えぺ
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『ねえクオレ、今日の試合…どうして私の通るところにスコープが全然無かったのかしら? すこーしでいいのよ、近距離用のものでもあるだけで良かったのに』
『おい小娘、私が出た試合では常にシールドセルの不足に悩まされたぞ。もっとバランスの良い物資の配分をするべきだ』
昼過ぎに目を覚ました僕のデバイスには、全てに目を通す気力が失せる量の通知が入っていた。
とりあえず上から適当に何件かは確認したが、この調子では他も似たような苦情ばかりだと思うと気が滅入る。
「…僕が全部決めてるわけじゃないからそう言われても困るんだけどな」
確かに、僕がアイテム配置を担当する試合もあるはある。だが、基本的には既にプログラマー班の組んだアルゴリズムに沿って配置を決めるのみだ。
そのため、人力でバランスがどうとか考えたり、優しさで手を加えたりする権限なんてなく、ナタリーやコースティック博士が言ってくること自体がそもそも僕にはどうにも出来ない頼みなのだ。
「とんだ怠惰ですね、クオレ・マキネッタ」
「お、おはよう…アッシュ。今日君がここに来る予定なんてあったっけ」
突然の訪問者に驚きつつも、彼女が相手であることもあり油断しきった状態のまま顔だけを向ける。
アッシュ。レヴと同じシミュラクラムの一人で、過去にはフロンティア戦争にも参加していた、僕にとってはある意味一番古い付き合いのレジェンドとなる。
尤も彼女は一度バラバラに破損したせいもあって昔の記憶が曖昧で、僕のことを覚えているかというと微妙なところではあるが。
「愚問。貴方が把握していないのだから、私がここに来た理由はひとつしかありません」
要約すると、誰かから逃げてきたということらしい。レヴもそうだけど、シミュラクラムになるとどうしてこうも言い方が回りくどくなるのだろうか。
「僕に助けを求めるのはいいけど、アッシュが上手く隠れられるところなんてないと思うよ」
「構いません、追手を追い払ってくれさえすれば。貴方の役目はそれで充分」
「…まあ、穏便に済む方法でもいいなら、上手く帰ってもらうことくらいは出来なくもないだろうけど」
アッシュに用があるのがどんな相手かは定まりきらないが、この口ぶりからするに扱いがよほど面倒な相手なのだろうと推測される。
彼女がそこまで邪険にするような嫌悪を持っている対象はブリスクおじさんとレヴくらいしか知らないが、二人とも他に用があった気がする。
もしかするとアッシュを追い掛けて来る人は別にいるのだろうか。想像がつかない相手となると、大言壮語を撤回したくなってくる不安に駆られるが、果たして。
「来ました。私は先にラボへと向かいます」
「ああ、うん…わかった」
半分寝惚け眼なのもあり、生返事でアッシュの言葉に答える。まあ僕のラボに入ってれば部外者は立ち入り禁止であると言えばそれで終わりだから楽といえば楽かもしれない。
一応の準備を整えて、僕は工具を点検しつつそのまま部屋で来訪者を待つ。現れたのは彼女のもたらした不穏な空気とは全く逆の存在とも言える立ち位置のキャラ、パスファインダーだった。
「やあマキナ、おはようと言うには遅い時間だけど、君の起床時間からするとおはようで合ってそうだね」
「そうだね、おはようで合ってる。でもパス、君がこんなところに用もなく来るとは意外だけどどうしたんだい」
内蔵のセンサーから判断しただろう僕の状態を無闇に事細かに分析してくれつつ挨拶を交わすパス。彼は特別製のマーヴィンで、人と同じかそれ以上に感情が豊かだ。
もしかして、アッシュを追い掛けて来たのはパスなのだろうか。彼女がそこまでパスを嫌がる理由が思いつかないが、ラムヤにサイコパスファインダーなんて呼ばれるパスのことだから、アッシュが気に障ることを言ったのかもしれない。
