第2章(外殻大地編)
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37 星垂れて、月湧くように
ほとんど二年ぶりに彼を見た。どうせならこんな時ではなくて、もっと落ち着いたときに、昔を思い出しながらゆっくり話がしたかった。
シンクはユニたちの姿を確認すると、静かに身体を起こし、首を捻った。彼がどうやって戦うのかはわからないが、装備品を見る限りでは肉体派のようだった。アニスが上擦った声を出す。
「どうなってるの……また六神将……っ!」
「え、シンクって六神将だったの!?」
「そうだよ、さっきのラルゴと同じ……!」
アニスは臨戦態勢に入りながら、ユニの質問に答えた。緊張しているのか、声が微かに震えていた。無理もない。自分の仲間はほぼ丸腰の子ども二人であり、それを守りながら戦わねばならないと考えているのだろう。
「なんだ、知らなかった? ユニ」
仮面の上からでも、彼が余裕たっぷりであることが伝わってくる。丸い窓の外では、魔物の群れが不気味な声で喚いていた。
しかしユニがなんとなく冷静でいられたのは、シンクがかつての友人であり、自分には危害を加えないはずだと思い込んでいたからなのかもしれない。
だからこの作戦を思いついた。他の方法を考えている暇はなかった。シンクを突破するのは不可能だとアニスも思っていただろう。それに彼が気の長い人間じゃないことは、よく知っていた。
「アニス! イオン様を連れて逃げて!」
「え、ユニ!?」
そう叫ぶと同時にユニは自分のすぐ横の窓を譜術で叩き割った。人が二人通り抜けるには十分な大きさだ。シンクの表情が変わったのがなんとなくわかった。アニスがイオンの手を掴み、駆け出す。ユニはシンクを止めるために走り出した。
「わかったユニ! 先に行くから!」
「了解!」
猛烈な勢いで突進してくるシンクめがけてユニは譜術を展開した。「ロックブレイク!」岩の塊が突き出て、その行く手を阻んだ。ちらりと視線を向けると、窓の外へ飛び出し、巨大化した人形に乗って落ちて行く二人の姿が見えた。アニスが迷わず行ってくれてよかった。すぐそこに森がある。そこへ逃げ込めば、追手を撒けるかもしれない。ここでシンクに捕まってしまうよりはずっとましだった。
「……逃がされたか」
攻撃を避けて横へ跳んだシンクは、ゆっくりと立ち上がり、ユニを見据えた。その強気な態度は、昔とちっとも変わっていなかった。そのことで、また確信してしまう。ユニが冷静でいられるのは、きっと、いや絶対、相手がシンクだからだ。
「まあいい。追手は腐るほどいるからね。でも驚いたよ、なんでアンタがここにいるんだ?」
「……シンクこそ」
「僕は任務でいるだけだ」
襲ってくる気配がないので、ユニは少しだけ肩の力を抜いた。それでも、頭の中では譜術の構築をずっと繰り返している。しかし、それにしても、アニスも言っていたが、六神将のうちの二人もこの艦に乗り込んでくるなんて、とんでもないことになってしまった。この作戦、本当にうまくいくのだろうか?
