五ェ門さん
「…む」
今日は彼女のいない日だと、空いた布団を見て思い出した。少し開いたカーテンから差し込む光が柔らかな線を描く朝、いつもの癖で右側に寄って寝ていた自分に気がつき五ェ門は頬を掻く。
実は昨日の朝から彼女は仕事でアジトにいないのだ。仕事、といってもちゃんとした表社会での仕事である。五ェ門たちと出会う前から彼女は働いており、自分達と暮らすようになってからも続けている。本人曰く、自分の好きなことをしているだけだから楽しいそうだ。五ェ門も楽しそうな彼女を引き留めるつもりはないし、むしろこのような生活のなかで楽しみを奪いたくないと思っている。結婚を申し込みめでたく結ばれたものの、自分の世間の立ち位置はそう綺麗なものではない。彼女は自分達と暮らすことを選んでくれたが、それでも無理をさせているのではないかと不安が残っているのだ。
朝から痛む胸を抑えながらリビングへ向かう。扉を開けると、ふわっと卵の香りが鼻孔をくすぐった。
「おっようやく来たかお寝坊さん
彼女がいないから起きれなかったのか?」
「そこまで遅くはないだろう…」
まだ醒めきっていない目をこすりながら、からかってくるルパンをあしらう。睨みつけてみても彼は飄々と口笛を吹きながら朝ご飯の支度をしている。そこに本日のシェフである次元も加わり、三人で食卓を囲った。
手を合わせ各々目の前におかれた食事を食べ始める。美味しい。確かに美味しい。口に出したことはないが、五ェ門は次元の料理をけっこう高く評価しているのだ。それでもやはり彼女の手料理が恋しくなってしまう。そんな五ェ門の様子を悟ったのか、次元は嫌味ったらしく口角をあげた。
「悪かったな、彼女さんのように上手くなくてよ」
「そ、そういう訳ではない!お主の料理も充分美味いぞ」
「じゃあその険しい顔はなんだってんだ」
「えー、それ言わせちゃうのォ?」
わざわざ早起きして作った料理を渋い顔で食べられ気を悪くした次元が声をあげると、横からルパンが茶々を入れる。含み笑いで五ェ門の方を見ると、次元に耳打ちした。
ああそういうことか、と言わんばかりにあきれた笑いを浮かべ次元はカリカリに焼けたベーコンを口に入れる。ルパンはそんな彼の様子を見てさらに楽しそうな笑みを浮かべた。
「…どうしたというのだ」
取り残された五ェ門はというと、二人を不審そうに交互に眺めている。ルパンと次元は目を合わせると、ルパンの方が先に口を開いた。
「五ェ門はこう見えて寂しがり屋だもんな~?」
「…!?」
「全く、いくら新婚だっつっても1日離れただけでそんな様子じゃ困るぞ」
確かに彼女がいなくて寂しさを感じていた五ェ門だが、二人に筒抜けだったのだと分かり顔が熱くなる。「そんなことはない!」と取り繕ってみるも後の祭りである。ルパンは変わらずにんまりとした笑みを浮かべているし、次元は朝食を食べながら「女に惚けるやつは一人で充分だってのによ」と呟いている。
「違うと言っているのに…」
「まあまあ、この際はっきりさせちゃえば?
お前、彼女のこと大事に思ってるんだろ?」
「…そんなのは当たり前だ。でなければ付き合うことも、求婚もしていない。
しかし…」
「しかし?」
ルパンの表情がいつの間にか真剣なものになっている。声も先程までのようにからかいを含んだものではない。このまま流されるように打ち明けるのは少し癪だが、このモヤモヤとした気持ちを誰かに話さなければならないような気がして、そのまま言葉を続ける。
「どうにも不安なのだ。拙者は安定した職に就いているわけでも定住地があるわけでもない。彼女に不便な思いをさせているのではないかと考えると…」
「ふぅん…ま、それもあるだろうけど
五ェ門は愛想尽かされるのが怖いんだろ?」
「!…その、ようなことは…」
「大いにあるだろ?彼女は元々表の人間だ、こちらの世界と相容れられない可能性がある
それで彼女が離れていくのが怖いんだろ?」
「…」
そう言われればそうかもしれない。いや、そうなのだ。彼女に普通の幸せを与えてやれない自分の不甲斐なさ故に、彼女が側にいてくれなくなるのが一番辛いことだ。
しかし、つまり自分が思い悩んでいたのは、彼女のことを思っていたようで実は自分が傷つきたくなかっただけなのではないか。身勝手な考えだったのではないか。そんな疑問が頭をよぎる。
表情を暗くした五ェ門を一瞥し、ルパンは手を頭の後ろで組んだ。
「ま、そこんとこはちゃーんと話し合うべきよね
ねぇ、ドアの前にいる奥さん?」
「え」
ルパンの呼び掛けから少し間が空き、リビングのドアが開けられる。その隙間から彼女が顔を覗かせた。
「…ばれてましたか」
「あったりまえよ!かわいこちゃんの気配ならすぐ分かるもの!
