アリティアの蒼き剣(feカイン 凍結)
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11章 アンリの道
(10章外伝 仮面は笑う 割愛)
100年前、この大陸はアカネイア聖王国が支配していた。だがそれは竜人族のドルーア帝国によって滅ぼされた。彼らの希望だったアカネイア王家は根絶やしにされた。だが当時まだ地方都市のひとつだったアリティアに、アカネイアの女王がかくまわれていることが知らされた。ドルーアは激怒し兵士を向けた。その王女アルテミスは自らの命を差し出そうとした。だがアリティアは王女を守ろうと戦う決意をした。アリティアの祖アンリを中心に戦いは優勢に進むかに思われたが、ついに地竜族の王メディウスが動き出した。その圧倒的な力に対抗するものがあった。一人の賢者が現れ、かるか北の氷の神殿に神剣があると伝えたのだ。愛するアルテミスを守らんと、アンリはその過酷な道を人進み、神剣ファルシオンを手に入れた。このときにたどったのが「アンリの道」である。そしてメディウスを討ち、初代アリティア国王となったのだ。
このアンリの道の最初の難関が古代都市テーベまでの道だ。カダインのはるか北に位置する砂に埋もれた都市。財宝が眠るとされ、多くの男たちがその地へ向かった。だが戻った者はいなかった。アンリの歴史書の死の砂漠<マーモトード>の一節にこうある。
行く手を阻むもの、まず死の砂漠ありき
灼熱の太陽と激しい砂嵐 凶悪な砂の部族と空を飛び交う飛竜の群れ
遥か彼方に、幻の街を仰ぎ見ながら、我らはただ立ち尽くすのみ
人々は彼が残した道に彼の名をつけ、歴史にした。アリティア騎士団が立ち向かうのは、もはや伝説の域となる世界への道だった。ここまでくればアカネイア軍も追っては来ないだろう。普通ではありえない道なのだ。軍は一度、アンリの道の前にある最後の街で軍全体にそのことを説明した。神殿に立ち入った先鋭隊はすでに覚悟を決めていたが、ガトーの話を聞けなかった者たちもいる。そして十分な説明がされた後で、ジェイガンによって人員が絞られた。選ばれた人員は一人一人マルスと意思を確認し、残る者、ついていく者に分かれた。アリティアを取り戻すために、全滅するわけにはいかない。厳しい話だが足手まといがいればあっというまに散ってしまう。それがアンリの道なのだ。こうしてアンリの道に行くことになったのは第七小隊、ジェイガンらアリティア騎馬兵、ゴードン、ジョルジュ、マリク、エルレーン、ウェンデル。木こりたちとオグマ、ナバール。天馬騎士たちはシーダと共に残ることとなった。ミネルバは残る部隊を託された。残るからと言って寝て待っているわけにはいかない。常にアリティアやアカネイアの動向を探らなくてはならなかった。重騎士たちは鎧を捨てるわけにもいかず、街を拠点として防御に徹することとなった。数々の戦地を乗り越えてきた補給部隊の一部も同行することとなった。馬たちは置いていくことが決まった、おそらく気候に耐えきれないだろう。
十分に支度を整えた先鋭隊とマルスが町を出る。ついていけないことを悔やむ者、安堵するもの。己の役目を全うせんと気負う者。様々だが、残った者達は静かに見送った。
マーモトードの直前、またもあの暗殺部隊が襲い掛かったが騎士団はびくともしなかった。北上するにつれ、朝晩の気温差はなぜか少なくなった。しかしそれは快適になったのではなく、夜でも昼間の太陽の熱が砂漠に残り、冷え切らないのだった。そしてマーモトードの入り口には、ただ一つだけ目印があった。石を組んだ十字架だった。
「ここからがアンリの道だ。みんな、何かあればすぐに申し出るように。この人数だ、できれば誰も欠けたくはない」
マーモトードにいたのは歴史書と同じく、古代から住まう砂の民と、飛竜だった。砂の民は言葉を発さず、ただ無差別に襲い掛かってくる。なにか催眠にでもかけられたような恐ろしい部族だった。テーベの塔は砂嵐の向こうにある。見えているのに近づくことができない。皮膚を焼くような太陽の元、騎士団はだまって進むほかなかった。ここでもやはり嫁の利かない人間は昼間に動くほかない。飛竜は竜騎士よりはるかに素早く、夜に紛れ込むのだ。クリスは自分でも体力はある方だと自負していたが、それでも厳しい。あんたを一人で行かせられないと言ったユミナを思い出す。説得して残ってもらったが、それでよかったと思う。この太陽と乾燥は、あの少女には耐えられるものではないだろう。