「……ねぇアンタ、あれから何してたの」
「? あれからって?」
「ダアトに来なくなったろ」
「あ、あぁ、それは……」
本当はこんなところで呑気に昔話などしている場合ではなかったが、シンクから簡単に逃げられるはずもなく、だからといって捕まるわけにもいかず、つまるところ、前にも後ろにも動けずにいた。
彼もまた、イオンが外へ逃げたのなら自分の管轄ではない、と即座に諦めたのかもしれない。そして彼にとってユニは、ジェイドなどとは違って脅威はないただの民間人で、暇潰しにちょうどいい相手だった。
「前と変わらず、グランコクマで暮らしてたよ」
「そう」
「……あの頃、世界情勢が悪化したでしょ。だから海路は使えなくなって……」
「……」
質問にきちんと答えていたつもりだったが、彼は何も言葉を発さなかった。表情もわからず不安になるが、しかし、ここで話を続けることは時間稼ぎになる。イオンを逃がせたからといって、ジェイドたちが艦橋を奪還するのを邪魔されるわけにはいかなかった。
「……シンクは、あれから何してたの」
「そんなこと興味あるの?」
「あ……あるよ」
だんだん声が震えてきた。嘘をつくのがへた過ぎる。シンクもそれをあっという間に見抜いたのだろう、仮面の下からくつくつと乾いた笑いが聞こえてきた。
「そんなに構えなくていいよ。アンタに危害は加えないから」
「へ……どうして?」
「別に。そんなのどうだっていいだろ」
少し怒ったようにして言うシンクを、今は信用するしかなかった。
「アンタさ、自分が何してるかわかってるの?」
「……どういうこと?」
「導師を誘拐したりして、マルクトは何考えてんのさ」
「……わからない? シンクは大詠師派?」
「そんなの僕には関係ない。もう一度聞くけど、なんでアンタみたいなのがこんなところにいるんだよ」
「……預言だよ」
「預言だって?」
ここはユニがいていい場所ではない、と言われたような気がして、少し頭にきた。確かに、力はないかもしれない。覚悟も足りないかもしれない。だけどジェイドもピオニーも、ユニを認め、送り出してくれたのだ。その人たちの気持ちも無下にするような発言に、ユニは自分にもシンクにも腹が立った。
「よくわからないけど、預言なんて気にしなくていいんだよ。もう必要なくなるしね」
「? 何言ってるの?」
「僕と一緒にきなよ、ユニ」
「!?」
ユニは思いきり眉を顰めた。その表情が気に入ったのか、シンクは楽しそうに笑っている。仲間になれということなのか、何が言いたいのかさっぱりわからない。それでも、とにかく時間稼ぎにはなる。もう少し、あと少し、ジェイド、急いで、はやく――
「あいつらと一緒にいたんじゃいつか死ぬよ」
「……シンクたちが殺すから?」
「そうかもね」
彼はどうやらユニにジェイドたちから離れろと言っているようだ。だがそんなこと、出来るはずがない。断ったら殺されてしまうだろうか? と一瞬考えたが、相手がシンクだからそれはない、と瞬時に思う。このシンクに対する絶対の信頼はなんだろう。信頼、というよりかは何か根拠のない自信のような。ただ、シンクからはまったく殺意を覚えない。それが根拠だったのか。
「ごめん。シンクと、っていうか神託の盾には行けないよ」
「……困るんだよね、ホント。なんでこんな任務にアンタが同行している? 死霊使いとアンタにどんな関係があるのさ?」
「……わたしたちは、ピオニー陛下の名代として、国境を越えようとしてるの」
「ピオニー」
彼に与える情報を選んで話す。シンクはその名を噛みしめるように一度言って、そして少しの沈黙のあと、急に笑い始めた。
「あはは、あの国の皇帝は、女を戦場に送りだすんだ?」
「ば、ばかにしないで! ここを戦場にしてるのは、あなたたちじゃない! お願いだから邪魔をしないで! わたしたちは戦争を回避したいだけなの!」
ユニが力まかせに叫んだその時だった――
「死霊使いの名によって命じる! 作戦名『骸狩り』始動せよ!!」
「!?」
突然、ジェイドの声が機械を通して艦内に響き渡った。その直後、音素灯の光が落ち、すべての動力音が収束していき、ガクン、と艦が大きく揺れた。何もかもが沈黙するように停止した。
(タルタロスの作戦コードは頭に入れてありますか?)
