第2章(外殻大地編)
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50 プロテウス、すなわち逆様の世界
「さあ、『愚かなレプリカルーク』。力を解放するのだ!」
『合言葉』を聞くとルークの身体から何かが解き放たれた。その衝撃波は後ろにいたイオンとミュウを吹き飛ばし、彼らは壁に激突した。痛みに顔を歪ませながら、イオンは身体を起こし「ルーク! いけません!」と骨が軋むくらいに力一杯叫んだ。
しかし彼の声はルークに届かなかった。
――パッセージリングは消滅した。
力を使い果たしたルークは床へと崩れ落ちる。同時に、アクゼリュス全体が大きく揺れ始めた。あたりに亀裂が走り、ゆっくりと落ちていく感覚が生まれる。
大きな地震に頭を揺さぶられるが、ルークは自分が何をしたのかまだ理解出来ずにいた。
「……ようやく役に立ってくれたな。レプリカ」
「せんせ……い……?」
すがるように見たヴァンの顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
「くそっ! 間に合わなかった!」
セフィロトへ駆け込んだアッシュが悔しげに叫んだのを聞いて、ユニは目の前が真っ白になりそうだった。もし間に合わなければどうなってしまうかは、道中でアッシュから聞いていた。しかし頭を振って意識を保ち、足を止めはしなかった。階下に、倒れているイオンとルークの姿が見えたからだ。
ユニはそこへ飛び降りる。二人を連れて早く避難しなければ。
「イオン様! ルーク!」
「ま、待て! ユニ! そっちへ行くな!」
「へ……?」
アッシュに止められるも、もう宙へ浮いていたので戻れはしなかった。着地すると、イオン、ルーク、そしてヴァンの姿が見えた。ヴァンはこちらに気付くと、歪んだ笑顔を浮かべた。天から次々と瓦礫が落ちてくる中で、彼はまっすぐにユニだけを見ていた。
「ユニか……あのことは思い出してくれたか?」
「……な、何を言っているのか、わかりません」
「ヴァン、てめぇ! ユニにまで手を出すのは筋違いだろ!」
ユニとヴァンの間にアッシュが着地した。そして剣を抜き、突き付ける。するとヴァンは余裕の笑みを失い、突然うろたえ始めた。
「アッシュ!? 何故ここにいる! 来るなと言ったはずだ!」
「……残念だったな。オレだけじゃない。あんたが助けようとしてた妹も連れてきてやったぜ!」
「何……!?」
駆け込んでくるティアの姿を捉えたときに、一瞬だけヴァンが悲しげな表情をしたように見えた。しかし次の瞬間、ユニの視界が大きく揺れた。「ユニ!!」とジェイドの呼ぶ声が遥か下に聞こえた。見ると、自分は宙に浮いているではないか。
前方を見ると、アッシュが鷹のような魔物に掴まれていた。それでようやくユニも自分の状況がわかった。身体を鷲掴む大きな爪がひやりとして冷たい。ユニとアッシュは、ヴァンの二匹の魔物にそれぞれ上空へと連れ去られていた。
「くそ、放せ! オレもここで朽ちる!」
「……イオンとユニを救うつもりで用意したグリフィンだったが、仕方がない。アッシュ、お前を失うわけにはいかないのだ」
「な! なんでわたしも!?」
ヴァンがなぜ自分に対してこんなことをするのかわからず、余計に焦る。「えっと、イオン様とわたし!? ティアと間違えてるんじゃないですか!?」とユニは叫んだが、ヴァンはそれを無視する。
「とにかく、は、離して!」
理由は不明だが、こうして攫われようとしているのは事実。ユニは魔物を力一杯叩いた。
「ユニ、動かないでください、譜術で今助けますから!」
下層でジェイドが叫ぶ。暴れればジェイドが狙いにくくなるのかもしれないが、こんな状況でどうして落ち着いていられるのだろう。じたばたともがくが、しかし魔物は少しも気に留めず、旋回を続けていた。
すると、ヴァンが命令したのだろうか、魔物は詠唱中のジェイドに火を噴いた。彼は詠唱を中断し、珍しく悔しそうな顔をして飛び退く。ユニは血の気がひいていく思いがした。ジェイドが助けてくれないとなると、本当にまずいかもしれない。
しかし、その時、暖かい光がユニを包んだ。眼下からの弱々しい声が、かろうじて耳に入る。
「アカシック……トーメント!!」
それはイオンのものだった。
魔物は断末魔をあげ、落下していった。ユニは落ちながら爪を振りほどき飛び出すと、地面に向かって譜術を発動した。それは上手くいかないまでも落下の衝撃を和らげ、ユニは地面に叩きつけられずに済んだ。
痛みにうずくまっている暇はない。すぐに立ちあがり、イオンに駆け寄る。彼は苦しそうに膝をついていたが、ユニの無事を確認すると、青白い顔で笑った。
「イオンさまっ……!」
ユニはいてもたってもいられなくなって、イオンを抱き締めた。彼がダアト式譜術を使うたびに身体を悪くしていることは、知っていたから。イオンがやらなくても、ジェイドならどうにかしてくれただろう。泣きそうになってしまう。自分のこと以上にユニを大事にしてくれる彼が、優しすぎて、大切で。
「イオン様! どうしてダアト式譜術を……わたしなんかのために……!」
