傷のふさぎ方(feフレイ)
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5
彼と出会ったのは、装備の買い付けに出かけた時だった。やさしく、自分たちの様に命を奪うのではなく物を作る生き方が新鮮だった。この人ならば、自分の傷をふさぐ何かを作ってくれると期待した。そして彼のほうも、それを望んでくれた。
フレイの無事を知っても、すぐには縁を切れないくらいには好きだった。情なのか恋なのかよくわからないが、もうじき一年になる付き合いは確かに望んで始めたものだった。
だがこの週の休日は、いつになく気がのらなかった。不満があるのではない、あるとすれば自分に対してだ。
いつものように料理をして、談笑して、同じ寝台に腰かけて、唇を寄せたのに、その先をすることができなかった。
自分なりに、彼を愛しているつもりだった。いなくなった男の事など忘れたつもりだった。
だが傷口にきちんと向き合わずふさいだせいか、ズレたガーゼから感染してしまったように、想いは止められない。傷口をふさぐには、傷を見なくてはいけない。そんな当たり前のことが、たぶんクリスにはできていなかったのだ。
「ごめんなさい、私」
その先を言葉にはできなかったが、彼は何も言わなかった。多分彼も気が付いていた、傷がどこにあるのかわからないから、ふさぎようがなかったことを。クリスは愛していた男が消えたことだけは話したが、その詳細は忘れたがって話すことはなかった。忘れたいと思ううちは、その出来事は鮮明に脳に焼き付いている。この数年間、毎日忘れたいと願っていた。
ーーーー
閉じようと押さえつけていた傷口は完全に開いた。むしろ広がった。己の愚かさとそれにつき合わされた彼を思うと、なんといっていいか。だが突然、急に自分がばかばかしく思えて仕方ない。
城に戻ると、フレイはまたいつものように外でカインの補佐をしていた。もうすでに午後、今日は講義はないようだ。ずんずん近づいていくと、フレイもカインも気が付いたらしかった。
あの日、図書館に行った日。あの後すぐに熱心な見習い騎士がやってきて、2人は間一髪のところで距離を置き、そのまま無言でお互いの部屋に戻った。それ以来だから、フレイもさすがに知らんぷりはできないのか妙にソワソワしているように見えた。
「クリス、手伝いにでも来てくれたのか?」
「その逆よカイン、あなたの補佐をしているその男をちょっと貸してほしいの」
「今でなかればダメか?」
「今じゃなきゃ嫌」
カインは困ったように肩をすくめたが、口元はニヤニヤしていた。それを軽くにらみつけてやる。
「じゃあフレイ殿、今日はここまでで結構ですよ」
「…ああ」
フレイは少し迷ったようだが、おとなしくクリスに続いた。
静かに話せる場所と言えば、やはり個室だろう。クリスはフレイを連れて自室に戻る。扉を開けるとさすがに彼は躊躇したが「早く」と促せば従った。
「わざわざみんなの前で連れ出すこともないだろう」
「思い立ったから、いてもたってもいられなくなって」
手を引いて寝台に座らせる。フレイは困っている様子だが、もういい。とことん困らせてやろうと思う。図書館で開きかけた傷を、ここでさらしてやろうと思った。
「脱ぎなさい」
「なぜ」
「お互いの傷を晒すためよ」
じ、と見つめると、観念したようにシャツをぬぐ。常に長袖を着ているのだろう、焼けていない白い肌にはあの足と同じような忌々しい傷跡が多数残されていた。
「…あの日ーー敵は私を切り刻み、死んだものと思ったのだろう。とどめを刺さずに帰っていった。だからこのように、醜い傷痕があるのだ」
鎖骨の傷に手を這わす。フレイは小さく息を飲んだ。
こんなにも傷だらけで、よく生きていたと思う。そしてよく癒し、戻ってきたなと。失った記憶を取り戻すのは容易なことではない。おそらく失っている間も苦労は絶えなかったろう。
「君に、見せるつもりはなかった…」
「…なんでよ」
「君が負い目を感じることが怖かった…君の今の幸せを壊すことも。この前は、すまなかった」
「キスしたのは私よ。忘れた?」
フレイは黙ってしまう。当然だ。お互い沈黙を貫いたのに、突然それを破ったのだから。
「あなたがいなくなって、狂うかと思った。それでも戦わなくてはならなかった。でも戦いがあるうちはまだよかったわ、戦いが終わってからは退屈で、あなたを思い出す時間が増えた。私は逃げたかった。知ってるでしょう?城の外に恋人も作ったわ。好きだったわ。でも、やっぱり逃げていただけだった」
フレイは顔をしかめる。あえてその顔は見なかった。傷に順に触れる。
「あなたが私のためにじっとしてたの気がついてた。でも、やっぱり知らんぷりしてたら、あの時と同じだわ。遅いかもしれないけれど…私やっぱり、忘れられない」
ようやくフレイの顔を見ると、読めない顔をしていた。否定の表情なのか、困惑の表情なのかわからない。
「ねえ、フレイ」
「…はぁ、まったく」
「…」
「噂は知ってた、嫉妬したよ、本当は」
降参、と両手を挙げた彼の腕に飛び込んだ。ぬくもりはあの頃と何も変わらない。
