくれればよかったんだけど、そんな都合よくいるわけ……」
ふと、力なく顔をあげたなずなと目があう。彼につられてか、衣更や北斗も巽の姿に釘付けとなる。
「お、おおおお|おみゃえ《おまえ》! 神父か? 神父|なんらったりゃ《なんだったら》|じょうきゅうちにゅみゃほー《上級治癒魔法》|ちゅかえりゅよにゃ《使えるよな》!?」
「ええっと、どちらかといえば牧師なのですが。あと、魔法にも明るいとはいえないです」
「どっちりぇもいい! あきゃりゅくにゃくてもいいきゃりゃてちゅらえ! 手をらせぇ!」
巽が怒涛の噛みっぷりに戸惑いながらも差し出した両手をなずなは迷いなく握ると、片方の手から腕を通してあたたかいなにかが身体に流れてくる。
「いいか、そのままよくき、き、聞け? いま、おまえの中に流れてるのはおれの魔力な。まずはその流れを追って自分の魔力の流れになれろ。そんでそれをおれに繋げるんら」
(流れに、集中……)
言われたとおりにこの不思議な力の流れを追っていき、集中するために自然と目は閉じられた。視界が遮られたことにより、より克明に流れの感覚を掴んでいくとともに、ぽかぽかとした春の陽気のようなそれをそのままなずなの魔力が流れてくるのとは反対の手に繋げる。
「よし。いい感じだ。あとはおれに任せてそのまま流れに集中してくれ」
言うや否やなずなは増幅された魔力を使って文字通り魔法を編みはじめる。魔力を細い糸のようにして編みあげるこのやり方は、なずなのかつての師が得意とするものであった。そうして編まれた魔法は陣となり床一面に拡がると、一際眩く光って弾けた。
「おうい? もういいから手を離してくりぇ、さすがに酔いそうだぁ……」
声をかけられて集中の糸が解ける。ハッとしたのも束の間、周りの者たちがなずなと握っている自身の手を解こうと腕にぶら下がっているのを目にし、すぐにその手を離すとよろめいたなずなは友也に支えられてうーん、と短く唸った。
「おまえ、どんな力してんだよ! 俺たち三人がかりでもびくともしなかったぞ」
「あはは、面白かった! 俺なんか腕にぶら下がっちゃってたもんね」
「すみません。俺にも何がなんだか……」
ベッドに横たわった真は先ほどまでの青い顔をしておらず、穏やかな寝息をたてていた。
****
「とりあえずに〜ちゃんは別室で休んでもらうことにしましたけど、そちらのかたは本当に大丈夫なんですか? 眩暈がしたり、倦怠感とかはありませんか?」
予想外に高出力となった治癒魔法の余波で村全体が癒しのヴェールで包まれた中、異常に気づいた天満に連れられて紫乃創は施術院に戻ってきていた。
「はい、大丈夫です。それより、なずなさんの容態は?」
「魔力当たりを起こしたみたいで、しばらく安静にしてれば回復すると思います」
「けど、に〜ちゃんが魔力当たりだなんて、よっぽどなんだぜ?」
病床とは別の応接用の部屋に移動し顔を突き合わせた面々は疲れ果てた身体をソファに下ろし、ことの成り行きを二人にも説明した。
「その『魔力当たり』とはなんでしょう?」
「は? あれだけの魔力持っといて魔力当たりも知らないって、あんたいったいどこからきたんだ?」
「まあまあ。サリ〜、落ち着いて。とりあえずみんな無事なんだし、結果オーライだって」
「いや、そんなんだけど」
「だがSランク治癒術士の仁兎先輩を魔力当たりにしてダウンさせたんだ。そんなやつがなんであの森で彷徨ってたんだ?」
「ふむ。それについては俺にもよくわかっていません。気がついたらあの森の廃教会に……たぶんですが、召喚されました」
「召喚? いや、それならば今までのあれやこれも全て納得がいく……。友也、そこの幼児向けの絵本を取ってくれ。あとは、えっと……? そういえば互いに名乗っていなかったな。俺は氷鷹北斗だ。王都のSランク冒険者でここにいる衣更や明星、それに、今は寝ているが遊木の四人で『Trickstar』というパーティを組んでいる」