五ェ門ちゃんは気がついてなかったみたいだけど?」
状況に頭がついていかず呆気にとられている五ェ門の方を見て彼女は苦笑を浮かべた。
「…い、いや、何故お主がここに…?」
「少し、早めに仕事が終わって
ついさっき帰ってきたんだけど…」
「そ、そうか…」
二人の間に気まずい空気が流れる。胸のうちを聞かれてしまった五ェ門が必死に言い訳を考えていると、絞りだすように彼女が声をあげた。
「…五ェ門
その、私…今の生活に満足してるよ」
「…え?」
「確かに、住むところはころころ変わるし、一緒にいられる時間も限られてるし、警察に追われるしで大変なことも多いけど
それもひっくるめて五ェ門と一緒にいることを選んだんだから、全然苦じゃないの
だからそんなことで五ェ門のとこからいなくなったりしないよ」
真っ直ぐな瞳で五ェ門を捉える彼女に、おどおどとしていた五ェ門もだんだんと視線を合わせる。宥めるように彼女が五ェ門の頬に手を添えると、目を細めた。まるで大型犬だな、なんて考え彼女はくすりと笑みをこぼす。
「もう、そんなに弱気になってちゃあ家をあけられないよ!」
「すまない…」
「もう、冗談だって」と彼女は笑うが五ェ門はしょぼくれたままだ。やれやれ、と言わんばかりに困り顔をすると五ェ門の名を呼んだ。
そして愛おしそうに彼のことを見つめ、
「大好き」
と囁く。
目を見開き数秒固まった五ェ門だったが、すぐに顔を綻ばせると「拙者もだ」とこぼした。
そんな二人の様子を見て、すでに朝食を食べ終えた次元は煙草を咥えた。
「どうやら、杞憂だったらしいな」
「だな
ま、これくらい簡単に解決すると思ってたけどね!
それに、二人の仲が順調にいったら俺にもご利益ありそうじゃない?」
「はいはいご馳走さん、もう腹一杯だっての」
「俺はまだ空いてるな~」
「うっせ、これでも食ってろ」
「むぐっ」
机の上にあったパンをルパンの口に突っ込むと食器を重ね席を立つ。その後ろを同じく食器を持ったルパンがついていき、二人はキッチンへと消えた。
キッチンから聞こえる二人の小競り合いを聞きながら、五ェ門と彼女は目を合わせ笑う。
「…ご飯、食べようか」
「うむ」
冷めきった朝食はそれでも美味しくて、二人への礼を考えながら彼女とゆっくり朝を味わった五ェ門だった。
今日は彼女のいない日だと、空いた布団を見て思い出した。少し開いたカーテンから差し込む光が柔らかな線を描く朝、いつもの癖で右側に寄って寝ていた自分に気がつき五ェ門は頬を掻く。
実は昨日の朝から彼女は仕事でアジトにいないのだ。仕事、といってもちゃんとした表社会での仕事である。五ェ門たちと出会う前から彼女は働いており、自分達と暮らすようになってからも続けている。本人曰く、自分の好きなことをしているだけだから楽しいそうだ。五ェ門も楽しそうな彼女を引き留めるつもりはないし、むしろこのような生活のなかで楽しみを奪いたくないと思っている。結婚を申し込みめでたく結ばれたものの、自分の世間の立ち位置はそう綺麗なものではない。彼女は自分達と暮らすことを選んでくれたが、それでも無理をさせているのではないかと不安が残っているのだ。
朝から痛む胸を抑えながらリビングへ向かう。扉を開けると、ふわっと卵の香りが鼻孔をくすぐった。
「おっようやく来たかお寝坊さん
彼女がいないから起きれなかったのか?」
「そこまで遅くはないだろう…」
まだ醒めきっていない目をこすりながら、からかってくるルパンをあしらう。睨みつけてみても彼は飄々と口笛を吹きながら朝ご飯の支度をしている。そこに本日のシェフである次元も加わり、三人で食卓を囲った。
手を合わせ各々目の前におかれた食事を食べ始める。美味しい。確かに美味しい。口に出したことはないが、五ェ門は次元の料理をけっこう高く評価しているのだ。それでもやはり彼女の手料理が恋しくなってしまう。そんな五ェ門の様子を悟ったのか、次元は嫌味ったらしく口角をあげた。
「悪かったな、彼女さんのように上手くなくてよ」
「そ、そういう訳ではない!お主の料理も充分美味いぞ」
「じゃあその険しい顔はなんだってんだ」
「えー、それ言わせちゃうのォ?」
わざわざ早起きして作った料理を渋い顔で食べられ気を悪くした次元が声をあげると、横からルパンが茶々を入れる。含み笑いで五ェ門の方を見ると、次元に耳打ちした。
ああそういうことか、と言わんばかりにあきれた笑いを浮かべ次元はカリカリに焼けたベーコンを口に入れる。ルパンはそんな彼の様子を見てさらに楽しそうな笑みを浮かべた。
「…どうしたというのだ」
取り残された五ェ門はというと、二人を不審そうに交互に眺めている。ルパンと次元は目を合わせると、ルパンの方が先に口を開いた。
「五ェ門はこう見えて寂しがり屋だもんな~?」
「…!?」
「全く、いくら新婚だっつっても1日離れただけでそんな様子じゃ困るぞ」
確かに彼女がいなくて寂しさを感じていた五ェ門だが、二人に筒抜けだったのだと分かり顔が熱くなる。「そんなことはない!」と取り繕ってみるも後の祭りである。ルパンは変わらずにんまりとした笑みを浮かべているし、次元は朝食を食べながら「女に惚けるやつは一人で充分だってのによ」と呟いている。
「違うと言っているのに…」
「まあまあ、この際はっきりさせちゃえば?
