第2章(外殻大地編)
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26 ラメンタービレ、エシタンド、グランディオーソ
それほど広くはないジェイドの執務室に、額を突き合わせるように集まる三人。声のトーンは普段よりも低く、それが何気ない会話とは全く別物なのだということを物語っていた。
ユニの視線から一度顔を逸らして、ピオニーはジェイドと目を合わせる。するとジェイドは大きく息を吐き出し、「仕方ありませんね」と呟いたのだった。
「実はあなたには秘密にしていたお話があります。いえ、あなただけではなく、軍でもほんの一握りの人間しか知りません。お気付きかもしれませんが、このところ陛下が私の部屋によくやって来ていたのは、その相談をするためでした」
「悪いな、迷惑かけて」
「……え……いえ、そうだったんですね」
素直に謝られると、なんだか申し訳なくなってユニは下を向いた。彼らにも理由があったのに、それを知ろうともせず、あんなに怒ってしまったのだから。
「現在のマルクトとキムラスカの情勢はご存じですね?」
「はい。また国境近くで争いがあったと聞きました」
「ええ。局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう」
『戦争』――その言葉を聞いて、ユニはごくりと唾を飲み込んだ。なんだか嫌な予感がして仕方無い。
「そこで、世界情勢の悪化を見越し、我々は和平条約締結を提案した親書をキムラスカに送ろうと考えました」
「ん、え、キムラスカに!?」
予想外の答えだった。てっきり、攻め込む準備をしているのかと思ったのだが。確かに、一年以上続いたぎりぎりの均衡状態も、ここにきてそのバランスを失いつつある。最悪な事態を招く前に、戦争を回避できれば――しかし、そんなことが簡単に成せるとは思えない。
計画を実行に移すために、国の意見をまとめるだけでも相当苦労するだろう。それに、一体どうやってキムラスカへ辿り着くつもりなのか。たとえ辿り着いたとしても、本当にうまくいくのか……
「……で、では、キムラスカにマルクトから使節団を派遣するのですか? ジェイドもそれに?」
「まぁ、そういうことだ」
「でも……そう簡単にこちらの提案を受け入れてくれるでしょうか?」
「それはキムラスカのインゴベルト六世陛下のお慈悲にかかっているでしょうねぇ」
肩を竦めたジェイドを見て「そんな呑気な……」とユニは呟いた。結局は敵国大将の気まぐれで結果が決まるだなんて。でもそれくらい、何が起こるかわからない任務なのだ。
「そんな危険な旅、だめです! 任せられませんよ!」
「おや、ではあなたが行きますか?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃありませんけど、わたしは、ジェイドが心配なんです!」
必死にそう言うと、ジェイドもピオニーも一瞬目を丸くして、そして顔を見合せて穏やかに微笑んだ。
「嬉しいことを言ってくれますねぇ。心配していただき光栄です。ユニ。私は大丈夫ですよ」
「いや、あの、でも、使者を送るにしても、もう少し安全なやり方を……」
冗談まじりだろうが丁寧に頭を下げてみせたジェイドにたじたじになりながら、ユニは遠慮気味に自分の意見を口にした。というのも、この程度のことをジェイドがすでに考えていないはずがないからである。
「ん、ユニ、何か案があるのか?」
「えと、どうせもう考えてると思いますけど……たとえば、ダアトのローレライ教団に協力を要請する、とか。中立の立場である彼らを通せば、キムラスカも和平交渉に応じる可能性が上がると思います」
「いやぁ、百点満点ですよ、ユニ。もちろんそういう作戦です」
嬉しそうに笑ったジェイドを見て、ユニは顔を引き攣らせる。それならそうと早く言って欲しかった。これではユニの心配損である。
「そうですか。なら、少し安心しました」
「いえいえ。ユニのお墨付きを頂けて、作戦を考えた私としても安心しましたよ」
こういう時のジェイドほど読めないものはない。飄々として、その魂胆がまったくわからない。この任務についても軽く言う節があるが、実際にどれほどの危険が伴うのか、わざと口にしていないように聞こえる。
「そういうわけですので、預言の通りこの使節団にご同行いただけますでしょうか、ユニ?」
「……は!?」
ユニは「忘れてた!」と叫んで一気に青ざめた。あまりにも突拍子のない歴史的作戦に、まさか自分が加わるなんてことは、完全に意識の外だった。
しかしこれが預言に詠まれた「要塞の都市の皇帝の命を受け、死霊使いと共に再び世界をまわる」旅であることは間違いない。二年前は、あれほどグランコクマ以外の街へ行きたがっていた――ましてダアトなど、行けなくなってからどれほど泣いたかわからないが、今回はそういった楽しい旅行とはまったく違う。両国が睨みあう国境を越え、敵国の中心に飛び込んでいくなんて――
