第1章(過去編)
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14 夜が幸いであるために
「ガイ! ガイでしょ! ほんとに久しぶり……覚えてる? わたしのこと」
蒼い空からまっすぐに差す光を受けて輝く花々。その中で、もっと鮮やかに輝く金色の髪が揺れた。
愛しい、忘れるわけもないその名を呼んで駆け寄ると、彼は少しだけあとずさったものの、元の場所に踏みとどまった。そしてひまわりみたいに笑ってユニを迎えてくれた。
ユニは思わず彼を抱きしめた。ずっと会いたかった。その笑顔に。いつもひとりになって目を閉じると、ガイのことばかり考えていた。
「ガイ、会いたかった! わたし、ずっと……」
泣きそうになりながら精一杯の笑顔で彼を見上げた。
しかし、なぜだか彼は困ったように笑うだけだった。
「ガイ……?」
もう一度呼ぶ。呼んでほしい。彼からも自分の名前を。それなのに、いくら待ってもその言葉はなくて。
「も、もしかして……忘れちゃった? わたしのこと」
冷や汗が頬を伝った。
「あー……嫌な夢見た」
溜息をつき、ユニは髪をかきあげた。ぐしょり、と汗の嫌な感触が指に伝わる。心臓が痛いくらいに胸を打ち、呼吸も乱れている。
やっと、ガイに会えた。それなのに彼はユニのことを忘れていた。そんな夢だった。
夢の中での彼の表情や周りの景色が妙に現実味を帯びていたせいで、まだ脳にあの光景が焼き付いていた。怖かった。彼のいない世界なんて考えられないと思ったのに、こんなに好きなのに。あんな顔されて。
自分のことを、忘れられる、なんて――
「……大丈夫。ガイは、絶対覚えててくれる」
言い聞かせるように呟くと、少しだけ気持ちが落ち着いた。ガイが悪いのではないし、自分もきっと悪くない。ただの夢だ。
でも、あんな光景はもう二度と見たくないとユニは思った。次に会うときは、夢の中だろうと、現実だろうと、きっと二人とも懐かしんで笑って――
「あ、そういえば、今何時……?」
はっとしてユニは時計を見た。夢は夢だ。それよりも、今日はダアトの教会にでかけられる最後の日なのだ。
「え……嘘……」
前日にいろいろと考えてしまってよく眠れなかったせいだろうか。時計の針は、無情にも正午をまわった時刻を指し示していた。
「完全に、寝坊した……」
大きな溜息をついてから、ユニは急いで支度を始めた。
ばたばたと家を走り回り、身支度を整えた。鏡の向こうで、ガイにもらった髪飾りが鮮やかな色を放っていた。窓から差し込んだ光が、絵画のようにユニを照らす。
「……ガイのことはもう、大丈夫」
気持ちを切り替えて鏡に背を向ける。こんなに慌てて何事かとみつめる叔母さんに、ユニは「教会へいってきます」と挨拶をして、家を飛び出した。
教会前の階段を一気に駆け上がる。一応ジェイドの訓練を受けているけれど、走りっぱなしでさすがに息が乱れていた。まだまだ未熟な証拠だった。
最後の三段を飛び越えると、巨大な教会が目の前に現れる。見上げるのが少しつらいくらいに高く聳え立つ。古く荘厳な佇まいに、祈る人々の無数の横顔が吸い込まれていく。
ユニは呼吸を落ち着かせると、汗をぬぐって辺りを見回す。ついていないことに、神託の盾騎士団本部へ続く道は、あいかわらず兵士がどっしりと構えて塞いでいた。
「もう……邪魔だなあ」
「誰が邪魔だって?」
「ひえっ!」
誰にも聞こえないように言ったはずなのに、なぜか背後から返事があった。調子のはずれた声を出したユニは、少し硬直してから、恥ずかしそうに振り向いた。
わかってる。こんなことをするのは一人しか知らない。
「……シンク~」
「昨日ぶりだね」
笑顔になるのを我慢しながら、ユニは彼の名前を口にした。昨日のことがあったから、もしかしたら今日は会えないんじゃないかと思っていた。だから嬉しかった。どんな形であれ、彼に会えたこと、自意識過剰気味にいえば、彼がわたしに会いに来てくれたこと。
