第2章(外殻大地編)
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47 西風の見たもの
「やっぱり、あのとき離さなきゃよかった」
濡れた髪をタオルで拭いながら、シンクは一人呟いた。任務の合間にバチカルの街へ入ったのは、彼女を探すためだった。そしてアクゼリュスには来ないようにと釘を刺す。消えゆく街の瓦礫に、彼女までも埋もれさせたくはなかった。彼女は、自分たちの業とは関係のない人間なのだから。
まだ手に残る感触を握り締めて、シンクは天を仰いだ。
◇
「アッシュ、いる?」
ドンドンと少し乱暴に扉をノックされたので、返事はせず、アッシュは自身で扉を開けた。うんざりした表情で髪を掻き上げながら「何か用か」と尋ねる。シンクは部屋に入りながら「アンタに訊きたいことがあるんだけど」と言った。そう言われ眉を寄せるアッシュだったが、部屋に入れてしまった以上仕方がない、と降参し、溜息をついた。
「アンタも二年前からユニのこと知ってたんだ?」
ルークについて何か言われるのかと思っていたアッシュは、この話題に面喰って、驚いた表情を隠すことさえ忘れていた。やや黙り込み、答えるべき言葉を慎重に探す。シンクはそれを見下ろしながら、言葉を続けた。
「死霊使いから聞いたんだけど、アンタがユニをグランコクマに連れ戻したんだってね」
「……」
「どういうことなの、それ。ユニが何をしたわけ?」
「……あいつが本部に侵入しているのが発覚したから、忠告してやっただけだ」
「……それだけ?」
「ああ」
ユニから聞いたことと一致していたのだろうか、シンクは唇を噛んだ。嘘ではないのだからこれ以上探れはしないだろう。しばらく黙っていると、ようやくシンクは顔を上げた。
「……じゃあもう一つ訊くよ」
「なんだ」
「あのガイってやつ、アンタのとこの使用人だろ?」
「……それがどうした」
予想外の質問の連続にアッシュはたじろぎながらも、シンクのいう「アンタのとこ」という言葉に苛立ちを覚え、反撃するように鋭く言い放った。ガイはもう自分の世話係ではない、あの家はもう自分の帰るところではない、と言うように。
「カースロットで脳細胞の情報を読み取ったらさぁ、少しヘンなことに気が付いたんだよね」
「……」
「あいつ、ユニと面識がある」
「何? どういうことだ?」
「この旅で出会う前からユニのこと知ってたみたいなんだけど」
「……オレはもう、ガイのことは何も知らない」
「ふぅん、そっか」
なぜかシンクの方から奇妙なほど寂しそうな声が出た。それが同情なのかどうかはともかく、そんな声を聞きたくはなかった。
「ただ、ユニの方はあいつのこと知らないっていうか、忘れてるみたいなんだ」
「……!」
「どうせこのこともなにか知ってるんだろ、アッシュ」
「……ちっ……知るかよ……!」
繋がらない、わからない。なぜ、彼らが出会っている? しかし、仮に会っていたとしても、なぜ、一方だけが忘却するというのだろう――?
◇
今後の進路について悩んだ挙句、結局ユニたちはイオン奪還のために六神将を追いかけることにした。陸艦が立ち去ったのは東、オアシスのある方角だった。
あれからルークはずっとぼんやりとしている。無理もない、自分と同じ顔をした人間に出会うなんて、気味が悪いことこのうえない。仲間たちも未だ困惑していて、なんと言葉をかけたらいいかわからない状態だった。
「……鮮血のアッシュ、ルークとそっくりだったね」
アニスがぽつりと呟くと、隣を歩くガイは心配そうな顔でルークを見つめていた。
「生き別れの兄弟……なんてのは、聞いたことが無いけどなあ。ナタリア、何か知ってるかい?」
「ファブレ公爵の子息はルーク一人のはずですわ……」
ルークの幼馴染みである二人も首を傾げるばかりだった。そこへジェイドがすっと入り込む。
「分からないことを考えていてもしようがありません。アッシュ本人から聞くのが一番でしょうが、私たちの目的はそこにはありません。そうではないですか?」
「そうですね。ルークとアッシュのことはやっぱ気になっちゃうけど、今はイオン様を助けないと、だもんね」
アニスが前を向いて答えた。そこには砂漠が広がっている。蜃気楼の向こうで、イオンは自分たちの助けを待っているはずだ。
「そうですわね。導師を助け出せれば、この疑問も解けるかもしれませんわ」
「そうだな。まずは、オアシスに向かうのが一番ってことだな」
「うん。行こ~」
「よし。おいルーク、行くぞ!」
「ん……ああ」
ガイは走り出し、ぼんやりとするルークの背を力強く叩いた。ナタリアはそれを嬉しそうに見ている。幼馴染み同士なんだな、とユニは意識し、少しだけ羨ましく思った。ユニもアニスに「行こ」と言われ、歩き出す。
シンクの願いを聞いてあげられなかったのは残念だったが、ここにはユニの仲間がいる。イオンを取り戻し、アクゼリュスへ向かうのだ。ユニにだって自分の意思というものがあるのだから。
「……逃れられない運命か。或いはこれすらも預言に記されているのでしょうか」
ジェイドは機械のような声でぽつりと呟いた。その声は風に流される砂のように、誰にも掬われずに消えてしまった。