「ああ、すみません。こちらも失念していました。俺は風早巽といいます。先ほど話したとおり、この地には召喚されてきたため、この世界のことを知りません。その辺りのことも含めて、詳しくお聞かせ願えればと思います」
友也が絵本をもって戻ってくると、受け取った北斗がそれを開いてみせた。
「これは昔からある伝承を子ども向け絵本にしたものだが、まず、この部分を見てほしい」
北斗が示したページには、魔法陣の上に召喚されたと思しき四人の若者の姿が描かれている。
「『いほうのちより、しょうかんされし、よにんのゆうしゃ。あかしはちがえど、きずなはかたい』?」
「そうだ。そしてさっき仁兎先輩から風早を引き剥がそうとしたとき、右の手の甲がうっすら光っているのが見えた。すまないが、手袋をとってみてくれないか?」
こちらに来てから初めて衣装の右手袋を外すと、そこには見慣れたスートが刻まれていた。
「本当にあった。じゃあ、巽は伝承にある勇者なんだね!」
「ええぇぇぇ!? じゃあ、に〜ちゃんが魔力当たりになった理由って……」
「ああ。勇者の持つ魔力は通常よりも格段に量が多く質も良いとされている、それが原因だろう。だが、おかしいな。勇者は四人同時に召喚されるとおばあちゃんが言っていたのに風早は一人で森から出てきた。見たところ仲間を置いていくような非情でもないだろうし、召喚されたときに何か気になる点はなかっただろうか?」
巽は直前までライブステージにユニットメンバーと立っていたことと、眩暈のような症状があったこと。描かれていた陣には確かに4つのスートが描かれていたが側には誰もおらず一人であったことを思い出す。
「こちらに召喚されたとき、一緒にいた方々はいるのですが。もしかするとなんらかのトラブルで別のところに飛ばされたのやもしれません。残りの勇者が彼らであるならば、『あかしはちがえど〜』の部分にも納得がいきます」
「つまり、この世界のどこかにバラバラに召喚されちゃったわけですよね?」
「それって、とんでもないことだぜ! どうやって探せばいいんだぜ〜?」
ユニット最年長である自分でさえ状況の把握に窮した状態のまま死にかけたのである。なにがしかの武術の心得があるリーダーの一彩ならともかく、それが最年少の藍良や臆病で引っ込み思案なマヨイであったならあるいは……などと考えていると、その不安を払拭するかのような明るい声が響く。
「はいはいはい! それなら空の部族領に行こうよ! 俺、案内できるしさ。ウッキ〜を治すのに協力してくれたし、キラキラしたものも見せてくれたお礼に!」
「いや、まずは王都に帰って報告すべきだろ。誰の仕業か知らないが伝承の勇者が勝手に召喚されてる。こういうのはギルド長の蓮巳先輩経由で『王様』あたりに話して俺たちはなるべく干渉しないのがベストだろ?」
「ええ? でもそれだと遠回りになっちゃうし、サリ〜のことだからすぐに巽の身柄を引き渡してお礼どころじゃなくなっちゃうじゃん。それに、巽の仲間たちも魔物と闘ったことないんでしょ? 早く助けに行ってあげなきゃ!」
突拍子も無い提案にもっともな一般論で返された明星は、助けを求めるような目を北斗へと向ける。
「そうだな。俺も明星に賛成……と言いたいところだが、そうなると遊木をここに置いて動かざるおえなくなる。そもそもこの依頼自体、『Ra*bits』やほかの低ランク冒険者が受けていたものだから、協力の事後報告は早めにしたほうがいい」
「あと、魔物の凶暴化な。勇者が召喚された以上、魔王も復活してるだろ。帰ったらいま以上にこき使われそう……」
「だからそうなる前に何かできることをしてあげたいんじゃんか〜」
「重っ!? 寄っかかるなよ、スバル」
帰ったら今回のことも含めて大量の始末書と格闘せねばならないと憂鬱な雰囲気を醸し出す衣更に明星はのしかかる。