素直じゃなく、捻くれていたけれど、この数日彼はかなりユニに親切にしてくれた。きちんと言っておこう。あやふやなままで終わらせたくない。
「……シンク」
「なに?」
「き、昨日は……」
「ああ、別に。聞いたから」
最低限の言葉で会話を終わらせられ、ユニは口をつぐんだ。この話題はもう嫌なのだろうか、とも思ったが、別に怒っているわけではないようだった。アニスが彼にうまく伝えてくれたのだろう。仮面に隠された彼のわかりにくい表情も、この日だけはいつもの刺々しさがなく、なぜか少し柔らかく見えた。
「で、中、入りたいんだろ。ついてきなよ」
「え、え、あ、うんっ」
ユニは目を瞬かせた。まさか、シンクの方から言ってくれるとは思ってもなかった。「中に入りたいんだけど」なんて言ったら、どうせ呆れて鼻で笑われるだろうと思っていたのに。
シンクに連れられて、ユニは教会の奥へと進む。通ったことがあるはずなのに、不思議と見覚えのない景色ばかりだった。これでは内部の者も道を覚えるのにかなり苦労するだろう。ここまで特徴のない道をつくるのは、単なる防衛か、それとも何か隠したいものがあるためか。
「アンタさ」
「ん?」
誰にも行き会わない廊下で、シンクの斜め後ろを歩きながらユニは返事をした。とくに大きな声を出したわけではなかったが、しんとした空間に音叉のように響く。
「ここの人間じゃなかったんだね」
対して、シンクの声はぽつり、と床に落ちていくようだった。
「ここって?」
「ダアトだよ」
「あぁ、うん、そう。言わなくて……ごめんね」
「別に。聞いてないからいいけど」
自分の帰国を寂しがっているのかと思いきや、すぐにツンとした態度になり、ユニは苦笑いをした。極端なまで感情を押し殺す。けれど、時折滲み出る不器用な本音は、仮面でも、鋭い言葉でも、隠しきれない。そんな彼が、なんだか放っておけない存在のように思えた。
「でも、グランコクマだから。意外と船ですぐだよ」
「……そうかもしれないけど」
また。少しの沈黙の後の、少しだけ弱々しい声色。
(……そんな声で言われたら寂しくなるなぁ)
ユニはひょい、とシンクの前に出る。シンクは俯き気味だった顔をやや上げて、いぶかしげな視線を向けた。
「大丈夫! 旅費も休日も、おねだりすればたぶん貰えるから」
「はぁ? 誰から?」
ユニは笑った。よく見れば、よく感じれば、シンクは意外ところころ表情を変えるのだ。
「ふっふっふ。わたしのバックには、皇帝陛下と軍の大佐がついているからねー。だからいつでも会えるよ」
自慢げに言えば、シンクは少し固まって「嘘でしょ」と溜息をついた。
ユニの方は、久々に口に出した大好きな人たちの名の響きに、気持ちが穏やかになっていた。ダアトから戻れば彼らがいる。明日は寂しいだけじゃない。グランコクマで、きっと彼らがユニの帰りを待っていてくれる。
今度は、ユニがシンクの一歩先を行った。
「もうこの先はわかるよ。こっちでしょ?」
「……馬鹿。逆だよ。まったく、大人しく僕の言うこと聞いてついてくればいいんだよ」
食堂の扉を開けると、なぜか中は真っ暗だった。昼過ぎとはいえ、前に来たときはもっと賑わっていたはずなのに。不思議に思って、ユニはシンクの方を振り返った。
「ねえ、シンクどうして……あれ?」
さっきまで背後にいたはずの彼の姿は忽然と消えていた。
「シ、シンク……? どこに……」
嫌な予感に肌がざわついた。どこにも、誰もいない。ひとりきりだった。急に、怖くなる。今日見た夢がフラッシュバックする。嫌だ、もう誰も――
「ユニ! いらっしゃーい!」
ぱん! と弾ける音がいくつも鳴って、頭の上からクモの巣みたいに糸と紙屑を浴びせられた。微かに鼻につく火薬の匂い。ユニはわけがわからないまま周りを見る。明かりがつくと、見覚えのある顔が並んでいた。