「用ならあるよ! 僕のガールフレンドに謝りに来たんだ」
「えっ」
ガールフレンド、などというおよそ機械の身体を持つ者からは出てこない単語に、思わずラボで待つアッシュを引きずり出して確かめたくなるような驚嘆を抱く。
「ちょっとごめん、一旦そこで待ってて」
ラボの方へと振り返るが、アッシュはパスとは顔を合わせる気もないのか出てくる気配はない。
とはいえパスが嘘をつく理由もないとなると、彼女が何かを隠しているのだろうか。僕は状況を把握する必要があると思い、パスを待たせてラボに向かった。
「アッシュ、パスが貴女をガールフレンドだと…謝りたいと言ってるけど」
「あれはあのマーヴィンが勝手に言い出したこと。そして、もし彼が私に謝ることがあったとして…私がそれを聞き入れる必要などありません」
どうやらこれは相当拗れているようだ。アッシュ自身がひねくれ者であるのは大前提ではあるが、パスも猪突猛進なところがあるのは否めない分、どちらにも肩入れしにくい状況な気がする。
「…困ったな」
なんで僕が困ってるのかよくわからなくなってくるが、とりあえずパスにも話を聞かないと埒が明かない。
ラボから戻り、改めてパスに尋ねる。何を謝りたいがために、わざわざこんなところまで来たのかを。
「パス、アッシュは暫く話が出来なさそうだから…教えてくれるかな。一体、彼女に何をしたんだい?」
「この前の戦いで、僕が設置したジップラインの位置が悪くて彼女に怒られたんだ。他にもグラップルで移動してたらいつの間にか登って来れない位置に居て、彼女を困らせちゃった。それから…」
「いや、いい…ありがとう。とりあえず何となくはわかった」
パスの懺悔を聞く限りは、チームを組んだ試合でのパスの動きがアッシュにとって望むものでなかったのが原因ということになる。
だが人に期待しない性分のアッシュが、その程度でパスの顔も見たくない程になるだろうか、という疑念が残る。
やはりパスの言う"ガールフレンド"という響きが鍵なのだろうか。だが僕は選手のプライベートにはあまり干渉出来ない身の上であり、これ以上首を突っ込んでもいいものか非常に悩ましい。
「…いくら君達が機械の身体でも、いつでも完璧に動けるわけじゃないから気にすることないよ。寧ろアッシュは言葉より行動で示さないと納得しないタイプだろうから、下手に謝るのはリスキーだと思う」
「そっか。マキナ、フォローしてくれてありがとう」
マーヴィン特有の胸部モニターが笑顔のマークを写し出す。けれどもパスから発せられる声にはいつも以上に抑揚がなく、元気がないのが見て取れる。
アッシュの拒絶がパスにとってノックアウト級の哀しみであることは想像に難くない。ただ、その苦しみを共有してやれるほどの人生経験は僕にはなかった。
「あの…力になれなくてごめん。色恋沙汰には疎くて」
「物知りなマキナでも、わからないことがあるんだ」
「分野が全く違うからね…」
恋愛感情とは心理学に分類されるものでいいのだろうか。それすらわからない僕にとって、互いにすれ違う二人の間に立たされているこの状況は中々に苦しいものがある。
「というかそもそも、君に恋愛感情がインプットされていること自体が驚きだよ」
自律した心を持っているマーヴィンという特殊な存在であるパスだからとはいえ、機械が恋をするなんて聞いたことがない。
残念ながら叶う事はないが、パスをこんな設計にした人々と会って話したいものだ。一体何を思ってそんなプログラムを組んだのだろうかと問い質したい。
恋というものは成就すれば良いが、今回のようにいい結果にならず傷付くことも往々にしてあるというのに。