「……ユニは、かけがえのない人ですから。それに、ユニは僕の手で守ると、もう決めたのです」
「え……?」
言葉の意味はよくわからなかったが、崩壊する世界のなかで、彼の微笑みだけが暖かかった。ユニは呆けたまま、イオンの強い眼差しをみつめかえす。
「兄さん! やっぱり裏切ったのね! この外殻大地を存続させるって言っていたじゃない! これじゃあ、アクゼリュスの人がみんな死んでしまうわ!」
「……メシュティアリカ。お前にもいずれ分かる筈だ。この世の仕組みの愚かさと醜さが」
ティアが悲痛な叫び声をあげるが、彼女の兄は静かに諭すだけだった。
「それを見届けるためにも……お前にだけは生きていて欲しい。お前には譜歌がある。それで……」
ヴァンはそう言い、魔物とともに、崩れてくる瓦礫を避けながら地上へ飛んで行った。アッシュを掴んだ魔物も一緒だった。
「まずい! 坑道が潰れます!」
ジェイドの声に、全員が言葉を失う。この異常な揺れは、収まるどころか強さを増すばかりだった。
住民をどう避難させればよいかという考えは、もはや頭に浮かぶ余裕がなかった。自分たちは死にかけているということが、はっきりと感じられたから。恐怖で足が動かない。息をすることすら忘れてしまいそうだった。
「……この街はこれから完全に崩壊するわ」
ヴァンの消えた方向を見ながら、ティアが言った。ユニの肩がぎくりとして跳ね上がる。
だが、ティアはさっとこちらを振り向き、強い目をして、杖を構えた。
「みんな私の傍に! ……早く!」
彼女は譜歌を歌い始めた。その声は震えていて、今にも泣き出しそうなものだった。勇気を奮い立たせる彼女を、信じよう。ユニは立ち上がり、イオンを連れてティアの傍に行く。旋律が場に満ち、彼女を中心にして結界のようなものが形成されていく。ガイが倒れたままのルークを担いでそこへ入ると、結界は完成した。
同時に、足元の床が崩れる。アニスが小さく悲鳴をあげ、ジェイドにしがみついた。天井が崩れ、すべてが雪のように降り注いだ。ユニたちを包む結界も、それと一緒にどこまでも、どこまでも堕ちていく。
しばらくすると、真っ暗だった視界が突然明るくなった。紫色の霞がかった景色と稲光が、目に飛び込んでくる。ユニは自分の周囲を見た。天から轟々と降ってきているのは、アクゼリュスの瓦礫だろう。そしてユニたちの遥か下には、海のようなものが広がっていた。
反転してしまったかのような世界に、全員が驚き言葉を失う。
「なに……これ……」
「大地の下に、もうひとつの海と大地……!?」
「生存者はいましたか?」
「ダメです……息のある人はひとりも……」
崩落が収まったあとで、ユニたちは瓦礫の山の中からなんとか生存者を探そうと駆け回った。しかしあるのは死体ばかりで、どこからも返事はなかった。
ユニは目を覚まさない無数の人々を見て、恐怖に震えるしかなかった。
「……生き残ったのは、わたしたちだけですか……?」
「なにせあの崩落ですからね……譜歌の力があったとはいえ、我々が無事だったことも奇跡です」
「あの空の穴から落ちてきたんだよな……」
ジェイドとガイが、空を見上げながら呟いた。分厚い雲のようなものに覆われた天井から一筋の光が降り注いでいた。あそこが、かつてアクゼリュスがあったところなのだろう。ユニたちはそこから堕ちてきたのだ。途方もない話だった。
神託の盾に奪われたタルタロスも、崩落とともに落下していたが、譜術障壁が起動したらしく、奇跡的に船体は無事だった。そして幸いにも緊急用の浮標で、タルタロスはこの泥の海の上でも持ちこたえていた。ユニたちはそれに乗り、海を進むことにした。このアクゼリュスの瓦礫の大地も、いずれ沈んでしまうだろうとティアに言われたためだ。
タルタロスの中には神託の盾兵の死体が散乱していた。彼らを満足に弔うことも出来なくて、心が潰れてしまいそうだった。
「アクゼリュスがこんなことになってしまうなんて……こんな取り返しのつかないことに……」
タルタロスの発進準備をしながら、ユニはジェイドの背中に向かってぽつりと言った。ここは見渡す限り紫の海が広がっていて、その他には何も見えない。まるで地獄みたいなところだった。
作業をする手がまだ震えている。まばたきをすると、崩落したときの光景が脳裏に浮かんだ。そして瓦礫の中で力なく倒れている人間の姿が。
「一万という命が消えてしまいました……わたしたちはこれからどうすれば……」
「……ユニ」
「怖いです……償いきれない……」
「……タルタロス作動できました。甲板に戻り、ティアたちと合流しましょう。これからのことはその後で考えればいい」
ジェイドは静かに言って、ユニの震える肩を抱いた。
こんな酷いことが起きるなんて、預言には詠まれていなかった。いや、自分は無事だったのだから、詠まれていなくても不思議はない。でも、仮に他の誰かの預言に詠まれていたとしても、回避は不可能だっただろう。預言は絶対なのだから。
甲板へ行くと、全員がすでに揃っていた。みんな床か遥か遠くを見つめるばかりで、重い空気が漂っている。
ティアが進み出て「話があります」と呟いた。
「ティア、あなたはこの大地のことを知っているようですね?」
「……はい」
