えぺ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「アタシのママは悪くないって、あなたもわかってくれるよね、技師さん」
「マキナ」
シオマラ"ヴァンテージ"コントレラス。まだ幼いながらも卓越した狙撃センスを持った戦士が僕に向けて詰め寄る。
初対面故に仕方がないが"技師さん"と呼ばれるのは不本意なので僕は自らのコードネームを名乗り、そのついでに彼女の主張を躱す。是非を答えられない問は避けるが吉だ。
彼女がAPEXゲームへと参戦した理由、それは無実の母"ゼニア・コントレラス"の冤罪を証明する為、という話だ。この子が家族想いの優しい子だというのはそれだけでもよく分かる。
しかしシンジケートによる調査によると、彼女の母はれっきとした囚人であり、実際に母娘が暮らしていたパゴスという惑星はガイアの囚人達を乗せた船が不時着した地であるという情報も耳にしている。
この矛盾について僕はまだ真実には至っていないが、少なくとも確かな絆で結ばれた母と子が真っ当に暮らすことが出来ない現状は心苦しいと思う。
微力でもいい、助けになれればという一心で僕は彼女のアルティメットとして認可された古いスナイパーライフルの整備に勤しむ。
「マキナ…ね。わかった」
極寒の地パゴスで長いこと暮らしていたからか世事に疎いようで、戦っていない時の彼女はあらゆることに興味津々の様子だ。
そしてその興味は僕個人も対象となったらしく、目を輝かせて僕について問い掛けて来るのだった。
「マキナはずっと今の仕事をしてきたの? ガイアには行ったことある? あと、冤罪についてどう思う?」
息付く暇もないほど矢継ぎ早に質問攻めをしてくるのは、若さ故の好奇心からか。彼女が生まれ育ったパゴスは雪に包まれた世界だ、無理もないか。
いや僕もまだ自分が無駄に歳を重ねた中年になったつもりはないのだが、彼女が厭に眩しく思えるのはやはりそういうことなのか、と感じずにはいられなかった。
「…ええと」
「あ、ごめんなさい。一度に全部聞こうとして喋り過ぎちゃった」
仰々しすぎるくらいに深いお辞儀をして詫びるヴァンテージ。僕も幼い頃にアッシュに質問攻めを繰り返していた過去を思い出し、なんだか少し気恥しい気持ちになってくる。
まあでも、期待に満ちた眼差しを無下にする訳にも行くまい。僕は小さく息を吸い込んで、彼女の問に一つ一つ答えることにする。
「APEXゲーム自体は開催されてから何年も経ってないけど、ある意味そうかもしれないかな…銃火器や機械の修理の腕だけを頼りにずっと生きてきたから」
「へぇ、凄い! じゃあ大金持ちってこと?」
「…いや…そこまで凄くはないよ。僕は君達レジェンドのように命懸けで戦っているわけでもないし」
それだけではなく、僕はブリスクおじさんとの関係など諸々の事情が重なった結果、シンジケートに管理されたAPEXゲームの運営とは立場が若干異なる身でもある。
ある意味で宙ぶらりんなポジションに立ってしまったせいで、何も知らないまま運命に踊らされていると気付いたのは、アッシュがゲームに参戦すると知らされたあの時だ。
まあその件については長くなるしヴァンテージの疑問には全く関係ない話だ。今ここで話すことではないだろう。
「まあでも…ガイアに居た頃よりはマシなのかな。ちょっとした駆け引きでさえ法の目を掻い潜らなければいけないのは結構なストレスだった」
「ってことは、マキナもガイアで冤罪に巻き込まれそうになったの?」
「…残念ながら、その逆だ」
幼少期からずっと生きる為に当たり前にしてきた取引も、ガイアにおいては違法な場合が多かった。
秩序が明確化されているというのは、悪いことなど考えもしない善良な民には安全が保障されていいだろうが、僕のような裏社会でしか生きる術を知らぬ力無き者にとっては苦痛でしかない。