何度も太陽が昇った。ある夜、一行は小さな遺跡を見つけた。そこは砂の部族の住みかとなっており、襲い掛かられた。なんとか制圧し、その日はまだ日暮れ時だったがそのままそこで休むことになった。
「やっと一息付けそうだ」
「でもよ、この暑さじゃ寝苦しくてかなわん」
ルークは目の下にクマを作っていた。
「それでも休むのよ。でなきゃ体がもたない」
セシルが励ますようにそういった。
「クリス、体は平気か」
遺跡の上に上がり、見張りをしていたクリスにそう声をかけたのはカインだった。
「はい、まだなんとか。カイン殿も」
「俺も何とかな。しかしこれは、人が生きていける場所じゃない。あの砂の部族とやらはなんなんだろうな」
「ここには水もありませんでした。彼らの住みかだったのに。おそらく人間じゃない、なにかなのでしょう」
カインはクリスの横に腰かける。体中の水分が抜けて、汗も出ないようだ。ぱさぱさの赤髪をかき上げて、カインは遠くに見えるテーベの塔を見つめた。
「さっきマルス様の様子をうかがってきたが、体力を消耗してなさったが、意識はしっかりとしていた」
「そうですか。私も見張りが終わったら、行ってみます」
「ああ…」
ここは少しだけ風が気持ちいい気がします、とクリスはいった。熱風でも、ないよりマシのような気がした。
「お前と再会してから、逃げてばかりで、今度はこんなところまで来てしまって、稽古もつけてやれん。はやくアリティアを取り戻したいものだ」
「はい、私もまだまだ学びたいことがあります。実戦でもカイン殿の戦い方はとても参考になりますが…」
「お前は勉強熱心だな…。その力は、すべてマルス様の為に使ってくれ。もしマルス様に――お前にもなにかあれば、それはすべて俺の責任だ」
「そんなこと……!」
クリスは思わず声を上げた。たしかにカインは教官である以上に自分の師と言える。アリティアを立つ前、あの一か月の本気の稽古は実戦でもかなり生きた。それにしても今の発言は、あまりに責任を負いすぎているように思える。
「カイン殿、あなたばかり背負わないでください。私がいる意味がないではないですか。それともまだ、私ではだめなのですか…?」
カインは少し驚いたようにクリスに目を向けた。それから信頼のこもった目で優しく微笑みかけた。
「すまない。そうだな、お前には話しておきたいことがある」
クリスはなんとなく直感で、以前フレイがすこしだけ聞かせてくれたことの続きのような気がした。カインは塔ではなく、見えない何かを見ているようだった。
「かつて俺は、マルス様のお父上コーネリアス様の部隊にいた。暗黒戦争が始まったときのことだ。暗黒竜メディウスの討伐に出かけたが、戦に敗北した。俺はその傍らにありながらお守りすることは叶わなかった。」
「カイン殿…」
「絶体絶命の状況、もはや助かるまいと覚悟を決めた。しかし部隊長は俺に命令した。ここを食い止める、お前は脱出しコーネリアス様の最期を王子に伝えよと。俺は部隊で最も若い騎士だった。皆は俺に未来を託したのだ。だが、守るべき主君を失いおめおめと生き延びる。こんな屈辱があろうか?」
今でも、その時のことをありありと思いだせるのだろう。カインは膝の上に拳を握り、見えない敵を睨み付けていた。
「――俺は、お前には…同じ思いをしてほしくない。コーネリアス様の死後、俺はマルス様と合流しタリスへ逃れたが、あの二年間、毎日思い悩んでいた。誰の励ましも俺の胸には届かなかった。本当の意味で俺の苦しみを知るものなど誰もいない、他の騎士たちは散ったのだから。俺は新たな主君――マルス様にお仕えすることでその傷をいやしているのかもしれない。もちろんマルス様は心から敬愛に当たる人物であられる。そのことは誇りだ。マルス様のことは俺が必ずお守りすると心に誓っている。それでも、いつかまた同じことが起こるのではないかと、内心ではひどく怯えているのだ」
カインが必ずしもマルスの隣に居なくても、常に彼を気使う様子はよく知っている。カタリナの裏切りの際にも、おそらく一番に気が付いたのはカインだった。だから飛び込んできたのだ。
「これは俺の責任なのだ。 クリス、お前なら俺の無念、俺の思い、全て受け止めてくれると、そう信じている」
クリスには、カインの気持ちをすべて理解することはできない。それでも、想像でしかなくてもその痛みや後悔はよくわかる。
