薄桜鬼
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寝返りをうって、眠りが浅くなった瞬間、遠くから騒がしい音が聞こえてきた。
よく聞いてみればそれはどうやら近くのモノではなさそうだった。それでも、きっと遠いはずの音にも関わらず、私はもう目が閉じられなくなってしまった。
たびたび起こる襲撃やその他の事件たちのせいで、そもそも夜中に熟睡する、という事が出来なくなっていたのかもしれない。
慌てて外に出ようとして、自分が今寝間着しか着ていない事に気付いて、上着を羽織って障子に手をかける。
いつも、この障子を開けようとする瞬間が一番緊張して、心臓の音がいやに響く。
しかし障子をあけた先の風景は、いつかの風景のように目の前で誰かが吹っ飛ばされているなんて事はなく、いつも通りの静かな夜の風景がひろがっていた。
きょろきょろと辺りを見回しながら、そっと外に出て行く。
あのざわめきは空耳だったのだろうか?
そう思った瞬間、遠くから人が叫ぶ声がする。悲鳴ではない、ただ必死に呼びかけているようだ。
そちらに足を向けた瞬間、目に入るのは——
「……明るい……」
冷えた紺が広がっているはずの夜空が、明るく橙に染まる。
日暮れどきとも違う、照度の高い、凄惨な明るさ。
町が、燃えているのだ——
時折上がる悲鳴に、思わず駆け出そうとする。
「……ここからは、おそらくかなり離れていますよ」
急にかけられた言葉に、驚いて振り返る。
山南さんが、心情の読みにくい、いつものあわい笑みを浮かべて立っていた。
「この距離だと、ここまで延焼してくることもおそらくないでしょうね。やぐらで鳴らしている鐘の音で、大体の距離はわかるでしょう」
だからそんなに慌てなくとも、山南さんは、そうあくまでも穏やかに言った。
「そ、れなら……心配ですけど、少し安心しました」
火の見やぐらの鐘の音、その鳴らし分けなんてわからないけれど、
きっと山南さんが言うのだからそうなのだろうと、素直に思える。
「きみは本当に、まずは考える前に手や足が出てしまうのですね」
その声音は、呆れているというよりもむしろ、おもしろがっているようで、そしてひどく優しいものだった。
遠い橙色のあかり、その正体は町を燃やす恐ろしい炎。遠くになおも聞こえる鐘の音と、ときおり上がる怒号。
恐ろしいものだと知りつつも、緊張と高揚がないまぜになった奇妙な感覚のまま、遠くの明るい空を、彼の隣で見上げる。
ちらりと横目で見上げる、いつもの月光とは違う色に照らされた山南さんの口元は、わずかに持ち上がっている。
炎で光る空を見ての穏やかな表情、そこにはわたしの心を乱す凄味があって、心臓がぎゅっと掴まれた様になる。
「……今、気付いたのですが……。君は寝間着で外に出ようと?」
言われてから自分の格好を思い出して、急に気恥ずかしくなる。
「あ、そう、でしたね……気付いていませんでし、た。……っ!」
山南さんの後ろ、遠くに見えた影に、声をかけるよりも先に、
彼の手を取って建物の影に飛び込んだ。
火事の音に起こされたか、幹部の方々ではない、隊士さんたちの姿が遠くに見えたのだ。
「……何が見えたのかはおおよそ予想がつきますが、こんな暗がりで男の手を握り続けるものではありませんよ」
言われてハッとなって、慌てて手を離す。飛び上がる様に小さく距離を取ってから、小声の謝罪と共に頭を下げた。
息の音だけで小さく笑った山南さんは、わたしを黙らせる様に、自分のくちびるの前に指を一本立てて目を細める。
心臓が、さっきとは違う音で、いやに跳ねる。
彼の方を向いていられなくて、咄嗟に彼に背を向けて先ほど見えた隊士たちの姿を建物の影から伺う。
少し慌てて出てきていた様子の彼らも鐘の音に距離を測ったか、今やのんびりと隊舎に戻って行っていた。
「も、もう大丈夫みたいです」
「それは良かった。それでは、見つかる前にそろそろ戻りますよ」
山南さんが影からそっと出て、私は彼のあとを追う。
先ほど咄嗟に握りしめてしまった、彼の手の意外な厚さを思い出しながら、彼の手を取った方の指を自分でそっと撫でていた。
炎はまだ、夜空を舐める。
よく聞いてみればそれはどうやら近くのモノではなさそうだった。それでも、きっと遠いはずの音にも関わらず、私はもう目が閉じられなくなってしまった。
たびたび起こる襲撃やその他の事件たちのせいで、そもそも夜中に熟睡する、という事が出来なくなっていたのかもしれない。
慌てて外に出ようとして、自分が今寝間着しか着ていない事に気付いて、上着を羽織って障子に手をかける。
いつも、この障子を開けようとする瞬間が一番緊張して、心臓の音がいやに響く。
しかし障子をあけた先の風景は、いつかの風景のように目の前で誰かが吹っ飛ばされているなんて事はなく、いつも通りの静かな夜の風景がひろがっていた。
きょろきょろと辺りを見回しながら、そっと外に出て行く。
あのざわめきは空耳だったのだろうか?