砂漠を歩き続けてようやくオアシスについたのは、日も暮れかけた頃だった。武器や食料を補充していると、突然ルークが苦しそうに呻き始めた。彼は、アッシュの声で幻聴を聞いたという。その声は「ザオ遺跡に来い」と言ったそうだ。
イオンと六神将の行方がつかめないユニたちは、アッシュが行き先を教える理由も、罠かどうかもわからなかったが、その言葉に従うしかなかった。
聞き込みを終えてザオ遺跡のおおよその位置を掴んだ一行は、翌日朝早くにオアシスを出発した。そして数時間後、オアシスの東にそれらしき場所をみつけた。風のせいなのか、ここへは来ていないのか、陸艦の痕跡はみつからなかった。振り返って広大な砂漠を見つめながら、ジェイドが呟く。
「ますます分かりませんね。六神将の意図が何なのか」
「確かにそうですね。イオン様を連れまわすのも、その行く先を教えるのも……」
彼らの行動は点のようで、線で結ぶことが出来ない。それぞれの行動がどう繋がっているのか、まったく見えなかった。六神将はモースの指示で動いているのか。なぜイオンを連れまわすのか。以前イオンは「セフィロトに連れて行かれた」と言っていたが、そこで一体何をしているのか。彼らの目的が何なのか、その目的のためになぜ自分たちが邪魔なのか。確かなことは何一つわからなかった。
そして、シンクがユニに「アクゼリュスへ来るな」と言った理由も。
「今回ルークに話しかけてきたのは、オレたちをおびき寄せる罠なのかな?」
「でも、今までは直接攻撃してきたのに、どうして今更そんな回りくどいことを?」
「そうですねぇ。よくわかりません。まぁ、とにかく」
「進むしかない、ってことかい」
それは六神将たちのやり方が巧みなために目的が見えてこないというよりも、彼らの考えていることがこちらの予想も出来ないような、異様なものであるために思えた。
一行は地下へと続く通路を下りていった。それは暗く、深く、まるで地獄へと降下しているようだった。
遺跡の最深部まで進むと、鮮やかな色の扉があり、その前にアッシュとイオンの姿が見えた。しかしユニたちがそこへ駆け込む前に、立ち塞がるように、シンクとラルゴが現れた。
「六神将……!」
「導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしていてもらおう」
「なんです。お前たちは! 仕えるべき方を拐かしておきながら、ふてぶてしい」
自分の倍はある巨体を持つラルゴを、ナタリアが強い目で睨む。
「シンク! ラルゴ! イオン様を返してっ!」
「そうはいかない。奴にはまだ働いてもらう」
もとは神託の盾で一緒に過ごしていたアニスが懇願するが、聞きいれてもらえそうにない。
こうなったら、もう。
「皆、力づくで行くぞ」
ルークが腰の剣を抜いた。それに合わせて、仲間たちも無言で武器をかまえる。
「六神将烈風のシンク。……本気で行くよ」
「同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝負!」
彼らは順に名乗り、こちらに向かって駆け出してきた。ユニたちも瞬時に体勢を整える。ルークとガイが走り出し、ユニ、ティアは後方へ下がった。その中間で、ジェイドたちが援護をする。アッシュはイオンに何かさせていて、戦闘には参加しなかった。単純に考えて二対七だ。こちらに分がある。
「アンタたち、ゴチャゴチャとうざいんだよ!」
しかし動きの素早いシンクが撹乱し、ラルゴの大鎌が戦力を分断する。
「ユニ、シンクを狙いますよ!」
「はい!」
ジェイドがユニに指示する。先に譜術を発動させたのはジェイドだった。
「スプラッシュ!」
「おっと」
シンクは襲いかかる水圧をひらりとかわした。その彼が飛んだ先に、ユニは狙いを定めていた。
「……っと、斬り刻め! タービュランス!」
「……」
だが、ユニは発動のタイミングがずれたのを感じていた。コンマ数秒遅かったのだ。彼ほどの速さがあれば、ユニの攻撃をかわせるはずだった。
しかし、シンクは一歩も動かなかった。
「ちょっ、シ、シンク!!」
風が彼をめがけて襲いかかった。思わずユニは声をあげてしまった。
「……ばかだね、ユニ」
風が通り過ぎた後でシンクがゆっくり立ち上がると、彼の髪が一房ハラリと地面に落ちた。ユニの譜術は彼の横を掠めただけだったらしい。
しかしユニはそれを見て、敵への攻撃がはずれたのにもかかわらず、ホッとしてしまった。しっかりシンクを狙ったつもりだが、手元を狂わせる何かが心の内に燻っていた。なにやら苦しくて、うまく息が出来ない。
「当てる気がないなら下がりなよ。僕もアンタがいると戦いにくい」
「同感ですねぇユニ。戦えないのなら下がりなさい」
「すいません、つ、次は当てますから!」
「……ほんと、ばかだな」
シンクは仮面の下で笑った。そして突進してくるルークを拳で突きとばす。ユニはそれに治癒術をかける。譜術でガイの援護をする。
けれど結局、最後まで、どうしても本気でシンクを狙うことは出来なかった。
「――シンク!」
ジェイドの譜術が思いきりシンクに炸裂したのを見て、ユニは我慢できずに彼のもとへと駆けていった。ジェイドたちがこちらを見ていたけれど、ユニの事情を察してか誰も咎めなかった。
シンクは倒れ、肩で息をしていた。封印術のせいで今のジェイドの力は通常よりも劣っている。とはいえ、彼の術の恐ろしさはユニも身をもって知っていたから、思わず足が動いてしまったのだ。