「カイン殿――あなたはその部隊の騎士たちの願い通りマルス様の元へたどり着きました。そして、私たち新米騎士を育て、アリティアの未来を創ろうとしていらっしゃいます。だからカイン殿がどんなに悔しくても、私は…私はあなたがここに居てくれることに、感謝したい…」
「クリス…」
「カイン殿、あなたのお気持ちは想像するしかできないけれど、私には痛いほどわかります。私は必ず、最後までマルス様をお守りします。だからカイン殿の思い、これからもぶつけてください。私はそれを受けて、強くなります」
**
「え、男性が女性に!?」
やっとの思いで塔にたどり着いた騎士団を迎えたのは、不思議な力を持つ男性だった。マルスのかつての仲間、チキという少女が現れたかと思えば、それは男性に姿を変えたのだ。
「おやー驚かせちまったな~!」
赤毛の男はそう嬉しそうに言う。彼はこれから一行をガトーの元へ案内してくれるという。なぜ彼がガトーを知っているのか、彼が何者なのか。男――チェイニーはマルスのことを友と呼ぶが、マルスは彼の正体については知らないようだった。とにかく一行は一度塔の地下で休憩を取り、翌日からまた進むことになった。
「マルス様」
「クリス」
「お身体の方は、どうですか? どこか辛くありませんか?」
地下は熱風もなく少しは涼しく過ごすことができた。クリスはチェイニーと何か話していたマルスの元を訪れた。
「僕は大丈夫だよ」
「こんくらいで根をあげてる場合じゃないぜ。ここからもっと北上する。しばらくは砂の民はいないだろうけど飛竜には気をつけなくちゃならない。この先にあるフレイム・バレルは人間にとってはもっと過酷だろう」
チェイニーはどこか他人事のようにそういった。
「チェイニー殿は大丈夫なのですか?」
「まあこの辺りには慣れてるからな。」
見た感じでは細身で、まだ若そうなチェイニーだが汗もかかず、ここよりも 熱いところに案内してくれるというのに嫌な顔もしない。クリスには彼が、人間ではない何かのような気さえした。
「ご迷惑おかけすることもあるかと思いますが、この先の道案内、よろしくお願いします」
「うん、せいぜい干からびないようにね」
チェイニーはにんまりと笑って見せた。
(10章外伝 仮面は笑う 割愛)
100年前、この大陸はアカネイア聖王国が支配していた。だがそれは竜人族のドルーア帝国によって滅ぼされた。彼らの希望だったアカネイア王家は根絶やしにされた。だが当時まだ地方都市のひとつだったアリティアに、アカネイアの女王がかくまわれていることが知らされた。ドルーアは激怒し兵士を向けた。その王女アルテミスは自らの命を差し出そうとした。だがアリティアは王女を守ろうと戦う決意をした。アリティアの祖アンリを中心に戦いは優勢に進むかに思われたが、ついに地竜族の王メディウスが動き出した。その圧倒的な力に対抗するものがあった。一人の賢者が現れ、かるか北の氷の神殿に神剣があると伝えたのだ。愛するアルテミスを守らんと、アンリはその過酷な道を人進み、神剣ファルシオンを手に入れた。このときにたどったのが「アンリの道」である。そしてメディウスを討ち、初代アリティア国王となったのだ。
このアンリの道の最初の難関が古代都市テーベまでの道だ。カダインのはるか北に位置する砂に埋もれた都市。財宝が眠るとされ、多くの男たちがその地へ向かった。だが戻った者はいなかった。アンリの歴史書の死の砂漠<マーモトード>の一節にこうある。
行く手を阻むもの、まず死の砂漠ありき
灼熱の太陽と激しい砂嵐 凶悪な砂の部族と空を飛び交う飛竜の群れ
遥か彼方に、幻の街を仰ぎ見ながら、我らはただ立ち尽くすのみ
人々は彼が残した道に彼の名をつけ、歴史にした。アリティア騎士団が立ち向かうのは、もはや伝説の域となる世界への道だった。ここまでくればアカネイア軍も追っては来ないだろう。普通ではありえない道なのだ。軍は一度、アンリの道の前にある最後の街で軍全体にそのことを説明した。神殿に立ち入った先鋭隊はすでに覚悟を決めていたが、ガトーの話を聞けなかった者たちもいる。そして十分な説明がされた後で、ジェイガンによって人員が絞られた。選ばれた人員は一人一人マルスと意思を確認し、残る者、ついていく者に分かれた。アリティアを取り戻すために、全滅するわけにはいかない。厳しい話だが足手まといがいればあっというまに散ってしまう。それがアンリの道なのだ。