泥の海のことを知っており、このもう一つの世界を見ても動揺していないティアは何者なのか、とジェイドが問いかける。ティアは静かに、言葉を紡ぎ出した。
「ここは魔界(クリフォト)です。そして頭上の……あなたたちの住む大地は、ここでは外殻大地と呼ばれているわ」
「魔界……? 外殻大地……!?」
聞き慣れない言葉に、ユニたちは眉を寄せる。
「二千年前、オールドラントを原因不明の障気が包み、大地は汚染され始めた。この時ユリアは七つの預言を詠んで、大地が滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したの。それは地殻をセフィロトで浮上させること、セフィロトツリーという巨大な柱で支える空中大地を作ること」
「じゃあ……まさか」
「そう。空中大地、つまりこの惑星の外殻に存在する大地、それが――」
「外殻大地……わたしたちの住む大地ってこと!?」
ユニたちはお互いに顔を見合わせ、信じられないと呟く。自分たちがあたりまえに暮らしていた大地は作り物で、その下にこんな空間が広がっているなんて、簡単には受け止められない。
「……イオン様はご存知でしたか?」
「はい。まさか実際に訪れることになるとは予想していませんでしたが……」
ジェイドがイオンに問うと、彼はしっかりとした声で答えた。
「みなさんが驚かれるのは無理もありません。外殻大地と魔界のことは教団の機密事項のひとつ。知りうるのはローレライ教団の詠師職以上の者だけです」
「え? でもティアは……」
「他に知る者がいるとすれば……魔界出身の者だけ」
イオンの言葉に、ティアは目を伏せた。それが答えなのだろう。
「……魔界にはユリアシティという街があります。そこを目指しましょう」
「なるほど、ひとまず話はわかりましたが、ではなぜこんなことになったんです? アクゼリュスもその柱に支えられていたのでしょう?」
ジェイドの問いに、ユニはぎくりとして、内臓を締めあげられたような気分になった。アクゼリュスでアッシュに会ったときに聞いた話には魔界や外殻大地のことは出てこなかったが、「ヴァンがセフィロトツリーを消し、アクゼリュスを崩壊させようとしている」ということは聞いていた。
そして、そのためにヴァンが利用しようとしていたのが――
「それは……柱が消滅したからよ」
「消滅? なんで消えちゃったの?」
ティアが言うと、アニスは首を傾げた。そんな大切なものが、なぜ消えてしまったのだろうか、と。
答える代わりに、ティアはルークの方を向いた。自然に、全員の視線がルークに集まる。彼ははっとして狼狽え始めた。
「……オ、オレはただ障気を中和しようとしただけだ! あの場所で超振動を起こせば障気が消えるって言われて……! ほら、ティアが譜歌でやったみたいにさ……」
「ルーク、あなたは兄に騙されたのよ」
ティアの一言で、ルークは硬直した。ユニも息を呑む。彼がヴァンを心から尊敬し、誰よりも信頼していたことを、知っていたからだ。
「そしてアクゼリュスを支える柱を消してしまった」
「そんな! そんな筈は……」
「僕が迂闊でした。僕がセフィロトの封咒を解かなければ……! ヴァンがルークにそんなことをさせようとしていたなんて……」
ルークに向けられた無言の視線から彼をかばうように、イオンが言う。
「……せめて、事前に相談して欲しかったですね。仮に障気を中和することが可能だったとしても、住民を避難させてからでよかった筈ですし。……今となっては言っても仕方のないことかもしれませんが」
「そうですわね。アクゼリュスは……消滅しましたわ。一万の人間が、一瞬で……」
ジェイドとナタリアが言う。しかし何を言っても、もうアクゼリュスは失われ、誰一人帰ってはこない。
「……オ、オレが悪いってのか……?」
沈黙を破ったのはルークだった。
「……オレは……オレは悪くねぇぞ。だって、師匠が言ったんだ……。そうだ、師匠がやれって! アクゼリュスの奴らを移動させたら戦争になるって、誰にも話すなって言われてたんだ! だからオレは……こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ!」
堰を切ったように、ルークから言葉が流れ出した。
「オレはみんなを助けようとしただけなんだ! オレは悪くねぇっ! オレは悪くねぇっ!!」
「……えっ、ジェイド?」
ルークが子供のように叫んだあとで、ジェイドはユニの腕をぐいと引いて、扉の方へ向かって歩き出した。驚いてジェイドの顔を見ると、彼は腹立たしげに唇を噛んでいた。
「ユニ、艦橋に戻りましょう。……ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる」
「なっなんだよ! オレはアクゼリュスを助けようとしたんだぞ! お前らだって何も出来なかったじゃないか! 悪いのは師匠だろ! オレばっか責めるな!」
ジェイドの言葉にカッとなったルークが、喚き散らす。そんなものは聞きたくないといった様子で、ジェイドは扉をくぐり、乱暴に閉めた。ユニは恐ろしくて何も言えず、彼の足の向かうまま、引きずられていった。
「いいんですかジェイド。ルークをあのままにして……」