「シンク、大丈夫……!?」
「……治癒術……かけるなよ、ユニ」
喘ぎながらシンクは言ったが、強がっていられるのならまだ大丈夫なようだ。ユニは安堵し目を細め、シンクを抱き起こした。
「……何のつもりだよ、ユニ。僕はアンタの敵なんだ」
「どうして敵になるのシンク、もうやめてよ。わたしたちの邪魔をしないで……」
「アンタたちとは違う目的があるんだから仕方ないだろ」
「それがわかんないんだって……」
ユニは俯いた。シンクは、まだ戦闘を継続するラルゴを見やるが、彼もすでにボロボロであり、彼らの負けは時間の問題だった。
「教えてもアンタはこっちに来てくれないんでしょ。なら教えない」
彼は嘲るように言って笑ったが、それはユニにとって不快なものではなかった。
「ユニの方こそ、僕の邪魔をしないで欲しいんだけど」
「わ、わたしたちはわたしたちの目的を……」
「……お互いサマだろ」
そう言ってシンクはユニの手を払った。
「アクゼリュスへ行きたいんなら好きにしなよ。忠告はしたけど、僕はもう面倒見きれない」
そう言ったシンクは、なぜか傷付いているようで、寂しそうで、ユニは何も言えずに目を伏せた。
二年前も、こうやって知らず知らずのうちに彼を傷付けていたのだろうか。そして今もまた、自覚なく、誰かを悲しませているのだろうか。
熾烈な戦闘の末、ついにラルゴも膝をついた。
「……二人がかりで何やってんだ! 屑!」
するとそれまでイオンの隣で戦闘を見ていたアッシュが痺れを切らしたように、暴言を吐き、剣を抜いてこちらへと向かってきた。衝動的に、ルークが飛び出してその剣を受け止める。そして技を繰り出し、受け止められ、お互いに一旦間合いを開ける。
そして同時に、駆け出し、斬り、蹴りあげる――二人はまったく同じ技で打ち合ったのだ。横から見ているユニの目には、二人の間に鏡があるように見えた。
ルークは狼狽え、アッシュから離れると、信じられないと言った顔で自分と同じ顔をみつめるのだった。
「今の……今のはヴァン師匠の技だ! どうしてそれをお前が使えるんだ!」
「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! オレは……!」
「アッシュ! やめろ!」
いつの間にかユニの傍から飛び出していったシンクが、アッシュに掴みかかり、彼の言葉を遮った。アッシュは不本意そうな目でシンクを見返したが、どうやら従う方がいいと判断したようで、黙っていた。
「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ。さあ!」
アッシュは無言で、剣を鞘に収めた。シンクはアッシュの前に立つと、こちらに向かって「取引だ」と鋭く言い放った。
「こちらは導師を引き渡す。その代わりにここでの戦いは打ち切りたい」
「このままお前らをぶっ潰せば、そんな取引、成り立たないな」
苦し紛れにも思える提案にガイが畳みかけるが、シンクはそれも想定済みだといった様子でせせら笑った。
「ここが砂漠の下だってこと忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることも出来るんだよ」
「無論こちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」
迷いのない言葉に、少し背筋が寒くなる。なぜそこまで出来るのか理解できないが、彼らならやりかねない。ここは逆らわない方が賢明である、と誰もが思った。
「ルーク。取引に応じましょう。今は早くイオン様を奪還して、アクゼリュスへ急いだ方がいいわ」
「陸路を進んでいる分遅れていますからね」
ティアとジェイドが一行の『責任者』である親善大使ルークに決断を促す。ルークはちらりとアッシュを見、そして心配そうな表情でこちらをみつめているイオンに視線を移した。他の選択肢は残されていなかった。
「……分かった」
ルークが頷くと、シンクはイオンに「行け」という仕草をした。イオンは安堵の表情を浮かべ、仲間たちのもとへ駆けて行った。ユニも立ち上がり彼の後に続こうとしたが、そこへ、アッシュが静かに歩み寄ってきた。ユニは立ち止まって、彼を見た。
「ユニ」
「……アッシュ」
アッシュは低くユニの名を呼んだ。ほとんど口を動かしていないのは、他の者に聞かれたくないからだろうか。
最後に彼とまともに会話をしたのは、二年程前に遡る。あの日から、普通の生活が戻ってきたのだと思っていた。しかし今になって思えば、あの日から確実に、ユニの日常が崩れ出していたのである。
「……ヴァンには気をつけろ」
「……わかってる。バチカルで変なこと言われたから」
「ちっ……もう気付かれたのか」
「えっ……」
アッシュはそれだけ言うと、すたすたとシンクたちの方へ歩いていってしまった。聞きたいことが山ほどあったのだが、六神将とルークたちが見ている場所で、彼と堂々と会話出来るはずがない。ユニはしぶしぶ、仲間たちの方へ戻る。
やはり、ヴァンやアッシュはユニの過去のことを何か知っている。そしてシンクも気付き始めている。一体なんなのだろう。ユニだけが何も知らされぬまま、世界に取り残されているような気がした。
「そのまま先に外へ出ろ。もしも引き返してきたら、その時は本当に生き埋めにするよ」