ユニの頭の中でジェイドの声が聞こえた。チーグルの森で言っていたのは、このことだったのか。まさか実際に使うことになるとは、彼も思っていなかっただろうが。
(真面目に覚えといてよかった)
ユニは迷わず、シンクのいる方とは逆方向に走り出した。この暗闇なら、相手がシンクだろうとこちらに分がある。向かう先は一つだった。左舷昇降口。タルタロスは非常停止するとそこ以外開かない。ジェイドたちもそこへ向かうはずだ。合流できるかもしれない。
「ユニ……待て!」
「シンク……もう追ってこないでっ!」
ユニが逃げるのを察知したのか、シンクも駆け出したのが聞こえた。しかしそう言い残して廊下を曲がると、彼の足音はもう聞こえなくなっていた。
ほとんど二年ぶりに彼を見た。どうせならこんな時ではなくて、もっと落ち着いたときに、昔を思い出しながらゆっくり話がしたかった。
シンクはユニたちの姿を確認すると、静かに身体を起こし、首を捻った。彼がどうやって戦うのかはわからないが、装備品を見る限りでは肉体派のようだった。アニスが上擦った声を出す。
「どうなってるの……また六神将……っ!」
「え、シンクって六神将だったの!?」
「そうだよ、さっきのラルゴと同じ……!」
アニスは臨戦態勢に入りながら、ユニの質問に答えた。緊張しているのか、声が微かに震えていた。無理もない。自分の仲間はほぼ丸腰の子ども二人であり、それを守りながら戦わねばならないと考えているのだろう。
「なんだ、知らなかった? ユニ」
仮面の上からでも、彼が余裕たっぷりであることが伝わってくる。丸い窓の外では、魔物の群れが不気味な声で喚いていた。
しかしユニがなんとなく冷静でいられたのは、シンクがかつての友人であり、自分には危害を加えないはずだと思い込んでいたからなのかもしれない。
だからこの作戦を思いついた。他の方法を考えている暇はなかった。シンクを突破するのは不可能だとアニスも思っていただろう。それに彼が気の長い人間じゃないことは、よく知っていた。
「アニス! イオン様を連れて逃げて!」
「え、ユニ!?」
そう叫ぶと同時にユニは自分のすぐ横の窓を譜術で叩き割った。人が二人通り抜けるには十分な大きさだ。シンクの表情が変わったのがなんとなくわかった。アニスがイオンの手を掴み、駆け出す。ユニはシンクを止めるために走り出した。
「わかったユニ! 先に行くから!」
「了解!」
猛烈な勢いで突進してくるシンクめがけてユニは譜術を展開した。「ロックブレイク!」岩の塊が突き出て、その行く手を阻んだ。ちらりと視線を向けると、窓の外へ飛び出し、巨大化した人形に乗って落ちて行く二人の姿が見えた。アニスが迷わず行ってくれてよかった。すぐそこに森がある。そこへ逃げ込めば、追手を撒けるかもしれない。ここでシンクに捕まってしまうよりはずっとましだった。
「……逃がされたか」
攻撃を避けて横へ跳んだシンクは、ゆっくりと立ち上がり、ユニを見据えた。その強気な態度は、昔とちっとも変わっていなかった。そのことで、また確信してしまう。ユニが冷静でいられるのは、きっと、いや絶対、相手がシンクだからだ。
「まあいい。追手は腐るほどいるからね。でも驚いたよ、なんでアンタがここにいるんだ?」
「……シンクこそ」
「僕は任務でいるだけだ」
襲ってくる気配がないので、ユニは少しだけ肩の力を抜いた。それでも、頭の中では譜術の構築をずっと繰り返している。しかし、それにしても、アニスも言っていたが、六神将のうちの二人もこの艦に乗り込んでくるなんて、とんでもないことになってしまった。この作戦、本当にうまくいくのだろうか?
