一匹サメ系女子がNRCで頑張る話
鏡を抜けると、そこには丸耳の男の子が立っていた。
「どうも……」
「やーっと来たっすね!まったく、初日からどこ歩いてたらこんな時間に戻って来るんすか。遅すぎっすよ!」
「ごめんなさい……。あなたは?」
「ラギー・ブッチ、あんたと同じ2年でBクラスっす。あんたが自分の部屋どこか分かんないだろうからってレオナさんに案内任せられて、ずーっとここで待ってたんすよ。」
「待たせてしまってごめんなさい。いつ行けばいいかタイミングわかんなかったから遅くなっちゃった。」
「まあ分からなくもないっすけど、それにしても遅すぎっす、ほらさっさと行くっすよ。」
「昨日ざっくりレオナさんから案内されてるって聞いたんで部屋まで直行でいいっすよね?」
「うん、大丈夫。……ねえ、ブッチって何の獣人なの?その耳、とっても柔らかそうだね……触らせてくれたりしない?」
「はぁ……あんた、なんつーかすごいマイペースっすね。……いいっすよ、あんたがオレが何の獣人か当てられたら触らせてあげるっす。ただし、1回間違える事にジュース1本っす。」
「そうだなぁ……丸耳、…………クマとか」
「クマ〜?!あんたこの尻尾見えてないんすか?!耳しか見てないんすか?!」
「陸に来てから図鑑で色々動物を見てはいるんだけど、獣人の見分けは苦手なんだよね。」
「そういうレベルの話じゃないっすよね??そもそもクマとハイエナの耳なんてぜんっぜん似てないから!!」
「あ。」
「……何すか、今なんか、あ…」
ラギーは顔を赤くしてずんずんと進んだ。
「当てたかったのに。」
「どう考えてもクマは当てる気ないっすよね!」
意外とラギーは話しやすく、部屋に着くまで二人は気まずくなることなく喋っていた。
「それじゃ、オレはきちんと案内したからもう行くっすよ。」
「ここが私の部屋……、ありがとうブッチ。それじゃあまた明日。」
「はいはい、また明日〜。」
昨日職員寮に戻ったとき学園長から、明日は自分の寮で生活出来るから荷物は必要なものだけ出してまとめたままにと言われていた。どうやら昼の間に運んでいてくれたらしい。明日話に行ったときお礼もしよう。
「すごく素敵な部屋……広いし、窓も大きい。」
2人部屋を1人で使わせてもらえるようでとても広い部屋だった。部屋の中にはトイレとシャワールームもついていた。残念なことに個室のためバスタブはなかった。
(談話室の池って入れるかな……流石にダメか。)
リーチくんがオクタヴィネルには自由に泳げる場所があると言っていたけど、相談してみようか。
……いや、何か搾取されそうで気が引けるな。
やはりジゼルはジェイドを信用していなかった。
――――――――――
「おはよう……?もしかしてよく眠れなかった?」
「おはよう。いいや、きちんと睡眠は取れたよ。ただうちの新入生たちが規律を守っていなくてね、まったくハートの女王の法律を何だと思っているのか……」
ブツブツとリドルは愚痴をこぼした。
「寮長は朝から大変だね、グミ食べる?」
「いいや大丈夫だよ、……ジゼル、キミ朝食は食べているんだろう?もうお菓子を食べるのはどうかと思うよ。」
「う、それはそうだけど……私代謝がとんでもなく早いからすぐにお腹が空いちゃうの……だからいつでも何か食べれるようにお菓子を持ち歩いているんだ。とはいえ一限前からお菓子は驚くよね、なんかごめん。」
「体質なら仕方がないけど、それならもっと何か体に良いものを選ぶべきだと思うよ。お菓子の食べすぎは良くない。」
「あはは、気をつけます。」
お昼休み、
今日は学園長の元に用事があるのでリドルと昼食を取ったあとすぐに別れた。
学園長室の扉をノックし声をかけた。
「学園長、お時間よろしいでしょうか。」
「おやその声はフィリスさん。どうぞお入りください。」
扉を開けるとコーヒーを片手に学園長は悠々と座っていた。
「ちょうどコーヒーを飲んでいたところです。あなたもどうです?飲みながらお話を聞きますよ。」
「ええ、ありがたく頂戴します。ソファ、失礼しますね。」
「それで、本日はどういったご要件でしたか?」
「まずは昨日の荷物の運び入れありがとうございました。1人で運ぶには時間がかかったので助かりました。」
「いえいえ、そんなこと気にしないでください、想定外だったとはいえ準備が出来ていなかったこちらの不手際ですから。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「今日はそれと1つお聞きしたいことがあって参りました。」
「お聞きしたいことですか、構いませんよ。答えられることならいくらでも答えますよ。」
「それでは……、
実は昨日私の交換留学について、寮生から生徒たちには一切説明が行われていないと教えてもらったんです。ハーツラビュル寮の寮長ローズハートにも確認したところ知らないと言われました……、これはキングスカラー寮長の間違いではなく、本当に説明がされていなかったということではないですか?」
(ギクゥ……完全にバレているじゃないですか…?!)