何より、僕が生きる為に必死で身に付けた技術さえもが悪だと決めつけられることが耐え難かった。
「例えば…そうだな、君のこのスナイパーライフル。ガイアで許可なくこれを持っていると捕まる。罪状は銃刀法違反…だったかな」
「え、なんで!? 何もしてないのに?」
「法というものは危険を未然に防ぐ為のものだからね。でも僕にとっては枷でしかなかった。だから罪に問われると知って尚、必要があれば危険な仕事でも請け負った」
最善の注意を払っていた為に実際に前科持ちになることはなかったが、罪を重ねることへの不安と恐怖は日に日に増していった。
当時雨風を凌ぐ為に住まわせてもらっていた孤児院では、そんな危険なことをせずとも食うに困ることはないと孤児院の主から告げられてはいたが、僕のプライドがその優しさに甘え続けることを許さなかった。
だからある程度の資金が貯まった頃を見計らって僕はその孤児院を去り、アウトランズの中でも一番己の技術を活かせそうなソラスに渡航したのだ。
「…ごめん、難しい話だったかな」
「ううん。なんとなくわかった…ありがとう、マキナ」
堰を切ったように話し続けてしまった後で、僕は我に返り呆気にとられているであろうヴァンテージの方に向き直る。
しかし予想に反して彼女は真剣に僕の話を聞き入ってくれていたらしく、密かに下唇を噛み締めていた。
「ガイアではそれが悪いことだとわかった上で、マキナは危ないことをしてた…んだよね。捕まらなかったのは、運が良かったから?」
一見何気ない問いにも聞こえる彼女の言葉の裏に隠された真意を感じ、喉が閊 える。
僕 は罪を問われることなく自由に暮らしているのに、どうして"アタシのママ"は捕まったのか、そう責められているような気がして。
「一言で表すなら…そう表すのが一番近いかもしれない」
どうにかそれだけ零して、これ以上は何を言っても言い訳でしかないと思い口を噤む。
当時は気にもしていなかったけれど、僕が許されてきたのは、エーペックスプレデターズ という大きな後ろ盾があったからなのは紛れもない事実だ。
彼女がその不条理を知ってしまったら、僕にどんな感情を向けるかは想像に難くない。
「でもそれは、君のお母さんの事情とは関係しない。ゼニア氏には僕と違って心配してくれる家族がいるだけ幸せだろう」
「うん…」
敢えてきつい口調でそう告げ、少女の気を僕から逸らす。けれどこれは、ある意味で母娘という関係を羨む僕の本音のような気もする。
そんな醜い自分が透けて見えるのが厭になって、逃げるように抱えたまま放置していた彼女のスナイパーライフルについてへと話題を変える。
「…それよりも、このスナイパーライフルについて聞かせてくれるかい。随分古い型式のように見えるけど」
「誕生日にママがくれたものだよ。詳しくは知らない。あ、でも…あの船にはアタシのものと同じ銃が沢山あった」
船、というのはゼニア氏が収容されていた方の"ヴァンテージ"のことか。意図してのことだとわかってはいるつもりでも、レジェンドとして同じ名を冠する彼女を前にすると話がややこしくて困る。
だがこの銃の類似品が囚人船に備え付けられていたという言葉を信用するならば、これはやはりガイアで造られた物で間違いないようだ。
つまり少なくとも二十年近くは前の代物。素人のメンテナンスのみで正常に弾を撃てる方が不思議な程の言わば骨董品に近いレベルだと推察される。
尤も、劣化具合を見る限りそれほど昔に使われた形跡は見られない。ヴァンテージ自身が使うようになってから着いたのだろう傷がいくつか散見される程度で、それも正しく手入れされておりざっくり観察する限り使用上の問題は無さそうだ。
「なるほど。じゃあ使い方はゼニア氏から聞いているということでいいのかな」
