えぺ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「動くな」
影をピッタリと合わせ、背後ゼロ距離から彼は作業中の僕の頬に機械の爪を立てる。
僕を畏怖させ無理に従わせようとするためなのだろうが、こんなことをされたところで、とうに彼への恐怖など無くなってしまっていた。
微かに指先から錆の匂いがするのは、おそらく大自然に囲まれたフィールドからの帰りで、そのせいでボディに水分を多量に含んでしまったからだろうか、などと呑気に考えながら、要求の通り静かに手を止める。
「…どうしたの、レヴ」
「貴様の雑な調整のせいで今日は散々だった。その責任は取ってもらうぞ」
シミュラクラムと呼ばれる、かつてこの世に生きた人の心を持った"機械"。レジェンド"レヴナント"は、その一人だ。
けれど目の前にいるのは、血が通ってなくて心臓の鼓動が聞こえない、鉄の塊から作られた体であるだけの、紛れもない"ヒト"なのだと僕は思っている。
人の役に立つ為に生み出される機械たちとは真逆の、傲慢で不遜な態度。それは、彼が元々から人であったことの証明でもあるだろう。
「雑な、と言っても…確か、あの日僕が止めるのを振り切ったのはレヴの方だったでしょう」
大昔に殺戮兵器として酷使されていたレヴナントには、ハモンド社が有していたスペアボディがいくつもあった。
彼が参加するエーペックスゲームにおいて負傷した体は、諸々の事情が絡んだ結果、僕が集めたそのスペアボディの残滓パーツを使って修繕することが多く、今回もその一環で彼はこの簡易ラボに訪れたのだろう。
だが、前回は口論の末に不貞腐れて最終チェックを拒んでそのまま行ってしまったせいでエラーが起こっていたのか、その責を僕に八つ当たりしてきた。
ダメ元でそれを指摘するも、予想通りと言うべきか彼は悪びれることなく開き直ってくる。
「忘れた。いいから黙って私に従え」
「…はいはい」
元々していた作業を中断し、レヴの方へ向き直る。想像以上にボロボロになっていたボディを目の当たりに、僕は少し胸が痛んだ。
どこから手をつけたものか悩ましく思いながら、修繕では済まず全面的に交換しないといけない箇所がないかをチェックする。
ジャンクパーツの予備はそう多くなく、壊されやすく代えが効きにくい上半身については尚更だ。傷をつけられた場所を念入りに触って確かめていると、深い溜め息のような音が頭上から聞こえてきた。
呼吸をしない機械の身体に対して溜め息という表現が正しいかはわからないが、少なくとも彼の中では人として生きていた頃と変わりない動作をしているのだろう。
「フン…」
事ある毎に小娘と詰る対象の僕に自由を奪われ身を任せるしかない屈辱か、あるいは逆に僕に対する生殺与奪の権利を持つ故の優越か。彼の嘆息の真意は僕には察することは出来なかった。
同じ機械の身体を持つレジェンドでも、パスファインダーのボディパネルのような外見からの変化がない分、音声の機微を感じ取って感情を読む必要があるから難しい。
「火薬の匂いが強いね。この辺り、もしかして焼かれた?」
「だったらどうだと言うのだ」
肩から背中にかけての辺りに見えた焦げつきを指した途端、露骨に不服そうな反応を見せる。恐らくこれは図星という合図だ。
不意を突かれた上でそれでも本当に致命傷になる箇所を避けているのは、歴戦のレジェンドであるからだけでなく、ヒットマンとして何百年にも渡り磨かれてきた技術のなせる技か。
しかし、この他に見受けられるボディへのダメージも含めると、正直なところ僕の手に負える状態ではないように思える。
スペアのボディが万全ならすぐにそちらに変えたほうが早いと、そう断言出来るくらいには酷い傷痕が残っていた。
「ここの損傷が酷くて、今この部屋にある材料では…いや、僕一人では貴方を修復しきれない可能性がある」
「なんだと! 私を十全にするのが貴様の仕事だろう、クオレ・マキネッタ…私を失望させるなよ」
