アリティアの蒼き剣(feカイン 凍結)
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――私、あなたに認めてもらえるように、頑張ります!
クリスを寮に送った帰り、カインは最後にかけられた言葉を思い出していた。あれはどういうことなのだろうか。自分が教官だからだろうか。普通に考えればそうだ。それにカインがジェイガンによって教官として紹介された時、確かカインに認められる力をつけよ、なんて言っていた気もする。別に不思議なことではない。のだが、ただの訓練生にかけられた言葉以上に、それはなんだかキラキラしているように感じたのだ。あのまっすぐな瞳、なんだか見覚えがある。思い返してみて、カインは思い違いかもしれんがと自分に前置きしながらもつい笑みをこぼしてしまった。それはかつて見習い騎士だった自分が、先輩騎士たちに向けたあこがれの目だったのだ。とうとう自分も、そんな目を向けられるようになったか、とカインは少しくすぐったい気持ちになった。もちろん、勘違いかもしれないが、としつこく自分に前置きして。
**
翌日初めての野営訓練が行われた。そこでは野営の基本が教えられ、さらに翌日は小隊のみでアリティア城へ帰還することが見習い騎士たちの任務となった。クリスはいま、自分が情けなくて仕方なかった。なにが認めてもらえるように頑張る、だ。それ以前の問題である。
「アリティア騎士がアリティアで迷子ってジェイガン様に殺されるぞこれ!」
ルークの悲痛な叫びに、クリスは平謝りするほかなかった。実は今日、クリスのせいで小隊ごと迷子になってしまったのである。文句を言っても仕方ないよとロディやライアンは励ましてくれたが、ルークはご立腹だ。リフがそっとなだめる。訓練の間小隊の手助けをしてくれることになったゴードンがいればよいのだが、今回は城へ戻ることが任務のため、道を知っている彼は別行動なのである。まずは現在地の確認を、と思ったその時、カタリナが声をあげた。
「あ!向こう、村が襲われています!」
「え!」
「どうしましょう、クリス!」
カタリナがおろおろと振り返る。皆も村の方に目を向けると、既に煙が上がっている。いくら見習いとはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。皆は顔を見合わせて頷いた。
「行きましょう、カタリナ、相手の位置は見える?」
「確認してみます」
突然の、しかも初めての実践である。緊張しないわけがないが、なんとかできるのであれば力を尽くさなくては。皆は武器を構え、ならずものと交戦した。クリスはとくに盗賊を負うことに必死になった。あいつらが火を放つことを知っていたからだ。だがなかなかにすばしこく、うまくいかない。槍を投げるか迷ったその時、平行線にすさまじい突風が吹き上げ、盗賊に襲い掛かるのが見えた。驚いて振り向くとそこには青いローブの魔導士が立っていた。
「あなたは…!」
「僕はマリク、カダインの魔導士だ。協力する」
「ええ、助かるわ!」
どこかで聞いた名のような気はするが、考えている時間はない。新たな戦力を加え、戦闘は続いた。
**
「やったわ、これで全部ね…?」
「ああ、全員無事だろうか」
返り血を浴びながら辺りを見回す。どうやら全員軽傷で済んだようだ。確認ができて、クリスは座り込んだ。かなり疲れたし、覚悟していたこととはいえ生身の人間を殺しに行くのは精神的に来るものがある。いつかなれるのだろうが、心の準備もなく、とにかく疲労困憊だ。そんな一段の中で一人おちついていたのは、風の魔導士だけだった。
ん?風の魔導士?