こうしてアンリの道に行くことになったのは第七小隊、ジェイガンらアリティア騎馬兵、ゴードン、ジョルジュ、マリク、エルレーン、ウェンデル。木こりたちとオグマ、ナバール。天馬騎士たちはシーダと共に残ることとなった。ミネルバは残る部隊を託された。残るからと言って寝て待っているわけにはいかない。常にアリティアやアカネイアの動向を探らなくてはならなかった。重騎士たちは鎧を捨てるわけにもいかず、街を拠点として防御に徹することとなった。数々の戦地を乗り越えてきた補給部隊の一部も同行することとなった。馬たちは置いていくことが決まった、おそらく気候に耐えきれないだろう。
十分に支度を整えた先鋭隊とマルスが町を出る。ついていけないことを悔やむ者、安堵するもの。己の役目を全うせんと気負う者。様々だが、残った者達は静かに見送った。
マーモトードの直前、またもあの暗殺部隊が襲い掛かったが騎士団はびくともしなかった。北上するにつれ、朝晩の気温差はなぜか少なくなった。しかしそれは快適になったのではなく、夜でも昼間の太陽の熱が砂漠に残り、冷え切らないのだった。そしてマーモトードの入り口には、ただ一つだけ目印があった。石を組んだ十字架だった。
「ここからがアンリの道だ。みんな、何かあればすぐに申し出るように。この人数だ、できれば誰も欠けたくはない」
マーモトードにいたのは歴史書と同じく、古代から住まう砂の民と、飛竜だった。砂の民は言葉を発さず、ただ無差別に襲い掛かってくる。なにか催眠にでもかけられたような恐ろしい部族だった。テーベの塔は砂嵐の向こうにある。見えているのに近づくことができない。皮膚を焼くような太陽の元、騎士団はだまって進むほかなかった。ここでもやはり嫁の利かない人間は昼間に動くほかない。飛竜は竜騎士よりはるかに素早く、夜に紛れ込むのだ。クリスは自分でも体力はある方だと自負していたが、それでも厳しい。あんたを一人で行かせられないと言ったユミナを思い出す。説得して残ってもらったが、それでよかったと思う。この太陽と乾燥は、あの少女には耐えられるものではないだろう。
何度も太陽が昇った。ある夜、一行は小さな遺跡を見つけた。そこは砂の部族の住みかとなっており、襲い掛かられた。なんとか制圧し、その日はまだ日暮れ時だったがそのままそこで休むことになった。
「やっと一息付けそうだ」
「でもよ、この暑さじゃ寝苦しくてかなわん」
ルークは目の下にクマを作っていた。
「それでも休むのよ。でなきゃ体がもたない」
セシルが励ますようにそういった。
「クリス、体は平気か」
遺跡の上に上がり、見張りをしていたクリスにそう声をかけたのはカインだった。
「はい、まだなんとか。カイン殿も」
「俺も何とかな。しかしこれは、人が生きていける場所じゃない。あの砂の部族とやらはなんなんだろうな」
「ここには水もありませんでした。彼らの住みかだったのに。おそらく人間じゃない、なにかなのでしょう」
カインはクリスの横に腰かける。体中の水分が抜けて、汗も出ないようだ。ぱさぱさの赤髪をかき上げて、カインは遠くに見えるテーベの塔を見つめた。
「さっきマルス様の様子をうかがってきたが、体力を消耗してなさったが、意識はしっかりとしていた」
「そうですか。私も見張りが終わったら、行ってみます」
「ああ…」
ここは少しだけ風が気持ちいい気がします、とクリスはいった。熱風でも、ないよりマシのような気がした。
「お前と再会してから、逃げてばかりで、今度はこんなところまで来てしまって、稽古もつけてやれん。はやくアリティアを取り戻したいものだ」
「はい、私もまだまだ学びたいことがあります。実戦でもカイン殿の戦い方はとても参考になりますが…」
「お前は勉強熱心だな…。その力は、すべてマルス様の為に使ってくれ。もしマルス様に――お前にもなにかあれば、それはすべて俺の責任だ」
「そんなこと……!」
クリスは思わず声を上げた。たしかにカインは教官である以上に自分の師と言える。アリティアを立つ前、あの一か月の本気の稽古は実戦でもかなり生きた。それにしても今の発言は、あまりに責任を負いすぎているように思える。
「カイン殿、あなたばかり背負わないでください。私がいる意味がないではないですか。それともまだ、私ではだめなのですか…?」
カインは少し驚いたようにクリスに目を向けた。それから信頼のこもった目で優しく微笑みかけた。