「…勿論出来る限りのことはする。っと、少し腕上げて貰えるかな」
少しぶっきらぼうに、答えを聞かずに無理矢理レヴの脇を持ち上げる。睨まれたような気がしたが、眼球がある訳でも無しきっと気のせいだろう。
彼なりの言い分があることを悟りつつもそれを無視したまま、四肢の駆動を確認してどこまで破損しているか調べる。
自分がどれだけ傷ついていても僕が直してくれるものと信じ込んでいる彼のことだから、念入りに調べないと何を言われるかわかったものではない。
「動かしてみる限りでは問題なさそうではあるけど…うーん」
僕は確かに技師としての才には長けている自負はあるが、シミュラクラムの技術については殆ど知らないと言ってもいい。
ましてやレヴはハモンド社が二百年以上使い潰してきた、僕からすれば太古の昔の技術によって動かされている化石のような存在だ。
まあでも彼はそんなことはお構いなしなので、嘆いたところで僕の不勉強を責め立ててくるだけだろうけど。
「何を愚かなことを言っているのだ。貴様が無理矢理動かせば動いて当たり前だろうが」
「…もしかしてレヴ、自分では肩を動かせないの?」
「最初からそう言っている!」
そんなこと一言も聞いてない、という反論は寸での所で飲み込んで、憤慨するレヴを宥めつつ考察を進める。
「ごめん、僕が悪かった。でもそうか、身体の中で回路が焼き切れているというのは盲点だったな…」
これだけ深く焦げ跡がついているのを見ておきながら、中の回路にその炎が侵食している可能性を考えもしていなかったのは浅慮だったと言える。
そしてそれと同時に、この簡易ラボにある材料だけではどうにもならない重症であることがこれで明確になってしまった。
断線した状態から再び動くようにするには、肩のアームカバーを外すなりして一旦中を露出させて切れている線を繋ぎ直さねばならない。
一人で行うには大掛かりな作業になる上、適当に繋ぎさえすれば良いという単純なことでもないはずだ。頭を抱えたくなるような状況に、当人は謝るどころか煽ってくる。
「どうした、早く作業を進めろ。それとも出来ないのか?」
「ちょっとね…今サポートマーヴィンに救援要請を掛けているところ。最低でも物資を届けてもらわないと、ここの傷は迂闊には手を出せないから」
本来ならエマージェンシーコールを使ってもっと高度な修繕を依頼してもいいくらいには危機的状況なのだが、レヴも他の人間も互いに互いを嫌がるので渋々マーヴィンに来てもらうことにする。
レヴが他人に心を開かないのはプライドの高さと死して尚も利用されてきた恨みからとしても、エンジニア達がレヴを拒む理由が僕にはわからなかった。
「…そうか」
僕の説明で納得してくれたらしく、レヴは素直に頷いてそれ以上何も言わずに黙る。
口は閉ざしつつも、動く方の手を握っては放しを繰り返して落ち着きのない様子を見せるのは、暇を持て余しているからか、いや、不安を抱いているからか。
「レヴ、これに懲りたらもう僕のメンテナンスを拒まないでね」
「断る。私は貴様の指図など受けない」
「僕を無視したせいで万全でない状態で受けた傷を、他のエンジニアが直してくれるとは思えないけど?」
聞き分けのない駄々っ子のような態度に、つい辛辣な言い回しをして諌める。しかし逆効果だったようで、彼は顔を背けてしまった。
彼が一度目の死を迎えた歳がいくつなのか知らないけど、実は精神年齢は僕よりも幼いのかもしれないとさえ感じさせることが少なくない。
「…まあ、僕がレヴ専属の担当という訳でもないし、もし何か問題が起きて外されたら別の誰かに引き継ぎするしかないんだろうな」
軽くカマをかけるつもりで、通信機のアドレス一覧を開いた画面をレヴの眼前に晒す。
冗談を真に受けたレヴは慌てたような憤慨したような口振りで、興奮気味に僕の腕を掴んできた。
「それはどういう意味だ、クオレ・マキネッタ。貴様が私から逃げられると思っているのか」