「アッシュを見て、僕の中で何か感じるものがあったんだ。きっとこれが恋だと思ったんだけど…違ったのかな」
「…どう、だろうね」
僕にとって、二人は謎が多すぎる存在だった。アッシュについては人間だった頃のことや、フロンティア戦争の後に皆が彼女のパーツを集めて直した際の経緯はよく知らされていない。
パスに関しては、オリンパスで銅像設立式典が行われたことで製造年と目的、彼のマスターについては広く知れ渡ったが、精々それくらいで、正直一般人と大差ない程度の知識だ。
そんな知らないことだらけの僕に言えることなんて、慰めにもならない上辺の言葉だけだった。
「クオレ・マキネッタ」
待たせすぎて痺れを切らしたのか、気が変わってパスと話すつもりになったのか。いつの間にかアッシュがラボから部屋に戻ってきていた。
パスはと言うと、モニター上で驚きはしつつもあまり嬉しそうな感情は出さず、静かにアッシュの出方を窺っている。
「あぁ…待たせてごめんねアッシュ。ところで、僕とパスの話はどこまで聞こえてた?」
「凡そは」
言葉少なに答えるアッシュ。僕たちの会話をほとんど聞いていたのなら、敢えて僕から補足するまでもないだろうと判断し、それ以上はパスに任せる。
「アッシュ。この前の失敗は次の試合で挽回する。だからまた組んでくれると嬉しいな」
「…承知しました。パスファインダー、次は一切のミスを許しませんのでそのつもりで」
驚く程にスマートに、次の約束を取り付けるパス。それに応えるアッシュにも、正直なところ僕は驚きを隠せなかった。
直前までパスに対しあれだけ嫌悪を露わにしていたのに、すんなり再びチームを組むことを了承するというのは、傍から見ている限りでは違和感しかない。
前にソマーズ博士が口にしていた、アッシュとは別に存在するらしい"リード博士"の人格が関係しているのだろうか。
「ありがとうアッシュ。それとマキナも。じゃあまた、今度」
そう言って、目的を果たしたパスは嵐のように去っていく。何だか仕事した時以上に疲れた気がして、僕はソファに深々と身体を埋める。
「…ふぅ」
「ご苦労、クオレ・マキネッタ」
「意外だな…労ってくれるなんて。もっと詰ってくると思った」
メンテナンス終了後以外では殆ど聞くことのない、アッシュからの労いの言葉。正直何に対してかさえわからないが、彼女なりに僕の働きに満足したらしい。
徐にこちらへ歩み寄って、頭に冷たい手を乗せる。普段は冷酷無慈悲で他人に心を開くことの無い筈の彼女が、こうして時折見せる優しさが僕は好きだった。
「私にも慈悲はあります。弱者は淘汰されるべき存在ではありますが、あまりに弱すぎる者は…誰かが守らねばなりませんから」
「そっか。アッシュにとってパスは守る対象なんだ」
そう冗談めかして笑ってみせると、アッシュはいつも携えている刀を僕の血脈に添わせてきたので、慌てて非を詫びる。
「戯言を。それ以上減らず口を叩くのなら、その首を跳ね飛ばしますよ」
「ごめんごめん。気を悪くしたのなら謝るから」
「フン…」
本気ではないにしろ、流石に命の危険を感じて肝が冷える。彼女が大事にしているこの鋭く光る刃は、一歩間違えれば容易く今生との別れを告げる恐ろしい代物だ。
けれども、フロンティア戦争ではこの刀が多くの敵兵を薙ぎ払い、戦う術を持たぬ僕達を守ってくれていたのを知っている。
だから僕は、生前の彼女"リード博士"がソマーズ博士やナタリーのお祖母様に行ったことはともかく、シミュラクラムとなった今の"アッシュ"までもが完全な悪であるとは思えなかった。
「さて、次の予定が出来た以上は…それまでに調子を万全に整えないと、だろう?」
「ええ。貴方の力、存分に発揮してもらいますよ」
重い腰を上げて、ラボに連れ立って向かう。アッシュの足取りはどこか軽やかに感じられて、実はやはりパスとの約束が嬉しいのかとも思わせた。
