概要+短編
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「ティナリくんのしっぽ、ふわふわだぁ…」
うわ言のようにそんなことを言って、珍しく沢山飲んで酔った彼女は僕の尾を撫で始める。
参ったな。こんなことになるんだったら、狭いボックス席じゃなくて、互いの距離を取りやすい円卓に座りたかったよ。
ちなみに今日集まったメンバーは、僕とアルハイゼン、そしてサージュというちょっと不思議な組み合わせ。
本当は勿論セノやカーヴェも誘ってたのに、二人とも仕事が忙しいのか来そうにないから、僕達だけでテーブルを囲んでいる、という訳。
「あの…サージュ、勝手に触らないでくれる」
人の許可も取らずに好き放題する彼女を諌め、深い溜息を吐く。まったく、毛並みが乱れるじゃないか。
アルハイゼンだって居るってのに、どういうつもりなんだか。いやまあ、酔ってるせいで何も考えてないだけなんだろうけど。
「んぁ、ごめんごめん…あんまりにも心地よくて…すぅ」
「ちょっと! 急に寝るなよ、僕を枕にしようとしないで!」
口では謝罪しつつも睡魔には抗えず舟を漕いで、少しずつ重力に負けた身体が傾いてくる。
起きてくれと願いを込めて叫んでみるも徒労に終わり、正面から突き刺さる視線が痛い。
恐る恐るその目と向き合うと、意外なことに、どこか淋しげな感情が込められた眼差しが垣間見えた。
「…アルハイゼン?」
「なんだ」
その寂寥感の正体を確かめたくなって、僕はサージュが寝てるのを確かめた後、意を決して彼の名前を呼ぶ。
「もしかしてだけど、羨ましいとか…思ってたりする?」
冗談半分、でももう半分は本心からそう問い掛けてみる。顔には出さないものの、彼はサージュを前にすると雰囲気がいつもより柔らかくなるんだよね。
因論派と知論派で専門分野も割と似通ってるし、読書好きで話も合うし、何より根本の性質が近い。
だから、アルハイゼンは実は彼女のことが好きなんじゃないかな、と僕は密かに思っている。
でも本人はその想いを僕なんかには易々と明かしてくれる訳もなく、質問に対し絶対的な否を返してきた。
「まさか。君達は幼馴染なんだろう、近しい間柄の人間同士が戯 れ合うのは自然なことだ」
「幼馴染? どこで聞いたのそれ、僕は彼女と初めて会ったのは生論派に入ってからだよ」
ある意味では正しいと言えるかもしれないような、でもどこかやっぱりずれているような関係性を提示され、僕は思わず肩を竦める。
僕達が幼馴染だという見解、その根拠は、僕達の父親がどちらも生論派出身で親しい仲だったから、ってところから来てるんだろう。
でも彼女の一家は長いことスメール暮らしではなく各地を飛び回っていて、小さい頃のサージュと会ったことは一度もなかった。
元々は彼女も生論派に入る予定で、歳の近い女の子が後輩になるって話だけは聞いていたから、そういう意味ではサージュとの距離の近さのアドバンテージは人よりもあったかもしれない。
尤も、色々あって結局は彼女が入学したのはヴァフマナ学院、アムリタには来てくれず、当然僕の後輩にもならなかったんだけども。
「…ふむ」
アルハイゼンは意味深に俯いて、それっきり。まるで会話自体がなかったかのように、さっきと同じ表情で酒を飲んで食事に手を伸ばす。
元々必要以上の会話をしたがらない方ではあるとはいえ、これはあまりにも露骨すぎやしないか。
まあ、そのお陰でこっちもどう動くか決めやすくなったから、それはそれで助かったと言えるかも。
「幼馴染とは違うかもだけど、君もサージュとは長い付き合いだろ? 初めて会った日、彼女…嬉しそうに君のこと話してたよ」
「!」
思った通り、彼にとって後半部分は予想外、すごく驚いた様子で真偽を問う眼差しを向けてくる。
普段の他人相手だったら絶対しないような反応に、僕はアルハイゼンの恋心を確信し二の句を紡ぐ。
