第2章(外殻大地編)
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27 預言を守る
「しばらく休暇をやる。街にでも遊びに行って来い」
昨日、ピオニーに言われた言葉を思い出す。その寂しい背中に、反論することは出来なかった。
言われた通り、ユニは仕事へ向かわず、街へ出て、いつもの花畑へやってきた。仰向けに寝そべると、柔らかな草の感触と、枝の隙間から差す優しい光に、悩みも少しだけ融けていく。
「はぁ……どうしよう」
しかし、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
生誕の預言を受けて、なぜかそこで「旅に出るだろう」と詠まれていて。それをピオニーとジェイドに言えば、彼らが密かに計画していた任務を示唆していたのだとわかり、そしてユニを任務に同行させると言うジェイドと、行かせないと言うピオニーで口論になって――
「……わたしは、どうしたいんだろう」
結局、ジェイドの意見もユニの意見も聞かないままピオニーが話を終わらせてしまったけれど、では、自分自身の気持ちはどこへ向いているのだろう。
敵国キムラスカへと渡る危険な旅。ピオニーが、軍人としても、友人としても、最も信頼するジェイドを行かせるくらいなのだ。とてもではないが、自分が一緒に行って役に立つとは思えない。まともな軍事訓練は受けておらず、政治的な交渉も出来ない。戦闘になれば、自分の身を守ることでさえ出来るかどうか。こんなの、足手まといにしかならない。
でも、これだけ「行けない」理由が揃っているのに、たった一つのことがユニの気持ちを乱していた。
それは、これが預言に詠まれていたということ。
預言は守られねばならない。それに、ここまで細かい事柄を指した預言が外れるというのはほとんど聞いたことがない。預言を回避しようとしたところで、きっととてつもなく大きな力が、ユニに働きかけるだろう。
ユニは行かなければならない。誰の意思とも関係なく、行くことが決定している。
「ジェイドと預言は行けって言う。でも、陛下は行くなって言う。じゃあ、わたしは……ぶふ!」
ぐるぐると逡巡する気持ちになんとか答えを出そうとしたところで、突然顔に大量の何かが降ってきて、目の前が真っ暗になった。驚いて起きあがると、顔からぱらぱらと枯葉が落ちて、膝に降りかかった。
「おはよう、ユニ」
「……なんだ、フィルかぁ」
横を見るとフィルがいて、手をぱんぱんと叩いて塵を落としていた。
「なんかね、あんたが珍しく休暇もらったって聞いたから、話でもしようかなーと思って」
「そっか」
ユニとフィルは港の近くのカフェに移動し、そこでお茶をすることにした。のんびりとした空気の中、美味しい紅茶を飲む。忙しい日々を送っていたユニにとっては、実に久しぶりの休暇らしい休暇だった。
「最近どう?」
「うん……まぁ忙しいのは変わんないかな」
「へえ。あたしは出世もないし、前と何にも変わんないよ。あ、すいませーん」
適当な会話を挟み、メニューに一通り目を通した後、フィルは店員を呼びとめ、「マルクトスペシャルパフェふたつ」と注文した。彼女は、店員が去った後で「昨日、誕生日でしょ。おごってあげる」と言って、ぼんやりするユニににやりと笑いかけた。そういえば誕生日を祝ってくれたのは、その日からもう一日が経過したというのに、フィルだけだった。
ピオニーもジェイドも、ひどい。
「ねえユニ。生誕の預言、詠んでもらった? 結婚相手のこととか詠まれてなかった?」
「ばっ、ばか、詠まれてるわけないじゃん」
「あはは、でももう十八歳だもんね。そういうこと考える歳だよー」
「まあまあ、そうだけど。そういうフィルはどうなの?」
「それなんだけどね、実はあたし、生誕の預言でカーティス大佐との結婚を……」
