看板の無い喫茶店
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焦げ茶色の木目に備わる真鍮の取っ手を持つと、寒気を溜め込んだ金属が手にひんやりと張り付く。強く手前に引くとカランカラン、と鐘が鳴った。
全身に付いた雪を払い、暗い店内を見渡すと、客が誰も居ない。少しほっとしながらカウンターの真ん中に座り、上着と得物三本を隣の椅子に置いた。
「おや、いらっしゃい。こんな寒い日に珍しいですね」
奥の厨房から布錦で手を拭いつつ、若い男が一人現れた。
「何でもいい。強い酒くれ」
すると男は困った様に眉を下げる。
「お客さん、この店に酒は無いんですよ」
「はぁ?ここはバーじゃねぇのか?表には…」
「看板は無かったでしょう」
そうだ、確かに看板は無かった。なら何故俺はバーだと思いこんだのか、あぁ、あれだ。
「店の前に酒瓶がいくつかあったぜ」
「中身が酒とは限りませんよ」
「…けっ、まるで詐欺じゃねぇか」
埒が明かねぇと思い、上着を取り席を立った。
「こう寒いと次の酒場を探すのも大変でしょう。お茶をお出ししますから、少し温まって行きませんか」
そう言うと奥に消える男。俺は一瞬躊躇したが、外の寒さを思い出し、どかりとその場に腰を落とした。
確かに今日は寒い。ここ一週間この冬島にいるが、一番の冷えだ。
アイツは今頃男の胸で暖まっているんだろうか…そう思うとやはり酒が無いとやり切れない気分になって来る。
今すぐ酒場を探しに行こうか、そう思った時。
「お待たせしました」
まるで見計らったかの様にコトリ、と目の前に置かれた湯呑み茶碗。
ほんのり湯気の立つそれは、濃くも薄くも無い緑色だ。
片手で気をつけて湯呑みを持つ。元来猫舌な俺にも飲める程度の、調度良い熱さだった。
「渋ィな…」
「口の中で転がすと、少し甘みを感じるでしょう」
「………あァ…」
「辛い事があるなら酒で紛らわせる事は出来ますが……」
見透かした様な台詞が気になり、俺は漸く男の顔を正面から見た。
どこを見ているのか分からない青い瞳がすっと細められる。
「忘れたい訳じゃ、ないんでしょう?」
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