番外編
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「轟くん...好きです!気持ちだけでも受け取ってください!」
「あぁ。ありがとな。」
ーーー2月14日。
この日、轟は朝から何度も女子生徒に呼び出されてはチョコを渡されていた。
これで通算何個目かわからない。
最初のうちはいちいち呼び出しに応じていたが、キリがないのでお昼休みとなった現在は屋上へ移動し、轟にチョコを渡したい女子生徒達は長蛇の列をつくっていた。
代わる代わる愛の告白と共に渡されるチョコを軽くお礼を言いつつ機械的に受け取る。
轟は終わりが見えない列をチラリと確認して「(今日は昼飯食えそうにねぇな...)」とげんなりしていた。
去年まではここまで多くなかった。
今年は体育祭やヒーロー活動によってメディアへの露出が増えたことや、轟自身周囲への対応が柔らかくなったこともあり例年の数倍に増えていた。
教室で峰田から怨念のこもった視線を向けられたが名前も知らない奴からいきなりチョコを渡されても正直、困る。貰うなら家族やクラスの奴からだけで十分だ。
クラスの奴...と考えたところでいつも親しくしている治烏の顔が真っ先に思い浮かんだ。
治烏は数日前からリカバリーガールと共に災害現場に出向しており学校やインターンを休んでいる。予定では今日帰ってくると聞いているが昨日の夜電話で少し話した時に「想定より被害が大きいからギリギリまで復興のお手伝いをしてから帰る」と言っていたので帰りが遅くなるだろう。
忙しそうにしていたし、バレンタインどころではないかもしれないが轟は誰よりも治烏からのチョコが欲しいと思っていた。
目の前にいるこの名も知らない女子生徒がもしも治烏だったら...
頬をピンク色に染め少し恥ずかしそうにチョコを渡してくる治烏を想像すると自然と口元が緩むのを感じた。
「(早く帰って来ねぇかな...)」
相変わらず続く女子生徒の列をいなしながら轟はそんなことを考えていた。
***
コンコン。
もうすぐ消灯時間になるかという時刻。轟の自室に控えめなノックの音が響いた。
こんな時間に人が訪ねてくるのは珍しいが、何となく誰が訪ねてきたのか分かった轟は躊躇なく自室の扉を開く。
「あ、焦凍くんこんばんは!夜分遅くにごめんね」
予想通りそこに居たのは治烏だった。
数日ぶりに会う治烏は見た目こそ変わらないものの、少しお疲れの様子だった。
轟は導かれるように治烏を抱きしめた。
「?!どどどどうしたの焦凍くん?!?!」
「....おかえり。」
「あ、うん、ただいま...じゃなくって!」
急に抱きしめられあたふたしだす治烏。
しばらく両腕をパタパタと動かして軽く抵抗を見せていたが、轟から伝わってくる熱に気付くと大人しくなった。
「焦凍くん私が寒いと思ってたことよく気付いたね...!今さっき外から帰ってきたばかりだからまだ身体が暖まってなかったんだよね」
自分のことを暖める為にハグしてくれているのだという結論に至った治烏は「焦凍くんあったかいね〜」と言いながら自分からもハグを返した。
「...廊下寒いだろ。入れよ。」
「ありがとう!あんまり長居は出来ないけどお言葉に甘えさせてもらうね」
お邪魔します。と呟きながら治烏は轟の部屋に足を踏み入れた。
***
コンコン。コンコン。
ノックと共に控えめな声量の「爆豪くーん、もう寝ちゃった?」と問いかける声で爆豪は目を覚ました。
ドアの向こうから「うーん、爆豪くんいつも寝るの早いし残念だけど明日渡すしかないかぁ」と微かに漏れ聞こえてきた独り言から訪ねてきた人物を特定した爆豪は面倒くさいながらも自室のドアを開けた。
「テメェ...今何時だと思って」
「あ、爆豪くん!よかったぁ。すぐ済むからほんのちょっとだけお時間ください!」
こちらの迷惑など御構いなしな治烏のマイペースさに寝起きの爆豪は少しイラッとしたが、指摘してしまうと落ち込まれてそれはそれで面倒だと思い口を噤んだ。
治烏は「今日はバレンタインだから出来るだけ今日中に渡したかったんだよね〜」と上機嫌に持っていた紙袋を漁っている。
バレンタイン。
その言葉に少しだけ胸の高鳴りを感じた爆豪は浮かれそうになった心を慌てて律した。
ハロウィン、クリスマスとこのクソポンコツ女がしてきた所業を思い出せ。こいつには期待するだけ無駄である。
大方「バレンタインはみんないっぱいチョコを貰うだろうから私はちょっと変わり種の一◯ちゃん夜店の焼きそばチョコソース付きを用意したよ!」とかドヤ顔で言い出すのがオチだ。
治烏が考えそうなことが完全に読めた爆豪は余裕の笑みを浮かべ、治烏の額にすぐさまデコピンをお見舞い出来るよう指をさり気なくデコピンの形に構えた。
