幸せの三つ葉
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「ほら、クローバー見てたらトレイくんを思い出しちゃって。」
先程左頬を示したのもあって、その意味はトレイくんに伝わったらしい。俺のは三つ葉ですよ、と苦笑いを浮かべる彼の頬は寧ろ先程より茹っている様に見える。彼のすらりと長い指で隠されているせいで確実な事は言えないけれど。
少しだけ気まずい沈黙が流れる。あたしはそれに耐えられなくなって倒れたままのほうきを拾った。クローバー探しのせいで結局清掃をサボってしまっているから、終業後にサービス残業確定である。自業自得と云えど気が重い。けれどこの後は図書室の整頓を指示されているから、このままここに居るわけにもいかない。仕方ないと右手にほうきを持ったままトレイくんに向き直った。
「アイさん、手を出して貰えますか?」
「え?はい。」
あたしが立ち去る為の挨拶を口にするより先にトレイくんに言われたものだから、あたしは何も考えずに空いていた左手を差し出す。トレイくんは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、直ぐに調子を取り戻したようだった。
掌を上にして差し出した手にトレイくんの大きな手が重なり、彼の手によって裏返される。そのまま数度、彼の指先はあたしの薬指を弄び、そしていつの間に作ったのか三つ葉のクローバーで出来た指輪を薬指に通した。
左手の薬指の指輪。多分あたしが右手を差し出していたら、トレイくんは同じく右手の薬指にその指輪を通していたのだろう。ただの偶然。あたしが考えなしにとった行動による結果。ただそれだけなのだけど、そこが特別な意味を持っているというのは流石のあたしも知っていて、どうしようもなく煩い心臓も熱い頬も、その原因は全て目の前の男のせいである。
あたしは逃げるようにトレイくんの手から自身の手を引き抜き、そのまま彼の顔も見る事なく図書室へと走った。広い敷地は不便だが、今回ばかりは都合が良い。目的地に着く前には幾分か落ち着きを取り戻していて、途中でほうきを片付ける余裕すらあった。けれどクローバーの指輪を外す事はしない。利き手よりも邪魔にならないし、と言い訳をしたところで嬉しかった本心は変わらない。
「あ。」
数ある本の中から不意に見つけた本。あたしの身長から考えると背伸びをしなければならない位置にあったそれは、ジャンルから考えるとこの本棚にあってはならない物だ。さて仕事を始めるか、とその本を元の位置に戻すべく引き抜く。あたしは植物図鑑と書かれたその本のクローバーのページを開いて誰も居ない図書室で蹲り、今度こそ大きな羞恥が滲む嘆きの声を上げたのだった。
("私のものになって"なんて。)
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