「すまない。そうだな、お前には話しておきたいことがある」
クリスはなんとなく直感で、以前フレイがすこしだけ聞かせてくれたことの続きのような気がした。カインは塔ではなく、見えない何かを見ているようだった。
「かつて俺は、マルス様のお父上コーネリアス様の部隊にいた。暗黒戦争が始まったときのことだ。暗黒竜メディウスの討伐に出かけたが、戦に敗北した。俺はその傍らにありながらお守りすることは叶わなかった。」
「カイン殿…」
「絶体絶命の状況、もはや助かるまいと覚悟を決めた。しかし部隊長は俺に命令した。ここを食い止める、お前は脱出しコーネリアス様の最期を王子に伝えよと。俺は部隊で最も若い騎士だった。皆は俺に未来を託したのだ。だが、守るべき主君を失いおめおめと生き延びる。こんな屈辱があろうか?」
今でも、その時のことをありありと思いだせるのだろう。カインは膝の上に拳を握り、見えない敵を睨み付けていた。
「――俺は、お前には…同じ思いをしてほしくない。コーネリアス様の死後、俺はマルス様と合流しタリスへ逃れたが、あの二年間、毎日思い悩んでいた。誰の励ましも俺の胸には届かなかった。本当の意味で俺の苦しみを知るものなど誰もいない、他の騎士たちは散ったのだから。俺は新たな主君――マルス様にお仕えすることでその傷をいやしているのかもしれない。もちろんマルス様は心から敬愛に当たる人物であられる。そのことは誇りだ。マルス様のことは俺が必ずお守りすると心に誓っている。それでも、いつかまた同じことが起こるのではないかと、内心ではひどく怯えているのだ」
カインが必ずしもマルスの隣に居なくても、常に彼を気使う様子はよく知っている。カタリナの裏切りの際にも、おそらく一番に気が付いたのはカインだった。だから飛び込んできたのだ。
「これは俺の責任なのだ。 クリス、お前なら俺の無念、俺の思い、全て受け止めてくれると、そう信じている」
クリスには、カインの気持ちをすべて理解することはできない。それでも、想像でしかなくてもその痛みや後悔はよくわかる。
「カイン殿――あなたはその部隊の騎士たちの願い通りマルス様の元へたどり着きました。そして、私たち新米騎士を育て、アリティアの未来を創ろうとしていらっしゃいます。だからカイン殿がどんなに悔しくても、私は…私はあなたがここに居てくれることに、感謝したい…」
「クリス…」
「カイン殿、あなたのお気持ちは想像するしかできないけれど、私には痛いほどわかります。私は必ず、最後までマルス様をお守りします。だからカイン殿の思い、これからもぶつけてください。私はそれを受けて、強くなります」
**
「え、男性が女性に!?」
やっとの思いで塔にたどり着いた騎士団を迎えたのは、不思議な力を持つ男性だった。マルスのかつての仲間、チキという少女が現れたかと思えば、それは男性に姿を変えたのだ。
「おやー驚かせちまったな~!」
赤毛の男はそう嬉しそうに言う。彼はこれから一行をガトーの元へ案内してくれるという。なぜ彼がガトーを知っているのか、彼が何者なのか。男――チェイニーはマルスのことを友と呼ぶが、マルスは彼の正体については知らないようだった。とにかく一行は一度塔の地下で休憩を取り、翌日からまた進むことになった。
「マルス様」
「クリス」
「お身体の方は、どうですか? どこか辛くありませんか?」
地下は熱風もなく少しは涼しく過ごすことができた。クリスはチェイニーと何か話していたマルスの元を訪れた。
「僕は大丈夫だよ」
「こんくらいで根をあげてる場合じゃないぜ。ここからもっと北上する。しばらくは砂の民はいないだろうけど飛竜には気をつけなくちゃならない。この先にあるフレイム・バレルは人間にとってはもっと過酷だろう」
チェイニーはどこか他人事のようにそういった。
「チェイニー殿は大丈夫なのですか?」
「まあこの辺りには慣れてるからな。」
見た感じでは細身で、まだ若そうなチェイニーだが汗もかかず、ここよりも 熱いところに案内してくれるというのに嫌な顔もしない。クリスには彼が、人間ではない何かのような気さえした。
「ご迷惑おかけすることもあるかと思いますが、この先の道案内、よろしくお願いします」
「うん、せいぜい干からびないようにね」
チェイニーはにんまりと笑って見せた。
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