「へ……? みんな、どうして……」
ユニがぽかんと呟くと、特大のクラッカー(を持ったトクナガ)を持ったアニスが「おっそーい! ずっと待ってたんだよ!」と明るい声で叫んだ。ディスト、アリエッタ、導師イオンまでいる。その中に、シンクもいた。彼の手にもクラッカー。目が合うとにやりと笑われた……ような気がした(目が合ったのかどうかも微妙なのだけど)。
アニスが持ってきてくれたケーキをみんなで食べた後、また、それぞれ仕事があると言って食堂から出て行った。みんなユニに「また遊びに来て」と言ってくれた。恐らく、人集めから食堂を貸し切るところまで全部アニスがやったのだろうけど、ほぼ初対面に近いユニに彼らがここまでしてくれるとは、夢にも思わなかった。
広い食堂にぽつんと二人。残ったユニとアニスはテーブルに座って話をしていた。
「もう、今日はユニが早く来ると思って、みんな朝から待ってたんだよ~」
「う……ほんと、ごめん。今日に限って寝坊するとか……」
物凄く嬉しいから、その分申し訳なくなった。あの嫌な夢が夢の中だけで終わらず、間接的とはいえ現実にも影響を及ぼすなんて、どこまでついていないのだろう。しかし、先ほど突然シンクが消えたときは本当に怖かった。思い出したくないほどの喪失感があった。
「でね、でね……ちょっとユニ! 聞いてるー?」
「へ? あ! う、うん」
ばっと顔をあげると、頬をふくらませたアニスがこちらを軽く睨んでいた。どこから聞いていなかったのかもわからず、ユニは笑って誤魔化して、アニスをなだめる。
「ごめんごめん。も、もう一回お願いしていい?」
「わかったよーう。えーと、だから、シンクのことなんだけどね」
突然彼女の口から出た名前にユニはどきりとした。
「シンクってば、なんだかんだユニに甘い気がするんだよねー」
「え? う、うん……」
シンクに裏で愚痴でも言われているのか、と思ったが違った。話の意図が見えなくてユニは首を傾げる。いつになく真面目な様子のアニスに、少し面食らってしまう。
「シンクってね、わたしがどんなに楽しいパーティとか企画しても絶対来てくれないの。だから今日も無理かもなーって思いながら、ダメもとで誘ってみたんだけどー」
「うん」
「そしたら、なんと、来てくれたの! まぁ集合時間より一時間くらい遅れてきたんだけどね、奇跡だよね! これって! 奇跡!」
「う、うん」
「しかも、ユニを迎えに行く役をじゃんけんで負けた人にしようとしたら、シンクが残っちゃってえ~」
「うん」
「絶対『は? やらないよそんなの』って言うと思うじゃない? でもね、すっごく嫌そうな顔しながらだし文句言いながらなんだけどね、すっごく嬉しそうに出て行ったの! これって、どう思う!?」
「う、うん……」
アニスはきらきらと顔を輝かせながら一気に喋った。
(これって、どう思う!? って言われても……)
ユニは少々困惑しながら、最近の女の子はみんなこうなのだろうかと考えていた。
(『シンクってわたしのこと好きなのかな~』とか言えば気がすむのかな……)
しかし、いくら彼が自分に甘いとはいえ、すべてがそこに結び付くだろうか。そんな簡単な理由では、彼の行動の説明はつかないような気がしていた。
「うん、でもさ、アニス……」
「あのね、ほんとにこれってすごいことなの。シンクが誰かのことちょっとでも気にしたりするのは」
でも、再び喋りはじめたアニスの表情を見たら、自分の方が読みが甘かったと思い知る。
「シンクってぶっきらぼうで愛想ないしいじわるだし怖いし付き合い悪いしときどき意味分かんないし、全然いいやつじゃないんだけどね」
辛辣な言葉を並べている割には、むしろ優しく、あたたかい表情だった。ユニは少し笑って、慈しみを込めてアニスをみつめた。
ダアト。ここは、優しい人たちが住む街だった。