「…素直じゃないね、アッシュも」
『おい小娘、私が出た試合では常にシールドセルの不足に悩まされたぞ。もっとバランスの良い物資の配分をするべきだ』
昼過ぎに目を覚ました僕のデバイスには、全てに目を通す気力が失せる量の通知が入っていた。
とりあえず上から適当に何件かは確認したが、この調子では他も似たような苦情ばかりだと思うと気が滅入る。
「…僕が全部決めてるわけじゃないからそう言われても困るんだけどな」
確かに、僕がアイテム配置を担当する試合もあるはある。だが、基本的には既にプログラマー班の組んだアルゴリズムに沿って配置を決めるのみだ。
そのため、人力でバランスがどうとか考えたり、優しさで手を加えたりする権限なんてなく、ナタリーやコースティック博士が言ってくること自体がそもそも僕にはどうにも出来ない頼みなのだ。
「とんだ怠惰ですね、クオレ・マキネッタ」
「お、おはよう…アッシュ。今日君がここに来る予定なんてあったっけ」
突然の訪問者に驚きつつも、彼女が相手であることもあり油断しきった状態のまま顔だけを向ける。
アッシュ。レヴと同じシミュラクラムの一人で、過去にはフロンティア戦争にも参加していた、僕にとってはある意味一番古い付き合いのレジェンドとなる。
尤も彼女は一度バラバラに破損したせいもあって昔の記憶が曖昧で、僕のことを覚えているかというと微妙なところではあるが。
「愚問。貴方が把握していないのだから、私がここに来た理由はひとつしかありません」
要約すると、誰かから逃げてきたということらしい。レヴもそうだけど、シミュラクラムになるとどうしてこうも言い方が回りくどくなるのだろうか。
「僕に助けを求めるのはいいけど、アッシュが上手く隠れられるところなんてないと思うよ」
「構いません、追手を追い払ってくれさえすれば。貴方の役目はそれで充分」
「…まあ、穏便に済む方法でもいいなら、上手く帰ってもらうことくらいは出来なくもないだろうけど」
アッシュに用があるのがどんな相手かは定まりきらないが、この口ぶりからするに扱いがよほど面倒な相手なのだろうと推測される。
彼女がそこまで邪険にするような嫌悪を持っている対象はブリスクおじさんとレヴくらいしか知らないが、二人とも他に用があった気がする。
もしかするとアッシュを追い掛けて来る人は別にいるのだろうか。想像がつかない相手となると、大言壮語を撤回したくなってくる不安に駆られるが、果たして。
「来ました。私は先にラボへと向かいます」
「ああ、うん…わかった」
半分寝惚け眼なのもあり、生返事でアッシュの言葉に答える。まあ僕のラボに入ってれば部外者は立ち入り禁止であると言えばそれで終わりだから楽といえば楽かもしれない。
一応の準備を整えて、僕は工具を点検しつつそのまま部屋で来訪者を待つ。現れたのは彼女のもたらした不穏な空気とは全く逆の存在とも言える立ち位置のキャラ、パスファインダーだった。
「やあマキナ、おはようと言うには遅い時間だけど、君の起床時間からするとおはようで合ってそうだね」
「そうだね、おはようで合ってる。でもパス、君がこんなところに用もなく来るとは意外だけどどうしたんだい」
内蔵のセンサーから判断しただろう僕の状態を無闇に事細かに分析してくれつつ挨拶を交わすパス。彼は特別製のマーヴィンで、人と同じかそれ以上に感情が豊かだ。
もしかして、アッシュを追い掛けて来たのはパスなのだろうか。彼女がそこまでパスを嫌がる理由が思いつかないが、ラムヤにサイコパスファインダーなんて呼ばれるパスのことだから、アッシュが気に障ることを言ったのかもしれない。
「用ならあるよ! 僕のガールフレンドに謝りに来たんだ」
「えっ」
