第2章(外殻大地編)
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25 歌うスウィートピー
「ユニ・シェフィールド。今年一年の預言を授ける――」
グンランコクマ、ローレライ教団の修道院。柔らかな光が窓をすり抜けて降り注ぐ。その下に、しんとした空気を纏い跪く少女がひとり。
「はい」
呟いた声が反響する。厳格な響きとなるよう計算し尽された設計であることを思わせるようだった。それを聞き届けた預言士(スコアラー)は、そっと頷き少女を一瞥すると、ユリアの遺した星の言葉を紡ぎ出した。
「ユニさん、おはようございます」
「あ、アスランさん! 陛下を見ませんでしたか!?」
階段を駆け上がる途中で、ふわりと揺れた銀髪が目に入った。アスラン・フリングスである。優しい笑みを向けられてユニも思わず微笑み返すが、その足は止まることなく、階段の同じ段を踏み続けていた。
「いいえ、見ていませんが。お急ぎでしょうか?」
「あ、はい、急いではいますけど……私用なので気にしないで下さい! では失礼します!」
ユニはそれだけ言うと、すぐに階段を上っていった。
宮殿ではこういった一幕はよく見られる。なかなか仕事に手をつけないこの国の皇帝を追いかけまわす人々。ユニをはじめ、身分の高い者も低い者もみな同じように彼を探して回ったもので、当人たち以外にとっては微笑ましい日常だった。
「ああ、ここにもいない! どうしよー!」
宮殿中の部屋を開けてまわったユニだったが、とうとうどこにもピオニーの姿は見当たらなかった。最後の頼みで駆け込んだこの図書室も、はずれだった。
走り疲れた分と、呆れた分の溜息を一気に吐き出し、ユニはよろよろと椅子にもたれこんだ。
「はぁ、陛下に言わなきゃいけないことがあるのに……」
息を整えようとゆっくり深呼吸をすると、なんだか眠くなってきてしまった。動きたくない。ユニはぼんやりとしながら、一番近い本棚にある背表紙を無意識に目で追った。
『グランコクマのひみつ』『譜術にまつわる色々』『ホドをめぐる争い』……
「ホドかぁ……」
十六歳になってはじめて、両親がホド戦争で亡くなったのだと聞いた。そのときに、彼らが優れた治癒士だったとも聞き、ユニは譜術を習い始めたのだった。自分に少なからず譜術の才があるのも、第七音素を扱えるのも、偶然ではなく、両親から受け継いだものだとわかり、嬉しかった。
あれから、季節は二廻りしていた。
でも、今日で十八歳になったというのに、一向に大人になった気がしない――
「あ、そうだ、こんなことしてる場合じゃない! 誕生日の預言……きゃあっ!」
忘れかけていた本来の目的を思い出したのと同時に、ユニは後ろへ椅子ごと倒れた。衝撃で本棚からバサバサと本が降り注いで顔に当たった。幸い、分厚く堅い本ではなく、紙をまとめただけの簡単な資料しか落ちて来なかったのだが、ユニは痛みと埃とで泣きそうになった。
声にならない呻き声をあげながら起きあがると、その視界に深い青の軍服が映る。
「図書室ではお静かにしてくださいね、ユニ」
「あ! ジェ、ジェイド……」
長い栗色の髪、白い肌で、眼鏡をかけた軍人が、扉を開けた姿勢のまま穏やかな微笑みでこちらを見ていた。
「もう、ジェイドも悪いんですよ! どうしていつも陛下を放置しているんですか!」