クリスは男を見上げ、「マリク…マリクってあのマリク…?」と力なくも驚きの声をあげた。アリティア城にいる以上、英雄たちはたくさんいるしいちいち驚くのもよろしくないとは思っていたが、やはりこんなところで助けてくれたと思うと驚かずには入れない。なんといっても彼はアリティアには住んでいないのだから。
「あの、マリクさん、噂には聞いたことがありました、風の魔導士と。共に戦えて光栄です」
「あ、やっぱり、マルス様のご友人の方だったんですね」
カタリナも驚いたように言った。
「君たちはアリティア騎士の見習いかな? 見事な戦いぶりだったけれど、その様子ではもしかして」
「はい、この度初陣を迎えてしまったようです」
「そうだったのか」
マリクは少しいたわるように微笑みかけ、それから明るい調子に変えて続けた。
「そうだ、ちょうどアリティア城へ向かっていたんだ。君たちなら道分かるかな?」
「あ…」
全員が青ざめた。
「え?こ、この空気は…」
「マリク殿、お久しぶりですね」
「あ、リフ殿、こちらにいらっしゃったのですね。まさか…リフ殿、わからないのですか?」
「私も普段は教会からあまり離れませんからねぇ、近くなれば見当もつきますが…」
クリスはまた、平謝りしたのだった。
***
その夜、クリスは寝付けなかった。他の皆も寝付けていないかもしれないが、そっと抜け出し無人の訓練所のベンチに腰かけた。肌寒い。寝間着にマントを羽織ってきたが、夜の風は冷たい。
この手で、人を殺めた。ならず者とはいえ、殺したあの男には親がいて、兄弟や家族がいたかもしれない。自分のしたことは間違いではなく、確かに村人たちを救ったが、だからと言ってこの手の抱えた者が軽くなることはないのだと思う。いや、軽くしてはいけない。この先殺すことに慣れても、肉を割く感触が当たり前になってもだ。
「はぁ、こんなではだめね」
殺した男の死に顔を思い出す。それは自分の死に顔かもしれなかったのだ。クリスは今日、はじめて自分の死を見つめたのだ。
廊下から足音が聞こえた。見回りだろうか。振り向くと、誰かがこちらへ向かってくるのが見えた。月明かりが差し込んで、赤い髪が見えた。
「あ…」
「やはりここに居たか。カンだが、よくここで訓練するお前を見るから、ここかなと」
「カイン様」
髪を下ろし、寝間着だろうか、シャツとズボンに上着を羽織っただけの教官は無邪気な笑みを浮かべ、隣に腰かけた。なぜここへきたのだろうか。口ぶりからしてわざわざ探しに来てくれたようだ。クリスはなんだか珍しいラフな姿のカインに、逆に緊張したのか心臓が走り出すのを感じた。
「ああ、そんなに緊張しないでいい。もうお互いオフだからな」
「は、はい…でも、どうしてここへ?」
「昼間のことを聞いたんだ。思わぬ形で初陣を迎えて、まぁ、あれだ、落ち込んでないかって思ってな」
「落ち込むというか、なんというか…落ち着かなくて、寝付けなくて、頭を整理していました。皆通る道だとは思うけれど…同時に少し情けない気もして」
そう打ち明けていると、よくわからないうちになんだか声が震えるような気がした。カインはただ、たどたどしく打ち明けられた思いを優しいまなざしで見つめていた。
「クリス、お前は優秀だし、教官としてもお前に一番期待している。そういう期待をお前は一心に受けている。聞いたところによると、おじいさんから鍛えられてきたんだってな。おまえはずっと期待を負って、強くいることを貫いてきたんじゃないか?
それでも人は人だ。いつも強がることなんてない。たぶん、多分だが、お前が考えていることは正しい、死を受け止めることは、俺たちには必要だ。でもな、一回目からそんな強くなることはないって、俺は思うよ」
気が付くと、頬が濡れていた。何年振りかわからない、ただつぅ、と涙が流れた。そして同時に笑みもこぼれていた。
「ふ、ふふ、カイン様、なんだかずっと前から私を知っている人みたいですね」
「あ、いやぁすまん、知ったようなことを言って」
「いえ、違うんです。来てくれて、ありがとうございます。私、祖父が亡くなってからずっと気張っていました。祖父は厳しいけれど、ときには甘やかしてくれました。最近、私ずっと「見習いのクリス」でした。カイン様が今はオフだって言って、甘やかしてくれて、心底、気持ち救われてます、」
「そうか。よーし、泣け泣け! 俺だって、初めての時はちょっと泣いたぞ。あ、これは内緒だからな。誰にも言ってないんだからな」
「はい」
カインだってそうだったのだと思うと、余計に安心した気がして、その晩は何年分かの涙を一気に流した。