ないものねだり
Name input
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
愛する王子様と同じ足が欲しいと願った人魚が居た。あたしにはそれが理解出来ない。否、幼い、まだ少女と呼ばれる年頃の時は寧ろ憧れすら抱いていた気がする。それでも残念ながらあの頃から随分と時間が経ってしまって、少女と言われるには無理がある歳になってしまった今となっては、あたしは足よりも恋心を消す薬の方が欲しかった。
「ねぇ、ホタテちゃん。泳がねぇの?」
考え込みながら広い水槽の水面をぼーっと見つめていたあたしに、面白くなさそうにフロイドくんが自身の尾でバシャリと水を掛けたせいで、あたしは大凡年頃の女性が出すような声ではない声を鳴らし咽せこんだ。それが彼のお気召したようで、つまらなそうな表情から一変、今度は楽しそうに口角を上げる。それだけで先程の仕打ちを、文字通り水に流せてしまうのだから恋心とは厄介な物である。
「水着持ってないしね。」
ついでに尾びれも、と付け加えると、彼は上半身をあたしの目の前まで寄せた。丁度水槽の縁に腕をかけ、頬杖を付くような形でこちらを見上げてニタリとその切れ味の良さそうな歯を覗かせる。そのままあーっと大きく口を見せつけるように開くと、それってさぁと続けた。
「いんの?」
「いるよ。人間は服着て泳げない。」
昔、水泳の授業で着衣水泳をした事があるが、服が重くて泳げたものじゃなかった。そもそもその授業の意図としては、万が一にも水場に落ちた時の対処方を学ぶ事が目的で服を着て泳ぐ事じゃない。力を抜いて浮かぶ事、と最低限自分の命を守ることしか学んでいないのだから、自ら服を着て水場に飛び込むなんて自殺行為は想定外の筈だ。
その回答を聞いてフロイドくんが悪い顔をする。あ、嫌な予感がする。
「ねぇホタテちゃん。オレと泳ごーよ。ね?」
バシャン、とあたしの返事よりも先に大きな水音が立った。フロイドくんがあたしの腕を掴み水の中に引き摺り込んだせいだ。次第に音が遠くなる。あたしはゆっくりと目を開いた。
辛うじて一瞬の内に息を止める事は出来たが、ずいずいと水底を目指すフロイドくんに恐怖心が煽られてあたしはせめてもの抵抗に、彼に掴まれていた腕をぐっと自分の方へ引いた。これ以上はあたしの息が持たないと振り返った彼に上を指で示しながら首を横に振ると、目の前の彼は不満げな表情を浮かべる。その表情は寧ろ怒っているようにも見えた。
1/2ページ