ガールフレンド、などというおよそ機械の身体を持つ者からは出てこない単語に、思わずラボで待つアッシュを引きずり出して確かめたくなるような驚嘆を抱く。
「ちょっとごめん、一旦そこで待ってて」
ラボの方へと振り返るが、アッシュはパスとは顔を合わせる気もないのか出てくる気配はない。
とはいえパスが嘘をつく理由もないとなると、彼女が何かを隠しているのだろうか。僕は状況を把握する必要があると思い、パスを待たせてラボに向かった。
「アッシュ、パスが貴女をガールフレンドだと…謝りたいと言ってるけど」
「あれはあのマーヴィンが勝手に言い出したこと。そして、もし彼が私に謝ることがあったとして…私がそれを聞き入れる必要などありません」
どうやらこれは相当拗れているようだ。アッシュ自身がひねくれ者であるのは大前提ではあるが、パスも猪突猛進なところがあるのは否めない分、どちらにも肩入れしにくい状況な気がする。
「…困ったな」
なんで僕が困ってるのかよくわからなくなってくるが、とりあえずパスにも話を聞かないと埒が明かない。
ラボから戻り、改めてパスに尋ねる。何を謝りたいがために、わざわざこんなところまで来たのかを。
「パス、アッシュは暫く話が出来なさそうだから…教えてくれるかな。一体、彼女に何をしたんだい?」
「この前の戦いで、僕が設置したジップラインの位置が悪くて彼女に怒られたんだ。他にもグラップルで移動してたらいつの間にか登って来れない位置に居て、彼女を困らせちゃった。それから…」
「いや、いい…ありがとう。とりあえず何となくはわかった」
パスの懺悔を聞く限りは、チームを組んだ試合でのパスの動きがアッシュにとって望むものでなかったのが原因ということになる。
だが人に期待しない性分のアッシュが、その程度でパスの顔も見たくない程になるだろうか、という疑念が残る。
やはりパスの言う"ガールフレンド"という響きが鍵なのだろうか。だが僕は選手のプライベートにはあまり干渉出来ない身の上であり、これ以上首を突っ込んでもいいものか非常に悩ましい。
「…いくら君達が機械の身体でも、いつでも完璧に動けるわけじゃないから気にすることないよ。寧ろアッシュは言葉より行動で示さないと納得しないタイプだろうから、下手に謝るのはリスキーだと思う」
「そっか。マキナ、フォローしてくれてありがとう」
マーヴィン特有の胸部モニターが笑顔のマークを写し出す。けれどもパスから発せられる声にはいつも以上に抑揚がなく、元気がないのが見て取れる。
アッシュの拒絶がパスにとってノックアウト級の哀しみであることは想像に難くない。ただ、その苦しみを共有してやれるほどの人生経験は僕にはなかった。
「あの…力になれなくてごめん。色恋沙汰には疎くて」
「物知りなマキナでも、わからないことがあるんだ」
「分野が全く違うからね…」
恋愛感情とは心理学に分類されるものでいいのだろうか。それすらわからない僕にとって、互いにすれ違う二人の間に立たされているこの状況は中々に苦しいものがある。
「というかそもそも、君に恋愛感情がインプットされていること自体が驚きだよ」
自律した心を持っているマーヴィンという特殊な存在であるパスだからとはいえ、機械が恋をするなんて聞いたことがない。
残念ながら叶う事はないが、パスをこんな設計にした人々と会って話したいものだ。一体何を思ってそんなプログラムを組んだのだろうかと問い質したい。
恋というものは成就すれば良いが、今回のようにいい結果にならず傷付くことも往々にしてあるというのに。
「アッシュを見て、僕の中で何か感じるものがあったんだ。きっとこれが恋だと思ったんだけど…違ったのかな」
「…どう、だろうね」
僕にとって、二人は謎が多すぎる存在だった。アッシュについては人間だった頃のことや、フロンティア戦争の後に皆が彼女のパーツを集めて直した際の経緯はよく知らされていない。