「あはは……、Sランクパーティの宿命ですね。ぼくたちもに〜ちゃんの回復を待つ必要があるのですぐには動けませんが、二日ほど周囲の様子を見てから王都に帰還する予定です」
「遊木先輩もその頃には目を覚ますと思いますから、俺としてはみなさんに同行してもらえると助かります。うちはまともなタンク職がいないので」
「ああ! 友ちゃん、ひどいんだぜ! 今回は総力戦っぽかったからあんまり活躍できなかったけど、いつもどおりならちゃんとできてたんだぜ!?」
「それはそうなんだけど、念には念をだな……。地元の冒険者に引き継ぎをしなきゃならないこともあるからそれを待ってもらう形にもなってしまうんですが、お願いできますか?」
「そういうことなら大歓迎だ。っと、話を戻そう。空の部族領はここからほと近くにある。が、先の話の通り雑務が残っていて俺たちは二日ほどこの村から動けない。そこで提案なんだが、こういった事務仕事に向かない明星が風早を連れて先に村を発ち空の部族領に赴いてそのまま王都に向かう、というのはどうだろうか」
「さすがホッケ〜。いいこと言うじゃん!」
不服そうな光をよそに、若干ディスられながら提案されたそれを明星は快く承諾する。
「風早もそれでいいだろうか? 明星は自身への補助魔法以外からきしではあるものの、元からのポテンシャルだけでSランクにまで到達したすごいやつだ。案内ができるのもそいつだけだし、護衛には申し分ないと思う」
「はい。俺もそれで構いませんが、その。これから村の復興もあるのに戦力を分散させてしまって申し訳ない気がして……。真緒さんもそれでよろしいのでしょうか?」
「ああ、うん。まあ。属性魔法が使えないスバルにできることなんて、あとは力仕事くらいしかないもんな。人員は足りてるから抜けても問題ない、か」
「そういうことだ。だから遠慮せずに連れていけ」
「じゃあ、ぼくはお部屋の準備をしてきますね。出発するにしても今からではすぐ暗くなってしまいますから」
×××♢
案内された部屋のベッドに腰を落ち着けた巽は衣装の襟を緩めて今までの緊張をほぐす。
突然の謎の光、目覚めた廃教会、仲間たちの行方。森で遭遇した巨大な魔物、冒険者の方々、そして魔法……。いままではライブ中の熱も手伝ってか、それら非現実的な出来事にもなんとなくそうなのだろうと流してこれた。が、こうして一人になると巨躯の魔物に襲われたときや村へ着いたときに感じた新鮮で、濃密な死の気配に、今更ながら震えがくる。ここも気を利かせてなのか、治療を行う施術から離れた部屋を用意してくれたのだが、それでも血と消毒の臭いが鼻につく。ベットへ横になってもつい天井に染みがないかと確認してしまう自分に苦笑しながら、不安に駆られた脚をさすっていると、懐が普段より重いことに気がつく。
返しそびれていた短剣を内ポケットから出して手にとった巽は、見た目以上にずっしりと感じられるその重みを脇のチェストに置き、衣装のまま仲間たちの無事を祈りながら眠りについたのだった。
歌が、踊りが、その動き全てが。ステージに立つ彼らを彼らたらしめ、揃ったばかりの衣装が彼らのらしさをも主張する。合間に挟まれるMCでひとりひとりその衣装の由来を紹介していき、そうやって。いつも通りに、いつも以上の熱気に包まれた舞台上で、予定にない謎の光が四人を呑み込んだ。
♤♡♧♢
立ち眩むようにして片膝をついた風早巽が脚へ伝わる感触に違和感をおぼえて周囲を見回すと、視界に広がったのは先ほどまでの煌めくステージではなく、草木茂る石造りの廃墟であった。
「ここは、いったい……? 白昼夢にしては妙にリアルですが、みなさんはどう思われますか?」