「うん。プレゼントしてもらってからはコレでずっと狩りをしてきたからね」
「…なら、僕から改めて使用方法を伝授するまでもなさそうだね。けど、君が扱うには不相応な程古いから…いつ故障してもおかしくないことだけは覚えておいた方がいい」
科学技術の進歩とエネルギー問題の教訓のお陰で、物の耐久性が重視されるようになったいい時代ではあるが、それでも万物は不変ではなく劣化していくことは避けられない。
そして勿論、それらの寿命をどれだけ伸ばせるかは僕達のような技師の手腕にかかっている。適切なメンテナンスを施す為にも、彼女には大事に正しく使って欲しいものだ。
「! 壊れちゃうの?」
「いつかは必ずそうなる。それを出来るだけ遅らせられるか、逆に早めてしまうかは…君の使い方次第になる」
彼女にとって最もわかりやすい指標として、僕は彼女の戦術アビリティにもなっている可愛いらしい小さなパートナーのことを例に取る。
「エコー、と言ったっけ…あのコウモリは。可愛いのは認めるけど、獣の毛やら何やらは銃器にとっては非常に危険だから気をつけて」
APEXゲームに動物の持ち込みが禁じられている理由の一番は実はそこにある。チームメイト達やドロップ武器を含む支給品を、動物の毛や糞尿による被害から守る為なのだ。心を通わせた動物達とバディを組むことそのものが悪いわけではない。
ゲームが個人競技なら、当人がどんな目に逢おうとも自己責任で済む。が、仲間に危害を加える危険がある場合は無視できない。どれだけ躾られていても、生き物である以上どうしようもないことがある。
ただ、彼女のエコーが認可された理由となった"先駆者"であるブラッドハウンド氏が、どうやってカラス達の持ち込みを許されたのかは僕も知らない。レジェンドとして認められた時期の違いによるルール改定の差が生じているせいなのだろうか。
「マキナは…動物は嫌い?」
「見るのは好きだよ。でも抜け毛の影響を考えると、近くに居たら気が気でないけどね」
僕の忠言が厳しく聞こえたのを動物への嫌悪によるものと捉えたのか、哀しげな目でそう問い掛けてくるヴァンテージ。そんなつもりは無いことを伝えるものの、全肯定出来なかったからか彼女の表情は晴れなかった。
「あんなに可愛いのに…」
口を尖らせるヴァンテージ。動物を愛でること自体は別に否定していないのだが、愛好家から見るとやはり否定的な意見は快く思えないようだ。
残念だが、そうなってくるともうどうしようもない。互いの見解の相違をぶつけ合うのは諍いの火種にしかならないのを何度も見てきた。
僕から彼女に対し敵意を向けているつもりは毛頭ないが、感じる空気を見る限り今日はこれ以上この真っ直ぐ過ぎる少女をここに長居させるのは得策ではなさそうだ。
「…武器の調整は終わったよ。また日を改めて来て欲しい」
スナイパーライフルを受け渡して、応対を終了させたことを示すように背を向ける。だが彼女は立ち尽くしたまま動こうとしない。まだ何か言いたいのだろうか。
悟られぬよう様子を見つつ他の仕事を始めて彼女がどう出るかを待ってみるものの、実際に彼女が口を開くまでにはかなりの時間を要した。
「ねえマキナ」
「ん? どうかした」
ようやっと声を上げたヴァンテージの方へと振り向いて、僕は何用かと問う。
「アンタはエコーのこと好きじゃないみたいだし、ママに対しても冷たい気がする…でも、銃のことやガイアのこと、アタシの知らないことを知ってて、それを正しく教えてくれてるのはわかる」
聞こえるか聞こえないかの瀬戸際のか細い声で、僕への評価をあけすけに語る。
僕は別に誰から何を言われても受け止められるが、そうではない相手を激昂させない為にも悪い方の評価については、心の中にしまっておいた方がいいことも教えるべきだろうかなどと考えていると、徐に彼女は手を差し伸べてきた。
