第1章(過去編)
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
12 ずっと前から
仮面の少年に連れられて辿り着いたのは、それまでの閉鎖された回廊とは違い、広く開けた場所で、かなりの数の人で溢れていた。ここならぬいぐるみの持ち主がみつかるかもしれない。ユニは恐怖感もすっかり消えて、目を輝かせながら「食堂」と教えられた場所を見渡していた。
「あの、ひとつ質問してもいいですか?」
「なに」
この刺々しい雰囲気にも慣れてきたユニは、若干おどおどしながらも緑色の少年に話しかける。
「ここは、どういった団体の施設なんですか?」
「……はぁ? アンタ、神託の盾(オラクル)騎士団の人間を探してるんじゃなかったの」
呆れたように言われて、ユニは眉を寄せた。神託の盾――確か、ローレライ教会がそんな兵団を抱えていたような。では、あの女の子も騎士団のメンバーなのだろうか。でもそのようには見えなかったから、彼女はここにはいないかもしれない。
どうしようかと思案していると、緑の少年のあまり高くない背の向こうで、ひょろ長いものが揺れた。
「おや、シンクではないですか」
「……アンタか」
「……?」
ひょい、と彼の横から顔を出すと、大きな丸い眼鏡をかけたほとんど白髪みたいな男の人がいた。ところで緑の彼は「シンク」という名前らしい。ユニは忘れないように心の中で彼の名前を唱えた。きっと今後ユニが名前を問うても彼なら無視しかねないから、この機会に覚えておくのだ。
そしてもう一つ、気になることがあって、ユニはシンクの向こうにいる人物をみつめた。
「珍しいですね、あなたに連れがいるなんて」
「アンタに言われることじゃないよ。ただコイツが……って、何見てるの?」
ユニは二人の会話を聞き流しつつ、眼鏡の彼の顔をじっと見ていた。不自然なほど光を反射する眼鏡の奥に、なぜか見覚えがあったのだ。けれど繋がらない。あまりにも違いすぎる。
「……? 私の顔に何か?」
「……ちょっと、聞いてるの? まさか、ディストに用があるんじゃないよね?」
シンクに小突かれてユニは我に返った。
「っあ、いや、なんでもありません。ただ、なんだか知り合いの知り合いに似てるような気がして……」
「知り合い?」
ディストと呼ばれた彼は首を傾げた。雪のように真っ白な髪が揺れる。その瞬間、記憶が少し揺さぶられる心地がしたが、見れば見るほどにわからなくなった。
ユニの横で、シンクがいきなり鼻で笑った。
「へぇ、アンタに知り合いなんていたんだ」
「キイイー! なんですか! 私に知り合いがいてはいけませんか!」
ディストが騒ぎ出すと、食堂の視線が少しこちらに集まった。シンクは嫌そうに舌打ちをして、苦笑いをするユニの背中を押した。もう彼の観察はやめよう。それよりもツインテールを探さなくては。ここに来た目的はそれなのだから。
「今日はなんだか騒がしいですね」
ユニ達が歩き出そうとした時、泉の湧くような声が、ディストの喚き声の中から聞こえてきた。ユニは妙に魅かれる感じがして、思わず振り返った。
そこには、シンクと似た緑色の髪を下ろし、ゆったりと法衣を纏った少年と、桃色の長い髪の少女がいた。
「イオン様、ディストなんかに構うこと……ないです……」
「いいんだよ、アリエッタ」
女の子が囁くような小さな声で言うと、彼はそれを制して穏やかに笑った。なんだか、彼の周りには小鳥が集まってきそうな雰囲気が漂っている。鮮やかなのに優しい緑の髪が風にふわりとなびいて、深い森の中にいるようだった。
(この子たちも神託の盾騎士団の兵? 戦えるようには見えないけど……)
じっと見つめていると、緑の少年と目が合った。するとにっこりと笑いかけられて、ユニは思わず赤面してしまいそうになった。
「見ない顔ですね」
「は、はい、えーと迷子……じゃない、人を探していまして……」
「そうですか。みつかりそうですか?」
「はい、もう少しで……」
「あっ、イオン様!」
ユニが何か言おうとすると、横からやってきた元気のいい声に遮られた。天井まで響くような大きな声だ。アリエッタと呼ばれた少女は、不機嫌そうにイオンの服の裾を握り締める。
その時、わずかに、ほんのわずかだったけれど、イオンの雰囲気に影が差したような気がした。ユニは一瞬ドキリとしたが、しかし次の瞬間にはもう今までと同じ穏やかな空気しか残っていなかった。
「今日はお身体の調子良いんですねー」
やってきたのは、再びの甘い香り。ちょうどユニの目の高さでぴょんぴょん跳ねまわるツインテールの少女だった。
(あ、あの子だ!)