「でも悪いやつではないから」
「うん。……わかってるよ」
「ガイ! ガイでしょ! ほんとに久しぶり……覚えてる? わたしのこと」
蒼い空からまっすぐに差す光を受けて輝く花々。その中で、もっと鮮やかに輝く金色の髪が揺れた。
愛しい、忘れるわけもないその名を呼んで駆け寄ると、彼は少しだけあとずさったものの、元の場所に踏みとどまった。そしてひまわりみたいに笑ってユニを迎えてくれた。
ユニは思わず彼を抱きしめた。ずっと会いたかった。その笑顔に。いつもひとりになって目を閉じると、ガイのことばかり考えていた。
「ガイ、会いたかった! わたし、ずっと……」
泣きそうになりながら精一杯の笑顔で彼を見上げた。
しかし、なぜだか彼は困ったように笑うだけだった。
「ガイ……?」
もう一度呼ぶ。呼んでほしい。彼からも自分の名前を。それなのに、いくら待ってもその言葉はなくて。
「も、もしかして……忘れちゃった? わたしのこと」
冷や汗が頬を伝った。
「あー……嫌な夢見た」
溜息をつき、ユニは髪をかきあげた。ぐしょり、と汗の嫌な感触が指に伝わる。心臓が痛いくらいに胸を打ち、呼吸も乱れている。
やっと、ガイに会えた。それなのに彼はユニのことを忘れていた。そんな夢だった。
夢の中での彼の表情や周りの景色が妙に現実味を帯びていたせいで、まだ脳にあの光景が焼き付いていた。怖かった。彼のいない世界なんて考えられないと思ったのに、こんなに好きなのに。あんな顔されて。
自分のことを、忘れられる、なんて――
「……大丈夫。ガイは、絶対覚えててくれる」
言い聞かせるように呟くと、少しだけ気持ちが落ち着いた。ガイが悪いのではないし、自分もきっと悪くない。ただの夢だ。
でも、あんな光景はもう二度と見たくないとユニは思った。次に会うときは、夢の中だろうと、現実だろうと、きっと二人とも懐かしんで笑って――
「あ、そういえば、今何時……?」
はっとしてユニは時計を見た。夢は夢だ。それよりも、今日はダアトの教会にでかけられる最後の日なのだ。
「え……嘘……」
前日にいろいろと考えてしまってよく眠れなかったせいだろうか。時計の針は、無情にも正午をまわった時刻を指し示していた。
「完全に、寝坊した……」
大きな溜息をついてから、ユニは急いで支度を始めた。
ばたばたと家を走り回り、身支度を整えた。鏡の向こうで、ガイにもらった髪飾りが鮮やかな色を放っていた。窓から差し込んだ光が、絵画のようにユニを照らす。
「……ガイのことはもう、大丈夫」
気持ちを切り替えて鏡に背を向ける。こんなに慌てて何事かとみつめる叔母さんに、ユニは「教会へいってきます」と挨拶をして、家を飛び出した。
教会前の階段を一気に駆け上がる。一応ジェイドの訓練を受けているけれど、走りっぱなしでさすがに息が乱れていた。まだまだ未熟な証拠だった。
最後の三段を飛び越えると、巨大な教会が目の前に現れる。見上げるのが少しつらいくらいに高く聳え立つ。古く荘厳な佇まいに、祈る人々の無数の横顔が吸い込まれていく。
ユニは呼吸を落ち着かせると、汗をぬぐって辺りを見回す。ついていないことに、神託の盾騎士団本部へ続く道は、あいかわらず兵士がどっしりと構えて塞いでいた。
「もう……邪魔だなあ」
「誰が邪魔だって?」
「ひえっ!」
誰にも聞こえないように言ったはずなのに、なぜか背後から返事があった。調子のはずれた声を出したユニは、少し硬直してから、恥ずかしそうに振り向いた。
わかってる。こんなことをするのは一人しか知らない。
「……シンク~」
「昨日ぶりだね」
笑顔になるのを我慢しながら、ユニは彼の名前を口にした。昨日のことがあったから、もしかしたら今日は会えないんじゃないかと思っていた。だから嬉しかった。どんな形であれ、彼に会えたこと、自意識過剰気味にいえば、彼がわたしに会いに来てくれたこと。