立ち上がり、振り向いたそこで虚空に問いかけていたことに気がつき、みんな当たり前にいるものだと思った自分を恥じる。視線が下へ落ちたついでに、地面に魔法陣のようなものが描かれているのが目についた巽は、もう一度しゃがみこんで移動しながらその全容を追っていく。文字や文様の意味は読み取れないものの、かろうじて、見馴れたスートが描かれていることだけがわかった。
ここまで意識がはっきりしているにも関わらず相変わらず醒める様子のない白昼夢に、古典的な方法で真偽を確かめる。まぎれもない現実だとその痛みに教えられて、先ほどまでともにステージに立っていた彼らのことが気にかかりはじめる。せめて三人でとも思ったが、そこまで都合良いことになってはいないだろう。─状況的にはジュンが愛読しているような漫画に出てくる異世界召喚そのものであるのだから。
「……ともかく、ここにいては埒があきませんな。みたところもとは教会のようですから、もしかすれば近くに人里があるやもしれません」
これを使えとばかりに崩れた演台にかけられたローブを拝借して纏い、廃教会の外へと出た巽はなにかが爆発したような轟音を耳にする。とっさに廃教会の外に出るとそこには鬱蒼とした森があるだけで、あたりを見回しても人影すらない。もういちど、今度ははっきりと方角がわかるくらいに聞こえたそこには白い煙が上がっていた。
陽光を遮るように折り重なった木々の枝の音。足下には幾重もの根が隆起しており、埋没した民家の残骸と思しきものも見かけた。やっとの思いでそれらしい開けたところに辿り着くと、そこだけ晴天にも関わらず木々全てが凍てついている。踏んだ霜が鳴く。
「おい! はやく下がれ!」
半身を凍らされながらもその威勢の衰えない巨躯の魔物─魔物なのだろう─がすぐ横に軽々と吹き飛ばされてくる。不意の巽の登場に攻勢の手を緩まさざるおえない誰かが聴き覚えのある声で目の前の脅威に注意を促してくるも、突然のことに上手く動くことができない。吐いた息が白い。
「はっ……」
そんな巽に気づき、勝機を見出したのかはわからないが、魔物はその巨大な手をこちらに伸ばされる。背後にはその体躯にふさわしい得物が振りかぶられているのが見える。反射的に屈み、身をまもるように腕を前へだして目を瞑った。飲んだ空気で喉がしまる。
(─!)
次の瞬間。ズドンッ! と音がなり、おそるおそる開けた目は倒れた巨躯をとらえる。巽のほうに気が逸れた魔物は本来の交戦相手に腕を切り落とされ、放たれた魔法が直撃し、そのまま動かなくなっていた。
氷塵舞うそこに立つはまさに氷の貴公子のよう。
「立てるか? 巻き込んでしまってすまない。だが、こんなところでいったいなにをしていたんだ?」
差し出された手につかまり、立ち上がったところで先ほどまで戦っていた彼らの初めてではない初めての顔に、一瞬とはいえ、固まってしまう。
「? どうした? 俺の顔になにかついているのか?」
「って、コラ北斗! お前、また失敗してるぞ! ああ、もう。ごめんな。怖いよな。こんなどろっどろな顔見せちまって。ほら、さっさと拭けよ」
「いえ、その。びっくりしたのはそうですが、お二人はどうしてここに……?」
間髪入れず駆け寄り、手を差し伸べてきた相手を、仲間に濡れタオルを渡したその人を、たとえ返り血がついていたとしても巽が見紛うはずはなかった。目の前の2人は事務所の先輩ユニットである『Trickstar』の氷鷹北斗と衣更真緒。ともすればこの方々もこちらに喚ばれてきたのだろうか。
「? なんのことだ?」
きょとんとされてしまった。
「俺たちは初対面のはず……ってかお前こそ、どこから来たんだ?」
「気づいたら廃教会にいたもので、ここがどこかすらわかりません」
「気づいたら、って。つまり、迷子か?」
「そうなりますな」
右も左も分からないのであればそれは迷子なのだろう。否定する必要もないのでそのまま肯定する。
「うすうすそんな気はしてたが、迷子なら一緒にくるか? なんとなく、そうしたほうがいい気もする」