無言で前をみつめるジェイドに、ユニは恐る恐る聞いた。ジェイドならばルークを叱ると、そう思っていただけに、苛々するという理由だけで立ち去ったのが少し不思議だったのだ。
「私は彼に説教など出来る人間ではありませんから」
「え?」
「過ちを認めないルークが、昔の私に似ていたので見ていられなくなりました」
ジェイドはこちらには背を向けたままぽつりぽつりと語り出した。
「ジェイド、昔あんな感じだったんですか……?」
「あんなに横暴ではありませんよ。ただ、周囲を顧みないところ、自分の間違いを認めないところが、どうしようもなく似ていて、腹が立ちます」
珍しく直接的に感情を表現するジェイドが、とても人間らしく見えた。ジェイドがあの場から出ていったのは、崩落した原因がルークだとわかったときではなく、彼が言い訳を始めたときだった。
「じゃあなおさら、何か言ってきてあげた方がいいんじゃないですか」
「私が言ったところで、何も変わりませんよ。人間は今日や明日では変わらないのです。ルークがデオ峠で自分の過ちを少しも認めず、あなたや私たちに責任転嫁したこと、相談なく勝手に行動したこと、私はそれを咎めましたが、彼はまったく反省していなかった。あそこで少しでも変わっていれば、今回のことは起きなかったかもしれない」
ジェイドがみつめているのは泥の海ではなくて、腹を立てているのもルークにではなく、遠い過去の自分自身だったのだろうと思う。彼が変わるのにはどれだけの時間が必要だったのだろうか。時間以外のことは、彼には無意味だったのだろうか。
自分のことをあまり話さないジェイドの過去は、ユニには想像もつかなかった。
無言が続いたあとで、ユニは、ルークはこれからよく眠ることが出来るだろうか、とぼんやり考える。心を癒し再生させるような眠りを、彼はもう得られないかもしれない。無数の命を一瞬で失うきっかけになってしまった彼は、瞳を閉じるたびに、そこに浮かび上がる惨状にうなされるかもしれない。
ユニもここまで、現実を直視出来ていなかった。あまりにも突然で、悲惨すぎて、実感が沸かない。受け容れられそうにない。そんなことをすれば心が壊れてしまいそうだった。
「……部屋に戻りますね、ジェイド」
ユニはそう言って艦橋を出た。扉を閉めるときにジェイドの溜息が聞こえ、「好きにしてください」と言われたような気がした。
「……ルーク」
「……」
「あ、ユニさん……」
甲板に戻ると、ルークとミュウだけが残っていた。ガイも、ティアもいない。ルークは座り込み、項垂れていて呼びかけには答えなかった。ユニは彼の隣に座り、ミュウを抱き上げた。耳と耳の間に顔をうずめる。もふもふとした鼓動に、少しだけ安心する。
「ルーク一人で、背負おうと思わないでね」
「……みんなはオレのせいにしてる。全部オレのせいに……」
「あのね……確かにルークは悪かった」
「なんだと、ユニ!!」
こうして戻ってきたのはルークをかばうためではなかった。きっぱりと言うと、ルークはユニが慰めに来たのだと思っていたせいか、カッとなって怒鳴った。ユニの腕の中でミュウが心配そうに震える。だが、ユニはそのまま続けた。
「ルークがアクゼリュスの人たちを助けようとしてたのはわかってる。でもヴァン謡将に言われるままに、わたしたちに一言も相談せずに、パッセージリングを消してしまった」
「……それはお前らが……!」
「相談したいと思えるような人じゃなかった。わたしたちも悪いんだよ。だから、一人にしてごめんねルーク」
彼がヴァンに絶対の信頼を寄せていたのは、仲間たちとは違ってヴァンだけがルークを常に肯定してくれたからだ。もしも、ユニたちがもっと彼の気持ちに寄り添えていたら。ルークはヴァンの操り人形にならずにすんだかもしれない。
「……今更こんなこと言っても無駄だけど……」
「……」
「でもルークにはなんでこうなったのかわかって欲しいし、もう二度とこんなことは……」
「オレだって……全部師匠のせいなんだ……! 師匠がいなきゃ、オレはアクゼリュスをあんなふうには……」
ルークは辛そうに声を漏らすと、顔を伏せた。彼だって消したくてアクゼリュスを消したわけではない。わかっている。彼の言うとおり責めるべきはヴァンだ。
でもそうじゃない。大事なのはそこじゃなくて。
「……ルーク。みんなが一番失望してるのは、ルークが柱を消したことじゃない。ルークの、自分のやったことを認めないところだと思う」
「……」
「自分は悪くないって、逃げて、目を逸らしてたら、何も変わらないよ。また同じことを引き起こすよ」
そう言っていると、前方に滝のようなものが見え始めた。その向こうにあるドーム状のもののが、ティアの言っていたユリアシティだろうか。ユニは立ち上がり、部屋へ戻ろうと促した。しかしルークは動かない。ミュウも主人の傍を離れたくないようで、申し訳なさそうにユニを見ていた。
「ごめん。説教みたいなこと言って。わたしも本当に怖くて何も出来なかった。でも、たくさんの人が死んじゃったのを、見てしまったから……」
声が震える。瞼を閉じるのが怖い。でもきっと、彼はもっと怖いはずなのだ。
「ルーク。怖いけど見ないと、自分のしてきたことを」