素直じゃなく、捻くれていたけれど、この数日彼はかなりユニに親切にしてくれた。きちんと言っておこう。あやふやなままで終わらせたくない。
「……シンク」
「なに?」
「き、昨日は……」
「ああ、別に。聞いたから」
最低限の言葉で会話を終わらせられ、ユニは口をつぐんだ。この話題はもう嫌なのだろうか、とも思ったが、別に怒っているわけではないようだった。アニスが彼にうまく伝えてくれたのだろう。仮面に隠された彼のわかりにくい表情も、この日だけはいつもの刺々しさがなく、なぜか少し柔らかく見えた。
「で、中、入りたいんだろ。ついてきなよ」
「え、え、あ、うんっ」
ユニは目を瞬かせた。まさか、シンクの方から言ってくれるとは思ってもなかった。「中に入りたいんだけど」なんて言ったら、どうせ呆れて鼻で笑われるだろうと思っていたのに。
シンクに連れられて、ユニは教会の奥へと進む。通ったことがあるはずなのに、不思議と見覚えのない景色ばかりだった。これでは内部の者も道を覚えるのにかなり苦労するだろう。ここまで特徴のない道をつくるのは、単なる防衛か、それとも何か隠したいものがあるためか。
「アンタさ」
「ん?」
誰にも行き会わない廊下で、シンクの斜め後ろを歩きながらユニは返事をした。とくに大きな声を出したわけではなかったが、しんとした空間に音叉のように響く。
「ここの人間じゃなかったんだね」
対して、シンクの声はぽつり、と床に落ちていくようだった。
「ここって?」
「ダアトだよ」
「あぁ、うん、そう。言わなくて……ごめんね」
「別に。聞いてないからいいけど」
自分の帰国を寂しがっているのかと思いきや、すぐにツンとした態度になり、ユニは苦笑いをした。極端なまで感情を押し殺す。けれど、時折滲み出る不器用な本音は、仮面でも、鋭い言葉でも、隠しきれない。そんな彼が、なんだか放っておけない存在のように思えた。
「でも、グランコクマだから。意外と船ですぐだよ」
「……そうかもしれないけど」
また。少しの沈黙の後の、少しだけ弱々しい声色。
(……そんな声で言われたら寂しくなるなぁ)
ユニはひょい、とシンクの前に出る。シンクは俯き気味だった顔をやや上げて、いぶかしげな視線を向けた。
「大丈夫! 旅費も休日も、おねだりすればたぶん貰えるから」
「はぁ? 誰から?」
ユニは笑った。よく見れば、よく感じれば、シンクは意外ところころ表情を変えるのだ。
「ふっふっふ。わたしのバックには、皇帝陛下と軍の大佐がついているからねー。だからいつでも会えるよ」
自慢げに言えば、シンクは少し固まって「嘘でしょ」と溜息をついた。
ユニの方は、久々に口に出した大好きな人たちの名の響きに、気持ちが穏やかになっていた。ダアトから戻れば彼らがいる。明日は寂しいだけじゃない。グランコクマで、きっと彼らがユニの帰りを待っていてくれる。
今度は、ユニがシンクの一歩先を行った。
「もうこの先はわかるよ。こっちでしょ?」
「……馬鹿。逆だよ。まったく、大人しく僕の言うこと聞いてついてくればいいんだよ」
食堂の扉を開けると、なぜか中は真っ暗だった。昼過ぎとはいえ、前に来たときはもっと賑わっていたはずなのに。不思議に思って、ユニはシンクの方を振り返った。
「ねえ、シンクどうして……あれ?」
さっきまで背後にいたはずの彼の姿は忽然と消えていた。
「シ、シンク……? どこに……」
嫌な予感に肌がざわついた。どこにも、誰もいない。ひとりきりだった。急に、怖くなる。今日見た夢がフラッシュバックする。嫌だ、もう誰も――
「ユニ! いらっしゃーい!」
ぱん! と弾ける音がいくつも鳴って、頭の上からクモの巣みたいに糸と紙屑を浴びせられた。微かに鼻につく火薬の匂い。ユニはわけがわからないまま周りを見る。明かりがつくと、見覚えのある顔が並んでいた。
「へ……? みんな、どうして……」