「北斗がそんなこと言うなんて珍しいな。見捨てていくのもアレだし、村までなら案内してもいい、かな」
初対面のよく知らない相手を連れ帰ることに不安があるのか、最後の言葉は少し濁された。
「すみません。よろしくお願いします」
森を抜けて街道に出たところでふと、視界の端を何かが通ったような感覚に襲われて振り返る。さきほど通ってきたけもの道にはもう何もいない。注視しても何も手がかりは得られず、遅れていることに気づいて声をかけられるまでそう時間は経たなかったが、随分と見つめていたように思う。
急かされながら街道沿いを進んでいると遠くから、なにかがものすごい土煙をあげて迫ってくるのが見える。星奏館にいれば、おのずと耳馴れるそのかけ声を響かせながら走るそれは、目的のふたりの前で急停止した。
「ダッシュダッシュ、ダッシュなんだぜ! って、ああ! 二人とも、もう戻ってきてたんだぜ!?」
「ああ、天満か。そんなに慌ててどうしたんだ?」
「まこちゃん先輩が大変なんだぜ!」
「ちょっとまて、どう大変なんだ?」
「イシキフメイノジュウショウ、なんだぜ! いまに〜ちゃんが看てるけど、村中にも怪我人がいっぱいで俺たちだけじゃ手に負えない!」
「なんだって!? なら、こうして歩いてる場合じゃないな─自由なる風の精霊よ……!」
短い詠唱のあと風がふいたかと思うとふわり、と衣更の体が宙に浮く。
「衣更、そっちは頼んだ!」
「ああ! 北斗たちも気をつけてきてくれ。天満。遅れるなよ?」
「それ誰に言ってるんだぜ? って、ああ!? フライングはずるい!」
言い返す間もなく文字通り飛んで行ってしまった衣更をきた時と同じかそれ以上の猛スピードで追いかける天満。再び舞い上がった土煙が遠ざるのもつかの間、目の前の問題に北斗は向き合う。
「遊木が倒れたとなると、戦線の維持は大丈夫だろうか……。ともかく、俺たちもできるだけ早く到着する必要がある。いちおうきいておくが、おまえは魔法を使えるか? できてもらわなきゃ困る。というより、置いて行かざるおえなくなる」
「そういったものは残念ながら……。ですので、俺のことは気にせず、先に行ってください」
「だがそのローブは……いや、すまない。一般人のお前のその言葉に、今回ばかりは甘えさせてもらおう。気休めではあるがこれを持っておけ、万が一のときは役に立つはずだ」
お守りにしているのか、懐から出された使い込まれた短剣を巽に握らせる。
「村の方角はあっちだが、向こうについたら迎えをよこす」
そう言って北斗も走り去ってしまった。およそ人間がだせるような速さではないそれを目の当たりにした巽は、彼らはこの世界の住人なのだと痛感する。それと同時に、先ほど北斗が使った魔法を再現できないかと好奇心から道中で試してみるも自分には適性がないのか、それとも何か他に理由があるのか、うまくいくことはなかった。
☆★☆★
早足で歩いていたにもかかわらずあまり疲れを感じないままに村へ辿り着くと、村のあちこちに夥しい数の魔物の死骸と凄まじい破壊の跡が残る光景を目にする。どうやら戦闘自体はおさまっているらしくあたりは静まりかえっており、道々にやりきった顔の武器を持った人々がたむろしていた。なんとなく話しかけづらく感じてそのまま歩いていると、どこからか声がかかる。
「ん? おぉい。もしかして北斗先輩が言ってたのってあんたか? 悪いけどちょっとそこで待っててくれ」
しばらくすると近くの建物からその声の主があらわれた。
「待たせてごめんな。あそこのおじいさん。あんまし動けないから、ちょっと、様子を見にきてたんだ」
「それはよき行いですな。それで、遊木さんが大変だと聞き及んだのですが、彼らは今どちらに?」
「村の中心にある教会の施術院。俺もいまから戻るとこだから、一緒にきてもらえると助かるよ」