しばらくして「あ、あった!」と紙袋の中から目的のものを探しあてた治烏はニコニコしながら爆豪へ向き直る。
「えっとね、爆豪くんのこと大好きです!これ私の気持ち。受け取ってくれると嬉しいな!これからも仲良くしてね!!」
「...................は?」
キラキラと満面の笑みで綺麗にラッピングされた小さな箱を差し出す治烏を見て爆豪は思わずフリーズする。
想像していた調子外れなボケではなくドストレートな愛の告白に珍しく爆豪は困惑した。
完全に思考が停止したポカン顔のままとりあえず差し出された箱を受け取ると治烏は満足そうにもう一度ニコッと笑い「それじゃ私まだみんなの部屋回らなきゃだから!おやすみ!」と言い残し足早に去っていった。
パタンと閉まったドアをしばらく呆然と見つめる。
いつものカップ麺ネタはどうした。
治烏から貰った箱は小さくてとてもカップ麺が入っているようには見えない。
しかし期待してはいけない。
あの女のことだ、最早チョコから離れて普通にベビースターラーメン等を渡してくる可能性が十分にある。
いまだ動揺が隠せない状態のまま爆豪は思い切って渡された箱を開けた。
箱の中には少し高級そうなチョコレートが3つほど入っていた。どう見てもチョコレートにしか見えない。しかし目の前の現実をイマイチ信用しきれない爆豪はその中の1つを摘み、口に入れた。
瞬間、口の中に優しく広がる甘み。
これは.............チョコだ。
ラーメンではない。紛れもなく正真正銘チョコレート以外の何物でもなかった。
糖分を摂取したことでようやく爆豪の脳は正常な働きを取り戻し始める。
あのクソ鈍感でクソ天然なポンコツ女がこんなまともなものを送ってくるなんて驚きを禁じ得ないが、恐らく誰かの入れ知恵だろう。
だから恐らく先ほどの愛の告白紛いのセリフも誰かが余計なことを吹き込んだに違いない。
何度も治烏にぬか喜びさせられてきた爆豪だからこそ確信を持って理解することが出来た。
しかし、だ。
『えっとね、爆豪くんのこと大好きです!これ私の気持ち。受け取ってくれると嬉しいな!これからも仲良くしてね!!』
深い意味が無いと理解は出来ていても脳裏に焼きついた先程の煌めく笑顔が消えることはなかった。
爆豪は頬に熱が集まるのを感じ、力無くその場にしゃがみ込みながら「...クソが」と小さく悪態をついた。
***
次の日の朝。
共有スペースへ訪れた男子達はソワソワとどこか落ち着かない様子だった。
そんな中、これ以上辛抱たまらなくなった峰田は興奮気味に語り出す。
「なぁなぁなぁみんな聞いてくれよ!!オイラ昨日ついに甦世風から告白されちまったぜ!!!」
それを聞いた他の男子達は驚愕した。
何故なら自分たちも昨日、治烏から告白と共にチョコを渡されたからである。
「おいおい峰田、夢でも見てたんじゃねぇか?治烏ちゃんは昨日俺に告白してきたんだぜ?」
「夢じゃねぇよ!上鳴こそ妄想の話だろ!昨日はビックリしすぎてフリーズしちまったから返事出来なかったけど、今日こそキチンと返事を返してオイラは甦世風と付き合うんだ!!」
「待て待て、俺も昨日甦世風から告白されたぞ?!」
「切島まで?!実は俺も...」
俺も俺もと次々と治烏から告白されたと申告する面々。さすがにここまで何人も告白されていると勘違いや寝ぼけていた説を唱えるのは困難だ。
峰田が「どういうことだよ...」と青ざめながら震え、他の男子達も困惑していると件の人物ー治烏と麗日、そして飯田がちょうど共有スペースへとやってきた。
「あ!飯田くんちょうど良いところに!昨日の夜お部屋を訪ねたんだけど...渡せなかったチョコあげるからちょっと待ってね」
「む。それはせっかく訪ねてもらったのにすまなかった!恐らく眠っていたよ!」
「ううん、私が訪ねるのが遅くなっちゃったのがいけなかったの。飯田くんは気にしないで!」
「治烏ちゃん、男子の方にも配りに行ってたんやね」
「うん、せっかくならなるべく当日のうちに渡したかったから。あ、あったあった」
治烏は持っていた手提げ袋の中から小さな箱を取り出すと飯田に笑顔で差し出した。
「はい!飯田くんのこと大好きです。私の気持ち受け取ってください。これからも仲良くしてね!」
「「ぶっっっっ」」
治烏の突然の告白に飯田と麗日は同時に吹き出し見る見るうちに顔を真っ赤に染めた。
「甦世風くん?!いいいいイキナリそんなこと言われても困ってしまうよ?!ここここういうのは順序を立てて...そう!先ずは交換日記から始めようじゃないか!!」