「一応不安なので確認がしたいんです。私は今正式にNRCとRSA双方から許可が出て通えているんですよね?決して学園側の一方的な判断ではなく、手続きを踏みこちらに通えているという証拠が欲しいんです。もしそういったものがないならRSAの方にも確認をしなくては、」
「ああああ!すみません、私としたことが次の会議の時間を間違えていました!今すぐ向かわなければ間に合いませんねぇ……フィリスさん、申し訳ありませんがこの話はまた今度!!失礼しますよ!!」
学園長は話を最後まで聞くことなく出て行ってしまった。
やっぱり何かおかしい、ジゼルは確信した。
仕方ないので教室に戻るとリドルは大きく頬を膨らませ機嫌悪そうに座っていた。本鈴がもうなりそうだったためリドルに声をかけず空いてる席に座った。
放課後、もちろん今日もジゼルは図書館に行った。昨日借りたうち河川図だけ返却し、今日借りる本を吟味しに行った。
NRCに来てから分かったのだが、NRCの図書館は合計で借りられる本の数が3冊までと決められていた。どうやら本の返却をしない生徒や、紛失、破損させる生徒が昔から多かったらしく本を守るため仕方なくそう決められているらしい。この事だけがジゼルにとって誤算だった。そのため今日借りることが出来るのは1冊までだ。関連ある本をまとめて借りるタイプのジゼルにはこれが厄介だった。
1冊だけって思うと何を借りるか本当に悩むなあ。
なかなか借りる本が決まらずブラブラと図書館を歩いているとメガネをした短髪の生徒とすれ違った。横を通り抜けると少し甘い焼き菓子の匂いがして驚いた。サメゆえジゼルは匂いに敏感だった。
でもここでいきなり焼き菓子好きなんですか?なんて聞けないし、まあいいや。
話しかけることなく本を探しに歩いた。
――――――――――
悩んだ結果昨日は輝石の国にある工業地帯を特集した雑誌を借りた。これが意外と事細かに取材されていて面白かった。つい夜遅くまで読んでしまい少し眠い。
「授業が始まるまで少し眠ろうかな……。」
「おはようございますジゼルさん!今日も良い天気ですね。こんな日は山が恋しくなってしまいます。」
「……リーチくん、おはよう…」
「おやおや、朝だというのにとても眠そうですね。優等生のジゼルさんらしくありませんが、夜更かしでもしたんですか?」
「夜更かしは、した……あと私は優等生なんかじゃないよ……眠いからもういい?」
「ふふふ、仕方ありませんね。どうぞ少しの間おやすみなさい。」
「…………すぅ…」
「おい!そこの新顔の犬を誰か叩き起こせ!」
「ジゼルさん起きてください。授業が始まりましたよ。さあ」
「……すみません、寝ます。」
「寝るな!!」
「…であるからして、薔薇の王国と輝石の国の産業は密接な関係が長らく続いている。どうやら眠そうな生徒が多いようだな、窓際の生徒は窓を開けなさい。まったく、少しは交換生のことを見習ったらどうかね。」
「先生、ぜひ続きをお願いします。」
(うっそだろお前……)
クラスの全員がジゼルに引いた。文系科目はジゼルにとってご褒美で寝ることは滅多にない、おかげでトレインからの評価は上がった。
まさかあのジゼルが授業中に寝るとは、こんなのミドルの姿からは予想もつかなかった。それどころか寝たことについて特別焦ることもなく何ともないような様子だったのがさらにジェイドを驚かせた。
「ジゼル、今日はどうしたんだい。魔法薬学で寝るなんて、今日は実験じゃなかったから良かったもののなんて危険な行為だ。だいいち、」