施術院にはけして少なくない負傷者が運び込まれており、奥の部屋になるに従って重傷者が多くなる。その慌ただしい施設のいちばん奥の部屋に通された巽はローブを脱ぎ、ベッドに横たえられた重傷患者たちの合間を縫って目的の病床にたどり着く。
「おわっ!? 随分早いな。なんだ、やっぱり使えたのか?」
「いえ。使えなかったので、できるだけ早足できました」
「いや、それにしては早すぎる気が……? 今はそんなことを言っている場合じゃないな。仁兎先輩、遊木の容体はどうだ?」
「外傷はあらかた治したけど、目覚める気配が全くない。ポーションも無理やり飲ませようとしても、意識がないんじゃうまくいかないし。おれの他にもう一人、上級治癒術士がいてくれればよかったんだけど、そんな都合よくいるわけ……」
ふと、力なく顔をあげたなずなと目があう。彼につられてか、衣更や北斗も巽の姿に釘付けとなる。
「お、おおおお|おみゃえ《おまえ》! 神父か? 神父|なんらったりゃ《なんだったら》|じょうきゅうちにゅみゃほー《上級治癒魔法》|ちゅかえりゅよにゃ《使えるよな》!?」
「ええっと、どちらかといえば牧師なのですが。あと、魔法にも明るいとはいえないです」
「どっちりぇもいい! あきゃりゅくにゃくてもいいきゃりゃてちゅらえ! 手をらせぇ!」
巽が怒涛の噛みっぷりに戸惑いながらも差し出した両手をなずなは迷いなく握ると、片方の手から腕を通してあたたかいなにかが身体に流れてくる。
「いいか、そのままよくき、き、聞け? いま、おまえの中に流れてるのはおれの魔力な。まずはその流れを追って自分の魔力の流れになれろ。そんでそれをおれに繋げるんら」
(流れに、集中……)
言われたとおりにこの不思議な力の流れを追っていき、集中するために自然と目は閉じられた。視界が遮られたことにより、より克明に流れの感覚を掴んでいくとともに、ぽかぽかとした春の陽気のようなそれをそのままなずなの魔力が流れてくるのとは反対の手に繋げる。
「よし。いい感じだ。あとはおれに任せてそのまま流れに集中してくれ」
言うや否やなずなは増幅された魔力を使って文字通り魔法を編みはじめる。魔力を細い糸のようにして編みあげるこのやり方は、なずなのかつての師が得意とするものであった。そうして編まれた魔法は陣となり床一面に拡がると、一際眩く光って弾けた。
「おうい? もういいから手を離してくりぇ、さすがに酔いそうだぁ……」
声をかけられて集中の糸が解ける。ハッとしたのも束の間、周りの者たちがなずなと握っている自身の手を解こうと腕にぶら下がっているのを目にし、すぐにその手を離すとよろめいたなずなは友也に支えられてうーん、と短く唸った。
「おまえ、どんな力してんだよ! 俺たち三人がかりでもびくともしなかったぞ」
「あはは、面白かった! 俺なんか腕にぶら下がっちゃってたもんね」
「すみません。俺にも何がなんだか……」
ベッドに横たわった真は先ほどまでの青い顔をしておらず、穏やかな寝息をたてていた。
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「とりあえずに〜ちゃんは別室で休んでもらうことにしましたけど、そちらのかたは本当に大丈夫なんですか? 眩暈がしたり、倦怠感とかはありませんか?」
予想外に高出力となった治癒魔法の余波で村全体が癒しのヴェールで包まれた中、異常に気づいた天満に連れられて紫乃創は施術院に戻ってきていた。
「はい、大丈夫です。それより、なずなさんの容態は?」
「魔力当たりを起こしたみたいで、しばらく安静にしてれば回復すると思います」
「けど、に〜ちゃんが魔力当たりだなんて、よっぽどなんだぜ?」
病床とは別の応接用の部屋に移動し顔を突き合わせた面々は疲れ果てた身体をソファに下ろし、ことの成り行きを二人にも説明した。
「その『魔力当たり』とはなんでしょう?」
「は? あれだけの魔力持っといて魔力当たりも知らないって、あんたいったいどこからきたんだ?」