わたしも逃げないから、と呟いて、ルークを残して艦橋へと向かった。
「さあ、『愚かなレプリカルーク』。力を解放するのだ!」
『合言葉』を聞くとルークの身体から何かが解き放たれた。その衝撃波は後ろにいたイオンとミュウを吹き飛ばし、彼らは壁に激突した。痛みに顔を歪ませながら、イオンは身体を起こし「ルーク! いけません!」と骨が軋むくらいに力一杯叫んだ。
しかし彼の声はルークに届かなかった。
――パッセージリングは消滅した。
力を使い果たしたルークは床へと崩れ落ちる。同時に、アクゼリュス全体が大きく揺れ始めた。あたりに亀裂が走り、ゆっくりと落ちていく感覚が生まれる。
大きな地震に頭を揺さぶられるが、ルークは自分が何をしたのかまだ理解出来ずにいた。
「……ようやく役に立ってくれたな。レプリカ」
「せんせ……い……?」
すがるように見たヴァンの顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
「くそっ! 間に合わなかった!」
セフィロトへ駆け込んだアッシュが悔しげに叫んだのを聞いて、ユニは目の前が真っ白になりそうだった。もし間に合わなければどうなってしまうかは、道中でアッシュから聞いていた。しかし頭を振って意識を保ち、足を止めはしなかった。階下に、倒れているイオンとルークの姿が見えたからだ。
ユニはそこへ飛び降りる。二人を連れて早く避難しなければ。
「イオン様! ルーク!」
「ま、待て! ユニ! そっちへ行くな!」
「へ……?」
アッシュに止められるも、もう宙へ浮いていたので戻れはしなかった。着地すると、イオン、ルーク、そしてヴァンの姿が見えた。ヴァンはこちらに気付くと、歪んだ笑顔を浮かべた。天から次々と瓦礫が落ちてくる中で、彼はまっすぐにユニだけを見ていた。
「ユニか……あのことは思い出してくれたか?」
「……な、何を言っているのか、わかりません」
「ヴァン、てめぇ! ユニにまで手を出すのは筋違いだろ!」
ユニとヴァンの間にアッシュが着地した。そして剣を抜き、突き付ける。するとヴァンは余裕の笑みを失い、突然うろたえ始めた。
「アッシュ!? 何故ここにいる! 来るなと言ったはずだ!」
「……残念だったな。オレだけじゃない。あんたが助けようとしてた妹も連れてきてやったぜ!」
「何……!?」
駆け込んでくるティアの姿を捉えたときに、一瞬だけヴァンが悲しげな表情をしたように見えた。しかし次の瞬間、ユニの視界が大きく揺れた。「ユニ!!」とジェイドの呼ぶ声が遥か下に聞こえた。見ると、自分は宙に浮いているではないか。
前方を見ると、アッシュが鷹のような魔物に掴まれていた。それでようやくユニも自分の状況がわかった。身体を鷲掴む大きな爪がひやりとして冷たい。ユニとアッシュは、ヴァンの二匹の魔物にそれぞれ上空へと連れ去られていた。
「くそ、放せ! オレもここで朽ちる!」
「……イオンとユニを救うつもりで用意したグリフィンだったが、仕方がない。アッシュ、お前を失うわけにはいかないのだ」
「な! なんでわたしも!?」
ヴァンがなぜ自分に対してこんなことをするのかわからず、余計に焦る。「えっと、イオン様とわたし!? ティアと間違えてるんじゃないですか!?」とユニは叫んだが、ヴァンはそれを無視する。
「とにかく、は、離して!」
理由は不明だが、こうして攫われようとしているのは事実。ユニは魔物を力一杯叩いた。
「ユニ、動かないでください、譜術で今助けますから!」
下層でジェイドが叫ぶ。暴れればジェイドが狙いにくくなるのかもしれないが、こんな状況でどうして落ち着いていられるのだろう。じたばたともがくが、しかし魔物は少しも気に留めず、旋回を続けていた。
すると、ヴァンが命令したのだろうか、魔物は詠唱中のジェイドに火を噴いた。彼は詠唱を中断し、珍しく悔しそうな顔をして飛び退く。ユニは血の気がひいていく思いがした。ジェイドが助けてくれないとなると、本当にまずいかもしれない。
しかし、その時、暖かい光がユニを包んだ。眼下からの弱々しい声が、かろうじて耳に入る。
「アカシック……トーメント!!」
それはイオンのものだった。
魔物は断末魔をあげ、落下していった。ユニは落ちながら爪を振りほどき飛び出すと、地面に向かって譜術を発動した。それは上手くいかないまでも落下の衝撃を和らげ、ユニは地面に叩きつけられずに済んだ。
痛みにうずくまっている暇はない。すぐに立ちあがり、イオンに駆け寄る。彼は苦しそうに膝をついていたが、ユニの無事を確認すると、青白い顔で笑った。
「イオンさまっ……!」
ユニはいてもたってもいられなくなって、イオンを抱き締めた。彼がダアト式譜術を使うたびに身体を悪くしていることは、知っていたから。イオンがやらなくても、ジェイドならどうにかしてくれただろう。泣きそうになってしまう。自分のこと以上にユニを大事にしてくれる彼が、優しすぎて、大切で。
「イオン様! どうしてダアト式譜術を……わたしなんかのために……!」
「……ユニは、かけがえのない人ですから。それに、ユニは僕の手で守ると、もう決めたのです」
「え……?」