「そ、そんなことわたしには……」
「ジェイド。ユニはこの任務には同行させない」
混乱しながらユニが口を開いたとき、それを遮るようにピオニーの声が鋭く響いた。
ユニも、ジェイドさえも驚いて彼をみつめる。
「こいつはまだ実戦経験もないんだぞ。今回の任務は危険すぎる。任せられない」
普段のピオニーからは考えられないほどの真剣な声だった。ユニは一瞬たじろぎ、手を胸の前で握った。何も言えそうになかった。任務には、出来れば行きたくはない。行ったところで足手まといになるだけだ。
だが、預言があった。今朝聞いた預言士の声が、頭の中でずっと鳴り続けていた。
「それは私もわかっています。しかし陛下、ユニは『この旅に同行する』という預言を受けました」
「オレもわかってるよ。だがなぜだ? ユニが今回の任務でなんの役に立つ?」
「それはわかりませんが、預言は前向きなものですよ」
「だが危険が及ばないと言い切れるか? それに、そもそも大前提として、ユニは軍人じゃない」
「しかし一通りの譜術は教えてあります。私の直伝です。率直に言って、ユニは戦力になります」
「だがユニは……」
「ユニの安全は私が責任を持って保証します」
「ジェイド」
「預言は守られねばなりません。ですから――」
「預言なんてくそくらえだ!!」
ピオニーの力任せに叫んだ声がユニの脳を揺らし、木霊のように響いていた預言士の声を一気に掻き消した。
こんなに感情的になった彼の声は聞いたことがなかった。ユニは驚いて、珍しくずれている眼鏡を直そうとしないジェイドを見てから、俯いて肩を震わせるピオニーを見つめた。
「本当はお前だって行かせたくない」
少しの沈黙の後で、凍り付いた空気を破るように、ピオニーはジェイドに向かってそれだけ吐き捨てた。そしてユニの腕を掴んで、ばたばたと部屋を出ていく。
その間、ジェイドは眼鏡を押し上げただけで、何も言わなかった。
「……あ、あの、陛下」
「ユニ、悪いがお前をここから出す訳にはいかない」
任務に参加したいとかそういうことを言おうとしたのではないのに、ピオニーはユニの言葉も聞かずに遮った。ほとんど駆け足に近い状態で手をひかれて、宮殿へ戻った。挨拶をしてくる兵士たちの声も、彼はほぼ無視していた。
ピオニーにここまで余裕がなくなるとは思ってもみなかった。もしかしたら、彼はまだユニたちに隠していることがあるのかもしれない。何かを焦っているかのようなその背中に、ユニはただひたすら不安を募らせるしかなかった。
それほど広くはないジェイドの執務室に、額を突き合わせるように集まる三人。声のトーンは普段よりも低く、それが何気ない会話とは全く別物なのだということを物語っていた。
ユニの視線から一度顔を逸らして、ピオニーはジェイドと目を合わせる。するとジェイドは大きく息を吐き出し、「仕方ありませんね」と呟いたのだった。
「実はあなたには秘密にしていたお話があります。いえ、あなただけではなく、軍でもほんの一握りの人間しか知りません。お気付きかもしれませんが、このところ陛下が私の部屋によくやって来ていたのは、その相談をするためでした」
「悪いな、迷惑かけて」
「……え……いえ、そうだったんですね」
素直に謝られると、なんだか申し訳なくなってユニは下を向いた。彼らにも理由があったのに、それを知ろうともせず、あんなに怒ってしまったのだから。
「現在のマルクトとキムラスカの情勢はご存じですね?」
「はい。また国境近くで争いがあったと聞きました」
「ええ。局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう」
『戦争』――その言葉を聞いて、ユニはごくりと唾を飲み込んだ。なんだか嫌な予感がして仕方無い。
「そこで、世界情勢の悪化を見越し、我々は和平条約締結を提案した親書をキムラスカに送ろうと考えました」
「ん、え、キムラスカに!?」
予想外の答えだった。てっきり、攻め込む準備をしているのかと思ったのだが。確かに、一年以上続いたぎりぎりの均衡状態も、ここにきてそのバランスを失いつつある。最悪な事態を招く前に、戦争を回避できれば――しかし、そんなことが簡単に成せるとは思えない。
計画を実行に移すために、国の意見をまとめるだけでも相当苦労するだろう。それに、一体どうやってキムラスカへ辿り着くつもりなのか。たとえ辿り着いたとしても、本当にうまくいくのか……
「……で、では、キムラスカにマルクトから使節団を派遣するのですか? ジェイドもそれに?」
「まぁ、そういうことだ」
「でも……そう簡単にこちらの提案を受け入れてくれるでしょうか?」
「それはキムラスカのインゴベルト六世陛下のお慈悲にかかっているでしょうねぇ」