「まあまあ。サリ〜、落ち着いて。とりあえずみんな無事なんだし、結果オーライだって」
「いや、そんなんだけど」
「だがSランク治癒術士の仁兎先輩を魔力当たりにしてダウンさせたんだ。そんなやつがなんであの森で彷徨ってたんだ?」
「ふむ。それについては俺にもよくわかっていません。気がついたらあの森の廃教会に……たぶんですが、召喚されました」
「召喚? いや、それならば今までのあれやこれも全て納得がいく……。友也、そこの幼児向けの絵本を取ってくれ。あとは、えっと……? そういえば互いに名乗っていなかったな。俺は氷鷹北斗だ。王都のSランク冒険者でここにいる衣更や明星、それに、今は寝ているが遊木の四人で『Trickstar』というパーティを組んでいる」
「ああ、すみません。こちらも失念していました。俺は風早巽といいます。先ほど話したとおり、この地には召喚されてきたため、この世界のことを知りません。その辺りのことも含めて、詳しくお聞かせ願えればと思います」
友也が絵本をもって戻ってくると、受け取った北斗がそれを開いてみせた。
「これは昔からある伝承を子ども向け絵本にしたものだが、まず、この部分を見てほしい」
北斗が示したページには、魔法陣の上に召喚されたと思しき四人の若者の姿が描かれている。
「『いほうのちより、しょうかんされし、よにんのゆうしゃ。あかしはちがえど、きずなはかたい』?」
「そうだ。そしてさっき仁兎先輩から風早を引き剥がそうとしたとき、右の手の甲がうっすら光っているのが見えた。すまないが、手袋をとってみてくれないか?」
こちらに来てから初めて衣装の右手袋を外すと、そこには見慣れたスートが刻まれていた。
「本当にあった。じゃあ、巽は伝承にある勇者なんだね!」
「ええぇぇぇ!? じゃあ、に〜ちゃんが魔力当たりになった理由って……」
「ああ。勇者の持つ魔力は通常よりも格段に量が多く質も良いとされている、それが原因だろう。だが、おかしいな。勇者は四人同時に召喚されるとおばあちゃんが言っていたのに風早は一人で森から出てきた。見たところ仲間を置いていくような非情でもないだろうし、召喚されたときに何か気になる点はなかっただろうか?」
巽は直前までライブステージにユニットメンバーと立っていたことと、眩暈のような症状があったこと。描かれていた陣には確かに4つのスートが描かれていたが側には誰もおらず一人であったことを思い出す。
「こちらに召喚されたとき、一緒にいた方々はいるのですが。もしかするとなんらかのトラブルで別のところに飛ばされたのやもしれません。残りの勇者が彼らであるならば、『あかしはちがえど〜』の部分にも納得がいきます」
「つまり、この世界のどこかにバラバラに召喚されちゃったわけですよね?」
「それって、とんでもないことだぜ! どうやって探せばいいんだぜ〜?」
ユニット最年長である自分でさえ状況の把握に窮した状態のまま死にかけたのである。なにがしかの武術の心得があるリーダーの一彩ならともかく、それが最年少の藍良や臆病で引っ込み思案なマヨイであったならあるいは……などと考えていると、その不安を払拭するかのような明るい声が響く。
「はいはいはい! それなら空の部族領に行こうよ! 俺、案内できるしさ。ウッキ〜を治すのに協力してくれたし、キラキラしたものも見せてくれたお礼に!」
「いや、まずは王都に帰って報告すべきだろ。誰の仕業か知らないが伝承の勇者が勝手に召喚されてる。こういうのはギルド長の蓮巳先輩経由で『王様』あたりに話して俺たちはなるべく干渉しないのがベストだろ?」
「ええ? でもそれだと遠回りになっちゃうし、サリ〜のことだからすぐに巽の身柄を引き渡してお礼どころじゃなくなっちゃうじゃん。それに、巽の仲間たちも魔物と闘ったことないんでしょ? 早く助けに行ってあげなきゃ!」