「だから…アタシと友達になって」
そんな簡単な要求、答えはひとつしかない。差し伸べられた手を取って、僕は"マラ"へ向けて微笑んだ。
「喜んで」
「マキナ」
シオマラ"ヴァンテージ"コントレラス。まだ幼いながらも卓越した狙撃センスを持った戦士が僕に向けて詰め寄る。
初対面故に仕方がないが"技師さん"と呼ばれるのは不本意なので僕は自らのコードネームを名乗り、そのついでに彼女の主張を躱す。是非を答えられない問は避けるが吉だ。
彼女がAPEXゲームへと参戦した理由、それは無実の母"ゼニア・コントレラス"の冤罪を証明する為、という話だ。この子が家族想いの優しい子だというのはそれだけでもよく分かる。
しかしシンジケートによる調査によると、彼女の母はれっきとした囚人であり、実際に母娘が暮らしていたパゴスという惑星はガイアの囚人達を乗せた船が不時着した地であるという情報も耳にしている。
この矛盾について僕はまだ真実には至っていないが、少なくとも確かな絆で結ばれた母と子が真っ当に暮らすことが出来ない現状は心苦しいと思う。
微力でもいい、助けになれればという一心で僕は彼女のアルティメットとして認可された古いスナイパーライフルの整備に勤しむ。
「マキナ…ね。わかった」
極寒の地パゴスで長いこと暮らしていたからか世事に疎いようで、戦っていない時の彼女はあらゆることに興味津々の様子だ。
そしてその興味は僕個人も対象となったらしく、目を輝かせて僕について問い掛けて来るのだった。
「マキナはずっと今の仕事をしてきたの? ガイアには行ったことある? あと、冤罪についてどう思う?」
息付く暇もないほど矢継ぎ早に質問攻めをしてくるのは、若さ故の好奇心からか。彼女が生まれ育ったパゴスは雪に包まれた世界だ、無理もないか。
いや僕もまだ自分が無駄に歳を重ねた中年になったつもりはないのだが、彼女が厭に眩しく思えるのはやはりそういうことなのか、と感じずにはいられなかった。
「…ええと」
「あ、ごめんなさい。一度に全部聞こうとして喋り過ぎちゃった」
仰々しすぎるくらいに深いお辞儀をして詫びるヴァンテージ。僕も幼い頃にアッシュに質問攻めを繰り返していた過去を思い出し、なんだか少し気恥しい気持ちになってくる。
まあでも、期待に満ちた眼差しを無下にする訳にも行くまい。僕は小さく息を吸い込んで、彼女の問に一つ一つ答えることにする。
「APEXゲーム自体は開催されてから何年も経ってないけど、ある意味そうかもしれないかな…銃火器や機械の修理の腕だけを頼りにずっと生きてきたから」
「へぇ、凄い! じゃあ大金持ちってこと?」
「…いや…そこまで凄くはないよ。僕は君達レジェンドのように命懸けで戦っているわけでもないし」
それだけではなく、僕はブリスクおじさんとの関係など諸々の事情が重なった結果、シンジケートに管理されたAPEXゲームの運営とは立場が若干異なる身でもある。
ある意味で宙ぶらりんなポジションに立ってしまったせいで、何も知らないまま運命に踊らされていると気付いたのは、アッシュがゲームに参戦すると知らされたあの時だ。
まあその件については長くなるしヴァンテージの疑問には全く関係ない話だ。今ここで話すことではないだろう。
「まあでも…ガイアに居た頃よりはマシなのかな。ちょっとした駆け引きでさえ法の目を掻い潜らなければいけないのは結構なストレスだった」
「ってことは、マキナもガイアで冤罪に巻き込まれそうになったの?」
「…残念ながら、その逆だ」
幼少期からずっと生きる為に当たり前にしてきた取引も、ガイアにおいては違法な場合が多かった。
秩序が明確化されているというのは、悪いことなど考えもしない善良な民には安全が保障されていいだろうが、僕のような裏社会でしか生きる術を知らぬ力無き者にとっては苦痛でしかない。