「やけに苛立っていますねぇ、ユニ。叱ったところで、それで、話を聞くと思いますか? あの方が」
図書室で会ったジェイドにピオニーを探していることを伝えると、彼はなんでもないことのように「ああ、陛下なら私の部屋にいますよ」とのたまい、ユニは呆れて目を丸くしたのだった。確かにいつものことではあったが、前回、ピオニーがジェイドの部屋へ逃亡していた際にちょうど緊急の用件があり、彼を探して宮殿中がパニックになったので「もう勝手にジェイドの部屋には行かないように」とユニが強く言っておいたのだ。それなのに、ピオニーは数日もそれを守らなかった。
「はぁ……そうでしたね」
「ま、ユニの苦労は私も認めますよ」
珍しくジェイドが労いの言葉をかけたが、ユニの体力はあまり回復してくれなかった。
このところ、ピオニーはジェイドの部屋に入り浸っている。ジェイドが追い返してくれれば、それで済むのに。
「みつけましたよ! 陛下ぁ!」
「わ、なんだユニか。驚かすなって」
勢いよく扉を開け、叫びながら部屋に入る。ソファの上でくつろいでいたピオニーはかなりびっくりしたようで、手に持っていたサンドウィッチを取りこぼした。完全に休憩モードである。
「陛下、この間のこと、お忘れで?」
「この間? あ、ああ、議会に遅刻した時か……けどなぁユニ、あの時はオレだって……」
「関係ありません! 姿をくらますのはおやめになって下さい! ここは宮殿から遠いのでもう来ないで下さいと言いましたよね!?」
そろそろ我慢も限界に達したところだったので、ユニは声を荒げた。ピオニーは人の良さそうな笑みを浮かべたまま、ユニの肩を叩いて「まあまあ」と制止しようとしていた。
二人の後ろで話の行方を見守っていたジェイドは、しばらくしてから、呆れたように溜息をつく。
「ところでユニ、陛下に何か用事があるのでは?」
彼のよく通る声に、ユニははっとして口をつぐんだ。
「そ、そうです! 忘れてました! 陛下にお話が!」
「ん、なんだ?」
「ユニ、私は席をはずした方がよろしいですか?」
「いえ、大丈夫です。ジェイドも聞いて下さい」
扉に足を向けたジェイドを止めて、ユニは言った。別に大した問題ではないのだ。というか、むしろ関係があるのはジェイドの方だった。ユニは、椅子に腰かけたジェイドを一瞥し、またピオニーに視線を戻した。
「あの、実は今日、わたしの誕生日で……」
「え、本当か!?」
「おや、忘れていました」
「いや、いいんです、それはどうでも……」
ほとんど同時に二人が言ったので、なんだか悲しくなった。しかしこれは本題ではない。ユニは再び怒りたくなったのを抑えて、言葉を続けた。
「なので、生誕の預言を詠んでもらうために、朝から修道院に行ってきました」
「そうかそうか。……で、なんて言われたんだ? 今年も一年穏やかに過ごせそうか?」
ユニは修道院での様子を思い出した。宙に舞う小さな塵を鈍い光が照らし、グランコクマを流れる水音が少し遠のいたような、静かな場所だった。
ユニは頭を現実に戻し、二人を交互に見た。明るい笑顔を浮かべ聞いてくるピオニーとは違い、ジェイドは深刻そうな表情だった。いや、ピオニーだってわかっているだろう。そんな穏やかな預言だったら、こんなに慌てて彼を探しただろうか?