言葉の意味はよくわからなかったが、崩壊する世界のなかで、彼の微笑みだけが暖かかった。ユニは呆けたまま、イオンの強い眼差しをみつめかえす。
「兄さん! やっぱり裏切ったのね! この外殻大地を存続させるって言っていたじゃない! これじゃあ、アクゼリュスの人がみんな死んでしまうわ!」
「……メシュティアリカ。お前にもいずれ分かる筈だ。この世の仕組みの愚かさと醜さが」
ティアが悲痛な叫び声をあげるが、彼女の兄は静かに諭すだけだった。
「それを見届けるためにも……お前にだけは生きていて欲しい。お前には譜歌がある。それで……」
ヴァンはそう言い、魔物とともに、崩れてくる瓦礫を避けながら地上へ飛んで行った。アッシュを掴んだ魔物も一緒だった。
「まずい! 坑道が潰れます!」
ジェイドの声に、全員が言葉を失う。この異常な揺れは、収まるどころか強さを増すばかりだった。
住民をどう避難させればよいかという考えは、もはや頭に浮かぶ余裕がなかった。自分たちは死にかけているということが、はっきりと感じられたから。恐怖で足が動かない。息をすることすら忘れてしまいそうだった。
「……この街はこれから完全に崩壊するわ」
ヴァンの消えた方向を見ながら、ティアが言った。ユニの肩がぎくりとして跳ね上がる。
だが、ティアはさっとこちらを振り向き、強い目をして、杖を構えた。
「みんな私の傍に! ……早く!」
彼女は譜歌を歌い始めた。その声は震えていて、今にも泣き出しそうなものだった。勇気を奮い立たせる彼女を、信じよう。ユニは立ち上がり、イオンを連れてティアの傍に行く。旋律が場に満ち、彼女を中心にして結界のようなものが形成されていく。ガイが倒れたままのルークを担いでそこへ入ると、結界は完成した。
同時に、足元の床が崩れる。アニスが小さく悲鳴をあげ、ジェイドにしがみついた。天井が崩れ、すべてが雪のように降り注いだ。ユニたちを包む結界も、それと一緒にどこまでも、どこまでも堕ちていく。
しばらくすると、真っ暗だった視界が突然明るくなった。紫色の霞がかった景色と稲光が、目に飛び込んでくる。ユニは自分の周囲を見た。天から轟々と降ってきているのは、アクゼリュスの瓦礫だろう。そしてユニたちの遥か下には、海のようなものが広がっていた。
反転してしまったかのような世界に、全員が驚き言葉を失う。
「なに……これ……」
「大地の下に、もうひとつの海と大地……!?」
「生存者はいましたか?」
「ダメです……息のある人はひとりも……」
崩落が収まったあとで、ユニたちは瓦礫の山の中からなんとか生存者を探そうと駆け回った。しかしあるのは死体ばかりで、どこからも返事はなかった。
ユニは目を覚まさない無数の人々を見て、恐怖に震えるしかなかった。
「……生き残ったのは、わたしたちだけですか……?」
「なにせあの崩落ですからね……譜歌の力があったとはいえ、我々が無事だったことも奇跡です」
「あの空の穴から落ちてきたんだよな……」
ジェイドとガイが、空を見上げながら呟いた。分厚い雲のようなものに覆われた天井から一筋の光が降り注いでいた。あそこが、かつてアクゼリュスがあったところなのだろう。ユニたちはそこから堕ちてきたのだ。途方もない話だった。
神託の盾に奪われたタルタロスも、崩落とともに落下していたが、譜術障壁が起動したらしく、奇跡的に船体は無事だった。そして幸いにも緊急用の浮標で、タルタロスはこの泥の海の上でも持ちこたえていた。ユニたちはそれに乗り、海を進むことにした。このアクゼリュスの瓦礫の大地も、いずれ沈んでしまうだろうとティアに言われたためだ。
タルタロスの中には神託の盾兵の死体が散乱していた。彼らを満足に弔うことも出来なくて、心が潰れてしまいそうだった。
「アクゼリュスがこんなことになってしまうなんて……こんな取り返しのつかないことに……」
タルタロスの発進準備をしながら、ユニはジェイドの背中に向かってぽつりと言った。ここは見渡す限り紫の海が広がっていて、その他には何も見えない。まるで地獄みたいなところだった。
作業をする手がまだ震えている。まばたきをすると、崩落したときの光景が脳裏に浮かんだ。そして瓦礫の中で力なく倒れている人間の姿が。
「一万という命が消えてしまいました……わたしたちはこれからどうすれば……」
「……ユニ」
「怖いです……償いきれない……」
「……タルタロス作動できました。甲板に戻り、ティアたちと合流しましょう。これからのことはその後で考えればいい」
ジェイドは静かに言って、ユニの震える肩を抱いた。
こんな酷いことが起きるなんて、預言には詠まれていなかった。いや、自分は無事だったのだから、詠まれていなくても不思議はない。でも、仮に他の誰かの預言に詠まれていたとしても、回避は不可能だっただろう。預言は絶対なのだから。
甲板へ行くと、全員がすでに揃っていた。みんな床か遥か遠くを見つめるばかりで、重い空気が漂っている。
ティアが進み出て「話があります」と呟いた。
「ティア、あなたはこの大地のことを知っているようですね?」
「……はい」
泥の海のことを知っており、このもう一つの世界を見ても動揺していないティアは何者なのか、とジェイドが問いかける。ティアは静かに、言葉を紡ぎ出した。