パスに関しては、オリンパスで銅像設立式典が行われたことで製造年と目的、彼のマスターについては広く知れ渡ったが、精々それくらいで、正直一般人と大差ない程度の知識だ。
そんな知らないことだらけの僕に言えることなんて、慰めにもならない上辺の言葉だけだった。
「クオレ・マキネッタ」
待たせすぎて痺れを切らしたのか、気が変わってパスと話すつもりになったのか。いつの間にかアッシュがラボから部屋に戻ってきていた。
パスはと言うと、モニター上で驚きはしつつもあまり嬉しそうな感情は出さず、静かにアッシュの出方を窺っている。
「あぁ…待たせてごめんねアッシュ。ところで、僕とパスの話はどこまで聞こえてた?」
「凡そは」
言葉少なに答えるアッシュ。僕たちの会話をほとんど聞いていたのなら、敢えて僕から補足するまでもないだろうと判断し、それ以上はパスに任せる。
「アッシュ。この前の失敗は次の試合で挽回する。だからまた組んでくれると嬉しいな」
「…承知しました。パスファインダー、次は一切のミスを許しませんのでそのつもりで」
驚く程にスマートに、次の約束を取り付けるパス。それに応えるアッシュにも、正直なところ僕は驚きを隠せなかった。
直前までパスに対しあれだけ嫌悪を露わにしていたのに、すんなり再びチームを組むことを了承するというのは、傍から見ている限りでは違和感しかない。
前にソマーズ博士が口にしていた、アッシュとは別に存在するらしい"リード博士"の人格が関係しているのだろうか。
「ありがとうアッシュ。それとマキナも。じゃあまた、今度」
そう言って、目的を果たしたパスは嵐のように去っていく。何だか仕事した時以上に疲れた気がして、僕はソファに深々と身体を埋める。
「…ふぅ」
「ご苦労、クオレ・マキネッタ」
「意外だな…労ってくれるなんて。もっと詰ってくると思った」
メンテナンス終了後以外では殆ど聞くことのない、アッシュからの労いの言葉。正直何に対してかさえわからないが、彼女なりに僕の働きに満足したらしい。
徐にこちらへ歩み寄って、頭に冷たい手を乗せる。普段は冷酷無慈悲で他人に心を開くことの無い筈の彼女が、こうして時折見せる優しさが僕は好きだった。
「私にも慈悲はあります。弱者は淘汰されるべき存在ではありますが、あまりに弱すぎる者は…誰かが守らねばなりませんから」
「そっか。アッシュにとってパスは守る対象なんだ」
そう冗談めかして笑ってみせると、アッシュはいつも携えている刀を僕の血脈に添わせてきたので、慌てて非を詫びる。
「戯言を。それ以上減らず口を叩くのなら、その首を跳ね飛ばしますよ」
「ごめんごめん。気を悪くしたのなら謝るから」
「フン…」
本気ではないにしろ、流石に命の危険を感じて肝が冷える。彼女が大事にしているこの鋭く光る刃は、一歩間違えれば容易く今生との別れを告げる恐ろしい代物だ。
けれども、フロンティア戦争ではこの刀が多くの敵兵を薙ぎ払い、戦う術を持たぬ僕達を守ってくれていたのを知っている。
だから僕は、生前の彼女"リード博士"がソマーズ博士やナタリーのお祖母様に行ったことはともかく、シミュラクラムとなった今の"アッシュ"までもが完全な悪であるとは思えなかった。
「さて、次の予定が出来た以上は…それまでに調子を万全に整えないと、だろう?」
「ええ。貴方の力、存分に発揮してもらいますよ」
重い腰を上げて、ラボに連れ立って向かう。アッシュの足取りはどこか軽やかに感じられて、実はやはりパスとの約束が嬉しいのかとも思わせた。
「…素直じゃないね、アッシュも」
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