「自分の意思でレヴから離れる気は僕には無いよ。でもレヴの身勝手次第では、僕が責任を取らされるかもしれないってことは覚えていて欲しいかな」
実際には僕以外にレヴの扱いを心得ているエンジニアは居ない筈なので、そう簡単に配属変えをさせられることはないだろうけど一応釘を刺しておく。
「…」
無言。死神レヴナントが誰かに非を詫びるなんてことが出来るような性分ではないのはわかっている。無為な反論をしてこないだけでも僥倖だろう。
互いに沈黙しラボの間には静寂が訪れる、なんてことはなく、呼んでいたマーヴィンが来訪し到着を知らせる騒がしい音が響く。
「来たね。ちゃんと部品も揃ってる」
マーヴィンからレヴの修理パーツを受け取り、二人がかりで作業に取り掛かる。
「レヴ、一旦肩のカバーを外すよ」
「…ああ」
静かな了承の後に内部を露出させてみると、やはり外側と同じように焦げ跡とそれによる断線がいくつか見受けられた。人間で言えば肉離れが起こってしまったような状態だろうか。
ただ、僕ら人間と違って、レヴに限らず機械の身体を持つ彼らは、些細な傷すら自然治癒することができない。
自己修復機能があったとしてもそれはプログラムに作用するもので、損傷箇所そのものを自力で直せはしないはずだ。
「…まさかと思うけど、焼き切れる前に水か何かかけたりしてないよね? よくレヴ自身のプログラムがショートせずに済んでるか不思議なくらい酷いんだけど」
「私ではない。皮付きがふざけた真似をしてきたのだ」
皮付き、というのはレヴがよく口にする蔑称のひとつで、生身の人間のこと。恐らくエーペックスゲームにおいて味方になった誰かが、燃えるレヴを消火しようとしてくれてしまったと推察出来る。
「はあ…そういうことか。誰だかわからないけど、後で小言のひとつでも言おうかな」
状態を改めて確認したところで、感電してしまわぬよう分厚いゴム手袋を嵌める。緻密な作業の邪魔になるので本当は嫌なのだが、万が一にも僕が倒れる訳には行かないので安全を優先する他ない。
そうやって配線を繋ぎ直す最中、火花が散る。僕は防具で無傷だが、レヴが大丈夫だったか心配で声を上げる。
本当ならそもそも電源を稼働させたまま作業すること自体が普通の機械だと御法度だと言われる所業だろう。
だが彼は自身の構造について何も言ってくれず、また自分からシャットダウンすることもないため、恐る恐る動いたまま作業をするしかなかった。
「っと、ごめん。痛くない?」
「既に痛覚は切ってある。貴様が心配する必要などない」
「そっか、良かった」
それ以降も黙々と調整を続け、ログと照らし合わせながら正常な状態へ近付けていく。マーヴィンの手助けも相まって、作業自体は順調に進んでいた。
ただ、文句一つ言わずに僕の修繕を受け入れるレヴがいつもの彼らしくないせいで、逆になんだか不安な気持ちになってくる。
「…よし。概ね完了かな…最終チェックの前に、どこか調整が足りない場所はある?」
「無い。これでいつでも貴様を八つ裂きに出来るぞ、フハハハ!」
感謝とは程遠い言葉と共に喜びを露わにして、僕へ威嚇するような動きを見せる。今しがた直したばかりの腕も問題なく動いているのを確認し、改めてレヴの調整記録をつける。
「マーヴィンもありがとう。もう戻って大丈夫だよ」
手伝ってくれたマーヴィンにお礼を言い、帰還の信号を出す。機会があるなら、彼らのメンテナンスもしてやりたいくらいだ。
レヴはと言うと、すっかり調子を取り戻して元気になったようで、去っていくマーヴィンの背に心無い言葉を吐き捨てていた。
「能無しは楽でいいな」
「レヴ、貴方を直してくれた子にそれはどうなの」
「直す? あのポンコツがか? フハハ、調整だけでなく冗談も上手になったなクオレ・マキネッタ」
少し諌めたらすぐこれである。減らず口もいいところだ。でもまあ、この悪辣さがあってこそのレヴだから僕は別に気にしない。
とは言いつつも、スルースキルは育てられるにしても、上手く返す技量を持つにはまだまだ難しそうだけど。