ユニは急いでバッグからぬいぐるみを取り出した。そして、彼女の肩をぽんっと叩く。
「あの、これ、あなたのだよね?」
「ん? えええ、トクナガじゃん! うっそ、なんで持ってるの!?」
「あなたが教会の入り口で落としたんだよ」
騒がしいほどの元気の良さに少し驚きつつも、ぬいぐるみを渡してあげると「わ、本当に? よかったーありがとう!」と彼女は可愛らしく微笑んでそれを抱き締めていた。
しかし、そういえばここは神託の盾騎士団の本部。こんな子どもまでいるなんて、とユニは思った。
「あなたの尋ね人はアニスだったのですね」
「は、はいっ」
ぼうっとしているといきなり目の前にイオンが現れて、ユニは慌てて返事をする。
「神託の盾の者がお世話になりました。何かお礼を……」
「いえいえ、そんな!」
ぶんぶんと手を振って軽く辞退したが、それよりも、兵団にも関わらず自分と同じか年下の子がこんなにいることがなんだか羨ましかった。自分も神託の盾騎士団に入団できたら、きっと賑やかで楽しいだろうな、なんて考える。
「お礼は大丈夫ですから、よかったら、またここへ来させてください」
だから満面の笑みでイオンの手を握ったのだが、彼もアリエッタもびっくりして目を丸くしていた。「あれ、まずかったかな?」と内心不安に思ったが、イオンはすぐにまた優しい表情に戻って微笑んでくれた。
「もちろんです。いつでも、遊びに来て下さいね」
それぞれ仕事があるらしく、長話をする間もなくみんないなくなってしまった。お昼時も過ぎたのだろう、食堂にぽつんと取り残されたユニは不思議な気持ちで辺りを見渡した。何か忘れているような気がしていたのだ。
(……あ、シンクがいない)
そういえば、いつからか彼はいなくなっていた。ディストと話しているときは確かに隣にいたはずなのに。
(……待って、シンクがいないと帰れないよ)
自分が正規の訪問者でないことはシンクしか知らない。他の兵士に「侵入してきたので帰り道がわからない」なんて言う訳にもいかなかった。ユニは途方に暮れて溜息をついた。あの迷宮を一人で抜けられるとは思えない。誰かに出口まで案内してもらわなければ。
(はぁ……シンク、どこにいるんだろ、助けてよ……)
嘆きと共にうなだれた背に、カツン、と乾いたブーツの音が響いた。ユニは咄嗟に振り返る。この音に聞き覚えはなくても、なんだかそんな気がしていた。
「シ、シ、シンク~!」
「アンタ、まだいたんだ」
泣きそうになりながら彼に駆け寄ると、怪訝な声でかわされた。けれどユニは笑顔を向ける。こんな無愛想だけど、可愛くないけど、今は自分を助けにきてくれたヒーローみたいに思える。彼以外の誰にも、頼れなかった時だから。
「よかった! 探してたの、シンクのこと」
「え……」
素直に喜びながら彼の手をとる。すると、彼の小言がこの時だけぴたりと止んだ。数秒の間、手を握ったまま立ち尽くす。
「……シンクの手、冷たいなぁ」
「……離せよ」
「あう」
しかし、次の瞬間にはもうユニの手をはねのけて、ぷいとそっぽを向いていた。
シンクにお願いして教会の外まで送ってもらい、無事にユニは家に戻ることが出来た。
叔母さんに今日のことを報告したら、イオンという少年はローレライ教団の導師だと慌てて教えられた。ユニは少しだけ顔を青くして、無礼にもいきなり彼の手を握ってしまったことを後悔した。彼は笑ってくれたけれど、もしまた会えたら一応謝っておこうと思った。
そうはいっても、教会の中をどう進んできたのかはもう覚えていない。再度行ったところで、あの世界はもう消えていそうな気さえしていた。実は夢だったと言われても仕方ないように思う。あそこにはユニの欲しいものがいくつもあったのだから。
(シンクに、ディストに、アリエッタに、イオン様に――あ、ツインテールの子の名前聞くの忘れちゃった)
でも、また明日あそこへ行ってみよう。もう一度会えたら、ちゃんと自己紹介をしよう。
ユニはベッドの上で寝返りをうって、目を閉じた。
いっそのこと、ダアトで暮らせたら――
まどろみの中でぼんやりと心が曇っていった。
仮面の少年に連れられて辿り着いたのは、それまでの閉鎖された回廊とは違い、広く開けた場所で、かなりの数の人で溢れていた。ここならぬいぐるみの持ち主がみつかるかもしれない。ユニは恐怖感もすっかり消えて、目を輝かせながら「食堂」と教えられた場所を見渡していた。