「治烏ちゃん?!そういうんはもっと人の居ないところでコッソリ伝えたい方が良いと思うよ?!?!」
「???」
3人のやりとりを見ていた男子達は全てを察した。
自分達がチョコをもらった時と全く同じような告白...いや、もはやセリフである。
つまりここに居る男子達は皆甦世風治烏が言った特に深い意味の無い告白紛いのセリフを真に受けて浮かれていたことになる。
「うぉおおおおい甦世風!!どういうことだよぬか喜びさせやがってぇええええ!!!!」
「ど、どうしたの峰田くんすごい形相だよ?!」
突然峰田からものすごい勢いで詰め寄られ困惑する治烏。いつもなら誰かしら助け舟を出してやるところだが、『今回は甦世風が悪い』というのが男子達の総意だった。
「さすがに悪質すぎんだろ!どうしてチョコ渡す時そんな紛らわしいこと言ってんだ!!」
「チョコ渡す時...?あぁ、これはね」
治烏は昨日のことを思い出しながら事情を説明した
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
轟の部屋を訪れた治烏はさっそく本題に入る。
「えっとね、出来合いのもので申し訳ないんだけどコレ、バレンタインのチョコです。良かったら受け取ってほしいな」
そう言って治烏は持っていた紙袋から小さな箱を取り出し轟に差し出した。
「本当は百ちゃん達と一緒にチョコ作ろうって話をしてたんだけど急遽出向することになっちゃったから手作りする時間無くて...でも焦凍くんや皆には日頃とってもお世話になってるからどうしても渡したくて....って焦凍くん?」
自分だけクラスのイベントに参加出来なかったものの感謝の気持ちだけでも示したかった旨を一生懸命に伝える治烏。
しかし黙り込んだまま差し出したチョコをなかなか受け取ってくれない轟に段々と不安を覚え始めた。
葉隠が以前「バレンタインチョコはやっぱり手作りだよね!」と話していたのを聞いていた治烏は、やはり日にちが過ぎても手作りを用意すべきだったのかと後悔し始めたところでようやく轟が口を開いた。
「....それだけか?」
『それだけ』とはどういうことだろうか。治烏は頭をフル回転させ轟の発言の意図を考える。
『それだけ』ということは何かが足りない。ということだろう。
足りないというのは単純に量の問題だろうか?しかし蕎麦ならいざ知らず、沢山欲しがるほど轟がチョコを好きだという記憶はない。
それに現在視界の端に映っているプレゼントの山は恐らく今日学校で貰ってきたチョコの数々だろう。アレだけのチョコを貰っておいて更に欲しがるだろうか?
寧ろチョコじゃなく別のものを用意した方が良かったのでは?とさえ思うが、「バレンタインは絶対チョコ一択だよ!」と芦戸から強く念押しされていたのでわざわざチョコを用意したのだ。そこが間違いだとは思えない。
いくら思考を巡らせたところで納得出来る結論に至れなかった治烏は違うと思いつつも「えっと...足りなかった?」と恐る恐る問いかける。
すると轟は首を左右に振った。
「他の奴らはソレ渡してくる時好きだとか気持ちを受け取ってくれとか色々言ってたぞ」
「なるほどそういうことね...!」
バレンタインは恋愛色の強めな行事と聞いたことがある。恐らくハロウィンの『トリックオアトリート』みたいな感じで告白しながらチョコを渡すのが流儀なのだろう。そういえば漫画でも告白しながらチョコを渡していた気がする。
気恥ずかしさを誤魔化す為に一度咳払いをし、治烏は覚悟を決めた。
「えっと、焦凍くんのこと大好きだよ。私の気持ち貰ってください!これからも仲良くしてくれると嬉しいなっ」
改めてチョコを差し出すと轟は満足げな顔をしてそのチョコを受け取った。
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「「「「轟ぃいいいいい!!!!!」」」」
諸悪の根源はお前か!と、男子達から非難と怨念の混じった視線を向けられた轟は全く動じることなく「でも昨日チョコを渡してきたやつは大体そんなこと言ってたぞ?」とケロッと答えた。
「それはオメェに渡されたチョコがほとんど本命だったからだろ!普通はそんな好きとか言って渡されねぇんだよ!!これだからモテ男は !!3000回死ね!!!」
峰田は悔しさのあまり血の涙を流しながらポカポカと轟を殴った。
普段天然と称されている轟も峰田の鬼気迫る形相に流石に悪いことをしたのだと悟る。
「なんか悪りぃ...治烏、あんまり告白しながらチョコ渡すのは良くねぇみてぇだ。これからは俺にだけ言ってくれ。」
「そういう問題じゃねぇええええええ!!!!!!」
今日もハイツアライアンスに絶叫が響き渡った。