彼と出会ったのは、装備の買い付けに出かけた時だった。やさしく、自分たちの様に命を奪うのではなく物を作る生き方が新鮮だった。この人ならば、自分の傷をふさぐ何かを作ってくれると期待した。そして彼のほうも、それを望んでくれた。
フレイの無事を知っても、すぐには縁を切れないくらいには好きだった。情なのか恋なのかよくわからないが、もうじき一年になる付き合いは確かに望んで始めたものだった。
だがこの週の休日は、いつになく気がのらなかった。不満があるのではない、あるとすれば自分に対してだ。
いつものように料理をして、談笑して、同じ寝台に腰かけて、唇を寄せたのに、その先をすることができなかった。
自分なりに、彼を愛しているつもりだった。いなくなった男の事など忘れたつもりだった。
だが傷口にきちんと向き合わずふさいだせいか、ズレたガーゼから感染してしまったように、想いは止められない。傷口をふさぐには、傷を見なくてはいけない。そんな当たり前のことが、たぶんクリスにはできていなかったのだ。
「ごめんなさい、私」
その先を言葉にはできなかったが、彼は何も言わなかった。多分彼も気が付いていた、傷がどこにあるのかわからないから、ふさぎようがなかったことを。クリスは愛していた男が消えたことだけは話したが、その詳細は忘れたがって話すことはなかった。忘れたいと思ううちは、その出来事は鮮明に脳に焼き付いている。この数年間、毎日忘れたいと願っていた。
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閉じようと押さえつけていた傷口は完全に開いた。むしろ広がった。己の愚かさとそれにつき合わされた彼を思うと、なんといっていいか。だが突然、急に自分がばかばかしく思えて仕方ない。
城に戻ると、フレイはまたいつものように外でカインの補佐をしていた。もうすでに午後、今日は講義はないようだ。ずんずん近づいていくと、フレイもカインも気が付いたらしかった。
あの日、図書館に行った日。あの後すぐに熱心な見習い騎士がやってきて、2人は間一髪のところで距離を置き、そのまま無言でお互いの部屋に戻った。それ以来だから、フレイもさすがに知らんぷりはできないのか妙にソワソワしているように見えた。
「クリス、手伝いにでも来てくれたのか?」
「その逆よカイン、あなたの補佐をしているその男をちょっと貸してほしいの」
「今でなかればダメか?」
「今じゃなきゃ嫌」
カインは困ったように肩をすくめたが、口元はニヤニヤしていた。それを軽くにらみつけてやる。
「じゃあフレイ殿、今日はここまでで結構ですよ」
「…ああ」
フレイは少し迷ったようだが、おとなしくクリスに続いた。
静かに話せる場所と言えば、やはり個室だろう。クリスはフレイを連れて自室に戻る。扉を開けるとさすがに彼は躊躇したが「早く」と促せば従った。
「わざわざみんなの前で連れ出すこともないだろう」
「思い立ったから、いてもたってもいられなくなって」
手を引いて寝台に座らせる。フレイは困っている様子だが、もういい。とことん困らせてやろうと思う。図書館で開きかけた傷を、ここでさらしてやろうと思った。
「脱ぎなさい」
「なぜ」
「お互いの傷を晒すためよ」
じ、と見つめると、観念したようにシャツをぬぐ。常に長袖を着ているのだろう、焼けていない白い肌にはあの足と同じような忌々しい傷跡が多数残されていた。
「…あの日ーー敵は私を切り刻み、死んだものと思ったのだろう。とどめを刺さずに帰っていった。だからこのように、醜い傷痕があるのだ」
鎖骨の傷に手を這わす。フレイは小さく息を飲んだ。
こんなにも傷だらけで、よく生きていたと思う。そしてよく癒し、戻ってきたなと。失った記憶を取り戻すのは容易なことではない。おそらく失っている間も苦労は絶えなかったろう。
「君に、見せるつもりはなかった…」
「…なんでよ」
「君が負い目を感じることが怖かった…君の今の幸せを壊すことも。この前は、すまなかった」
「キスしたのは私よ。忘れた?」
フレイは黙ってしまう。当然だ。お互い沈黙を貫いたのに、突然それを破ったのだから。
「あなたがいなくなって、狂うかと思った。それでも戦わなくてはならなかった。でも戦いがあるうちはまだよかったわ、戦いが終わってからは退屈で、あなたを思い出す時間が増えた。私は逃げたかった。知ってるでしょう?城の外に恋人も作ったわ。好きだったわ。でも、やっぱり逃げていただけだった」
フレイは顔をしかめる。あえてその顔は見なかった。傷に順に触れる。
「あなたが私のためにじっとしてたの気がついてた。でも、やっぱり知らんぷりしてたら、あの時と同じだわ。遅いかもしれないけれど…私やっぱり、忘れられない」
ようやくフレイの顔を見ると、読めない顔をしていた。否定の表情なのか、困惑の表情なのかわからない。
「ねえ、フレイ」
「…はぁ、まったく」
「…」
「噂は知ってた、嫉妬したよ、本当は」
降参、と両手を挙げた彼の腕に飛び込んだ。ぬくもりはあの頃と何も変わらない。