結局シンクともアッシュとも、きちんと話し合えないままだったな、とユニは思い、出口へ向かってのろのろと歩き出した。
「……やっぱり似てる」
不意に呟いたのはガイだった。その言葉が耳に入ったユニは彼の視線を追うが、そこにいたのはアッシュではなくシンクだった。ユニは首を傾げる。
「あのような下賎な輩に命令されるとは、腹立たしいですわね」
「え? ああ、そうだな。でもナタリア、堪えてくれよ」
「分かっています。今のわたくしは王女の身分を隠して旅をしているのですもの」
憤慨した様子で彼らを睨みつけているナタリアに「行こう」と言ってガイは歩き出す。つられてナタリアもラルゴたちを背にした。
「あれがナタリア王女か……。因縁だね、ラルゴ」
ラルゴの様子に気付いたのだろう、シンクが乾いた声で言った。
「……おい、ラルゴ。てめぇ、ナタリアと何か関係があるのか?」
ラルゴは黙っていたが、アッシュが彼に問いかける。
「……さて、昔のことだ。忘れてしまった」
「……六神将は互いの過去を知る必要はない」
シンクが言った。忘れたのか、といった調子で、拳を握りしめながら。
「アンタだってそれが身に染みているだろ? 『聖なる焔』の燃えかすである、アンタならね」
「……ちっ」
アッシュはわざと聞こえるように舌打ちし、苛々した様子で背を向けた。しかし苦い表情をしているのは、シンクも同じだった。
(あのガイって奴、気付いたな……。ますます気に入らない)
「ふ~、何はともあれ、無事イオンを救出できたな!」
「ホント大変で、心配したんですから! イオン様ぁ」
ザオ遺跡から離れ、六神将も追ってくる様子がないのを確認すると、ガイが一息ついて言った。イオンを取り戻せたことで、アニスも心の底から安心しているような、そんな表情を浮かべる。
「すみません、僕のために」
「まったくだ! ヴァン師匠が待ちくたびれてるぜ」
しかし、頭を下げたイオンに対して、ルークは無神経に言葉を吐く。
「ちょっとルーク……!」
ユニとアニスは釈然としない思いで、彼をやや睨む。これには全員がムッとしたことだろう。イオンにもしものことがあれば、ギリギリで保たれているこの世界の均衡が崩れてしまうのに。イオンは「ごめんなさい」と悲しそうに言ったが、その後でこちらに向き直って「でも、ありがとう皆さん。助けてくれた事、本当に感謝しています」と慎ましやかに微笑んだ。
「ところでイオン様、彼らはあなたに何をさせていたのです? ここもセフィロトなんですね?」
ジェイドが訊ねると、今度は厳しい表情で頷く。
「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒という封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと……」
「前にも聞いたけど、なんでセフィロトを護ってるんだい?」
ガイが尋ねるが、あまり答えは期待していないという調子だった。「それは……すみません、教団の最高機密です」とイオンが返すと、ガイは「やっぱそうだよな」と苦笑した。
「でも封印を開いたところで何も出来ないはずなのですが……」
イオンは伏し目がちに、呟く。彼にも六神将たちの狙いは見当がつかないらしい。全員が考え込み、しばらく沈黙が流れた。
「何でもいいけどよ。とっとと街へ行こうぜ。干からびちまうよ」
そんな話には興味がないといった様子で、ルークは一行をおいて砂漠を進んでいく。彼の言葉の節々に、焦りが感じられたのは、気のせいではないだろう。
彼の心はここにはなく、もうすでにアクゼリュス、いや、ヴァンのもとへと飛んでいっていた。
アニスは、まだ頬を膨らませてルークを睨んでいた。以前は「ルーク様~」と言ってさんざん彼にごまを擦っていた彼女だが、ついにイオンに対する彼の言動に我慢ならなくなったらしい。ユニにもその気持ちはわかるが、しかし旅が遅れてしまったのも事実ではある。
「アニス、ルークにもいろいろ考えがあるんだよ。ケセドニアに急ごう」
「はぁ……そうだね、ケセドニアへ行くにはまた砂漠を越えなきゃならないんだもんね。よ~し、がんばろ!」
アニスが前向きになったことでユニにも元気が戻ってきた。六神将の目的はわからない。ヴァンのこともわからない。自分に何があったのかさえもわからない。しかし自分たちを待っている人がいる。今はそのために前に進むしかない。アニスとユニは手をつなぎ、仲間たちを追っていった。
その先でガイが、立ち止まってユニたちが追いつくのを待ってくれていた。「あんまり離れるなよ。こんなところではぐれられたら困るだろ」と彼は少し窘めるように言う。アニスと一緒に軽く謝ると、ガイは溜息をついて、「ユニ」と呼びかける。
「アニスはともかく、キミって隙だらけっていうか、まあ、オレの目の届くところにいてくれないと心配でかなわないんだよ」
「……えっ……なん、で……」
あまりにも率直な言葉に、ユニは面食らってしまう。どう反応していいのかわからず目を泳がせていると、横からアニスがにやにや笑って飛び出した。
「えーガイもしかして寂しがり屋さん? アニスちゃんでよければずっとくっついててあげるけどぉ?」
「わ、ちがっ、寄るなって! オ、オレにさわるなー!」