「それだけじゃない、去年の…いや、一昨年だったかな? まだ君達と仲良くなる前…ちょうどコレイとこっちに来る用がある時に、三人でご飯でも食べようかって言ったら、君との予定が入ってるからって断られたこともある」
サージュの中では僕やコレイよりも彼の方が比重が上だと全力で伝え、出方を窺う。
それを聞いたアルハイゼンはというと、一瞬だけ嬉しそうに口角を上げたものの、すぐにチーズボールを口に含んでその緩みを誤魔化す。
はぁもう、いっそ素直に認めればいいのに。喉まで出かかった鬱憤を押し留めながら、とりあえず肩にのしかかってきた重みを机に突っ伏させる。
「んぁ…?」
寝ぼけ眼のサージュは机の冷たさで多少動きはしたけれど、それで目が覚めた訳ではないらしくぼんやりと微笑んで再び夢の世界へとまっしぐら。
でも、そんな無防備な笑顔がアルハイゼンには直撃だったらしく、あからさまに照れた顔を逸らす。
ねえこれ、僕どうしたらいいんだろう? せめて、セノかカーヴェのどっちかだけでも早く来てくれれば違うのに…
「あのさアルハイゼン、僕…帰ってもいいかな」
「駄目だ」
「あ、そう…」
間髪入れずの即答。酔っ払いの面倒を見るのが嫌だというのとは異なる、どうあっても僕に居なくなられては困るという焦燥の籠った声だった。
これはもうサージュが好きだって明言しているのと変わらないことに、この聡明な筈の書記官は気付いているんだろうか。
「サージュ、寝るんなら家に帰って寝たら?」
「やだぁ…もっと飲むぅ…」
だと思った。一応彼女にも声を掛けてみようと思って肩を揺すってみたら、ご覧の有様だ。
ただでさえ普段のカーヴェ以上に酔ってるのに、ここから更にアルコールを入れて吐かなければいいけど。
「…サージュ。今の君は、酒を入れる前に水を飲むべきだ」
自分は悠々と酒を呷りながら、アルハイゼンは思いの外まともな忠言を投げ掛ける。
流石にカーヴェ相手で酔っ払いの対処法は慣れたもの、の筈が、サージュの返答は僕達の予想の更に上をいくもので。
「ん~? じゃあお水でもいいやぁ…アルハイゼン、それちょうだい?」
「これは酒だが」
「えぇー、どう見ても水だよ。だって色がないもん」
サージュはサージュで、普段だったら絶対に有り得ない滅茶苦茶な理論でアルハイゼンからグラスを受け取ろうと手を伸ばす。
アルハイゼンはその手を巧みに躱してはいたけれど、次第に面倒臭さが勝ったのか徐に立ち上がった。
「…水差しを取ってくる。ティナリ、彼女を見張っていてくれ」
痺れを切らしたアルハイゼンを二人で見送って、僕は頼まれた通りサージュに注意を向ける。
彼女はぼんやりとした目でアルハイゼンの背中を見つめ、ふにゃふにゃの笑顔を浮かべて机に伏す。
それからゆっくりとこちらを見上げ、酔っ払い特有の本人にとっては重大な、僕達外野にとっては既知の秘密を暴露してきた。
「ティナリくん、あのね…私、アルハイゼンのことがすき」
「うん、知ってる。僕じゃなくて本人に言って」
「それはだめだよぉ…アルハイゼンは、カーヴェ先輩のことの方が大事だもん…」
稚拙な反論を呟いて、サージュはそのまま小気味いい寝息を立ててまた眠ってしまった。
えっ嘘、あれだけわかりやすいのに、まだ気付いてないの? どこまで鈍感なんだこの子は。
確かに、アルハイゼンがカーヴェを特別扱いしているってところは、一部だけを見れば彼女の言う通りな面もあるのかもしれない。
あの極まった個人主義が自分の家に同居人を置くなんて、他の人間相手じゃまず考えられないことだしね。
でもそれは学生時代の仲違いに対する罪滅ぼしの面が強くて、あくまでカーヴェが気を張らず素でいられるように振る舞っているというだけで、そこに恋愛感情があるとは流石に思えない。
現に、傍から見ている限りでも、カーヴェに対する扱いはわりとぞんざいな方で、サージュに同じことは絶対しない。