「え、え、ええ!? ジェイド!? 嘘でしょ!?」
「残念。嘘だよ」
「フィ、フィル!」
「あはは」
旅に出れば、もう、こんなありふれた日常には戻れないかもしれない。面倒なことに巻き込まれるのは嫌。争いは嫌。怖いのも嫌。預言には、従いたくない。それなのに――
ひっかかっているのは、本当は、「それが預言に詠まれていたから」ではないんだ。
「ねえ、でもさ」
「ん?」
「もし、その……本当にジェイドとの結婚を詠まれてたら、どうする? フィルなら」
フィルはしばらく腕組みをして、うんうん唸っていた。ユニは黙ったまま、スプーンと器とで金属音を響かせながら「マルクトスペシャルパフェ」を口に運んだ。値段もそれなりの大きなパフェで、こんな日じゃないと、とても食べようという気にはなれない。しかし食べきれるだろうか、と心配する間もなく、すでにほとんどが胃の中に消えていた。心配するよりも、物事は案外楽に飛び越えていけてしまう。
「預言の内容にもよるかな」
「え?」
苺を噛みながら聞き返すと、フィルは微笑んだ。
「たとえばね、カーティス大佐と結婚すると、こういうお高いパフェが毎日食べられるだろうとか、服をたくさん買ってもらえるだろうとか、陛下と仲良くなれるだろうとか、子どもが立派に育つだろうとか」
「うん」
「あたしにとって素敵なことが詠まれていたら、結婚するよ」
「ジェイドが鬼でも?」
「鬼でも、いいよ」
ユニが待っていたのは、決まりかけていた自分の気持ちを、あと一歩後押ししてくれるような言葉。もう少しで掴めそうなそれに、かたちを与えてくれるような。
「その先に素敵なことが待ってるってわかるなら、頑張れるよ」
「うん」
「あたしは、預言のそういうところが好き。どんなに大変でも、幸せを約束してくれるから」
「なんだかあの子も大変なことになっちゃいましたね、カーティス大佐」
夕暮れの中を宮殿に向かって駆けていく少女を見送って、フィルはもとの席に戻った。少し前までユニが座っていた椅子には、今は眼鏡をかけた軍人が座っている。
「『ND2018。花に愛されし少女は、要塞の都市の皇帝の命を受け、死霊使いと共に再び世界をまわるだろう。少女はその旅で失われた光を取り戻し、そして小さきながらも人々の力になるだろう』か……」
フィルは、彼から教えられた預言を諳んじる。
「ユニは必ず、自分から任務に就くと言うだろうと思っていました」
「失われた光を取り戻せるだとか、人々の力になるだとか、結構いいことが詠まれていますしね」
「ええ。しかし気の弱い子ですからね、思った通り、誰かの後押しがないと決断できませんでしたねぇ」
「あはは。大佐はユニをよく理解していらっしゃいますね」
「いえ。あなたほどではありませんよ、フィル」
追加で注文した紅茶を優雅な動作で飲み、ジェイドは息を吐いた。
「ご友人をこんな危険な旅に送り出すのは嫌だったでしょうが、ご協力いただきありがとうございました」
「まぁ、それはそうですけど……あの子が本当にやりたいことの、手伝いをしてあげただけですから」
フィルは食べかけのパフェには手をつけず、少しだけ寂しそうに笑う。
「それに預言の言う通り、みんなの役に立って、きっと無事に帰ってきますよ」
「そうですね」
「カーティス大佐も、どうかご無事で」
「ええ。ユニは私が責任を持ってお返ししますよ。しかし私を引き合いに出すとは、随分なやり手ですねぇ、フィル。今回の件のお礼として、あなたの出世について、この『鬼』のジェイドが、ご尽力いたしましょうか?」
「んー、出世はまだいいです。でも『鬼』って言ったのはあたしじゃなくて、ユニですよ?」
「私との結婚が大変だとか、あなたもおっしゃっていた気がしますけどね。いやぁそれより、ユニと旅に出かけるのが楽しみになってきました」
