真紅の暴君
Name input
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
結局校舎の一階の見回りを終える頃には時計の針はどこぞの少女の魔法を解くのに十分な程の時を刻んでいて、急いで帰る気すら削がれて溜息を吐いた。暗い夜道も、疲労困憊な脚に優しくない砂利道も、全てがあたしに追い討ちをかける。とは言え、ジャミルくんの手伝いをした事で空腹を訴えていた胃袋は満たされていて、それを考えると悪いことばかりとは言えない。けれどそれ以上の疲労感に一人ごちた。
「体力、落ちたなぁ。」
あぁ、いや。多分、現状が働き過ぎなのだ、きっと。そういう事にしておこうと足元に向けられていた視線を上げる。正面を超えて上へ。そこに広がるのは広大な夜空だ。
何だっけ。何かの歌詞に、決めつけたエリアの空はいつも広いとあった気がする。確かに頭上に広がる暗色の空は限界を知らない。ただでさえ小柄な自分が小さくなったような錯覚を覚えて、あたしは思わず足を止めた。
(……帰りたい。)
残業なんて滅多に無かった。その分給料は安くて、一人暮らしをするなんて夢のまた夢だったけれど。
自分で食事を用意するのなんて土日くらいのもので、栄養バランスなんて考えもせずに一品料理ばかりだった。味付けなんて適当で、塩胡椒を振っておけば済むような簡易な料理。それで何とかなっていたのだ。だって、平日は母の作ったバランスの良い食事を採っていたから。時折味付けが好みではないと文句を言ったりもしたが、世間一般的にあたしの母は料理上手だったのだと思う。お陰様であたしは絶対に食べられないという食材はパクチーだけである。
そんな、極々一般的な女だった。微妙に健康面に不安があって、収入面には大いに不満を抱えていて。それでもトータルでの評価は、概ね人生に満足しているような、そんなただの女だった。少しだけ、行かず後家になりそうな感じは否めなかったけれど。
あたしは視線を空から正面へと下ろし、懐中電灯でオンボロ寮の方向を照らす。それから仄暗い思考を振り払うように、縺れる足に構う事なく走り出した。
早く帰ろう。きっとエースくんもハーツラビュル寮に帰っているだろうから、今日はベッドで眠れるだろう。ゆっくり眠れば、この、曇った思考も頭の片隅に追いやれる。ふかふかのベッドに身体を沈め、太陽の香りのする布団に潜って。あぁ、でも。もしかしたら太陽の香りはエースくんの香りに書き変わっているかもしれない。彼の香りが嫌いな訳ではないが、何処となく犯罪臭がするから、そうでなければいいと思う。そこまで考えて自分の思考にふふ、と小さな声が漏れた。
いつの間にかあたしの両足は速度を緩めていた。けれど立ち止まる事はしない。少しでも早く休みたいという欲には逆らいはしないけれど、それでも確かに少しだけ、あたしの胸には寮に戻ってもエースくんが居ない事実に寂しさが滲んでいた。その程度には、あたしは彼に絆されているのだ。多分、スペードくんやグリムにも。