「……ねぇアンタ、あれから何してたの」
「? あれからって?」
「ダアトに来なくなったろ」
「あ、あぁ、それは……」
本当はこんなところで呑気に昔話などしている場合ではなかったが、シンクから簡単に逃げられるはずもなく、だからといって捕まるわけにもいかず、つまるところ、前にも後ろにも動けずにいた。
彼もまた、イオンが外へ逃げたのなら自分の管轄ではない、と即座に諦めたのかもしれない。そして彼にとってユニは、ジェイドなどとは違って脅威はないただの民間人で、暇潰しにちょうどいい相手だった。
「前と変わらず、グランコクマで暮らしてたよ」
「そう」
「……あの頃、世界情勢が悪化したでしょ。だから海路は使えなくなって……」
「……」
質問にきちんと答えていたつもりだったが、彼は何も言葉を発さなかった。表情もわからず不安になるが、しかし、ここで話を続けることは時間稼ぎになる。イオンを逃がせたからといって、ジェイドたちが艦橋を奪還するのを邪魔されるわけにはいかなかった。
「……シンクは、あれから何してたの」
「そんなこと興味あるの?」
「あ……あるよ」
だんだん声が震えてきた。嘘をつくのがへた過ぎる。シンクもそれをあっという間に見抜いたのだろう、仮面の下からくつくつと乾いた笑いが聞こえてきた。
「そんなに構えなくていいよ。アンタに危害は加えないから」
「へ……どうして?」
「別に。そんなのどうだっていいだろ」
少し怒ったようにして言うシンクを、今は信用するしかなかった。
「アンタさ、自分が何してるかわかってるの?」
「……どういうこと?」
「導師を誘拐したりして、マルクトは何考えてんのさ」
「……わからない? シンクは大詠師派?」
「そんなの僕には関係ない。もう一度聞くけど、なんでアンタみたいなのがこんなところにいるんだよ」
「……預言だよ」
「預言だって?」
ここはユニがいていい場所ではない、と言われたような気がして、少し頭にきた。確かに、力はないかもしれない。覚悟も足りないかもしれない。だけどジェイドもピオニーも、ユニを認め、送り出してくれたのだ。その人たちの気持ちも無下にするような発言に、ユニは自分にもシンクにも腹が立った。
「よくわからないけど、預言なんて気にしなくていいんだよ。もう必要なくなるしね」
「? 何言ってるの?」
「僕と一緒にきなよ、ユニ」
「!?」
ユニは思いきり眉を顰めた。その表情が気に入ったのか、シンクは楽しそうに笑っている。仲間になれということなのか、何が言いたいのかさっぱりわからない。それでも、とにかく時間稼ぎにはなる。もう少し、あと少し、ジェイド、急いで、はやく――
「あいつらと一緒にいたんじゃいつか死ぬよ」
「……シンクたちが殺すから?」
「そうかもね」
彼はどうやらユニにジェイドたちから離れろと言っているようだ。だがそんなこと、出来るはずがない。断ったら殺されてしまうだろうか? と一瞬考えたが、相手がシンクだからそれはない、と瞬時に思う。このシンクに対する絶対の信頼はなんだろう。信頼、というよりかは何か根拠のない自信のような。ただ、シンクからはまったく殺意を覚えない。それが根拠だったのか。
「ごめん。シンクと、っていうか神託の盾には行けないよ」
「……困るんだよね、ホント。なんでこんな任務にアンタが同行している? 死霊使いとアンタにどんな関係があるのさ?」
「……わたしたちは、ピオニー陛下の名代として、国境を越えようとしてるの」
「ピオニー」
彼に与える情報を選んで話す。シンクはその名を噛みしめるように一度言って、そして少しの沈黙のあと、急に笑い始めた。
「あはは、あの国の皇帝は、女を戦場に送りだすんだ?」
「ば、ばかにしないで! ここを戦場にしてるのは、あなたたちじゃない! お願いだから邪魔をしないで! わたしたちは戦争を回避したいだけなの!」
ユニが力まかせに叫んだその時だった――
「死霊使いの名によって命じる! 作戦名『骸狩り』始動せよ!!」
「!?」
突然、ジェイドの声が機械を通して艦内に響き渡った。その直後、音素灯の光が落ち、すべての動力音が収束していき、ガクン、と艦が大きく揺れた。何もかもが沈黙するように停止した。
(タルタロスの作戦コードは頭に入れてありますか?)
ユニの頭の中でジェイドの声が聞こえた。チーグルの森で言っていたのは、このことだったのか。まさか実際に使うことになるとは、彼も思っていなかっただろうが。
(真面目に覚えといてよかった)
ユニは迷わず、シンクのいる方とは逆方向に走り出した。この暗闇なら、相手がシンクだろうとこちらに分がある。向かう先は一つだった。左舷昇降口。タルタロスは非常停止するとそこ以外開かない。ジェイドたちもそこへ向かうはずだ。合流できるかもしれない。
「ユニ……待て!」
「シンク……もう追ってこないでっ!」
ユニが逃げるのを察知したのか、シンクも駆け出したのが聞こえた。しかしそう言い残して廊下を曲がると、彼の足音はもう聞こえなくなっていた。