というかそもそも、今まさに彼が離席した理由だって、ルームメイトだったら自分で行けって一蹴するところを、この子になら甲斐甲斐しく世話を焼きたいからに外ならないのに。
「サージュ、サージュ? ちょ、起きてってば…はあ」
さっきより強めに肩を揺らして起こそうとしてみるものの、案の定ちっとも動く気配はない。
どうせ無防備な姿を晒すのなら、僕なんかじゃなくて好きな人相手にやってほしいよ。
と、心の中でそんな風に嘆いている内に、水差しをもらったアルハイゼンがマスターのところから戻って来た。
「お帰り。でも残念、サージュまた寝ちゃった」
「ああ、どうやらそのようだな」
テーブルに肘を着いて、すっかり熟睡してる彼女を物珍しげに眺めるアルハイゼン。
彼女もカーヴェ程じゃあないにしろ、普段は根を詰めて東奔西走しがちなタイプだから、こうして気が緩んでいるのは実際に稀有な光景ではある。
僕達を信頼してくれているのか、取り繕う余裕もないくらい疲れてるのか。一体どっちなんだろうね。
もしかしたら、好きな人の気を惹きたくて演技している可能性もあるのかな。と言ってもこの子の性格的には、そんなことが出来るような器用さはない気もするけど。
「アルハイゼン、彼女…盛大に勘違いしてるみたいだから、一度しっかり弁明した方がいいと思うよ」
とりあえず、今は寝てるサージュよりこっちが優先だ。さっきの話をすれば、流石のアルハイゼンでも態度を改めると信じたい。
「勘違い?」
「そう。君が席を外してる間、寝言で"アルハイゼンは私よりカーヴェ先輩の方が大事なんだ"って言っててさ」
一応は起きていた状態での発言ではあるものの、本人への配慮を込めて寝言という体で告げ口する。
なるべくフラットに、僕自身のものもサージュのものも感情を乗せずに伝えたつもりだけれど、彼は正しく受け取ってくれるだろうか。
「…」
見せた反応は、まさかの無言。あのアルハイゼンが、誰よりも弁が立つ筈の知論派が出した選択がよりによって沈黙だなんて。
熟考しているだけなら、流石に相槌くらいは打つだろうし…よっぽどの驚きだったってことなのかな。
でもまあ、これでようやく二人が結ばれてくれるなら万々歳だ。僕の心労も無駄じゃなかったと言える。多分。
そう思っていたのが間違いだと痛感させられるのは、彼の次なる答えを聞いた瞬間。
この期に及んで、まだ彼はサージュを好きだと断言出来ないらしい。何だか段々この子が可哀想になってきた。
「サージュの指摘も、強ち間違いとは言い切れない。俺にとっては二人のどちらが優位かどうか、自分で判断する術をとうの昔に失ってしまったからな」
「なら、確かめるのにいい方法があるよ。サージュとカーヴェが同時に崖から落ちて、君が助けられるのはどっちかだけ。さあどうする?」
衝撃的な発言にもどうにか平静を装って、僕は以前コレイが聞かされた心理テストをアルハイゼンに試す。
彼は予想通り腕を組んで悩み始めて、すぐに答えはしなかったけれども、何も知らず眠るサージュをちらりと一瞥して、それから目を閉じる。
「取れる方の手を取る、以外にあるまい。俺の行動如何で他人の運命が決まるというのなら、それは俺がどちらを選ぶか決めることじゃない」
そう来るか。考えてもみれば、運命論者にこういう類の問いを持ち掛けたのが失敗だったかもしれない。
「…じゃあ別の質問。サージュがある日突然理由も言わずにお金貸してって頼み込んできたら、君、貸せる?」
「それで彼女が窮地を脱却出来るのなら、金銭は特に惜しむものでもないだろう」
お、これは意外にも即答してきた。とは言っても、そう断言する理由に、高給取りの余裕が多分に含まれているのは否めないかも。
でも、"何故俺が金を出す必要が?"って返って来なかったということは、やっぱりサージュに対してもかなり肯定的みたいだ。
少なくとも、酒場でのツケを許容してるカーヴェと同等、ともすればそれ以上なのは確定したと言っていい。