「ごめん、理系科目は苦手だから、夜更かしするといつもこうなんだ……お昼は私買ってあるからここで食べるよ。おやすみ……」
「まだ言いたいことは山ほどあると言うのに、まったく……次に寝たら絶対に叩き起こしてやるからね。」
リドルはブツブツと文句を言いながら仕方ないと食堂へ向かった。
「本当にもう寝ているんですかジゼルさん……」
ますます信じられないとジェイドは目を疑った。一方でこれは面白いとすぐに察知し連絡を取った。
「へぇー、ジェイド今日教室で飯食うから来ないってェ。」
「教室でですか?珍しいですね。」
「でも良かったじゃん。今日のスープ、キノコのシチューだったけど無理やり食わされることねぇし、ラッキ〜。」
ジェイドは購買部でお昼ご飯を買い、眠るジゼルをじっと観察していた。何枚か写真も撮らせて頂いた。昼休みが終わる10分前、何も食べずに寝たジゼルが心配になりそろそろ起こすことにした。
「ジゼルさん起きてください、もうすぐ昼休みが終わってしまいますよ。何も食べないで午後を乗り切るつもりですか?ほら、起きてください。」
「……、おはようリーチくん。…今何時?」
「昼休みの終わる10分前ですよ。ご飯、食べないんですか?」
「もうそんなに経ったんだ、早いなあ…起こしてくれてありがとう。」
今日の昼食は朝購買部で買ったサーモンとクリームチーズのバゲットだ。男子校だからか、どのパンもボリュームがあり大食いなジゼルはとても助かった。学食で食べるよりは少ないけど、これだけ大きいならありかも……。
大きく口を開けて頬張る。ガブリ。オニオンがシャキシャキとしていてとても美味しい、アボカドのペーストも塗られていてなんとも豪華なバゲットだ。
「ふふふ」
「……そんなに見てもあげないよ。」
「分かっていますよ、サメから獲物を奪うほど馬鹿ではありません。それにしても見ていて気持ちのいい食べっぷりですね。」
唯一のマイナスポイントは横でじっと見てくるジェイドがいることだった。
横の男がエレメンタリーの遠足で持ってきたご飯が足りず、フロイドのご飯を奪おうと大喧嘩したことをジゼルは覚えていた。結局先生がジェイドにお昼を全部あげて喧嘩は収まったが、周りの生徒が喧嘩の恐ろしさのあまり大泣きし散々な遠足になったショッキングな事件として記憶している。
「気づいたんですけど、ジゼルさんは人の姿でも大層ご立派な歯をお持ちですね。」
「サメの歯は、どのサメにも通じる大きな特徴だからね、……!?」
パンを喉につまらせそうになり急いで水を飲んだ。
ジェイドは大きく口を開け、自分の歯を指差しながらこちらを見ていた。とても綺麗な笑顔をしているもんだから腹が立つ、ジゼルは顔をすこし赤くしてジェイドを睨んだ。
「からかってるんでしょう……。」
「ふふふ、どうでしょう……?」
「あなたたち双子のそういうところ本当に嫌い。」
「酷いですねぇ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか。ん……?」
この男と絡むと本当にろくなことがない。
サメの求愛行動、もとい交尾はメスの胸ビレをオスが噛むことで始まる。だからなんとなく歯をおもむろに見せられると変な感じがして恥ずかしかった。ただ歯を見る分に問題はないのだがウツボの生態も相俟って余計恥ずかしい。
「ところで、どうしてここでフロイドが出てくるんですか?」
「あ……、……どうしてでしょうね…。」
「気になるじゃないですか、教えてください。」
「何もないよ、あなたたち双子がそっくりだからそう言っただけだよ。」
「そうですか、ならフロイドに聞きます。」