「あの、ひとつ質問してもいいですか?」
「なに」
この刺々しい雰囲気にも慣れてきたユニは、若干おどおどしながらも緑色の少年に話しかける。
「ここは、どういった団体の施設なんですか?」
「……はぁ? アンタ、神託の盾(オラクル)騎士団の人間を探してるんじゃなかったの」
呆れたように言われて、ユニは眉を寄せた。神託の盾――確か、ローレライ教会がそんな兵団を抱えていたような。では、あの女の子も騎士団のメンバーなのだろうか。でもそのようには見えなかったから、彼女はここにはいないかもしれない。
どうしようかと思案していると、緑の少年のあまり高くない背の向こうで、ひょろ長いものが揺れた。
「おや、シンクではないですか」
「……アンタか」
「……?」
ひょい、と彼の横から顔を出すと、大きな丸い眼鏡をかけたほとんど白髪みたいな男の人がいた。ところで緑の彼は「シンク」という名前らしい。ユニは忘れないように心の中で彼の名前を唱えた。きっと今後ユニが名前を問うても彼なら無視しかねないから、この機会に覚えておくのだ。
そしてもう一つ、気になることがあって、ユニはシンクの向こうにいる人物をみつめた。
「珍しいですね、あなたに連れがいるなんて」
「アンタに言われることじゃないよ。ただコイツが……って、何見てるの?」
ユニは二人の会話を聞き流しつつ、眼鏡の彼の顔をじっと見ていた。不自然なほど光を反射する眼鏡の奥に、なぜか見覚えがあったのだ。けれど繋がらない。あまりにも違いすぎる。
「……? 私の顔に何か?」
「……ちょっと、聞いてるの? まさか、ディストに用があるんじゃないよね?」
シンクに小突かれてユニは我に返った。
「っあ、いや、なんでもありません。ただ、なんだか知り合いの知り合いに似てるような気がして……」
「知り合い?」
ディストと呼ばれた彼は首を傾げた。雪のように真っ白な髪が揺れる。その瞬間、記憶が少し揺さぶられる心地がしたが、見れば見るほどにわからなくなった。
ユニの横で、シンクがいきなり鼻で笑った。
「へぇ、アンタに知り合いなんていたんだ」
「キイイー! なんですか! 私に知り合いがいてはいけませんか!」
ディストが騒ぎ出すと、食堂の視線が少しこちらに集まった。シンクは嫌そうに舌打ちをして、苦笑いをするユニの背中を押した。もう彼の観察はやめよう。それよりもツインテールを探さなくては。ここに来た目的はそれなのだから。
「今日はなんだか騒がしいですね」
ユニ達が歩き出そうとした時、泉の湧くような声が、ディストの喚き声の中から聞こえてきた。ユニは妙に魅かれる感じがして、思わず振り返った。
そこには、シンクと似た緑色の髪を下ろし、ゆったりと法衣を纏った少年と、桃色の長い髪の少女がいた。
「イオン様、ディストなんかに構うこと……ないです……」
「いいんだよ、アリエッタ」
女の子が囁くような小さな声で言うと、彼はそれを制して穏やかに笑った。なんだか、彼の周りには小鳥が集まってきそうな雰囲気が漂っている。鮮やかなのに優しい緑の髪が風にふわりとなびいて、深い森の中にいるようだった。
(この子たちも神託の盾騎士団の兵? 戦えるようには見えないけど……)
じっと見つめていると、緑の少年と目が合った。するとにっこりと笑いかけられて、ユニは思わず赤面してしまいそうになった。
「見ない顔ですね」
「は、はい、えーと迷子……じゃない、人を探していまして……」
「そうですか。みつかりそうですか?」
「はい、もう少しで……」
「あっ、イオン様!」
ユニが何か言おうとすると、横からやってきた元気のいい声に遮られた。天井まで響くような大きな声だ。アリエッタと呼ばれた少女は、不機嫌そうにイオンの服の裾を握り締める。
その時、わずかに、ほんのわずかだったけれど、イオンの雰囲気に影が差したような気がした。ユニは一瞬ドキリとしたが、しかし次の瞬間にはもう今までと同じ穏やかな空気しか残っていなかった。
「今日はお身体の調子良いんですねー」
やってきたのは、再びの甘い香り。ちょうどユニの目の高さでぴょんぴょん跳ねまわるツインテールの少女だった。
(あ、あの子だ!)