「ではお伝えします……『ND2018。花に愛されし少女は、要塞の都市の皇帝の命を受け、死霊使いと共に再び世界をまわるだろう。少女はその旅で失われた光を取り戻し、そして小さきながらも人々の力になるだろう』」
「……なんだと?」
「これは……」
驚いて顔を見合わせたピオニーとジェイドを見て、ユニは自分の嫌な予感が的中したのだと知った。
この預言は、明らかに『ユニは、ピオニーの命を受け、ジェイドと共に出立する』ということを意味している。しかしピオニーがこの時勢にユニをグランコクマの外へ送り出すとは考えられないし、ジェイドがまた遠征に行くなどという話は少しも聞いていなかった。
「一体、どういうことでしょう? 陛下、ジェイド」
この二人は、確実に何か隠し事をしている。ユニは椅子に座りなおし、彼らの反応を待った
「ユニ・シェフィールド。今年一年の預言を授ける――」
グンランコクマ、ローレライ教団の修道院。柔らかな光が窓をすり抜けて降り注ぐ。その下に、しんとした空気を纏い跪く少女がひとり。
「はい」
呟いた声が反響する。厳格な響きとなるよう計算し尽された設計であることを思わせるようだった。それを聞き届けた預言士(スコアラー)は、そっと頷き少女を一瞥すると、ユリアの遺した星の言葉を紡ぎ出した。
「ユニさん、おはようございます」
「あ、アスランさん! 陛下を見ませんでしたか!?」
階段を駆け上がる途中で、ふわりと揺れた銀髪が目に入った。アスラン・フリングスである。優しい笑みを向けられてユニも思わず微笑み返すが、その足は止まることなく、階段の同じ段を踏み続けていた。
「いいえ、見ていませんが。お急ぎでしょうか?」
「あ、はい、急いではいますけど……私用なので気にしないで下さい! では失礼します!」
ユニはそれだけ言うと、すぐに階段を上っていった。
宮殿ではこういった一幕はよく見られる。なかなか仕事に手をつけないこの国の皇帝を追いかけまわす人々。ユニをはじめ、身分の高い者も低い者もみな同じように彼を探して回ったもので、当人たち以外にとっては微笑ましい日常だった。
「ああ、ここにもいない! どうしよー!」
宮殿中の部屋を開けてまわったユニだったが、とうとうどこにもピオニーの姿は見当たらなかった。最後の頼みで駆け込んだこの図書室も、はずれだった。
走り疲れた分と、呆れた分の溜息を一気に吐き出し、ユニはよろよろと椅子にもたれこんだ。
「はぁ、陛下に言わなきゃいけないことがあるのに……」
息を整えようとゆっくり深呼吸をすると、なんだか眠くなってきてしまった。動きたくない。ユニはぼんやりとしながら、一番近い本棚にある背表紙を無意識に目で追った。
『グランコクマのひみつ』『譜術にまつわる色々』『ホドをめぐる争い』……
「ホドかぁ……」
十六歳になってはじめて、両親がホド戦争で亡くなったのだと聞いた。そのときに、彼らが優れた治癒士だったとも聞き、ユニは譜術を習い始めたのだった。自分に少なからず譜術の才があるのも、第七音素を扱えるのも、偶然ではなく、両親から受け継いだものだとわかり、嬉しかった。
あれから、季節は二廻りしていた。
でも、今日で十八歳になったというのに、一向に大人になった気がしない――
「あ、そうだ、こんなことしてる場合じゃない! 誕生日の預言……きゃあっ!」
忘れかけていた本来の目的を思い出したのと同時に、ユニは後ろへ椅子ごと倒れた。衝撃で本棚からバサバサと本が降り注いで顔に当たった。幸い、分厚く堅い本ではなく、紙をまとめただけの簡単な資料しか落ちて来なかったのだが、ユニは痛みと埃とで泣きそうになった。
声にならない呻き声をあげながら起きあがると、その視界に深い青の軍服が映る。
「図書室ではお静かにしてくださいね、ユニ」
「あ! ジェ、ジェイド……」
長い栗色の髪、白い肌で、眼鏡をかけた軍人が、扉を開けた姿勢のまま穏やかな微笑みでこちらを見ていた。
「もう、ジェイドも悪いんですよ! どうしていつも陛下を放置しているんですか!」