仲間たちの笑い声が聞こえてからユニははっとした。気を抜くと、頬が緩んでしまう。こんな感覚は初めてで、彼といると、戸惑うことばかりだった。
「やっぱり、あのとき離さなきゃよかった」
濡れた髪をタオルで拭いながら、シンクは一人呟いた。任務の合間にバチカルの街へ入ったのは、彼女を探すためだった。そしてアクゼリュスには来ないようにと釘を刺す。消えゆく街の瓦礫に、彼女までも埋もれさせたくはなかった。彼女は、自分たちの業とは関係のない人間なのだから。
まだ手に残る感触を握り締めて、シンクは天を仰いだ。
◇
「アッシュ、いる?」
ドンドンと少し乱暴に扉をノックされたので、返事はせず、アッシュは自身で扉を開けた。うんざりした表情で髪を掻き上げながら「何か用か」と尋ねる。シンクは部屋に入りながら「アンタに訊きたいことがあるんだけど」と言った。そう言われ眉を寄せるアッシュだったが、部屋に入れてしまった以上仕方がない、と降参し、溜息をついた。
「アンタも二年前からユニのこと知ってたんだ?」
ルークについて何か言われるのかと思っていたアッシュは、この話題に面喰って、驚いた表情を隠すことさえ忘れていた。やや黙り込み、答えるべき言葉を慎重に探す。シンクはそれを見下ろしながら、言葉を続けた。
「死霊使いから聞いたんだけど、アンタがユニをグランコクマに連れ戻したんだってね」
「……」
「どういうことなの、それ。ユニが何をしたわけ?」
「……あいつが本部に侵入しているのが発覚したから、忠告してやっただけだ」
「……それだけ?」
「ああ」
ユニから聞いたことと一致していたのだろうか、シンクは唇を噛んだ。嘘ではないのだからこれ以上探れはしないだろう。しばらく黙っていると、ようやくシンクは顔を上げた。
「……じゃあもう一つ訊くよ」
「なんだ」
「あのガイってやつ、アンタのとこの使用人だろ?」
「……それがどうした」
予想外の質問の連続にアッシュはたじろぎながらも、シンクのいう「アンタのとこ」という言葉に苛立ちを覚え、反撃するように鋭く言い放った。ガイはもう自分の世話係ではない、あの家はもう自分の帰るところではない、と言うように。
「カースロットで脳細胞の情報を読み取ったらさぁ、少しヘンなことに気が付いたんだよね」
「……」
「あいつ、ユニと面識がある」
「何? どういうことだ?」
「この旅で出会う前からユニのこと知ってたみたいなんだけど」
「……オレはもう、ガイのことは何も知らない」
「ふぅん、そっか」
なぜかシンクの方から奇妙なほど寂しそうな声が出た。それが同情なのかどうかはともかく、そんな声を聞きたくはなかった。
「ただ、ユニの方はあいつのこと知らないっていうか、忘れてるみたいなんだ」
「……!」
「どうせこのこともなにか知ってるんだろ、アッシュ」
「……ちっ……知るかよ……!」
繋がらない、わからない。なぜ、彼らが出会っている? しかし、仮に会っていたとしても、なぜ、一方だけが忘却するというのだろう――?
◇
今後の進路について悩んだ挙句、結局ユニたちはイオン奪還のために六神将を追いかけることにした。陸艦が立ち去ったのは東、オアシスのある方角だった。
あれからルークはずっとぼんやりとしている。無理もない、自分と同じ顔をした人間に出会うなんて、気味が悪いことこのうえない。仲間たちも未だ困惑していて、なんと言葉をかけたらいいかわからない状態だった。
「……鮮血のアッシュ、ルークとそっくりだったね」
アニスがぽつりと呟くと、隣を歩くガイは心配そうな顔でルークを見つめていた。
「生き別れの兄弟……なんてのは、聞いたことが無いけどなあ。ナタリア、何か知ってるかい?」
「ファブレ公爵の子息はルーク一人のはずですわ……」
ルークの幼馴染みである二人も首を傾げるばかりだった。そこへジェイドがすっと入り込む。
「分からないことを考えていてもしようがありません。アッシュ本人から聞くのが一番でしょうが、私たちの目的はそこにはありません。そうではないですか?」
「そうですね。ルークとアッシュのことはやっぱ気になっちゃうけど、今はイオン様を助けないと、だもんね」
アニスが前を向いて答えた。そこには砂漠が広がっている。蜃気楼の向こうで、イオンは自分たちの助けを待っているはずだ。
「そうですわね。導師を助け出せれば、この疑問も解けるかもしれませんわ」
「そうだな。まずは、オアシスに向かうのが一番ってことだな」
「うん。行こ~」
「よし。おいルーク、行くぞ!」
「ん……ああ」
ガイは走り出し、ぼんやりとするルークの背を力強く叩いた。ナタリアはそれを嬉しそうに見ている。幼馴染み同士なんだな、とユニは意識し、少しだけ羨ましく思った。ユニもアニスに「行こ」と言われ、歩き出す。
シンクの願いを聞いてあげられなかったのは残念だったが、ここにはユニの仲間がいる。イオンを取り戻し、アクゼリュスへ向かうのだ。ユニにだって自分の意思というものがあるのだから。
「……逃れられない運命か。或いはこれすらも預言に記されているのでしょうか」
ジェイドは機械のような声でぽつりと呟いた。その声は風に流される砂のように、誰にも掬われずに消えてしまった。
砂漠を歩き続けてようやくオアシスについたのは、日も暮れかけた頃だった。武器や食料を補充していると、突然ルークが苦しそうに呻き始めた。彼は、アッシュの声で幻聴を聞いたという。その声は「ザオ遺跡に来い」と言ったそうだ。