「ティナリ」
今度はどんな尋問をしてみようか、そう考えていた矢先に、謎の質問攻めを訝しんだアルハイゼンから名前を呼ばれる。
本気で怒ってはいなさそうなものの、まだ二回しか聞いてないだろ、とは口が裂けても言えない雰囲気だった。
「君の質問の意図も理解は出来る。だが、あまり感心はしないな。俺は現状に満足しているんだ、可能ならそっとしておいて欲しい」
「それは…君の頼みでも"はいそうですか"とは頷けないかな。君は今のままで良いとしても、サージュは違う」
だって彼女はもっとアルハイゼンと仲良くなりたい、そう思っているのは間違いないんだから。
「そうらよぉ…アルハイゼン、いっつもカーヴェせんぱいとばっかり話してう!」
奇跡的なタイミングで起きたのか、実は最初から狸寝入りだったのか。まともに呂律も回っていない中で猛抗議を叫んで、指を突き立てる。
辛うじて人名だけはハッキリ言えているのは、因論派としての矜持なのか、あるいは。
「サージュ、それは誤解だ」
「五回れも多いもぉん…!」
ただイントネーションの違いを聞き分ける能力は失われているようで、サージュは的外れにも程がある反論と共に虚ろな目でアルハイゼンを睨む。
「…なら今度、君が満足するまで議論しよう」
「ほんと? 約束らよ?」
「ああ。議題は後で考えておくが、何か案があれば遠慮なく言ってくれ」
その場しのぎなのか、それともやっと彼女と本気で向き合う気になったのか。アルハイゼンはそう微笑んでサージュを宥め、次の約束を取り付ける。
なんだよ、案外いい表情出来るじゃないか。普段からそうやって接してあげればいいのに。
「ティナリ、君もだ。俺達とは違う視点からの発想、期待している」
とか思いながら微笑ましく見守っていたところに、彼はとんでもない発言を口にする。
聞こえないふりをしたかったけど、耳がぴんと張って尻尾の毛も逆立っちゃって、とても誤魔化せそうになかったよ。
「え?! 僕も?!」
うわ言のようにそんなことを言って、珍しく沢山飲んで酔った彼女は僕の尾を撫で始める。
参ったな。こんなことになるんだったら、狭いボックス席じゃなくて、互いの距離を取りやすい円卓に座りたかったよ。
ちなみに今日集まったメンバーは、僕とアルハイゼン、そしてサージュというちょっと不思議な組み合わせ。
本当は勿論セノやカーヴェも誘ってたのに、二人とも仕事が忙しいのか来そうにないから、僕達だけでテーブルを囲んでいる、という訳。
「あの…サージュ、勝手に触らないでくれる」
人の許可も取らずに好き放題する彼女を諌め、深い溜息を吐く。まったく、毛並みが乱れるじゃないか。
アルハイゼンだって居るってのに、どういうつもりなんだか。いやまあ、酔ってるせいで何も考えてないだけなんだろうけど。
「んぁ、ごめんごめん…あんまりにも心地よくて…すぅ」
「ちょっと! 急に寝るなよ、僕を枕にしようとしないで!」
口では謝罪しつつも睡魔には抗えず舟を漕いで、少しずつ重力に負けた身体が傾いてくる。
起きてくれと願いを込めて叫んでみるも徒労に終わり、正面から突き刺さる視線が痛い。
恐る恐るその目と向き合うと、意外なことに、どこか淋しげな感情が込められた眼差しが垣間見えた。
「…アルハイゼン?」
「なんだ」
その寂寥感の正体を確かめたくなって、僕はサージュが寝てるのを確かめた後、意を決して彼の名前を呼ぶ。
「もしかしてだけど、羨ましいとか…思ってたりする?」
冗談半分、でももう半分は本心からそう問い掛けてみる。顔には出さないものの、彼はサージュを前にすると雰囲気がいつもより柔らかくなるんだよね。
因論派と知論派で専門分野も割と似通ってるし、読書好きで話も合うし、何より根本の性質が近い。
だから、アルハイゼンは実は彼女のことが好きなんじゃないかな、と僕は密かに思っている。