何より、僕が生きる為に必死で身に付けた技術さえもが悪だと決めつけられることが耐え難かった。
「例えば…そうだな、君のこのスナイパーライフル。ガイアで許可なくこれを持っていると捕まる。罪状は銃刀法違反…だったかな」
「え、なんで!? 何もしてないのに?」
「法というものは危険を未然に防ぐ為のものだからね。でも僕にとっては枷でしかなかった。だから罪に問われると知って尚、必要があれば危険な仕事でも請け負った」
最善の注意を払っていた為に実際に前科持ちになることはなかったが、罪を重ねることへの不安と恐怖は日に日に増していった。
当時雨風を凌ぐ為に住まわせてもらっていた孤児院では、そんな危険なことをせずとも食うに困ることはないと孤児院の主から告げられてはいたが、僕のプライドがその優しさに甘え続けることを許さなかった。
だからある程度の資金が貯まった頃を見計らって僕はその孤児院を去り、アウトランズの中でも一番己の技術を活かせそうなソラスに渡航したのだ。
「…ごめん、難しい話だったかな」
「ううん。なんとなくわかった…ありがとう、マキナ」
堰を切ったように話し続けてしまった後で、僕は我に返り呆気にとられているであろうヴァンテージの方に向き直る。
しかし予想に反して彼女は真剣に僕の話を聞き入ってくれていたらしく、密かに下唇を噛み締めていた。
「ガイアではそれが悪いことだとわかった上で、マキナは危ないことをしてた…んだよね。捕まらなかったのは、運が良かったから?」
一見何気ない問いにも聞こえる彼女の言葉の裏に隠された真意を感じ、喉が
「一言で表すなら…そう表すのが一番近いかもしれない」
どうにかそれだけ零して、これ以上は何を言っても言い訳でしかないと思い口を噤む。
当時は気にもしていなかったけれど、僕が許されてきたのは、
彼女がその不条理を知ってしまったら、僕にどんな感情を向けるかは想像に難くない。
「でもそれは、君のお母さんの事情とは関係しない。ゼニア氏には僕と違って心配してくれる家族がいるだけ幸せだろう」
「うん…」
敢えてきつい口調でそう告げ、少女の気を僕から逸らす。けれどこれは、ある意味で母娘という関係を羨む僕の本音のような気もする。
そんな醜い自分が透けて見えるのが厭になって、逃げるように抱えたまま放置していた彼女のスナイパーライフルについてへと話題を変える。
「…それよりも、このスナイパーライフルについて聞かせてくれるかい。随分古い型式のように見えるけど」
「誕生日にママがくれたものだよ。詳しくは知らない。あ、でも…あの船にはアタシのものと同じ銃が沢山あった」
船、というのはゼニア氏が収容されていた方の"ヴァンテージ"のことか。意図してのことだとわかってはいるつもりでも、レジェンドとして同じ名を冠する彼女を前にすると話がややこしくて困る。
だがこの銃の類似品が囚人船に備え付けられていたという言葉を信用するならば、これはやはりガイアで造られた物で間違いないようだ。
つまり少なくとも二十年近くは前の代物。素人のメンテナンスのみで正常に弾を撃てる方が不思議な程の言わば骨董品に近いレベルだと推察される。
尤も、劣化具合を見る限りそれほど昔に使われた形跡は見られない。ヴァンテージ自身が使うようになってから着いたのだろう傷がいくつか散見される程度で、それも正しく手入れされておりざっくり観察する限り使用上の問題は無さそうだ。
「なるほど。じゃあ使い方はゼニア氏から聞いているということでいいのかな」
「うん。プレゼントしてもらってからはコレでずっと狩りをしてきたからね」
「…なら、僕から改めて使用方法を伝授するまでもなさそうだね。けど、君が扱うには不相応な程古いから…いつ故障してもおかしくないことだけは覚えておいた方がいい」