イオンと六神将の行方がつかめないユニたちは、アッシュが行き先を教える理由も、罠かどうかもわからなかったが、その言葉に従うしかなかった。
聞き込みを終えてザオ遺跡のおおよその位置を掴んだ一行は、翌日朝早くにオアシスを出発した。そして数時間後、オアシスの東にそれらしき場所をみつけた。風のせいなのか、ここへは来ていないのか、陸艦の痕跡はみつからなかった。振り返って広大な砂漠を見つめながら、ジェイドが呟く。
「ますます分かりませんね。六神将の意図が何なのか」
「確かにそうですね。イオン様を連れまわすのも、その行く先を教えるのも……」
彼らの行動は点のようで、線で結ぶことが出来ない。それぞれの行動がどう繋がっているのか、まったく見えなかった。六神将はモースの指示で動いているのか。なぜイオンを連れまわすのか。以前イオンは「セフィロトに連れて行かれた」と言っていたが、そこで一体何をしているのか。彼らの目的が何なのか、その目的のためになぜ自分たちが邪魔なのか。確かなことは何一つわからなかった。
そして、シンクがユニに「アクゼリュスへ来るな」と言った理由も。
「今回ルークに話しかけてきたのは、オレたちをおびき寄せる罠なのかな?」
「でも、今までは直接攻撃してきたのに、どうして今更そんな回りくどいことを?」
「そうですねぇ。よくわかりません。まぁ、とにかく」
「進むしかない、ってことかい」
それは六神将たちのやり方が巧みなために目的が見えてこないというよりも、彼らの考えていることがこちらの予想も出来ないような、異様なものであるために思えた。
一行は地下へと続く通路を下りていった。それは暗く、深く、まるで地獄へと降下しているようだった。
遺跡の最深部まで進むと、鮮やかな色の扉があり、その前にアッシュとイオンの姿が見えた。しかしユニたちがそこへ駆け込む前に、立ち塞がるように、シンクとラルゴが現れた。
「六神将……!」
「導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしていてもらおう」
「なんです。お前たちは! 仕えるべき方を拐かしておきながら、ふてぶてしい」
自分の倍はある巨体を持つラルゴを、ナタリアが強い目で睨む。
「シンク! ラルゴ! イオン様を返してっ!」
「そうはいかない。奴にはまだ働いてもらう」
もとは神託の盾で一緒に過ごしていたアニスが懇願するが、聞きいれてもらえそうにない。
こうなったら、もう。
「皆、力づくで行くぞ」
ルークが腰の剣を抜いた。それに合わせて、仲間たちも無言で武器をかまえる。
「六神将烈風のシンク。……本気で行くよ」
「同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝負!」
彼らは順に名乗り、こちらに向かって駆け出してきた。ユニたちも瞬時に体勢を整える。ルークとガイが走り出し、ユニ、ティアは後方へ下がった。その中間で、ジェイドたちが援護をする。アッシュはイオンに何かさせていて、戦闘には参加しなかった。単純に考えて二対七だ。こちらに分がある。
「アンタたち、ゴチャゴチャとうざいんだよ!」
しかし動きの素早いシンクが撹乱し、ラルゴの大鎌が戦力を分断する。
「ユニ、シンクを狙いますよ!」
「はい!」
ジェイドがユニに指示する。先に譜術を発動させたのはジェイドだった。
「スプラッシュ!」
「おっと」
シンクは襲いかかる水圧をひらりとかわした。その彼が飛んだ先に、ユニは狙いを定めていた。
「……っと、斬り刻め! タービュランス!」
「……」
だが、ユニは発動のタイミングがずれたのを感じていた。コンマ数秒遅かったのだ。彼ほどの速さがあれば、ユニの攻撃をかわせるはずだった。
しかし、シンクは一歩も動かなかった。
「ちょっ、シ、シンク!!」
風が彼をめがけて襲いかかった。思わずユニは声をあげてしまった。
「……ばかだね、ユニ」
風が通り過ぎた後でシンクがゆっくり立ち上がると、彼の髪が一房ハラリと地面に落ちた。ユニの譜術は彼の横を掠めただけだったらしい。
しかしユニはそれを見て、敵への攻撃がはずれたのにもかかわらず、ホッとしてしまった。しっかりシンクを狙ったつもりだが、手元を狂わせる何かが心の内に燻っていた。なにやら苦しくて、うまく息が出来ない。
「当てる気がないなら下がりなよ。僕もアンタがいると戦いにくい」
「同感ですねぇユニ。戦えないのなら下がりなさい」
「すいません、つ、次は当てますから!」
「……ほんと、ばかだな」
シンクは仮面の下で笑った。そして突進してくるルークを拳で突きとばす。ユニはそれに治癒術をかける。譜術でガイの援護をする。
けれど結局、最後まで、どうしても本気でシンクを狙うことは出来なかった。
「――シンク!」
ジェイドの譜術が思いきりシンクに炸裂したのを見て、ユニは我慢できずに彼のもとへと駆けていった。ジェイドたちがこちらを見ていたけれど、ユニの事情を察してか誰も咎めなかった。
シンクは倒れ、肩で息をしていた。封印術のせいで今のジェイドの力は通常よりも劣っている。とはいえ、彼の術の恐ろしさはユニも身をもって知っていたから、思わず足が動いてしまったのだ。
「シンク、大丈夫……!?」