「ここは魔界(クリフォト)です。そして頭上の……あなたたちの住む大地は、ここでは外殻大地と呼ばれているわ」
「魔界……? 外殻大地……!?」
聞き慣れない言葉に、ユニたちは眉を寄せる。
「二千年前、オールドラントを原因不明の障気が包み、大地は汚染され始めた。この時ユリアは七つの預言を詠んで、大地が滅亡から逃れ、繁栄するための道筋を発見したの。それは地殻をセフィロトで浮上させること、セフィロトツリーという巨大な柱で支える空中大地を作ること」
「じゃあ……まさか」
「そう。空中大地、つまりこの惑星の外殻に存在する大地、それが――」
「外殻大地……わたしたちの住む大地ってこと!?」
ユニたちはお互いに顔を見合わせ、信じられないと呟く。自分たちがあたりまえに暮らしていた大地は作り物で、その下にこんな空間が広がっているなんて、簡単には受け止められない。
「……イオン様はご存知でしたか?」
「はい。まさか実際に訪れることになるとは予想していませんでしたが……」
ジェイドがイオンに問うと、彼はしっかりとした声で答えた。
「みなさんが驚かれるのは無理もありません。外殻大地と魔界のことは教団の機密事項のひとつ。知りうるのはローレライ教団の詠師職以上の者だけです」
「え? でもティアは……」
「他に知る者がいるとすれば……魔界出身の者だけ」
イオンの言葉に、ティアは目を伏せた。それが答えなのだろう。
「……魔界にはユリアシティという街があります。そこを目指しましょう」
「なるほど、ひとまず話はわかりましたが、ではなぜこんなことになったんです? アクゼリュスもその柱に支えられていたのでしょう?」
ジェイドの問いに、ユニはぎくりとして、内臓を締めあげられたような気分になった。アクゼリュスでアッシュに会ったときに聞いた話には魔界や外殻大地のことは出てこなかったが、「ヴァンがセフィロトツリーを消し、アクゼリュスを崩壊させようとしている」ということは聞いていた。
そして、そのためにヴァンが利用しようとしていたのが――
「それは……柱が消滅したからよ」
「消滅? なんで消えちゃったの?」
ティアが言うと、アニスは首を傾げた。そんな大切なものが、なぜ消えてしまったのだろうか、と。
答える代わりに、ティアはルークの方を向いた。自然に、全員の視線がルークに集まる。彼ははっとして狼狽え始めた。
「……オ、オレはただ障気を中和しようとしただけだ! あの場所で超振動を起こせば障気が消えるって言われて……! ほら、ティアが譜歌でやったみたいにさ……」
「ルーク、あなたは兄に騙されたのよ」
ティアの一言で、ルークは硬直した。ユニも息を呑む。彼がヴァンを心から尊敬し、誰よりも信頼していたことを、知っていたからだ。
「そしてアクゼリュスを支える柱を消してしまった」
「そんな! そんな筈は……」
「僕が迂闊でした。僕がセフィロトの封咒を解かなければ……! ヴァンがルークにそんなことをさせようとしていたなんて……」
ルークに向けられた無言の視線から彼をかばうように、イオンが言う。
「……せめて、事前に相談して欲しかったですね。仮に障気を中和することが可能だったとしても、住民を避難させてからでよかった筈ですし。……今となっては言っても仕方のないことかもしれませんが」
「そうですわね。アクゼリュスは……消滅しましたわ。一万の人間が、一瞬で……」
ジェイドとナタリアが言う。しかし何を言っても、もうアクゼリュスは失われ、誰一人帰ってはこない。
「……オ、オレが悪いってのか……?」
沈黙を破ったのはルークだった。
「……オレは……オレは悪くねぇぞ。だって、師匠が言ったんだ……。そうだ、師匠がやれって! アクゼリュスの奴らを移動させたら戦争になるって、誰にも話すなって言われてたんだ! だからオレは……こんなことになるなんて知らなかった! 誰も教えてくんなかっただろっ!」
堰を切ったように、ルークから言葉が流れ出した。
「オレはみんなを助けようとしただけなんだ! オレは悪くねぇっ! オレは悪くねぇっ!!」
「……えっ、ジェイド?」
ルークが子供のように叫んだあとで、ジェイドはユニの腕をぐいと引いて、扉の方へ向かって歩き出した。驚いてジェイドの顔を見ると、彼は腹立たしげに唇を噛んでいた。
「ユニ、艦橋に戻りましょう。……ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる」
「なっなんだよ! オレはアクゼリュスを助けようとしたんだぞ! お前らだって何も出来なかったじゃないか! 悪いのは師匠だろ! オレばっか責めるな!」
ジェイドの言葉にカッとなったルークが、喚き散らす。そんなものは聞きたくないといった様子で、ジェイドは扉をくぐり、乱暴に閉めた。ユニは恐ろしくて何も言えず、彼の足の向かうまま、引きずられていった。
「いいんですかジェイド。ルークをあのままにして……」
無言で前をみつめるジェイドに、ユニは恐る恐る聞いた。ジェイドならばルークを叱ると、そう思っていただけに、苛々するという理由だけで立ち去ったのが少し不思議だったのだ。