ユニがぽかんと呟くと、特大のクラッカー(を持ったトクナガ)を持ったアニスが「おっそーい! ずっと待ってたんだよ!」と明るい声で叫んだ。ディスト、アリエッタ、導師イオンまでいる。その中に、シンクもいた。彼の手にもクラッカー。目が合うとにやりと笑われた……ような気がした(目が合ったのかどうかも微妙なのだけど)。
アニスが持ってきてくれたケーキをみんなで食べた後、また、それぞれ仕事があると言って食堂から出て行った。みんなユニに「また遊びに来て」と言ってくれた。恐らく、人集めから食堂を貸し切るところまで全部アニスがやったのだろうけど、ほぼ初対面に近いユニに彼らがここまでしてくれるとは、夢にも思わなかった。
広い食堂にぽつんと二人。残ったユニとアニスはテーブルに座って話をしていた。
「もう、今日はユニが早く来ると思って、みんな朝から待ってたんだよ~」
「う……ほんと、ごめん。今日に限って寝坊するとか……」
物凄く嬉しいから、その分申し訳なくなった。あの嫌な夢が夢の中だけで終わらず、間接的とはいえ現実にも影響を及ぼすなんて、どこまでついていないのだろう。しかし、先ほど突然シンクが消えたときは本当に怖かった。思い出したくないほどの喪失感があった。
「でね、でね……ちょっとユニ! 聞いてるー?」
「へ? あ! う、うん」
ばっと顔をあげると、頬をふくらませたアニスがこちらを軽く睨んでいた。どこから聞いていなかったのかもわからず、ユニは笑って誤魔化して、アニスをなだめる。
「ごめんごめん。も、もう一回お願いしていい?」
「わかったよーう。えーと、だから、シンクのことなんだけどね」
突然彼女の口から出た名前にユニはどきりとした。
「シンクってば、なんだかんだユニに甘い気がするんだよねー」
「え? う、うん……」
シンクに裏で愚痴でも言われているのか、と思ったが違った。話の意図が見えなくてユニは首を傾げる。いつになく真面目な様子のアニスに、少し面食らってしまう。
「シンクってね、わたしがどんなに楽しいパーティとか企画しても絶対来てくれないの。だから今日も無理かもなーって思いながら、ダメもとで誘ってみたんだけどー」
「うん」
「そしたら、なんと、来てくれたの! まぁ集合時間より一時間くらい遅れてきたんだけどね、奇跡だよね! これって! 奇跡!」
「う、うん」
「しかも、ユニを迎えに行く役をじゃんけんで負けた人にしようとしたら、シンクが残っちゃってえ~」
「うん」
「絶対『は? やらないよそんなの』って言うと思うじゃない? でもね、すっごく嫌そうな顔しながらだし文句言いながらなんだけどね、すっごく嬉しそうに出て行ったの! これって、どう思う!?」
「う、うん……」
アニスはきらきらと顔を輝かせながら一気に喋った。
(これって、どう思う!? って言われても……)
ユニは少々困惑しながら、最近の女の子はみんなこうなのだろうかと考えていた。
(『シンクってわたしのこと好きなのかな~』とか言えば気がすむのかな……)
しかし、いくら彼が自分に甘いとはいえ、すべてがそこに結び付くだろうか。そんな簡単な理由では、彼の行動の説明はつかないような気がしていた。
「うん、でもさ、アニス……」
「あのね、ほんとにこれってすごいことなの。シンクが誰かのことちょっとでも気にしたりするのは」
でも、再び喋りはじめたアニスの表情を見たら、自分の方が読みが甘かったと思い知る。
「シンクってぶっきらぼうで愛想ないしいじわるだし怖いし付き合い悪いしときどき意味分かんないし、全然いいやつじゃないんだけどね」
辛辣な言葉を並べている割には、むしろ優しく、あたたかい表情だった。ユニは少し笑って、慈しみを込めてアニスをみつめた。
ダアト。ここは、優しい人たちが住む街だった。
「でも悪いやつではないから」
「うん。……わかってるよ」