お前、彼女のこと大事に思ってるんだろ?」
「…そんなのは当たり前だ。でなければ付き合うことも、求婚もしていない。
しかし…」
「しかし?」
ルパンの表情がいつの間にか真剣なものになっている。声も先程までのようにからかいを含んだものではない。このまま流されるように打ち明けるのは少し癪だが、このモヤモヤとした気持ちを誰かに話さなければならないような気がして、そのまま言葉を続ける。
「どうにも不安なのだ。拙者は安定した職に就いているわけでも定住地があるわけでもない。彼女に不便な思いをさせているのではないかと考えると…」
「ふぅん…ま、それもあるだろうけど
五ェ門は愛想尽かされるのが怖いんだろ?」
「!…その、ようなことは…」
「大いにあるだろ?彼女は元々表の人間だ、こちらの世界と相容れられない可能性がある
それで彼女が離れていくのが怖いんだろ?」
「…」
そう言われればそうかもしれない。いや、そうなのだ。彼女に普通の幸せを与えてやれない自分の不甲斐なさ故に、彼女が側にいてくれなくなるのが一番辛いことだ。
しかし、つまり自分が思い悩んでいたのは、彼女のことを思っていたようで実は自分が傷つきたくなかっただけなのではないか。身勝手な考えだったのではないか。そんな疑問が頭をよぎる。
表情を暗くした五ェ門を一瞥し、ルパンは手を頭の後ろで組んだ。
「ま、そこんとこはちゃーんと話し合うべきよね
ねぇ、ドアの前にいる奥さん?」
「え」
ルパンの呼び掛けから少し間が空き、リビングのドアが開けられる。その隙間から彼女が顔を覗かせた。
「…ばれてましたか」
「あったりまえよ!かわいこちゃんの気配ならすぐ分かるもの!
五ェ門ちゃんは気がついてなかったみたいだけど?」
状況に頭がついていかず呆気にとられている五ェ門の方を見て彼女は苦笑を浮かべた。
「…い、いや、何故お主がここに…?」
「少し、早めに仕事が終わって
ついさっき帰ってきたんだけど…」
「そ、そうか…」
二人の間に気まずい空気が流れる。胸のうちを聞かれてしまった五ェ門が必死に言い訳を考えていると、絞りだすように彼女が声をあげた。
「…五ェ門
その、私…今の生活に満足してるよ」
「…え?」
「確かに、住むところはころころ変わるし、一緒にいられる時間も限られてるし、警察に追われるしで大変なことも多いけど
それもひっくるめて五ェ門と一緒にいることを選んだんだから、全然苦じゃないの
だからそんなことで五ェ門のとこからいなくなったりしないよ」
真っ直ぐな瞳で五ェ門を捉える彼女に、おどおどとしていた五ェ門もだんだんと視線を合わせる。宥めるように彼女が五ェ門の頬に手を添えると、目を細めた。まるで大型犬だな、なんて考え彼女はくすりと笑みをこぼす。
「もう、そんなに弱気になってちゃあ家をあけられないよ!」
「すまない…」
「もう、冗談だって」と彼女は笑うが五ェ門はしょぼくれたままだ。やれやれ、と言わんばかりに困り顔をすると五ェ門の名を呼んだ。
そして愛おしそうに彼のことを見つめ、
「大好き」
と囁く。
目を見開き数秒固まった五ェ門だったが、すぐに顔を綻ばせると「拙者もだ」とこぼした。
そんな二人の様子を見て、すでに朝食を食べ終えた次元は煙草を咥えた。
「どうやら、杞憂だったらしいな」
「だな
ま、これくらい簡単に解決すると思ってたけどね!
それに、二人の仲が順調にいったら俺にもご利益ありそうじゃない?」
「はいはいご馳走さん、もう腹一杯だっての」
「俺はまだ空いてるな~」
「うっせ、これでも食ってろ」
「むぐっ」
机の上にあったパンをルパンの口に突っ込むと食器を重ね席を立つ。その後ろを同じく食器を持ったルパンがついていき、二人はキッチンへと消えた。
キッチンから聞こえる二人の小競り合いを聞きながら、五ェ門と彼女は目を合わせ笑う。
「…ご飯、食べようか」
「うむ」
冷めきった朝食はそれでも美味しくて、二人への礼を考えながら彼女とゆっくり朝を味わった五ェ門だった。
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