「…愉快なようで何よりだよ。今度中を開ける時は、飴玉でも仕込んでおこうかな」
影をピッタリと合わせ、背後ゼロ距離から彼は作業中の僕の頬に機械の爪を立てる。
僕を畏怖させ無理に従わせようとするためなのだろうが、こんなことをされたところで、とうに彼への恐怖など無くなってしまっていた。
微かに指先から錆の匂いがするのは、おそらく大自然に囲まれたフィールドからの帰りで、そのせいでボディに水分を多量に含んでしまったからだろうか、などと呑気に考えながら、要求の通り静かに手を止める。
「…どうしたの、レヴ」
「貴様の雑な調整のせいで今日は散々だった。その責任は取ってもらうぞ」
シミュラクラムと呼ばれる、かつてこの世に生きた人の心を持った"機械"。レジェンド"レヴナント"は、その一人だ。
けれど目の前にいるのは、血が通ってなくて心臓の鼓動が聞こえない、鉄の塊から作られた体であるだけの、紛れもない"ヒト"なのだと僕は思っている。
人の役に立つ為に生み出される機械たちとは真逆の、傲慢で不遜な態度。それは、彼が元々から人であったことの証明でもあるだろう。
「雑な、と言っても…確か、あの日僕が止めるのを振り切ったのはレヴの方だったでしょう」
大昔に殺戮兵器として酷使されていたレヴナントには、ハモンド社が有していたスペアボディがいくつもあった。
彼が参加するエーペックスゲームにおいて負傷した体は、諸々の事情が絡んだ結果、僕が集めたそのスペアボディの残滓パーツを使って修繕することが多く、今回もその一環で彼はこの簡易ラボに訪れたのだろう。
だが、前回は口論の末に不貞腐れて最終チェックを拒んでそのまま行ってしまったせいでエラーが起こっていたのか、その責を僕に八つ当たりしてきた。
ダメ元でそれを指摘するも、予想通りと言うべきか彼は悪びれることなく開き直ってくる。
「忘れた。いいから黙って私に従え」
「…はいはい」
元々していた作業を中断し、レヴの方へ向き直る。想像以上にボロボロになっていたボディを目の当たりに、僕は少し胸が痛んだ。
どこから手をつけたものか悩ましく思いながら、修繕では済まず全面的に交換しないといけない箇所がないかをチェックする。
ジャンクパーツの予備はそう多くなく、壊されやすく代えが効きにくい上半身については尚更だ。傷をつけられた場所を念入りに触って確かめていると、深い溜め息のような音が頭上から聞こえてきた。
呼吸をしない機械の身体に対して溜め息という表現が正しいかはわからないが、少なくとも彼の中では人として生きていた頃と変わりない動作をしているのだろう。
「フン…」
事ある毎に小娘と詰る対象の僕に自由を奪われ身を任せるしかない屈辱か、あるいは逆に僕に対する生殺与奪の権利を持つ故の優越か。彼の嘆息の真意は僕には察することは出来なかった。
同じ機械の身体を持つレジェンドでも、パスファインダーのボディパネルのような外見からの変化がない分、音声の機微を感じ取って感情を読む必要があるから難しい。
「火薬の匂いが強いね。この辺り、もしかして焼かれた?」
「だったらどうだと言うのだ」
肩から背中にかけての辺りに見えた焦げつきを指した途端、露骨に不服そうな反応を見せる。恐らくこれは図星という合図だ。
不意を突かれた上でそれでも本当に致命傷になる箇所を避けているのは、歴戦のレジェンドであるからだけでなく、ヒットマンとして何百年にも渡り磨かれてきた技術のなせる技か。
しかし、この他に見受けられるボディへのダメージも含めると、正直なところ僕の手に負える状態ではないように思える。
スペアのボディが万全ならすぐにそちらに変えたほうが早いと、そう断言出来るくらいには酷い傷痕が残っていた。
「ここの損傷が酷くて、今この部屋にある材料では…いや、僕一人では貴方を修復しきれない可能性がある」
「なんだと! 私を十全にするのが貴様の仕事だろう、クオレ・マキネッタ…私を失望させるなよ」
「…勿論出来る限りのことはする。っと、少し腕上げて貰えるかな」
