真紅の暴君
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「えぇ、数日前に。2年C組の教室で。」
ジャミルくんの唇を溜息が濡らした。数日前、2年C組。その単語を頭に巡らせて、あたしはあっと声を上げる。そのまま慌てて彼の方へ近寄った。
「あの時はありがとう!ごめんね、すぐに気が付かなくて。あたし人の顔を覚えるのが苦手で……。」
あたしが2年C組の教室を訪れたのはあの時だけだ。そう、アズールくんにバイトの交渉に行った時。その時にアズールくんを呼んでくれた子がいた。あの黒髪の子がジャミルくんだったのだ。成程、既視感があるわけだ。
とはいえ、助けてもらっていて、しかもお礼を言えず仕舞いだった彼のことを覚えていられなかったのはいただけない。あたしが口にした言い訳と謝罪を、ジャミルくんはいえ、と一言口にして受け取ってくれた。
「ところで、ジャミルくんは何でこんな時間に料理をしてるの?」
「弁当を作っているんですよ。」
その言葉に彼の手元を覗き込むと、成程、確かに空の弁当箱が2つ並んでいる。でも確か、各寮にはそれぞれキッチンが併設されているはずだ。寮に戻ってから料理をすればいいだろう。この前みたいに人数が多くてキッチンに入りきらないとか、何か理由があるのなら別だが、今料理をしているのはジャミルくん一人だけで、そんな理由があるようには思えない。何故、とあたしの疑問を読み取ったのか、ジャミルくんは熱砂の国の料理は匂いが強いので、と教えてくれた。
「寮生が起きてしまうんですよ。……カリムが起きてきて宴でも始まったらやってられない。」
「……え?」
後半の彼の言葉が聞き取れず聞き返すと、ジャミルくんは今まで掻き混ぜていた鍋の火を止め、何やら調味料らしき小瓶を振るった。一瞬で香りが強くなる。確かに、これなら眠りの浅い人なら起きてしまうだろう。この時点で、あたしは彼に早く寮に帰れ、と言うことができなくなっていた。
けれどこのままここにいるのはきっと彼の邪魔になる。あたしは食堂を後にするべくジャミルくんに声をかけようと口を開くと、それよりも早くジャミルくんが口を開いた。作業が一段落したのか、ジャミルくんがこちらを向く。
「アイさん、手伝ってくれるな?」
ジャミルくんが優しく微笑む。けれどあたしにはまだ見回りの仕事が残っている。好奇心を満たしてしまった今となってはここにいる意味はなく、悪戯に睡眠時間を削るだけだ。申し訳ないけど断ろうと口を開いた、けれど。
「勿論。」
じわじわと目を見開く感覚がする。なんで、あたしは確かにごめんと拒絶を口にするつもりだったのに。
ジャミルくんはあたしの言葉にありがとうございます、と感謝の言葉を口にして、あたしに包丁を握らせるのだった。