でも本人はその想いを僕なんかには易々と明かしてくれる訳もなく、質問に対し絶対的な否を返してきた。
「まさか。君達は幼馴染なんだろう、近しい間柄の人間同士が
「幼馴染? どこで聞いたのそれ、僕は彼女と初めて会ったのは生論派に入ってからだよ」
ある意味では正しいと言えるかもしれないような、でもどこかやっぱりずれているような関係性を提示され、僕は思わず肩を竦める。
僕達が幼馴染だという見解、その根拠は、僕達の父親がどちらも生論派出身で親しい仲だったから、ってところから来てるんだろう。
でも彼女の一家は長いことスメール暮らしではなく各地を飛び回っていて、小さい頃のサージュと会ったことは一度もなかった。
元々は彼女も生論派に入る予定で、歳の近い女の子が後輩になるって話だけは聞いていたから、そういう意味ではサージュとの距離の近さのアドバンテージは人よりもあったかもしれない。
尤も、色々あって結局は彼女が入学したのはヴァフマナ学院、アムリタには来てくれず、当然僕の後輩にもならなかったんだけども。
「…ふむ」
アルハイゼンは意味深に俯いて、それっきり。まるで会話自体がなかったかのように、さっきと同じ表情で酒を飲んで食事に手を伸ばす。
元々必要以上の会話をしたがらない方ではあるとはいえ、これはあまりにも露骨すぎやしないか。
まあ、そのお陰でこっちもどう動くか決めやすくなったから、それはそれで助かったと言えるかも。
「幼馴染とは違うかもだけど、君もサージュとは長い付き合いだろ? 初めて会った日、彼女…嬉しそうに君のこと話してたよ」
「!」
思った通り、彼にとって後半部分は予想外、すごく驚いた様子で真偽を問う眼差しを向けてくる。
普段の他人相手だったら絶対しないような反応に、僕はアルハイゼンの恋心を確信し二の句を紡ぐ。
「それだけじゃない、去年の…いや、一昨年だったかな? まだ君達と仲良くなる前…ちょうどコレイとこっちに来る用がある時に、三人でご飯でも食べようかって言ったら、君との予定が入ってるからって断られたこともある」
サージュの中では僕やコレイよりも彼の方が比重が上だと全力で伝え、出方を窺う。
それを聞いたアルハイゼンはというと、一瞬だけ嬉しそうに口角を上げたものの、すぐにチーズボールを口に含んでその緩みを誤魔化す。
はぁもう、いっそ素直に認めればいいのに。喉まで出かかった鬱憤を押し留めながら、とりあえず肩にのしかかってきた重みを机に突っ伏させる。
「んぁ…?」
寝ぼけ眼のサージュは机の冷たさで多少動きはしたけれど、それで目が覚めた訳ではないらしくぼんやりと微笑んで再び夢の世界へとまっしぐら。
でも、そんな無防備な笑顔がアルハイゼンには直撃だったらしく、あからさまに照れた顔を逸らす。
ねえこれ、僕どうしたらいいんだろう? せめて、セノかカーヴェのどっちかだけでも早く来てくれれば違うのに…
「あのさアルハイゼン、僕…帰ってもいいかな」
「駄目だ」
「あ、そう…」
間髪入れずの即答。酔っ払いの面倒を見るのが嫌だというのとは異なる、どうあっても僕に居なくなられては困るという焦燥の籠った声だった。
これはもうサージュが好きだって明言しているのと変わらないことに、この聡明な筈の書記官は気付いているんだろうか。
「サージュ、寝るんなら家に帰って寝たら?」
「やだぁ…もっと飲むぅ…」
だと思った。一応彼女にも声を掛けてみようと思って肩を揺すってみたら、ご覧の有様だ。
ただでさえ普段のカーヴェ以上に酔ってるのに、ここから更にアルコールを入れて吐かなければいいけど。
「…サージュ。今の君は、酒を入れる前に水を飲むべきだ」
自分は悠々と酒を呷りながら、アルハイゼンは思いの外まともな忠言を投げ掛ける。
流石にカーヴェ相手で酔っ払いの対処法は慣れたもの、の筈が、サージュの返答は僕達の予想の更に上をいくもので。
「ん~? じゃあお水でもいいやぁ…アルハイゼン、それちょうだい?」