そう思った瞬間、遠くから人が叫ぶ声がする。悲鳴ではない、ただ必死に呼びかけているようだ。
そちらに足を向けた瞬間、目に入るのは——
「……明るい……」
冷えた紺が広がっているはずの夜空が、明るく橙に染まる。
日暮れどきとも違う、照度の高い、凄惨な明るさ。
町が、燃えているのだ——
時折上がる悲鳴に、思わず駆け出そうとする。
「……ここからは、おそらくかなり離れていますよ」
急にかけられた言葉に、驚いて振り返る。
山南さんが、心情の読みにくい、いつものあわい笑みを浮かべて立っていた。
「この距離だと、ここまで延焼してくることもおそらくないでしょうね。やぐらで鳴らしている鐘の音で、大体の距離はわかるでしょう」
だからそんなに慌てなくとも、山南さんは、そうあくまでも穏やかに言った。
「そ、れなら……心配ですけど、少し安心しました」
火の見やぐらの鐘の音、その鳴らし分けなんてわからないけれど、
きっと山南さんが言うのだからそうなのだろうと、素直に思える。
「きみは本当に、まずは考える前に手や足が出てしまうのですね」
その声音は、呆れているというよりもむしろ、おもしろがっているようで、そしてひどく優しいものだった。
遠い橙色のあかり、その正体は町を燃やす恐ろしい炎。遠くになおも聞こえる鐘の音と、ときおり上がる怒号。
恐ろしいものだと知りつつも、緊張と高揚がないまぜになった奇妙な感覚のまま、遠くの明るい空を、彼の隣で見上げる。
ちらりと横目で見上げる、いつもの月光とは違う色に照らされた山南さんの口元は、わずかに持ち上がっている。
炎で光る空を見ての穏やかな表情、そこにはわたしの心を乱す凄味があって、心臓がぎゅっと掴まれた様になる。
「……今、気付いたのですが……。君は寝間着で外に出ようと?」
言われてから自分の格好を思い出して、急に気恥ずかしくなる。
「あ、そう、でしたね……気付いていませんでし、た。……っ!」
山南さんの後ろ、遠くに見えた影に、声をかけるよりも先に、
彼の手を取って建物の影に飛び込んだ。
火事の音に起こされたか、幹部の方々ではない、隊士さんたちの姿が遠くに見えたのだ。
「……何が見えたのかはおおよそ予想がつきますが、こんな暗がりで男の手を握り続けるものではありませんよ」
言われてハッとなって、慌てて手を離す。飛び上がる様に小さく距離を取ってから、小声の謝罪と共に頭を下げた。
息の音だけで小さく笑った山南さんは、わたしを黙らせる様に、自分のくちびるの前に指を一本立てて目を細める。
心臓が、さっきとは違う音で、いやに跳ねる。
彼の方を向いていられなくて、咄嗟に彼に背を向けて先ほど見えた隊士たちの姿を建物の影から伺う。
少し慌てて出てきていた様子の彼らも鐘の音に距離を測ったか、今やのんびりと隊舎に戻って行っていた。
「も、もう大丈夫みたいです」
「それは良かった。それでは、見つかる前にそろそろ戻りますよ」
山南さんが影からそっと出て、私は彼のあとを追う。
先ほど咄嗟に握りしめてしまった、彼の手の意外な厚さを思い出しながら、彼の手を取った方の指を自分でそっと撫でていた。
炎はまだ、夜空を舐める。