科学技術の進歩とエネルギー問題の教訓のお陰で、物の耐久性が重視されるようになったいい時代ではあるが、それでも万物は不変ではなく劣化していくことは避けられない。
そして勿論、それらの寿命をどれだけ伸ばせるかは僕達のような技師の手腕にかかっている。適切なメンテナンスを施す為にも、彼女には大事に正しく使って欲しいものだ。
「! 壊れちゃうの?」
「いつかは必ずそうなる。それを出来るだけ遅らせられるか、逆に早めてしまうかは…君の使い方次第になる」
彼女にとって最もわかりやすい指標として、僕は彼女の戦術アビリティにもなっている可愛いらしい小さなパートナーのことを例に取る。
「エコー、と言ったっけ…あのコウモリは。可愛いのは認めるけど、獣の毛やら何やらは銃器にとっては非常に危険だから気をつけて」
APEXゲームに動物の持ち込みが禁じられている理由の一番は実はそこにある。チームメイト達やドロップ武器を含む支給品を、動物の毛や糞尿による被害から守る為なのだ。心を通わせた動物達とバディを組むことそのものが悪いわけではない。
ゲームが個人競技なら、当人がどんな目に逢おうとも自己責任で済む。が、仲間に危害を加える危険がある場合は無視できない。どれだけ躾られていても、生き物である以上どうしようもないことがある。
ただ、彼女のエコーが認可された理由となった"先駆者"であるブラッドハウンド氏が、どうやってカラス達の持ち込みを許されたのかは僕も知らない。レジェンドとして認められた時期の違いによるルール改定の差が生じているせいなのだろうか。
「マキナは…動物は嫌い?」
「見るのは好きだよ。でも抜け毛の影響を考えると、近くに居たら気が気でないけどね」
僕の忠言が厳しく聞こえたのを動物への嫌悪によるものと捉えたのか、哀しげな目でそう問い掛けてくるヴァンテージ。そんなつもりは無いことを伝えるものの、全肯定出来なかったからか彼女の表情は晴れなかった。
「あんなに可愛いのに…」
口を尖らせるヴァンテージ。動物を愛でること自体は別に否定していないのだが、愛好家から見るとやはり否定的な意見は快く思えないようだ。
残念だが、そうなってくるともうどうしようもない。互いの見解の相違をぶつけ合うのは諍いの火種にしかならないのを何度も見てきた。
僕から彼女に対し敵意を向けているつもりは毛頭ないが、感じる空気を見る限り今日はこれ以上この真っ直ぐ過ぎる少女をここに長居させるのは得策ではなさそうだ。
「…武器の調整は終わったよ。また日を改めて来て欲しい」
スナイパーライフルを受け渡して、応対を終了させたことを示すように背を向ける。だが彼女は立ち尽くしたまま動こうとしない。まだ何か言いたいのだろうか。
悟られぬよう様子を見つつ他の仕事を始めて彼女がどう出るかを待ってみるものの、実際に彼女が口を開くまでにはかなりの時間を要した。
「ねえマキナ」
「ん? どうかした」
ようやっと声を上げたヴァンテージの方へと振り向いて、僕は何用かと問う。
「アンタはエコーのこと好きじゃないみたいだし、ママに対しても冷たい気がする…でも、銃のことやガイアのこと、アタシの知らないことを知ってて、それを正しく教えてくれてるのはわかる」
聞こえるか聞こえないかの瀬戸際のか細い声で、僕への評価をあけすけに語る。
僕は別に誰から何を言われても受け止められるが、そうではない相手を激昂させない為にも悪い方の評価については、心の中にしまっておいた方がいいことも教えるべきだろうかなどと考えていると、徐に彼女は手を差し伸べてきた。
「だから…アタシと友達になって」
そんな簡単な要求、答えはひとつしかない。差し伸べられた手を取って、僕は"マラ"へ向けて微笑んだ。
「喜んで」
22/28ページ