「これは酒だが」
「えぇー、どう見ても水だよ。だって色がないもん」
サージュはサージュで、普段だったら絶対に有り得ない滅茶苦茶な理論でアルハイゼンからグラスを受け取ろうと手を伸ばす。
アルハイゼンはその手を巧みに躱してはいたけれど、次第に面倒臭さが勝ったのか徐に立ち上がった。
「…水差しを取ってくる。ティナリ、彼女を見張っていてくれ」
痺れを切らしたアルハイゼンを二人で見送って、僕は頼まれた通りサージュに注意を向ける。
彼女はぼんやりとした目でアルハイゼンの背中を見つめ、ふにゃふにゃの笑顔を浮かべて机に伏す。
それからゆっくりとこちらを見上げ、酔っ払い特有の本人にとっては重大な、僕達外野にとっては既知の秘密を暴露してきた。
「ティナリくん、あのね…私、アルハイゼンのことがすき」
「うん、知ってる。僕じゃなくて本人に言って」
「それはだめだよぉ…アルハイゼンは、カーヴェ先輩のことの方が大事だもん…」
稚拙な反論を呟いて、サージュはそのまま小気味いい寝息を立ててまた眠ってしまった。
えっ嘘、あれだけわかりやすいのに、まだ気付いてないの? どこまで鈍感なんだこの子は。
確かに、アルハイゼンがカーヴェを特別扱いしているってところは、一部だけを見れば彼女の言う通りな面もあるのかもしれない。
あの極まった個人主義が自分の家に同居人を置くなんて、他の人間相手じゃまず考えられないことだしね。
でもそれは学生時代の仲違いに対する罪滅ぼしの面が強くて、あくまでカーヴェが気を張らず素でいられるように振る舞っているというだけで、そこに恋愛感情があるとは流石に思えない。
現に、傍から見ている限りでも、カーヴェに対する扱いはわりとぞんざいな方で、サージュに同じことは絶対しない。
というかそもそも、今まさに彼が離席した理由だって、ルームメイトだったら自分で行けって一蹴するところを、この子になら甲斐甲斐しく世話を焼きたいからに外ならないのに。
「サージュ、サージュ? ちょ、起きてってば…はあ」
さっきより強めに肩を揺らして起こそうとしてみるものの、案の定ちっとも動く気配はない。
どうせ無防備な姿を晒すのなら、僕なんかじゃなくて好きな人相手にやってほしいよ。
と、心の中でそんな風に嘆いている内に、水差しをもらったアルハイゼンがマスターのところから戻って来た。
「お帰り。でも残念、サージュまた寝ちゃった」
「ああ、どうやらそのようだな」
テーブルに肘を着いて、すっかり熟睡してる彼女を物珍しげに眺めるアルハイゼン。
彼女もカーヴェ程じゃあないにしろ、普段は根を詰めて東奔西走しがちなタイプだから、こうして気が緩んでいるのは実際に稀有な光景ではある。
僕達を信頼してくれているのか、取り繕う余裕もないくらい疲れてるのか。一体どっちなんだろうね。
もしかしたら、好きな人の気を惹きたくて演技している可能性もあるのかな。と言ってもこの子の性格的には、そんなことが出来るような器用さはない気もするけど。
「アルハイゼン、彼女…盛大に勘違いしてるみたいだから、一度しっかり弁明した方がいいと思うよ」
とりあえず、今は寝てるサージュよりこっちが優先だ。さっきの話をすれば、流石のアルハイゼンでも態度を改めると信じたい。
「勘違い?」
「そう。君が席を外してる間、寝言で"アルハイゼンは私よりカーヴェ先輩の方が大事なんだ"って言っててさ」
一応は起きていた状態での発言ではあるものの、本人への配慮を込めて寝言という体で告げ口する。
なるべくフラットに、僕自身のものもサージュのものも感情を乗せずに伝えたつもりだけれど、彼は正しく受け取ってくれるだろうか。
「…」
見せた反応は、まさかの無言。あのアルハイゼンが、誰よりも弁が立つ筈の知論派が出した選択がよりによって沈黙だなんて。
熟考しているだけなら、流石に相槌くらいは打つだろうし…よっぽどの驚きだったってことなのかな。