「どうせ何も無いって答えるから好きにしたら。」
「理由は分かったけどそんなにまじまじと見ないでよ。
……絶対まだお腹すいてるでしょ。」
「そんなことありませんよ。」
「……グミあるけど食べる?」
「ぜひいただきます!」
まだたくさんグミが残った袋を渡すとジェイドは3粒だけ残して返してきた。
ほんとそういうとこだぞ……
午後の授業も無事終わり放課後がやってきた。
「ジゼルさん今日は放課後予定がありますか?」
「今日は学園長に会いに行かなきゃいけないね。」
「そうですか、ぜひモストロラウンジに来て頂きたいのに…」
「モストロラウンジが何かは知らないけど、昨日言ってた自由に泳げる場所にはそのうちお世話になるかも。オクタヴィネルの泳ぐスペースって借りることできるの?」
「借りるも何も自由ですよ。もちろん泳ぎたいときは教えてくださいね、準備しておきますから。」
学園長室に着くと扉の前には「外出中!!探さないでください!!」というなんともふざけたプレートが下がっていた。やってくれたな。
絶対に見つけて問い詰めてやる、そう思い職員室へ向かった。
「失礼します、トレイン先生学園長が今どこにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
「む、交換生か。残念ながら私は知らないな、ただ今日は何も会議などはなかったからそのうち学園長室に戻るんじゃないか?」
「おやおや、誰かと思えば俺の授業を堂々と眠りこけていた仔犬じゃあないか、わざわざ謝罪しにここまで来たのか?そら、毛並みを整えてやるかこっちに来い。」
すると奥の方からビシッと鞭を鳴らしツートーンカラーが特徴の教師が話しかけてきた。
「あー、えっと、魔法薬学の先生ですよね……すみません、以後気をつけます。」
「おや、魔法薬学で寝てしまったのか。私の授業はあんなにいきいきと授業を受けていたのに意外だな。君は魔法薬学が苦手なのか?」
「文系科目に比べるとそうですね。」
「……待て、仔犬、なんだその呼び方は。まさかお前この俺の名前を覚えていないとでも言うんじゃないだろうな。」
「……すみません。まだ入学したばかりで申し訳ありません。」
「そうだな、たしかにそうだ。お前は交換留学という形で今年から来たのだから言いたいことは分かる、先ほどトレイン先生の名前をしっかり呼んでいたことに目をつぶればな。」
教師は大きくため息をしてから、大きな声で名乗った。
「いいかもう二度とは名乗ってやらんからよぉく聞け。俺はデイヴィス・クルーウェルだ、覚えたか仔犬?」
「ありがとうございます、クルーウェル先生。」
クルーウェルには、なんだかんだ生徒たちはトレインよりも自分の授業を気に入っているという自信があった。みなトレイン先生の授業は眠いと愚痴をこぼすが、自分の授業は実技も多いので手を動かし必死に受けていた。たしかに自分の授業の座学で眠る生徒はいる。それでも自分の授業にはトレイン以上の聴きごたえがあると自負していた。
だがしかし、今日この生徒は俺の授業を早速寝ていた。それどころか俺の名前は覚えておらず、それでいてトレインのことをきちんと記憶し、トレインの授業は熱心に受けていただと??
このことがクルーウェルにはかなりショックだった。そしてクルーウェルはジゼルに徹底的に授業を叩き込んでやると決めた。
ジゼルはこってり職員室で絞られたあと、クルーウェルから学園長が図書館に行ったと教えてもらい急いで向かったのだった。
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