少しぶっきらぼうに、答えを聞かずに無理矢理レヴの脇を持ち上げる。睨まれたような気がしたが、眼球がある訳でも無しきっと気のせいだろう。
彼なりの言い分があることを悟りつつもそれを無視したまま、四肢の駆動を確認してどこまで破損しているか調べる。
自分がどれだけ傷ついていても僕が直してくれるものと信じ込んでいる彼のことだから、念入りに調べないと何を言われるかわかったものではない。
「動かしてみる限りでは問題なさそうではあるけど…うーん」
僕は確かに技師としての才には長けている自負はあるが、シミュラクラムの技術については殆ど知らないと言ってもいい。
ましてやレヴはハモンド社が二百年以上使い潰してきた、僕からすれば太古の昔の技術によって動かされている化石のような存在だ。
まあでも彼はそんなことはお構いなしなので、嘆いたところで僕の不勉強を責め立ててくるだけだろうけど。
「何を愚かなことを言っているのだ。貴様が無理矢理動かせば動いて当たり前だろうが」
「…もしかしてレヴ、自分では肩を動かせないの?」
「最初からそう言っている!」
そんなこと一言も聞いてない、という反論は寸での所で飲み込んで、憤慨するレヴを宥めつつ考察を進める。
「ごめん、僕が悪かった。でもそうか、身体の中で回路が焼き切れているというのは盲点だったな…」
これだけ深く焦げ跡がついているのを見ておきながら、中の回路にその炎が侵食している可能性を考えもしていなかったのは浅慮だったと言える。
そしてそれと同時に、この簡易ラボにある材料だけではどうにもならない重症であることがこれで明確になってしまった。
断線した状態から再び動くようにするには、肩のアームカバーを外すなりして一旦中を露出させて切れている線を繋ぎ直さねばならない。
一人で行うには大掛かりな作業になる上、適当に繋ぎさえすれば良いという単純なことでもないはずだ。頭を抱えたくなるような状況に、当人は謝るどころか煽ってくる。
「どうした、早く作業を進めろ。それとも出来ないのか?」
「ちょっとね…今サポートマーヴィンに救援要請を掛けているところ。最低でも物資を届けてもらわないと、ここの傷は迂闊には手を出せないから」
本来ならエマージェンシーコールを使ってもっと高度な修繕を依頼してもいいくらいには危機的状況なのだが、レヴも他の人間も互いに互いを嫌がるので渋々マーヴィンに来てもらうことにする。
レヴが他人に心を開かないのはプライドの高さと死して尚も利用されてきた恨みからとしても、エンジニア達がレヴを拒む理由が僕にはわからなかった。
「…そうか」
僕の説明で納得してくれたらしく、レヴは素直に頷いてそれ以上何も言わずに黙る。
口は閉ざしつつも、動く方の手を握っては放しを繰り返して落ち着きのない様子を見せるのは、暇を持て余しているからか、いや、不安を抱いているからか。
「レヴ、これに懲りたらもう僕のメンテナンスを拒まないでね」
「断る。私は貴様の指図など受けない」
「僕を無視したせいで万全でない状態で受けた傷を、他のエンジニアが直してくれるとは思えないけど?」
聞き分けのない駄々っ子のような態度に、つい辛辣な言い回しをして諌める。しかし逆効果だったようで、彼は顔を背けてしまった。
彼が一度目の死を迎えた歳がいくつなのか知らないけど、実は精神年齢は僕よりも幼いのかもしれないとさえ感じさせることが少なくない。
「…まあ、僕がレヴ専属の担当という訳でもないし、もし何か問題が起きて外されたら別の誰かに引き継ぎするしかないんだろうな」
軽くカマをかけるつもりで、通信機のアドレス一覧を開いた画面をレヴの眼前に晒す。
冗談を真に受けたレヴは慌てたような憤慨したような口振りで、興奮気味に僕の腕を掴んできた。
「それはどういう意味だ、クオレ・マキネッタ。貴様が私から逃げられると思っているのか」
「自分の意思でレヴから離れる気は僕には無いよ。でもレヴの身勝手次第では、僕が責任を取らされるかもしれないってことは覚えていて欲しいかな」