でもまあ、これでようやく二人が結ばれてくれるなら万々歳だ。僕の心労も無駄じゃなかったと言える。多分。
そう思っていたのが間違いだと痛感させられるのは、彼の次なる答えを聞いた瞬間。
この期に及んで、まだ彼はサージュを好きだと断言出来ないらしい。何だか段々この子が可哀想になってきた。
「サージュの指摘も、強ち間違いとは言い切れない。俺にとっては二人のどちらが優位かどうか、自分で判断する術をとうの昔に失ってしまったからな」
「なら、確かめるのにいい方法があるよ。サージュとカーヴェが同時に崖から落ちて、君が助けられるのはどっちかだけ。さあどうする?」
衝撃的な発言にもどうにか平静を装って、僕は以前コレイが聞かされた心理テストをアルハイゼンに試す。
彼は予想通り腕を組んで悩み始めて、すぐに答えはしなかったけれども、何も知らず眠るサージュをちらりと一瞥して、それから目を閉じる。
「取れる方の手を取る、以外にあるまい。俺の行動如何で他人の運命が決まるというのなら、それは俺がどちらを選ぶか決めることじゃない」
そう来るか。考えてもみれば、運命論者にこういう類の問いを持ち掛けたのが失敗だったかもしれない。
「…じゃあ別の質問。サージュがある日突然理由も言わずにお金貸してって頼み込んできたら、君、貸せる?」
「それで彼女が窮地を脱却出来るのなら、金銭は特に惜しむものでもないだろう」
お、これは意外にも即答してきた。とは言っても、そう断言する理由に、高給取りの余裕が多分に含まれているのは否めないかも。
でも、"何故俺が金を出す必要が?"って返って来なかったということは、やっぱりサージュに対してもかなり肯定的みたいだ。
少なくとも、酒場でのツケを許容してるカーヴェと同等、ともすればそれ以上なのは確定したと言っていい。
「ティナリ」
今度はどんな尋問をしてみようか、そう考えていた矢先に、謎の質問攻めを訝しんだアルハイゼンから名前を呼ばれる。
本気で怒ってはいなさそうなものの、まだ二回しか聞いてないだろ、とは口が裂けても言えない雰囲気だった。
「君の質問の意図も理解は出来る。だが、あまり感心はしないな。俺は現状に満足しているんだ、可能ならそっとしておいて欲しい」
「それは…君の頼みでも"はいそうですか"とは頷けないかな。君は今のままで良いとしても、サージュは違う」
だって彼女はもっとアルハイゼンと仲良くなりたい、そう思っているのは間違いないんだから。
「そうらよぉ…アルハイゼン、いっつもカーヴェせんぱいとばっかり話してう!」
奇跡的なタイミングで起きたのか、実は最初から狸寝入りだったのか。まともに呂律も回っていない中で猛抗議を叫んで、指を突き立てる。
辛うじて人名だけはハッキリ言えているのは、因論派としての矜持なのか、あるいは。
「サージュ、それは誤解だ」
「五回れも多いもぉん…!」
ただイントネーションの違いを聞き分ける能力は失われているようで、サージュは的外れにも程がある反論と共に虚ろな目でアルハイゼンを睨む。
「…なら今度、君が満足するまで議論しよう」
「ほんと? 約束らよ?」
「ああ。議題は後で考えておくが、何か案があれば遠慮なく言ってくれ」
その場しのぎなのか、それともやっと彼女と本気で向き合う気になったのか。アルハイゼンはそう微笑んでサージュを宥め、次の約束を取り付ける。
なんだよ、案外いい表情出来るじゃないか。普段からそうやって接してあげればいいのに。
「ティナリ、君もだ。俺達とは違う視点からの発想、期待している」
とか思いながら微笑ましく見守っていたところに、彼はとんでもない発言を口にする。
聞こえないふりをしたかったけど、耳がぴんと張って尻尾の毛も逆立っちゃって、とても誤魔化せそうになかったよ。
「え?! 僕も?!」
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