「……治癒術……かけるなよ、ユニ」
喘ぎながらシンクは言ったが、強がっていられるのならまだ大丈夫なようだ。ユニは安堵し目を細め、シンクを抱き起こした。
「……何のつもりだよ、ユニ。僕はアンタの敵なんだ」
「どうして敵になるのシンク、もうやめてよ。わたしたちの邪魔をしないで……」
「アンタたちとは違う目的があるんだから仕方ないだろ」
「それがわかんないんだって……」
ユニは俯いた。シンクは、まだ戦闘を継続するラルゴを見やるが、彼もすでにボロボロであり、彼らの負けは時間の問題だった。
「教えてもアンタはこっちに来てくれないんでしょ。なら教えない」
彼は嘲るように言って笑ったが、それはユニにとって不快なものではなかった。
「ユニの方こそ、僕の邪魔をしないで欲しいんだけど」
「わ、わたしたちはわたしたちの目的を……」
「……お互いサマだろ」
そう言ってシンクはユニの手を払った。
「アクゼリュスへ行きたいんなら好きにしなよ。忠告はしたけど、僕はもう面倒見きれない」
そう言ったシンクは、なぜか傷付いているようで、寂しそうで、ユニは何も言えずに目を伏せた。
二年前も、こうやって知らず知らずのうちに彼を傷付けていたのだろうか。そして今もまた、自覚なく、誰かを悲しませているのだろうか。
熾烈な戦闘の末、ついにラルゴも膝をついた。
「……二人がかりで何やってんだ! 屑!」
するとそれまでイオンの隣で戦闘を見ていたアッシュが痺れを切らしたように、暴言を吐き、剣を抜いてこちらへと向かってきた。衝動的に、ルークが飛び出してその剣を受け止める。そして技を繰り出し、受け止められ、お互いに一旦間合いを開ける。
そして同時に、駆け出し、斬り、蹴りあげる――二人はまったく同じ技で打ち合ったのだ。横から見ているユニの目には、二人の間に鏡があるように見えた。
ルークは狼狽え、アッシュから離れると、信じられないと言った顔で自分と同じ顔をみつめるのだった。
「今の……今のはヴァン師匠の技だ! どうしてそれをお前が使えるんだ!」
「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! オレは……!」
「アッシュ! やめろ!」
いつの間にかユニの傍から飛び出していったシンクが、アッシュに掴みかかり、彼の言葉を遮った。アッシュは不本意そうな目でシンクを見返したが、どうやら従う方がいいと判断したようで、黙っていた。
「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ。さあ!」
アッシュは無言で、剣を鞘に収めた。シンクはアッシュの前に立つと、こちらに向かって「取引だ」と鋭く言い放った。
「こちらは導師を引き渡す。その代わりにここでの戦いは打ち切りたい」
「このままお前らをぶっ潰せば、そんな取引、成り立たないな」
苦し紛れにも思える提案にガイが畳みかけるが、シンクはそれも想定済みだといった様子でせせら笑った。
「ここが砂漠の下だってこと忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることも出来るんだよ」
「無論こちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」
迷いのない言葉に、少し背筋が寒くなる。なぜそこまで出来るのか理解できないが、彼らならやりかねない。ここは逆らわない方が賢明である、と誰もが思った。
「ルーク。取引に応じましょう。今は早くイオン様を奪還して、アクゼリュスへ急いだ方がいいわ」
「陸路を進んでいる分遅れていますからね」
ティアとジェイドが一行の『責任者』である親善大使ルークに決断を促す。ルークはちらりとアッシュを見、そして心配そうな表情でこちらをみつめているイオンに視線を移した。他の選択肢は残されていなかった。
「……分かった」
ルークが頷くと、シンクはイオンに「行け」という仕草をした。イオンは安堵の表情を浮かべ、仲間たちのもとへ駆けて行った。ユニも立ち上がり彼の後に続こうとしたが、そこへ、アッシュが静かに歩み寄ってきた。ユニは立ち止まって、彼を見た。
「ユニ」
「……アッシュ」
アッシュは低くユニの名を呼んだ。ほとんど口を動かしていないのは、他の者に聞かれたくないからだろうか。
最後に彼とまともに会話をしたのは、二年程前に遡る。あの日から、普通の生活が戻ってきたのだと思っていた。しかし今になって思えば、あの日から確実に、ユニの日常が崩れ出していたのである。
「……ヴァンには気をつけろ」
「……わかってる。バチカルで変なこと言われたから」
「ちっ……もう気付かれたのか」
「えっ……」
アッシュはそれだけ言うと、すたすたとシンクたちの方へ歩いていってしまった。聞きたいことが山ほどあったのだが、六神将とルークたちが見ている場所で、彼と堂々と会話出来るはずがない。ユニはしぶしぶ、仲間たちの方へ戻る。
やはり、ヴァンやアッシュはユニの過去のことを何か知っている。そしてシンクも気付き始めている。一体なんなのだろう。ユニだけが何も知らされぬまま、世界に取り残されているような気がした。
「そのまま先に外へ出ろ。もしも引き返してきたら、その時は本当に生き埋めにするよ」