実際には僕以外にレヴの扱いを心得ているエンジニアは居ない筈なので、そう簡単に配属変えをさせられることはないだろうけど一応釘を刺しておく。
「…」
無言。死神レヴナントが誰かに非を詫びるなんてことが出来るような性分ではないのはわかっている。無為な反論をしてこないだけでも僥倖だろう。
互いに沈黙しラボの間には静寂が訪れる、なんてことはなく、呼んでいたマーヴィンが来訪し到着を知らせる騒がしい音が響く。
「来たね。ちゃんと部品も揃ってる」
マーヴィンからレヴの修理パーツを受け取り、二人がかりで作業に取り掛かる。
「レヴ、一旦肩のカバーを外すよ」
「…ああ」
静かな了承の後に内部を露出させてみると、やはり外側と同じように焦げ跡とそれによる断線がいくつか見受けられた。人間で言えば肉離れが起こってしまったような状態だろうか。
ただ、僕ら人間と違って、レヴに限らず機械の身体を持つ彼らは、些細な傷すら自然治癒することができない。
自己修復機能があったとしてもそれはプログラムに作用するもので、損傷箇所そのものを自力で直せはしないはずだ。
「…まさかと思うけど、焼き切れる前に水か何かかけたりしてないよね? よくレヴ自身のプログラムがショートせずに済んでるか不思議なくらい酷いんだけど」
「私ではない。皮付きがふざけた真似をしてきたのだ」
皮付き、というのはレヴがよく口にする蔑称のひとつで、生身の人間のこと。恐らくエーペックスゲームにおいて味方になった誰かが、燃えるレヴを消火しようとしてくれてしまったと推察出来る。
「はあ…そういうことか。誰だかわからないけど、後で小言のひとつでも言おうかな」
状態を改めて確認したところで、感電してしまわぬよう分厚いゴム手袋を嵌める。緻密な作業の邪魔になるので本当は嫌なのだが、万が一にも僕が倒れる訳には行かないので安全を優先する他ない。
そうやって配線を繋ぎ直す最中、火花が散る。僕は防具で無傷だが、レヴが大丈夫だったか心配で声を上げる。
本当ならそもそも電源を稼働させたまま作業すること自体が普通の機械だと御法度だと言われる所業だろう。
だが彼は自身の構造について何も言ってくれず、また自分からシャットダウンすることもないため、恐る恐る動いたまま作業をするしかなかった。
「っと、ごめん。痛くない?」
「既に痛覚は切ってある。貴様が心配する必要などない」
「そっか、良かった」
それ以降も黙々と調整を続け、ログと照らし合わせながら正常な状態へ近付けていく。マーヴィンの手助けも相まって、作業自体は順調に進んでいた。
ただ、文句一つ言わずに僕の修繕を受け入れるレヴがいつもの彼らしくないせいで、逆になんだか不安な気持ちになってくる。
「…よし。概ね完了かな…最終チェックの前に、どこか調整が足りない場所はある?」
「無い。これでいつでも貴様を八つ裂きに出来るぞ、フハハハ!」
感謝とは程遠い言葉と共に喜びを露わにして、僕へ威嚇するような動きを見せる。今しがた直したばかりの腕も問題なく動いているのを確認し、改めてレヴの調整記録をつける。
「マーヴィンもありがとう。もう戻って大丈夫だよ」
手伝ってくれたマーヴィンにお礼を言い、帰還の信号を出す。機会があるなら、彼らのメンテナンスもしてやりたいくらいだ。
レヴはと言うと、すっかり調子を取り戻して元気になったようで、去っていくマーヴィンの背に心無い言葉を吐き捨てていた。
「能無しは楽でいいな」
「レヴ、貴方を直してくれた子にそれはどうなの」
「直す? あのポンコツがか? フハハ、調整だけでなく冗談も上手になったなクオレ・マキネッタ」
少し諌めたらすぐこれである。減らず口もいいところだ。でもまあ、この悪辣さがあってこそのレヴだから僕は別に気にしない。
とは言いつつも、スルースキルは育てられるにしても、上手く返す技量を持つにはまだまだ難しそうだけど。
「…愉快なようで何よりだよ。今度中を開ける時は、飴玉でも仕込んでおこうかな」
5/28ページ