アスキラ集

 満点の星空の下、ひとりの少年が砂浜で足を踊らせる。白い貝殻を砕いた色合いの海辺で漣の音に合わせて揺れる、茶色い髪。記憶にある幼少期より少しだけ伸びたそれはまだ丸みを帯び、抜けきらぬ幼さを残していた。

 彼は少し前まで敵対していた、親友であり幼馴染──────名は、キラ・ヤマト。あの頃の自分は父母よりも、彼の名を口にしてばかりいた気がする。アスランは嘗て兄弟のように共に過ごしていた日々を思い返しては、幸せだったの過去に浸った。

 「キラ……」

 彼の爪先が白い砂を蹴る。くるり、くるり、と両脚を踊らせて、なめらかに背をそらすのがどこか女性の艶めかしさを感じさせた。生ぬるい潮風も誘われるように薄いシャツにまとわりついて、キラの痩躯を浮き彫りにする。しなやかな腕が夏の空気を抱いて、独り踊るその表情はいっそ美しさすら覚えるほど静かで。

まるで海の泡となり消え行く運命にある少女のような、本来の彼からは想像できぬ儚さがあった。

 アスランは吐いた息が震えるのを感じた。キラはあの頃から何も変わっていないはずなのだ。やればできるのに面倒臭がりで、甘ったれで──────まちがっても、あんな夢幻の中で彷徨える表情はしなかった。

 愕然とするアスランの視界のなかで、キラは踊り続ける。そのダンスには見覚えがあった。あれは確か、ワルツだ。女性パートのようだが、そもそも基本ステップがなっていないから、出鱈目に動きをなぞろうとしているだけなのかもしれない。

 脳裏によみがえる幼いキラを思えば、あの無邪気に笑っていた彼がこんな夢遊病者じみたことをするなんて考えられなかった。それを大人になったのだと納得するには、世界がキラに厳しすぎた。優しいキラ、プラントにいる自分と違ってまだ子どもでいることを許されているはずの、俺の幼馴染。 

 アスランは子鹿みたいな細脚で倒れるまで踊り続けそうなキラのもとへ、ゆっくりと近づいた。いつから彼は、悲しみの底へしずんで、帰らなくなってしまったのだろうか。

 「キラ」

 情けなくもわずかに声が上擦る。それでもキラはゆらりと振り返り、アスランをぼんやりと見つめた。光をなくした紫の瞳は月光を吸い取って、偽物の明かりを灯し揺らいでいる。

 「帰ろう、キラ。いつから此処にいたんだ? 風邪をひくから、早くコテージに戻るぞ」
 「アスラン……」

 だらりと垂れたキラの腕を掴んで、海から背を向ける。さきほどまで宙を抱いていた彼の象牙色の両腕は気温に反して冷たく、アスランをゾッとさせた。

ようやく、大きな争いが終わったというのに。大事な幼馴染とまた笑い合える機会がやってきたというのに。戦争はアスランの大切な人を殺して、遠い宇宙の果てに連れ去ってしまった。裸足で砂を踏むキラの足音を聞きながら、アスランは下唇を噛んだ。

 「アスラン、ねぇ、ちょっと疲れちゃった」
 「キラ? 」
 「ずっと踊ってたから……すこし、やすませて……」

 疲労を滲ませた掠れ声に歩みを止めてキラを見遣れば、相変わらず表情は凪いでいる。ただ疲れているのは本当らしく、逆にアスランの腕をとってしがみついてきた。はぁ、と吐く息が、頬にふれて、少しくすぐったい。アスランはキラの縋りつく手に自分のを重ね、そっと自身の口元まで持ち上げた。

 「ワルツは俺が教えてやるから。次は誘ってくれ」

 無防備な手の甲に口付けて言えば、キラはぱちりと目を瞬かせた。それからアスランの言葉を緩やかに咀嚼すると、頬に赤みがさす。

 「一緒に踊ってくれるの……? 」
 「もう独りにしないって、言ったからな」
 「アスラン……もう置いてかないでね」
 「約束するよ。これからは、お前と共にいる」

 アスランは誓いのキスを贈った手に指を絡ませ、空いた手で汗ばんだ背中を抱いてキラを胸の中に閉じ込める。
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