「やけに苛立っていますねぇ、ユニ。叱ったところで、それで、話を聞くと思いますか? あの方が」
図書室で会ったジェイドにピオニーを探していることを伝えると、彼はなんでもないことのように「ああ、陛下なら私の部屋にいますよ」とのたまい、ユニは呆れて目を丸くしたのだった。確かにいつものことではあったが、前回、ピオニーがジェイドの部屋へ逃亡していた際にちょうど緊急の用件があり、彼を探して宮殿中がパニックになったので「もう勝手にジェイドの部屋には行かないように」とユニが強く言っておいたのだ。それなのに、ピオニーは数日もそれを守らなかった。
「はぁ……そうでしたね」
「ま、ユニの苦労は私も認めますよ」
珍しくジェイドが労いの言葉をかけたが、ユニの体力はあまり回復してくれなかった。
このところ、ピオニーはジェイドの部屋に入り浸っている。ジェイドが追い返してくれれば、それで済むのに。
「みつけましたよ! 陛下ぁ!」
「わ、なんだユニか。驚かすなって」
勢いよく扉を開け、叫びながら部屋に入る。ソファの上でくつろいでいたピオニーはかなりびっくりしたようで、手に持っていたサンドウィッチを取りこぼした。完全に休憩モードである。
「陛下、この間のこと、お忘れで?」
「この間? あ、ああ、議会に遅刻した時か……けどなぁユニ、あの時はオレだって……」
「関係ありません! 姿をくらますのはおやめになって下さい! ここは宮殿から遠いのでもう来ないで下さいと言いましたよね!?」
そろそろ我慢も限界に達したところだったので、ユニは声を荒げた。ピオニーは人の良さそうな笑みを浮かべたまま、ユニの肩を叩いて「まあまあ」と制止しようとしていた。
二人の後ろで話の行方を見守っていたジェイドは、しばらくしてから、呆れたように溜息をつく。
「ところでユニ、陛下に何か用事があるのでは?」
彼のよく通る声に、ユニははっとして口をつぐんだ。
「そ、そうです! 忘れてました! 陛下にお話が!」
「ん、なんだ?」
「ユニ、私は席をはずした方がよろしいですか?」
「いえ、大丈夫です。ジェイドも聞いて下さい」
扉に足を向けたジェイドを止めて、ユニは言った。別に大した問題ではないのだ。というか、むしろ関係があるのはジェイドの方だった。ユニは、椅子に腰かけたジェイドを一瞥し、またピオニーに視線を戻した。
「あの、実は今日、わたしの誕生日で……」
「え、本当か!?」
「おや、忘れていました」
「いや、いいんです、それはどうでも……」
ほとんど同時に二人が言ったので、なんだか悲しくなった。しかしこれは本題ではない。ユニは再び怒りたくなったのを抑えて、言葉を続けた。
「なので、生誕の預言を詠んでもらうために、朝から修道院に行ってきました」
「そうかそうか。……で、なんて言われたんだ? 今年も一年穏やかに過ごせそうか?」
ユニは修道院での様子を思い出した。宙に舞う小さな塵を鈍い光が照らし、グランコクマを流れる水音が少し遠のいたような、静かな場所だった。
ユニは頭を現実に戻し、二人を交互に見た。明るい笑顔を浮かべ聞いてくるピオニーとは違い、ジェイドは深刻そうな表情だった。いや、ピオニーだってわかっているだろう。そんな穏やかな預言だったら、こんなに慌てて彼を探しただろうか?
「ではお伝えします……『ND2018。花に愛されし少女は、要塞の都市の皇帝の命を受け、死霊使いと共に再び世界をまわるだろう。少女はその旅で失われた光を取り戻し、そして小さきながらも人々の力になるだろう』」
「……なんだと?」
「これは……」
驚いて顔を見合わせたピオニーとジェイドを見て、ユニは自分の嫌な予感が的中したのだと知った。
この預言は、明らかに『ユニは、ピオニーの命を受け、ジェイドと共に出立する』ということを意味している。しかしピオニーがこの時勢にユニをグランコクマの外へ送り出すとは考えられないし、ジェイドがまた遠征に行くなどという話は少しも聞いていなかった。
「一体、どういうことでしょう? 陛下、ジェイド」
この二人は、確実に何か隠し事をしている。ユニは椅子に座りなおし、彼らの反応を待った