肩を竦めたジェイドを見て「そんな呑気な……」とユニは呟いた。結局は敵国大将の気まぐれで結果が決まるだなんて。でもそれくらい、何が起こるかわからない任務なのだ。
「そんな危険な旅、だめです! 任せられませんよ!」
「おや、ではあなたが行きますか?」
「そ、そういうことを言ってるんじゃありませんけど、わたしは、ジェイドが心配なんです!」
必死にそう言うと、ジェイドもピオニーも一瞬目を丸くして、そして顔を見合せて穏やかに微笑んだ。
「嬉しいことを言ってくれますねぇ。心配していただき光栄です。ユニ。私は大丈夫ですよ」
「いや、あの、でも、使者を送るにしても、もう少し安全なやり方を……」
冗談まじりだろうが丁寧に頭を下げてみせたジェイドにたじたじになりながら、ユニは遠慮気味に自分の意見を口にした。というのも、この程度のことをジェイドがすでに考えていないはずがないからである。
「ん、ユニ、何か案があるのか?」
「えと、どうせもう考えてると思いますけど……たとえば、ダアトのローレライ教団に協力を要請する、とか。中立の立場である彼らを通せば、キムラスカも和平交渉に応じる可能性が上がると思います」
「いやぁ、百点満点ですよ、ユニ。もちろんそういう作戦です」
嬉しそうに笑ったジェイドを見て、ユニは顔を引き攣らせる。それならそうと早く言って欲しかった。これではユニの心配損である。
「そうですか。なら、少し安心しました」
「いえいえ。ユニのお墨付きを頂けて、作戦を考えた私としても安心しましたよ」
こういう時のジェイドほど読めないものはない。飄々として、その魂胆がまったくわからない。この任務についても軽く言う節があるが、実際にどれほどの危険が伴うのか、わざと口にしていないように聞こえる。
「そういうわけですので、預言の通りこの使節団にご同行いただけますでしょうか、ユニ?」
「……は!?」
ユニは「忘れてた!」と叫んで一気に青ざめた。あまりにも突拍子のない歴史的作戦に、まさか自分が加わるなんてことは、完全に意識の外だった。
しかしこれが預言に詠まれた「要塞の都市の皇帝の命を受け、死霊使いと共に再び世界をまわる」旅であることは間違いない。二年前は、あれほどグランコクマ以外の街へ行きたがっていた――ましてダアトなど、行けなくなってからどれほど泣いたかわからないが、今回はそういった楽しい旅行とはまったく違う。両国が睨みあう国境を越え、敵国の中心に飛び込んでいくなんて――
「そ、そんなことわたしには……」
「ジェイド。ユニはこの任務には同行させない」
混乱しながらユニが口を開いたとき、それを遮るようにピオニーの声が鋭く響いた。
ユニも、ジェイドさえも驚いて彼をみつめる。
「こいつはまだ実戦経験もないんだぞ。今回の任務は危険すぎる。任せられない」
普段のピオニーからは考えられないほどの真剣な声だった。ユニは一瞬たじろぎ、手を胸の前で握った。何も言えそうになかった。任務には、出来れば行きたくはない。行ったところで足手まといになるだけだ。
だが、預言があった。今朝聞いた預言士の声が、頭の中でずっと鳴り続けていた。
「それは私もわかっています。しかし陛下、ユニは『この旅に同行する』という預言を受けました」
「オレもわかってるよ。だがなぜだ? ユニが今回の任務でなんの役に立つ?」
「それはわかりませんが、預言は前向きなものですよ」
「だが危険が及ばないと言い切れるか? それに、そもそも大前提として、ユニは軍人じゃない」
「しかし一通りの譜術は教えてあります。私の直伝です。率直に言って、ユニは戦力になります」
「だがユニは……」
「ユニの安全は私が責任を持って保証します」
「ジェイド」
「預言は守られねばなりません。ですから――」
「預言なんてくそくらえだ!!」
ピオニーの力任せに叫んだ声がユニの脳を揺らし、木霊のように響いていた預言士の声を一気に掻き消した。
こんなに感情的になった彼の声は聞いたことがなかった。ユニは驚いて、珍しくずれている眼鏡を直そうとしないジェイドを見てから、俯いて肩を震わせるピオニーを見つめた。
「本当はお前だって行かせたくない」
少しの沈黙の後で、凍り付いた空気を破るように、ピオニーはジェイドに向かってそれだけ吐き捨てた。そしてユニの腕を掴んで、ばたばたと部屋を出ていく。
その間、ジェイドは眼鏡を押し上げただけで、何も言わなかった。
「……あ、あの、陛下」
「ユニ、悪いがお前をここから出す訳にはいかない」
任務に参加したいとかそういうことを言おうとしたのではないのに、ピオニーはユニの言葉も聞かずに遮った。ほとんど駆け足に近い状態で手をひかれて、宮殿へ戻った。挨拶をしてくる兵士たちの声も、彼はほぼ無視していた。
ピオニーにここまで余裕がなくなるとは思ってもみなかった。もしかしたら、彼はまだユニたちに隠していることがあるのかもしれない。何かを焦っているかのようなその背中に、ユニはただひたすら不安を募らせるしかなかった。