突拍子も無い提案にもっともな一般論で返された明星は、助けを求めるような目を北斗へと向ける。
「そうだな。俺も明星に賛成……と言いたいところだが、そうなると遊木をここに置いて動かざるおえなくなる。そもそもこの依頼自体、『Ra*bits』やほかの低ランク冒険者が受けていたものだから、協力の事後報告は早めにしたほうがいい」
「あと、魔物の凶暴化な。勇者が召喚された以上、魔王も復活してるだろ。帰ったらいま以上にこき使われそう……」
「だからそうなる前に何かできることをしてあげたいんじゃんか〜」
「重っ!? 寄っかかるなよ、スバル」
帰ったら今回のことも含めて大量の始末書と格闘せねばならないと憂鬱な雰囲気を醸し出す衣更に明星はのしかかる。
「あはは……、Sランクパーティの宿命ですね。ぼくたちもに〜ちゃんの回復を待つ必要があるのですぐには動けませんが、二日ほど周囲の様子を見てから王都に帰還する予定です」
「遊木先輩もその頃には目を覚ますと思いますから、俺としてはみなさんに同行してもらえると助かります。うちはまともなタンク職がいないので」
「ああ! 友ちゃん、ひどいんだぜ! 今回は総力戦っぽかったからあんまり活躍できなかったけど、いつもどおりならちゃんとできてたんだぜ!?」
「それはそうなんだけど、念には念をだな……。地元の冒険者に引き継ぎをしなきゃならないこともあるからそれを待ってもらう形にもなってしまうんですが、お願いできますか?」
「そういうことなら大歓迎だ。っと、話を戻そう。空の部族領はここからほと近くにある。が、先の話の通り雑務が残っていて俺たちは二日ほどこの村から動けない。そこで提案なんだが、こういった事務仕事に向かない明星が風早を連れて先に村を発ち空の部族領に赴いてそのまま王都に向かう、というのはどうだろうか」
「さすがホッケ〜。いいこと言うじゃん!」
不服そうな光をよそに、若干ディスられながら提案されたそれを明星は快く承諾する。
「風早もそれでいいだろうか? 明星は自身への補助魔法以外からきしではあるものの、元からのポテンシャルだけでSランクにまで到達したすごいやつだ。案内ができるのもそいつだけだし、護衛には申し分ないと思う」
「はい。俺もそれで構いませんが、その。これから村の復興もあるのに戦力を分散させてしまって申し訳ない気がして……。真緒さんもそれでよろしいのでしょうか?」
「ああ、うん。まあ。属性魔法が使えないスバルにできることなんて、あとは力仕事くらいしかないもんな。人員は足りてるから抜けても問題ない、か」
「そういうことだ。だから遠慮せずに連れていけ」
「じゃあ、ぼくはお部屋の準備をしてきますね。出発するにしても今からではすぐ暗くなってしまいますから」
×××♢
案内された部屋のベッドに腰を落ち着けた巽は衣装の襟を緩めて今までの緊張をほぐす。
突然の謎の光、目覚めた廃教会、仲間たちの行方。森で遭遇した巨大な魔物、冒険者の方々、そして魔法……。いままではライブ中の熱も手伝ってか、それら非現実的な出来事にもなんとなくそうなのだろうと流してこれた。が、こうして一人になると巨躯の魔物に襲われたときや村へ着いたときに感じた新鮮で、濃密な死の気配に、今更ながら震えがくる。ここも気を利かせてなのか、治療を行う施術から離れた部屋を用意してくれたのだが、それでも血と消毒の臭いが鼻につく。ベットへ横になってもつい天井に染みがないかと確認してしまう自分に苦笑しながら、不安に駆られた脚をさすっていると、懐が普段より重いことに気がつく。
返しそびれていた短剣を内ポケットから出して手にとった巽は、見た目以上にずっしりと感じられるその重みを脇のチェストに置き、衣装のまま仲間たちの無事を祈りながら眠りについたのだった。
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