「ふふ、ほんと、優しくしてあげてくださいね。大佐」
「しばらく休暇をやる。街にでも遊びに行って来い」
昨日、ピオニーに言われた言葉を思い出す。その寂しい背中に、反論することは出来なかった。
言われた通り、ユニは仕事へ向かわず、街へ出て、いつもの花畑へやってきた。仰向けに寝そべると、柔らかな草の感触と、枝の隙間から差す優しい光に、悩みも少しだけ融けていく。
「はぁ……どうしよう」
しかし、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
生誕の預言を受けて、なぜかそこで「旅に出るだろう」と詠まれていて。それをピオニーとジェイドに言えば、彼らが密かに計画していた任務を示唆していたのだとわかり、そしてユニを任務に同行させると言うジェイドと、行かせないと言うピオニーで口論になって――
「……わたしは、どうしたいんだろう」
結局、ジェイドの意見もユニの意見も聞かないままピオニーが話を終わらせてしまったけれど、では、自分自身の気持ちはどこへ向いているのだろう。
敵国キムラスカへと渡る危険な旅。ピオニーが、軍人としても、友人としても、最も信頼するジェイドを行かせるくらいなのだ。とてもではないが、自分が一緒に行って役に立つとは思えない。まともな軍事訓練は受けておらず、政治的な交渉も出来ない。戦闘になれば、自分の身を守ることでさえ出来るかどうか。こんなの、足手まといにしかならない。
でも、これだけ「行けない」理由が揃っているのに、たった一つのことがユニの気持ちを乱していた。
それは、これが預言に詠まれていたということ。
預言は守られねばならない。それに、ここまで細かい事柄を指した預言が外れるというのはほとんど聞いたことがない。預言を回避しようとしたところで、きっととてつもなく大きな力が、ユニに働きかけるだろう。
ユニは行かなければならない。誰の意思とも関係なく、行くことが決定している。
「ジェイドと預言は行けって言う。でも、陛下は行くなって言う。じゃあ、わたしは……ぶふ!」
ぐるぐると逡巡する気持ちになんとか答えを出そうとしたところで、突然顔に大量の何かが降ってきて、目の前が真っ暗になった。驚いて起きあがると、顔からぱらぱらと枯葉が落ちて、膝に降りかかった。
「おはよう、ユニ」
「……なんだ、フィルかぁ」
横を見るとフィルがいて、手をぱんぱんと叩いて塵を落としていた。
「なんかね、あんたが珍しく休暇もらったって聞いたから、話でもしようかなーと思って」
「そっか」
ユニとフィルは港の近くのカフェに移動し、そこでお茶をすることにした。のんびりとした空気の中、美味しい紅茶を飲む。忙しい日々を送っていたユニにとっては、実に久しぶりの休暇らしい休暇だった。
「最近どう?」
「うん……まぁ忙しいのは変わんないかな」
「へえ。あたしは出世もないし、前と何にも変わんないよ。あ、すいませーん」
適当な会話を挟み、メニューに一通り目を通した後、フィルは店員を呼びとめ、「マルクトスペシャルパフェふたつ」と注文した。彼女は、店員が去った後で「昨日、誕生日でしょ。おごってあげる」と言って、ぼんやりするユニににやりと笑いかけた。そういえば誕生日を祝ってくれたのは、その日からもう一日が経過したというのに、フィルだけだった。
ピオニーもジェイドも、ひどい。
「ねえユニ。生誕の預言、詠んでもらった? 結婚相手のこととか詠まれてなかった?」
「ばっ、ばか、詠まれてるわけないじゃん」
「あはは、でももう十八歳だもんね。そういうこと考える歳だよー」
「まあまあ、そうだけど。そういうフィルはどうなの?」
「それなんだけどね、実はあたし、生誕の預言でカーティス大佐との結婚を……」
「え、え、ええ!? ジェイド!? 嘘でしょ!?」
