真紅の暴君
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(いい匂い……。)
スパイシーな香りのする方向へ目が奪われる。その方向、この階段を登った先には確か、数日前に皆でマロンタルト作りに勤しんだ食堂があるはず。発生源は十中八九そこだろう。逆にそこじゃなかったら怖い。
あたしは足を止めたまま、二階に登るための階段を見やる。クロウリー先生は一階だけでいいと言っていたけれど、二階から香ってくる匂いは、明らかに誰かしらがそこにいることを示している。それが教師陣なのか生徒なのか、はたまたゴーストなのかは知らないが、見回りを任されたあたしが無視をしていいのだろうか。
(……余計なお世話かもしれないけど。)
あたしは手にしていた懐中電灯で階段を照らし、視線を食堂のある二階へ向ける。そのままゆっくりと歩を進めた。
多分このまま無視していってもクロウリー先生は文句を言えないだろうし、大人しく彼に指示された範囲だけを見回ってオンボロ寮に帰ってしまえば12時を回る前に就寝できるだろう。けれどあたしはそれに反抗した。
別にコレは責任感などではない。だって今ここにいるのはあたし一人だから。守る対象もいなければ、指示をされていない仕事に精を出す義理もない。あたしのこれは、純粋な、好奇心だ。
夜の学校での肝試し。感覚としてはそれに近い。けれどあたしが目指す大食堂に存在しているのは、曖昧な都市伝説なんてものではなく、確実な目的を持った人物だ。態々泥棒が料理なんてするわけもないのだから、その正体はほぼ間違いなくこの学園の関係者。だからこそ、程よい恐怖心と確かな安心感のバランスが保たれていてあたしの僅かばかりの欲求を満たすのにちょうどいいのだ。
心なしか足音をひそめて大食堂へ身体を滑り込ませると、どこか予想はしていたとおりキッチンの方から明かりが漏れている。ついでに聞き耳を立てるとそこそこ本格的な料理をしているようで、隠す気のない物音がする。あたしは意を決してキッチンの中を覗き込んだ。
「えっと、帰寮時間過ぎてるよ。」
恐る恐る口に出した言葉に、彼は動かしていた手を止めて振り返る。その彼の動作に、一瞬遅れて流れる黒い滑らかな髪に既視感が湧いた。誰だっただろうか、と頭を捻るあたしをよそに、彼はまた鍋に向き直る。どうやらあたしの言葉に従って大人しく寮に帰るつもりはないらしい。
「こんな時間まで仕事ですか。貴方も大変ですね。」
「ありがとう。ところで、えっと……。」
「ジャミルです。」
「ジャミルくん、あたしと会ったことあるかな。」
ジャミルと名乗ったその子は、あたしの言葉に再度振り返る。けれど先程と違って、彼の手は忙しなく動いたままだ。