ユニは急いでバッグからぬいぐるみを取り出した。そして、彼女の肩をぽんっと叩く。
「あの、これ、あなたのだよね?」
「ん? えええ、トクナガじゃん! うっそ、なんで持ってるの!?」
「あなたが教会の入り口で落としたんだよ」
騒がしいほどの元気の良さに少し驚きつつも、ぬいぐるみを渡してあげると「わ、本当に? よかったーありがとう!」と彼女は可愛らしく微笑んでそれを抱き締めていた。
しかし、そういえばここは神託の盾騎士団の本部。こんな子どもまでいるなんて、とユニは思った。
「あなたの尋ね人はアニスだったのですね」
「は、はいっ」
ぼうっとしているといきなり目の前にイオンが現れて、ユニは慌てて返事をする。
「神託の盾の者がお世話になりました。何かお礼を……」
「いえいえ、そんな!」
ぶんぶんと手を振って軽く辞退したが、それよりも、兵団にも関わらず自分と同じか年下の子がこんなにいることがなんだか羨ましかった。自分も神託の盾騎士団に入団できたら、きっと賑やかで楽しいだろうな、なんて考える。
「お礼は大丈夫ですから、よかったら、またここへ来させてください」
だから満面の笑みでイオンの手を握ったのだが、彼もアリエッタもびっくりして目を丸くしていた。「あれ、まずかったかな?」と内心不安に思ったが、イオンはすぐにまた優しい表情に戻って微笑んでくれた。
「もちろんです。いつでも、遊びに来て下さいね」
それぞれ仕事があるらしく、長話をする間もなくみんないなくなってしまった。お昼時も過ぎたのだろう、食堂にぽつんと取り残されたユニは不思議な気持ちで辺りを見渡した。何か忘れているような気がしていたのだ。
(……あ、シンクがいない)
そういえば、いつからか彼はいなくなっていた。ディストと話しているときは確かに隣にいたはずなのに。
(……待って、シンクがいないと帰れないよ)
自分が正規の訪問者でないことはシンクしか知らない。他の兵士に「侵入してきたので帰り道がわからない」なんて言う訳にもいかなかった。ユニは途方に暮れて溜息をついた。あの迷宮を一人で抜けられるとは思えない。誰かに出口まで案内してもらわなければ。
(はぁ……シンク、どこにいるんだろ、助けてよ……)
嘆きと共にうなだれた背に、カツン、と乾いたブーツの音が響いた。ユニは咄嗟に振り返る。この音に聞き覚えはなくても、なんだかそんな気がしていた。
「シ、シ、シンク~!」
「アンタ、まだいたんだ」
泣きそうになりながら彼に駆け寄ると、怪訝な声でかわされた。けれどユニは笑顔を向ける。こんな無愛想だけど、可愛くないけど、今は自分を助けにきてくれたヒーローみたいに思える。彼以外の誰にも、頼れなかった時だから。
「よかった! 探してたの、シンクのこと」
「え……」
素直に喜びながら彼の手をとる。すると、彼の小言がこの時だけぴたりと止んだ。数秒の間、手を握ったまま立ち尽くす。
「……シンクの手、冷たいなぁ」
「……離せよ」
「あう」
しかし、次の瞬間にはもうユニの手をはねのけて、ぷいとそっぽを向いていた。
シンクにお願いして教会の外まで送ってもらい、無事にユニは家に戻ることが出来た。
叔母さんに今日のことを報告したら、イオンという少年はローレライ教団の導師だと慌てて教えられた。ユニは少しだけ顔を青くして、無礼にもいきなり彼の手を握ってしまったことを後悔した。彼は笑ってくれたけれど、もしまた会えたら一応謝っておこうと思った。
そうはいっても、教会の中をどう進んできたのかはもう覚えていない。再度行ったところで、あの世界はもう消えていそうな気さえしていた。実は夢だったと言われても仕方ないように思う。あそこにはユニの欲しいものがいくつもあったのだから。
(シンクに、ディストに、アリエッタに、イオン様に――あ、ツインテールの子の名前聞くの忘れちゃった)
でも、また明日あそこへ行ってみよう。もう一度会えたら、ちゃんと自己紹介をしよう。
ユニはベッドの上で寝返りをうって、目を閉じた。
いっそのこと、ダアトで暮らせたら――
まどろみの中でぼんやりと心が曇っていった。