「私は彼に説教など出来る人間ではありませんから」
「え?」
「過ちを認めないルークが、昔の私に似ていたので見ていられなくなりました」
ジェイドはこちらには背を向けたままぽつりぽつりと語り出した。
「ジェイド、昔あんな感じだったんですか……?」
「あんなに横暴ではありませんよ。ただ、周囲を顧みないところ、自分の間違いを認めないところが、どうしようもなく似ていて、腹が立ちます」
珍しく直接的に感情を表現するジェイドが、とても人間らしく見えた。ジェイドがあの場から出ていったのは、崩落した原因がルークだとわかったときではなく、彼が言い訳を始めたときだった。
「じゃあなおさら、何か言ってきてあげた方がいいんじゃないですか」
「私が言ったところで、何も変わりませんよ。人間は今日や明日では変わらないのです。ルークがデオ峠で自分の過ちを少しも認めず、あなたや私たちに責任転嫁したこと、相談なく勝手に行動したこと、私はそれを咎めましたが、彼はまったく反省していなかった。あそこで少しでも変わっていれば、今回のことは起きなかったかもしれない」
ジェイドがみつめているのは泥の海ではなくて、腹を立てているのもルークにではなく、遠い過去の自分自身だったのだろうと思う。彼が変わるのにはどれだけの時間が必要だったのだろうか。時間以外のことは、彼には無意味だったのだろうか。
自分のことをあまり話さないジェイドの過去は、ユニには想像もつかなかった。
無言が続いたあとで、ユニは、ルークはこれからよく眠ることが出来るだろうか、とぼんやり考える。心を癒し再生させるような眠りを、彼はもう得られないかもしれない。無数の命を一瞬で失うきっかけになってしまった彼は、瞳を閉じるたびに、そこに浮かび上がる惨状にうなされるかもしれない。
ユニもここまで、現実を直視出来ていなかった。あまりにも突然で、悲惨すぎて、実感が沸かない。受け容れられそうにない。そんなことをすれば心が壊れてしまいそうだった。
「……部屋に戻りますね、ジェイド」
ユニはそう言って艦橋を出た。扉を閉めるときにジェイドの溜息が聞こえ、「好きにしてください」と言われたような気がした。
「……ルーク」
「……」
「あ、ユニさん……」
甲板に戻ると、ルークとミュウだけが残っていた。ガイも、ティアもいない。ルークは座り込み、項垂れていて呼びかけには答えなかった。ユニは彼の隣に座り、ミュウを抱き上げた。耳と耳の間に顔をうずめる。もふもふとした鼓動に、少しだけ安心する。
「ルーク一人で、背負おうと思わないでね」
「……みんなはオレのせいにしてる。全部オレのせいに……」
「あのね……確かにルークは悪かった」
「なんだと、ユニ!!」
こうして戻ってきたのはルークをかばうためではなかった。きっぱりと言うと、ルークはユニが慰めに来たのだと思っていたせいか、カッとなって怒鳴った。ユニの腕の中でミュウが心配そうに震える。だが、ユニはそのまま続けた。
「ルークがアクゼリュスの人たちを助けようとしてたのはわかってる。でもヴァン謡将に言われるままに、わたしたちに一言も相談せずに、パッセージリングを消してしまった」
「……それはお前らが……!」
「相談したいと思えるような人じゃなかった。わたしたちも悪いんだよ。だから、一人にしてごめんねルーク」
彼がヴァンに絶対の信頼を寄せていたのは、仲間たちとは違ってヴァンだけがルークを常に肯定してくれたからだ。もしも、ユニたちがもっと彼の気持ちに寄り添えていたら。ルークはヴァンの操り人形にならずにすんだかもしれない。
「……今更こんなこと言っても無駄だけど……」
「……」
「でもルークにはなんでこうなったのかわかって欲しいし、もう二度とこんなことは……」
「オレだって……全部師匠のせいなんだ……! 師匠がいなきゃ、オレはアクゼリュスをあんなふうには……」
ルークは辛そうに声を漏らすと、顔を伏せた。彼だって消したくてアクゼリュスを消したわけではない。わかっている。彼の言うとおり責めるべきはヴァンだ。
でもそうじゃない。大事なのはそこじゃなくて。
「……ルーク。みんなが一番失望してるのは、ルークが柱を消したことじゃない。ルークの、自分のやったことを認めないところだと思う」
「……」
「自分は悪くないって、逃げて、目を逸らしてたら、何も変わらないよ。また同じことを引き起こすよ」
そう言っていると、前方に滝のようなものが見え始めた。その向こうにあるドーム状のもののが、ティアの言っていたユリアシティだろうか。ユニは立ち上がり、部屋へ戻ろうと促した。しかしルークは動かない。ミュウも主人の傍を離れたくないようで、申し訳なさそうにユニを見ていた。
「ごめん。説教みたいなこと言って。わたしも本当に怖くて何も出来なかった。でも、たくさんの人が死んじゃったのを、見てしまったから……」
声が震える。瞼を閉じるのが怖い。でもきっと、彼はもっと怖いはずなのだ。
「ルーク。怖いけど見ないと、自分のしてきたことを」
わたしも逃げないから、と呟いて、ルークを残して艦橋へと向かった。
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