「残念。嘘だよ」
「フィ、フィル!」
「あはは」
旅に出れば、もう、こんなありふれた日常には戻れないかもしれない。面倒なことに巻き込まれるのは嫌。争いは嫌。怖いのも嫌。預言には、従いたくない。それなのに――
ひっかかっているのは、本当は、「それが預言に詠まれていたから」ではないんだ。
「ねえ、でもさ」
「ん?」
「もし、その……本当にジェイドとの結婚を詠まれてたら、どうする? フィルなら」
フィルはしばらく腕組みをして、うんうん唸っていた。ユニは黙ったまま、スプーンと器とで金属音を響かせながら「マルクトスペシャルパフェ」を口に運んだ。値段もそれなりの大きなパフェで、こんな日じゃないと、とても食べようという気にはなれない。しかし食べきれるだろうか、と心配する間もなく、すでにほとんどが胃の中に消えていた。心配するよりも、物事は案外楽に飛び越えていけてしまう。
「預言の内容にもよるかな」
「え?」
苺を噛みながら聞き返すと、フィルは微笑んだ。
「たとえばね、カーティス大佐と結婚すると、こういうお高いパフェが毎日食べられるだろうとか、服をたくさん買ってもらえるだろうとか、陛下と仲良くなれるだろうとか、子どもが立派に育つだろうとか」
「うん」
「あたしにとって素敵なことが詠まれていたら、結婚するよ」
「ジェイドが鬼でも?」
「鬼でも、いいよ」
ユニが待っていたのは、決まりかけていた自分の気持ちを、あと一歩後押ししてくれるような言葉。もう少しで掴めそうなそれに、かたちを与えてくれるような。
「その先に素敵なことが待ってるってわかるなら、頑張れるよ」
「うん」
「あたしは、預言のそういうところが好き。どんなに大変でも、幸せを約束してくれるから」
「なんだかあの子も大変なことになっちゃいましたね、カーティス大佐」
夕暮れの中を宮殿に向かって駆けていく少女を見送って、フィルはもとの席に戻った。少し前までユニが座っていた椅子には、今は眼鏡をかけた軍人が座っている。
「『ND2018。花に愛されし少女は、要塞の都市の皇帝の命を受け、死霊使いと共に再び世界をまわるだろう。少女はその旅で失われた光を取り戻し、そして小さきながらも人々の力になるだろう』か……」
フィルは、彼から教えられた預言を諳んじる。
「ユニは必ず、自分から任務に就くと言うだろうと思っていました」
「失われた光を取り戻せるだとか、人々の力になるだとか、結構いいことが詠まれていますしね」
「ええ。しかし気の弱い子ですからね、思った通り、誰かの後押しがないと決断できませんでしたねぇ」
「あはは。大佐はユニをよく理解していらっしゃいますね」
「いえ。あなたほどではありませんよ、フィル」
追加で注文した紅茶を優雅な動作で飲み、ジェイドは息を吐いた。
「ご友人をこんな危険な旅に送り出すのは嫌だったでしょうが、ご協力いただきありがとうございました」
「まぁ、それはそうですけど……あの子が本当にやりたいことの、手伝いをしてあげただけですから」
フィルは食べかけのパフェには手をつけず、少しだけ寂しそうに笑う。
「それに預言の言う通り、みんなの役に立って、きっと無事に帰ってきますよ」
「そうですね」
「カーティス大佐も、どうかご無事で」
「ええ。ユニは私が責任を持ってお返ししますよ。しかし私を引き合いに出すとは、随分なやり手ですねぇ、フィル。今回の件のお礼として、あなたの出世について、この『鬼』のジェイドが、ご尽力いたしましょうか?」
「んー、出世はまだいいです。でも『鬼』って言ったのはあたしじゃなくて、ユニですよ?」
「私との結婚が大変だとか、あなたもおっしゃっていた気がしますけどね。いやぁそれより、ユニと旅に出かけるのが楽しみになってきました」
「ふふ、ほんと、優しくしてあげてくださいね。大佐」