結局シンクともアッシュとも、きちんと話し合えないままだったな、とユニは思い、出口へ向かってのろのろと歩き出した。
「……やっぱり似てる」
不意に呟いたのはガイだった。その言葉が耳に入ったユニは彼の視線を追うが、そこにいたのはアッシュではなくシンクだった。ユニは首を傾げる。
「あのような下賎な輩に命令されるとは、腹立たしいですわね」
「え? ああ、そうだな。でもナタリア、堪えてくれよ」
「分かっています。今のわたくしは王女の身分を隠して旅をしているのですもの」
憤慨した様子で彼らを睨みつけているナタリアに「行こう」と言ってガイは歩き出す。つられてナタリアもラルゴたちを背にした。
「あれがナタリア王女か……。因縁だね、ラルゴ」
ラルゴの様子に気付いたのだろう、シンクが乾いた声で言った。
「……おい、ラルゴ。てめぇ、ナタリアと何か関係があるのか?」
ラルゴは黙っていたが、アッシュが彼に問いかける。
「……さて、昔のことだ。忘れてしまった」
「……六神将は互いの過去を知る必要はない」
シンクが言った。忘れたのか、といった調子で、拳を握りしめながら。
「アンタだってそれが身に染みているだろ? 『聖なる焔』の燃えかすである、アンタならね」
「……ちっ」
アッシュはわざと聞こえるように舌打ちし、苛々した様子で背を向けた。しかし苦い表情をしているのは、シンクも同じだった。
(あのガイって奴、気付いたな……。ますます気に入らない)
「ふ~、何はともあれ、無事イオンを救出できたな!」
「ホント大変で、心配したんですから! イオン様ぁ」
ザオ遺跡から離れ、六神将も追ってくる様子がないのを確認すると、ガイが一息ついて言った。イオンを取り戻せたことで、アニスも心の底から安心しているような、そんな表情を浮かべる。
「すみません、僕のために」
「まったくだ! ヴァン師匠が待ちくたびれてるぜ」
しかし、頭を下げたイオンに対して、ルークは無神経に言葉を吐く。
「ちょっとルーク……!」
ユニとアニスは釈然としない思いで、彼をやや睨む。これには全員がムッとしたことだろう。イオンにもしものことがあれば、ギリギリで保たれているこの世界の均衡が崩れてしまうのに。イオンは「ごめんなさい」と悲しそうに言ったが、その後でこちらに向き直って「でも、ありがとう皆さん。助けてくれた事、本当に感謝しています」と慎ましやかに微笑んだ。
「ところでイオン様、彼らはあなたに何をさせていたのです? ここもセフィロトなんですね?」
ジェイドが訊ねると、今度は厳しい表情で頷く。
「……はい。ローレライ教団ではセフィロトを護るため、ダアト式封咒という封印を施しています。これは歴代導師にしか解呪できないのですが、彼らはそれを開けるようにと……」
「前にも聞いたけど、なんでセフィロトを護ってるんだい?」
ガイが尋ねるが、あまり答えは期待していないという調子だった。「それは……すみません、教団の最高機密です」とイオンが返すと、ガイは「やっぱそうだよな」と苦笑した。
「でも封印を開いたところで何も出来ないはずなのですが……」
イオンは伏し目がちに、呟く。彼にも六神将たちの狙いは見当がつかないらしい。全員が考え込み、しばらく沈黙が流れた。
「何でもいいけどよ。とっとと街へ行こうぜ。干からびちまうよ」
そんな話には興味がないといった様子で、ルークは一行をおいて砂漠を進んでいく。彼の言葉の節々に、焦りが感じられたのは、気のせいではないだろう。
彼の心はここにはなく、もうすでにアクゼリュス、いや、ヴァンのもとへと飛んでいっていた。
アニスは、まだ頬を膨らませてルークを睨んでいた。以前は「ルーク様~」と言ってさんざん彼にごまを擦っていた彼女だが、ついにイオンに対する彼の言動に我慢ならなくなったらしい。ユニにもその気持ちはわかるが、しかし旅が遅れてしまったのも事実ではある。
「アニス、ルークにもいろいろ考えがあるんだよ。ケセドニアに急ごう」
「はぁ……そうだね、ケセドニアへ行くにはまた砂漠を越えなきゃならないんだもんね。よ~し、がんばろ!」
アニスが前向きになったことでユニにも元気が戻ってきた。六神将の目的はわからない。ヴァンのこともわからない。自分に何があったのかさえもわからない。しかし自分たちを待っている人がいる。今はそのために前に進むしかない。アニスとユニは手をつなぎ、仲間たちを追っていった。
その先でガイが、立ち止まってユニたちが追いつくのを待ってくれていた。「あんまり離れるなよ。こんなところではぐれられたら困るだろ」と彼は少し窘めるように言う。アニスと一緒に軽く謝ると、ガイは溜息をついて、「ユニ」と呼びかける。
「アニスはともかく、キミって隙だらけっていうか、まあ、オレの目の届くところにいてくれないと心配でかなわないんだよ」
「……えっ……なん、で……」
あまりにも率直な言葉に、ユニは面食らってしまう。どう反応していいのかわからず目を泳がせていると、横からアニスがにやにや笑って飛び出した。
「えーガイもしかして寂しがり屋さん? アニスちゃんでよければずっとくっついててあげるけどぉ?」
「わ、ちがっ、寄るなって! オ、オレにさわるなー!」
仲間たちの笑い声が聞こえてからユニははっとした。気を抜くと、頬が緩んでしまう。こんな感覚は初めてで、彼といると、戸惑うことばかりだった。